第二百十二話
御伽学園戦闘病
第二百十二話「喰」
「…ん?」
時が戻された事が理解できなかったが時間を見て何が起きたか大体察知できた。少し怖くもあったが数分前と変わらない、TIS地下基地へ繋がっている洞穴の前に立っていた。
だが一回入って何も無かったのでわざわざ入る気にはならない。そそくさと立ち去った、その間洞穴からは一人の女が睨みを利かせていた。
「何処いこっかな~」
フラフラと歩き到達した場所は能力館だった。中からはとんでもない音が鳴り響いている、恐らく誰かが放っている戦闘音なのだがまるで爆発でもしているかのような音がしている。
覗いてみるとそこには薫と元が戦闘をしている姿があった。まず元が分身して一斉に襲い掛かり、それを薫が捌くという訓練らしい。実際反射神経と優先度の処理、他にも様々な意識するべきことがあるように見えた。
何ともシンプルな訓練だが普通に良い訓練、そう思えた。一回も訓練などしたことはないはずなのに。
「…?あ、フェアツか」
「何で分かるの?」
「霊力反応とか霊力感知とか言うんだけどな…元、もう帰って良いぞ。こいつに色々教える」
「了解です。明日もよろしくお願いしますよ」
「はいはい~」
元は置いていた荷物を持って能力館を出て行った。逆にフェアツが能力館に足を踏み入れた、その瞬間薫が止まる様命令した。大きな声で、威圧するように。
それが怖くて怯えながら立ち止まる。すると薫はゆっくりと近付き、軽く触れて来た。そして大きな溜息をつく。
「なんで團と会ってんだよ…」
「あの狐?」
「そうだ。ちょっと特殊な奴だからな、まぁいいや、マーキングされてるわけでもないしな」
「マーキング?」
「印を付けられるんだよ。あいつは全世界で遭遇したお気に入りに印を付けて、次会った時に喰って霊力を補充するっていうヤバイ奴なんだ。俺達でもまだ確保できていない、一回は喋れたけどな~」
「私も喋ったよ」
「…は?喋った?…あー、耳改造したのか。にしてもなんであいつもいるんだ…?」
まるで何があったかを見ているような口ぶりだ。少し不思議に思ったが気にしない、薫も一瞬説明しようとしたがどうでもよいと思っているのを見ると面倒くさいので口を止めた。
そして更に記憶を覗いてから訓練の方に移った。まずは霊力の基礎を教えておく。
「まずは霊力、体の中を不規則に漂っているエネルギーだ。これが少なくなると気絶するし能力が使えなくなる、霊力は体力を変換して生成されるから頭に入れておけ」
「へー、じゃあ私はいつか普通の姿に戻っちゃうのかな」
「いや、違うな。お前の能力は体を弄る時に霊力を消費してる、だから同じ体なら永遠にそのままで行けるな」
「なんで薫はそんなに詳しいの?なんかオーラ出てるし」
「…俺の血筋は大して特別でも無い。だが稀にとんでもない強い世代がある、俺の世代だ。俺と弟、そしてもういない妹は全員強かった。そして結構血は遠いがもう一人クソ強い奴がいる。まぁ関わる事は無いだろ」
「了解。それがTISなのね」
「…やっぱそうか…まぁいいや。じゃあ教えてやるよ、霊力感知の方法。まず霊量と言うのは放出することが出来る、そこら辺は慣れとしか言いようがない。ただ霊力が少ないと出来ないからな。
そんでその放出した霊力には人それぞれ特徴がある。これも感覚的なものだから一回感じてもらうと分かると思う。それで放出された霊力は基本その人物を象る。だからその霊力を感知してる、ってだけなんだよ」
「本当に感覚的な事なんだね。まぁやってみる」
「俺が放出するから感知してみろ。多分喉元がピリピリというかジリジリするから」
「了解」
意識を喉元に集中させる。すると喉元がジリジリして来た。確かに言われた通りだ、これが霊力感知なのかと思うと同時に薫の強さを感じた。
「出来た!」
「お前センスあるな。もっと能力への解像度が深まれば強くなれるかもな」
「出来る出来る。でも私の霊力ってどの位なの?」
「そうだな。測っとくか」
そう言ってゲートを展開し、腕を突っ込んだ。そして霊力測定器を持ってくる。手形にはめるよう促す、フェアツは一応普通の手に変化させてから手に当てた。
すると機械音が鳴った後数値が反映された。そこには160となっている。何かおかしかったようで頭に?を浮かべている。だがフェアツはそれで良いと思っている、それもそのはず500が最大だとは思っていなかったからだ。
「160?低いな…」
「え?100点満点じゃないの?」
「いや違う、500が最大だ。俺は480」
「低いな…まぁ作る時だからあんまり問題は無いけど」
「まぁそうだな。でも能力使用してから測ったっていうのもあるかもしれん。とりあえず大体200ぐらいだろう、そこそこ高いから安心だな。他にも戦闘で使える事はあるが…頭悪そうだし一気に教えたら忘れそうだな、まぁ後日で良いか。今日は教室行けよ、勉強しろ」
「やだ」
「分かった。じゃあ体を生成する訓練でもしてろ、何か発見があるかもしれない」
「うん」
その日は言われた通り訓練をして過ごした。薫もずっと一人でトレーニングをしていて実力の差を感じた。だが常になにか違和感があった。それに気付くのは現在、今、この時だ。
「お兄ちゃん…エンマが言ってたよ…合わせてくれるって…でも…こんな形…なのか…」
「霧?…本当に霧なのか…」
声、姿、全てが妹だ。だが目の前に居るのは自身の攻撃で死にかけている女の子だ、それが信じられない。自身で殺す事になるなんて信じられないのだ、ゆっくりと手を引き抜こうとするがフェアツが止めた。
「抜いたら…死んじゃうよ…」
微笑みながらそう言った。水葉と拳は動けない、何が起こったのか理解できないのだ。水葉は霧を知っている、だからこそ意味が分からない。何故隠れている必要があったのか、それがまだ分からなかった。
だが原はゆっくりと口を開けて訊ねる。
「痛い…か?」
「うん…凄い痛い…もう話すのもやっと…だよ」
どうすれば霧を救えるか、思考を巡らせるが分からない、答えは出ない。背筋が凍る、頭が真っ白になる。もう何も分からない、体も動かない。頭の中ではただ、昔の記憶が溢れ出して来るだけだった。
するとフェアツが言う。
「もう…無理みたい…ねぇお兄ちゃん…お願い…私を…」
そこまで言うと吐血し、動かなくなった。まだ息はあるようだが生命維持をするのが精一杯だろう、今すぐにでも原を攻撃すればフェアツ一人で重要幹部を一人倒すことが出来るだろう。
そう思った水葉は手を動かした。だがすぐに振り向き、そちらに意識を集中させた。
「矢萩」
「私とやりたいんでしょ、来なよ。やってあげる」
矢萩が姿を現した。水葉は原なんて放っておいて刀を抜き、物凄い勢いで距離を詰めて戦闘を始めた。矢萩は誘導のためか逃げて行った、当然追って行くので水葉はいなくなった。
やれるのは拳だけになった。だが無理だ、兄妹というのが分かってしまい拳を振るえない。ただ二人のやり取りを見ているしか出来なかった。
「霧…?なぁ…返事してくれよ…霧!」
「…」
「お、俺がやったのか…」
絶望している。
「…お、俺が…」
もう言葉も出ない。静寂に包まれたその場では、一人の命が絶たれる事となった。そして命が絶たれた事は感知できる。すぐさま頭を上げると一つの魂が天に昇っている。
原はもう何も言わなかった。最後ぐらい、妹の願いを叶えてやりたい、そう思った。立ち上がり、手を伸ばし、掴んだ。その瞬間妹の声が聞こえたような気がした。
「ずっと一緒だよ」
と言う声が。
「ごめん…霧…」
その魂を口に含み、飲み込んだ。すると全身に溢れ出すような霊力、そして罪悪感。今すぐにでも自決してしまいたいと思ったが踏みとどまり、立ち上がる。
そして拳の方を見ながら言い放った。
「俺は、まだ終わっていないからな」
そう言って自身の時計を弄り、棄権した。すると原は姿を消し、全員の腕に通知が来た。だが拳をそれを見ている余裕は無かった。他の皆の所に支援に行かなくてはいけないのだ。
今出せる力を全て振り絞り、走り始めた。所々で戦闘音がしている。行くべき所を決めた、灼の所だ。一方光輝は一人の男に一方的な勝負を持ち掛けられていた。
「なぁおい、お前弱くねぇか?つまらないぞ」
髪を掴んで無理矢理顔を上げさせた。既に血だらけで、動く事も出来ない光輝は唸る事で些細な抵抗を見せるだけであった。
「俺がTISに入ったのは強い奴と戦いたいからだ。お前みたいな雑魚とやり合うためにここに来たんじゃねぇよ」
健吾は光輝を椅子にして煙草を吸い出した。何とか抵抗しようとするがもう体が動かない。正々堂々始めたのにも関わらず三十秒でここまで追い込まれてしまった。
健吾には一撃も入れることが出来なかった。ただ一方的に殴られ蹴られ、ボロボロになっただけだ。もう意識も遠のいて行く。それでも戦わなくてはいけない、皆の勝利の為に、少しでも体力を削っておかなければならない。
「ど…け!」
身体強化をフルパワーで蹴飛ばした。だが軽く受け身を取られほぼダメージは無いように見える、立てるようになっただけでも良い。ひとまず体勢を整えようとしたが再度殴られ、吹っ飛ばされてしまう。
何本もの木を貫通し、本当に体が動かなくなった。意識は戻ったが体の骨が折れに折れている。物理的に動けないようだ。声も出ない、終わりだ。このまま殺されるのだ、何も出来ず、無様に。
「次行くか」
その言葉が聞こえた、直後違う声が聞こえて来る。数ヶ月前聞いた声、マモリビトでも無いしTISでもない、ただ一人の軍人。[佐嘉 正義]の声だ。
恐らくエンマが繋げてくれているのだろう。そして聞こえて来た、声援の声。
『君はそんな所で死ぬ奴じゃない筈だ!立ち上がるんだ!君は、正義の味方なんだろう!!』
その言葉を聞いて、何とか立ち上がった。覚醒は無いし戦闘病も無い、だが戦う理由がある。光輝は今、一番正義を追い求めている。ならば悪であるこの男は倒さなくてはいけないだろう、死ぬのはせめて、それからだ。
「やっと自覚出来た、俺は正義を求める為に、ここに来た」
立ち上がった光輝に対して健吾が抱いた感情は一つ、高揚だ。
第二百十二話「喰」




