第二百十一話
御伽学園戦闘病
第二百十一話「乾枝の力」
言われるがまま付いて行く。一応誰かにぶつかる事が無いように目だけは普通に出して。ただそれが逆に目立つようで注目が集まっている。
乾枝は嫌そうにしながらも教室へと向かう。そこは普段乾枝が通っているであろう中等部ではなく、フェアツが通うとされている小学校の校舎にある一室だ。そこでようやく気付いた、恐らくだが教師では無く合わせたい能力者がいるのだろうと。
「連れて来たぞ、薫」
「お、サンキュー。もう行って良いぞ」
二歳もの年の差があるのにあまりにも扱いが酷い。だがいつもの事なので何も気にしない。とりあえずフェアツが心配なので廊下で待っておくことにした。
教室内では薫とフェアツが話していた。当時薫には同学年の友達はいなかった、何故なら佐須魔がTISを設立し悪行を重ねている事が知られているからだ。
「…なぁお前、こいつ知らないか」
薫はそう言いながら一枚の写真を取り出した。そこには佐須魔の顔が書かれている。フェアツは反応しようとしたが体が動かなかった、どうやっても言えないらしい。
だがそれよりもずっと気になっていた事を訊ねる、佐須魔を知っている人物なら方法を教えてくれるかもしれないと思ったからだ。
「お兄ちゃんとは会えないの?」
その瞬間新たに一人の男が乱入して来た。そして二人を担ぎ上げて部屋を出て行った、乾枝も付いて行く。計四人は埃が積もっている倉庫へと運ばれた。
そこには運んできた男と全く同じ顔、背丈をしている人物がいた。
「ここで話してください。そう言うことされて駆り出されるのは僕なんですよ」
「あんがとよ、元」
能力は『分身』、その脳慮を使って運んできたのだ。だがありがたいものの話を聞かれたくない、それ故薫は乾枝と元の二人を追い出した。
「ですが…」
文句を言おうとした元を乾枝が制止し、部屋を出た。といっても離れる事はせず近くで待機しているだけだが。薫が何か話しているのも当然聞こえて来てしまう。
だが何故だか脳内で処理される寸前に声が途絶える。もどかしいがこれが薫の対策だ、仕方無い。そしてこちらも適当な話をする。
「俺もあまり暇じゃないんだがな…」
「まぁ仕方無いでしょう。彼の心の内は絶対に分かりません、僕達とは違うんですよ、色々な意味で。ですが彼なりに頑張っているんですよ、僕達でサポートしましょう。彼には成長性しかないのですからね」
「元、お前はただの愚痴に正論を返す癖を直してくれ……まぁただ言っている事はその通りだな。俺の能力は未だに制御できない薫に託すのが最善策なのは分かっているさ」
「それなら良かった……にしてもまだ使いこなせないのか?能力」
「そりゃ当たり前だろ。これは使用した瞬間対象者だけじゃない俺自身の筋肉も硬直する、そのせいでろくに練習が出来ないから上達もしないんだ、負のループってやつさ」
乾枝の能力はあまりにも扱いが難しい、筋肉が使えなくなるという能力なのだが本人もかかってしまう。念能力などだと稀にそう言った者がいる、大抵は訓練する事で矯正する事が出来るのだが乾枝はそれが最悪の相性なのだ。
デバフ系の能力でその体質だと本当に難しい。だが長い年月をかければどうとでもなる、乾枝は温室育ちでずっと訓練は続けてきたがどうにもならないのだ。筋肉が止まってしまうせいで霊力操作すらも出来ず、ただ止まる事しか出来なくなってしまう。これからもこのままでどうにもならないのだろうと思い込んでいた。
「…行くぞ」
すると薫が部屋を出て来た。乾枝は理事長に学校の案内をしておけと言われているのでそのままフェアツを連れて歩き始めた。元は校舎が別、授業が始まりそうになっていたので急いで戻ろうとしたがその時声をかけられる。
「元、少し話をしようぜ。授業遅れても許せ、重要な話だ」
「……分かりました。中で話しましょうか」
再び倉庫の中に入って行く。そして誰も付近にいない事を確認してから薫は口を開いた。
「クルト・フェアツ、あいつは駄目だ。俺はマークしておく。お前も頼む、絶対に何かある。動かないのなら良いが…後々どうにも響いてくる気がするんだ…」
「了解です。詳細は…」
「もう少し情報が分かってからでも良いか?兆波と"兵助"にも色々手伝わせる」
当時は兵助は学園にはいなかった。だが薫は兵助と手を組んでいる、そう外との連絡手段として。本来外と繋がってもどうにもならないだろう、だがたった一人の人物と情報共有をしたかったのだ。
すると薫の携帯がなる。取り出して電話に出た、当然スピーカーにして音は小さめで。それは兵助からの連絡だった。
「情報があった。聞いたよ[クレール・フェリエンツ]から、『ロッド』っていう血筋だ。現在進行形で調べているけど中々出てこない、多分だけど能力者らしいからそっちの方が情報あるかも」
「分かった。そのロッドの始まりの人物が生きた年は分かってるか?」
「それが……おかしいんだ能力者戦争中年まで生きていた事は明確なんだけど……死体も見つかってないし、何より……」
「何より?」
「その計算で行くと……二百年以上生きている……」
場が凍り付く。薫と元には思い当たる節があったのだ、『術式』には禁断の術がある。壱式は最強の術、あくまで禁忌に触れない反中だが。
そしてその先、零式だ。何条あるかも分からないし、どんな術があるかもろくに判明していない。その時解明されていたのは二つだ。
ただの霊力から霊を生み出すことが出来る術『零式-四条.創躁』、そして『零式-三条.生』だ。
これが思い当たる節だ。
「禁忌の術式、『零式-三条.生』だ。これは持ち霊を喰う事によって寿命を延ばし、若返らせる事が出来る術だ。まぁ十中八九これを使ってたんだろう、だが一回使ってみて分かった事があったんだが上の霊でもろく増えなかった……そんなに強い霊を大量に保持していた事になる……それが良く分からない……一応霊を作り出す事が四条で出来るんだが……」
「流石に禁忌を二つも使えるのは妙だな、あまりにも強い。相当なやり手だったぽいね」
「あぁ……じゃあ後は俺らがやる。どうしても見つからなかったらそっちに頼む、よろしくな兵助」
「うん。それじゃ、またね」
通話は途切れた。ただその後も二人は仮説を立てながら図書室へと向かうのだった。一方乾枝とフェアツは校舎を周っていた。既に教室は全て周っている、後は特別教室だけだ。
そこでフェアツが訊ねる。
「何で勉強するの?」
「……難しい質問だな……悪いけど俺には分からないよ、別に俺だっていらないと思っている。まぁ言うなれば生きてためなんじゃねぇか」
「つまらない」
「そうかよ。別にそれで良いさ、とりあえずさっさと周って教室に行くぞ。俺は今日も能力を鍛えなくちゃいけないんだ」
「ろくに使えないの?」
「……今回は許すけどあんまり舐めた口を聞かないでくれ、俺はクソガキが嫌いだ」
それ以降フェアツは黙ってしまった。軽く説明を終えると乾枝は去ってしまう、本来ならフェアツは教室に行かなくてはいけないのだが面倒くさくて行かなかった。
まだ島は探索できていない。ここで暮らして行くなら楽しい生活を送りたい、兄と会うのは絶望的なのだ。それぐらいは許されるだろう。
「とりあえず何か無いかな~」
悠々自適に探索をする。すると謎の動物を見つけた。黒くてモフモフしている、九尾の狐だ。背中しか見えないがカワイイ歩き姿だ。特に何も考えず追いかける。
結構足が速く一定の距離を保たれてしまう。まるで何処かに導かれているように。すると森の奥でそいつは立ち止まった、そしてフェアツの方を向く。
顔が見えた分かった、首にはしめ縄と前掛け、そして特徴的な青色の入れ墨のような文様。非常に特徴的だ。だが鳴くだけで何と言っているか分からない。だがこんな時は能力を使用すれば良いのだ、右耳を狐の鳴き声が翻訳できるように変化させる。
するとしっかりと聞こえる、狐の声だ。
「ようやく聞く気になったか!この小娘が!」
「……?」
「我は[團]じゃ!黑焦狐の分身体の一人にして四方神青龍を扱う狐じゃ!!」
「霊?ってやつじゃないの?」
「違う!我は普通の狐じゃ!貴様みたいな小娘には分からんだろうがな!!」
「何、小さいくせに」
そう言いながらしゃがみ、目線を合わせる。それが馬鹿にされたと感じたのかカワイイキレ方をする。
「なんだと!我を馬鹿にするな!殺すぞ!」
「無理だよ、多分弱いもん。ちっちゃいし」
「ふざけるなよぉ!!」
小さな黒九尾が攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、とんでもなく重厚な霊力がのしかかる。それと共に黒九尾の背後から一匹の霊が現れた。
図体は小さい、何なら黒九尾よりも小さいかもしれないレベルだ。だが放っている霊力と圧が段違いなのだ。そいつは茶色の家猫だった。だがそいつの声は左耳、翻訳されない方から入って来るのだ。
「あれ、人語喋ってる」
「そうだ。僕は普通に言葉を話せるのさ。とりあえず少し離れた方が良いよ、お嬢さん」
「分かった」
少しだけ距離を取った。直後黒九尾が吹っ飛んだ。猫が捲り上げたのだ、尻尾で足元から全身を。そしてすぐに跳び上がり、一本の手で傷を付けた。
「いたぁい!!」
「あまり関係ない人に手を出すんじゃない、怒られるぞ妻に」
「……仕方無い」
刹那二匹は一瞬にして姿を消した。フェアツは訳が分からなかったがとりあえず楽しかったので良い事にした。とりあえず学園へと帰る事にした。
その途中、ただの空き地で乾枝を見つけた。霊力反応はあるが他の能力者も大量にいる、しかも目だけなので気付く事はできないだろう。何となく見てみる。
するとどうやら能力の練習をしているようだった。だが何度も何度も倒れ、少ししてから起きてを繰り返している。上手く使用する事が出来ないと言っていたが今も練習しているとは思ってもみなかった。
そこでふと考えが過ぎる。普通の人間ならそれぐらい分かっているだろうと指摘はしない所だ、だがフェアツはその普通が分からないので当たり前のように指摘した。
「なんで霊力抜かないの」
唐突に現れたフェアツに驚く。だがすぐにその指摘の意図を考えた。そして思いつく、天才的な閃き。フェアツの言葉だけでは足りなかった。でもそこに乾枝の修練が重なり到達した。
「そうだ!霊力を抜けばいいんだ!!」
「なんか分かったの」
「あぁ。ちょっと手伝ってくれないか」
「良いよ」
乾枝の前に立つ。その後立ち尽くしていると乾枝が霊力操作を始めた。何をするかと思っているといきなり触れて来た、その後能力を発動する。
するとフェアツの体が動かなくなる。筋肉の活動が停止した、全く動かなくなった体が不思議だが乾枝がとても喜んでいる。それを見て何だかフェアツも楽しくなって来た。
「そう言う事だったのか!腕だけに霊力を込めればいいんだ!今まで全身に流そうとしていた霊力が間違いだったんだ、腕だけに流せば、止まるのは腕だけだ!なんでこんな事に気付けなかったんだ……」
「別に良いじゃん、今気付けたんだし」
あまりにも楽観的な言葉だ。だがそれが気に入った、乾枝の能力操作の件に気付くことが出来たのはフェアツが初めてだった。それはフランクな関係性であり、まだ能力に対する解像度が浅かったからこそ出来た事だ。
もしかしたらフェアツが来なかったらこうはならなかったかもしれない、本当にそのレベルの事なのだ。
「ありがとよ、これで俺の能力が使えるようになった!ほんと感謝する…ぜ…?」
既にフェアツは姿を消していた。霊力反応も全く無い、どうやらいなくなってしまったようだ。だがそう言う奴だというのは短い時間話しただけでも分かってしまう。
感謝はまた後程、今はこのノっている力を少しでも極めたい、その心を優先し訓練を再開した。一方フェアツはとある人物と対面していた、意味不明な経路で迷い込んだ地下基地で一人の男と。
そいつは現在と全く姿を変えていない女、どういう理屈なのかは分からないのが実際その場に居る。その時フェアツは分かっていなかったが、数年後分かる事になる。
「どうして迷い込んだのかな?お姉さんは[リイカ・カルム]、貴女のお名前は?」
「私は[原 霧]、数年後あなたを殺す人の要になるの」
その言葉は無意識だった。ほんの数ミリも考えていない言葉。だがそれはリイカの心を焼き尽くすように、穴を開けるように、貫いた。
「お兄ちゃんをよろしく」
世界の巻き戻しが、発生した。
第二百十一話「乾枝の力」




