第二百十話
御伽学園戦闘病
第二百十話「原霧」
2002年 7月22日
原 霧は当時十歳、学年で言うと小学四年生、能力者ということさえも知らなかった。両親は酷かったが兄の[原 信次]と仲良くしていたので何とかやれていた。ただ当然心は荒んでいたし学校も行ける状況では無かったので行っていなかった。
その分兄が必死に学校も行かず、ゴミとして捨てられている教科書や参考書だけで勉強をしていた。兄は「俺に任せろ」とだけ言って心配させなかった。
そんなある日の出来事、兄が小さなボロアパートで勉強をしていたので話しかける。
「今日もおべんきょうしてるの?」
「そう。あいつらは信用できないから俺が霧を導いてやるからな」
そう笑いかけ、頭を撫でた。霧はこの生活に不満はあったものの兄に対してはしっかりと好意を持っており、唯一信頼している存在であった。
両親はギャンブル狂い、周囲の者も可哀そうな子だとばかりで何もしない、頭の悪い霧でもそれがエゴによるものだというのは理解できた。エゴと言う言葉は知らないが。
そんな中で唯一対等な立場で、優しくしてくれる人が兄だけだったのだ。それ故孤独でもあった。
「そっか。私おさんぽしてくるね」
能天気にそんな事を言って部屋を出た、そして霧の人生は終わる。
適当にいつも通り、人通りが少ない道を歩いていた。適当に虫を見たり、日陰で涼んだり、それだけでも相当楽しい。ブラブラとしていてお昼頃、少し薄黒いトンネルで誰かに手を掴まれた感覚がした。
背後からだった。危機感も無く振り返ろうとしたその瞬間、とんでもない激痛と共に意識を失った。
目を覚ましたのは数時間後だった。既に日は暮れている、兄が捜しに出ていてもおかしくはない時間だ。それは時計で確認できた。だがその時計は見た事のない物品である、何処か知らない場所にいるのだと理解する。
それと同時に急いで帰らなくてはとも思う。すぐに自身の状況を確認する。
「なにこれ」
体が椅子に縛られていて動けない。すると見知らぬ人物が部屋に入って来た。そいつは薄灰色の短髪に狐の面、そして特徴的な巫女服を身に着けている女、そう[桐生 叉儺]だ。まだ小学生である。
そして叉儺は語り出す。
「起きたか。まず説明してやろう、ここはTISじゃ。そしてお主は親に売られた哀れなガキじゃ、大人しく売られろ」
全く説明になっていない。それ以上に怖い。稀に人から感じる事がある『気』、当時は霊力を知らなかった。そして叉儺からはそれが強く感じる、気味が悪いと思う程には。
それでも分かる事がある、売られた。それ自体はそこまで問題と思っていなかった、何故ならそれがどれほど酷い事さえも知らなかったからだ。だが兄と離れ離れになってしまうのは明白、それだけは嫌だ。
「お兄ちゃんは」
「知るか。まだ売られていない、どうせすぐ一緒に解体されて内臓にでもなる。すまぬが妾達には金が無いのじゃ」
そう言って部屋の中央へ向かう。霧は扉と対面になる壁にくっつくようにして身動きを封じられている。逃げ出そうとも考えたが懸命にも年上の人には勝てないと判断し大人しくする事にした。
すると叉儺がゆっくりと近付いて来て状態を確認する。多少小汚い感じはあるが問題は無い、もうすぐにでも売りに出せる状況だ。そう判断したのか唱える。
『阿吽』
その直後一人の少年が部屋に瞬間移動して来た。青髪で謎の輪っかを自身の周囲に数個展開している。
「なんじゃ佐須魔、戦闘しておったのか」
「まぁね。それで、この子が言ってた子?」
「そうじゃ。問題は無い、今すぐにでも売った方がよい」
「…それじゃあ行こうか」
佐須魔が指を鳴らすと同時に謎の輪っかは消滅、手に小さなナイフが握られる。そして霧を縛っていた縄に霊力を流し込んでから切断し、霧をどかしてから回復術で治した。
その後霧に説明する。
「これから君は死ぬ。適当な価格で売るのさ、ごめんね。仕方無いんだ、君のような能力者がいないんだ」
だが霧は分からない、能力者が。これは兄の計らいであった。信次は自分達兄妹が能力者だと言う事を知っていたが教えたくはなかった、それはこの外で能力者がどんな対応を受けているのかを知っていたからだ。
普段から酷い目にあっている妹にこれ以上残酷な現実を突き付けたくない、そう思っての行動だ。それが良い進路に見せた悪い進路に繋がったのだが。
「そののうりょくしゃ…?それなに?」
二人はポカンとする。そして佐須魔は呆れながら霧の記憶を見る、本当に知らないのだと分かると大きな溜息をつく。
「どうしたのじゃ佐須魔、早く売るんじゃ」
「いや…売らないや」
当然意味が分からず、説明を求めるが佐須魔は先程まで霧が座っていた椅子に腰かけ淡々と、自身の感情を説明する。
「流石に可哀そうだ。それに自身の能力を知らないのならまだ何とでも出来る、今回は学園に送るよ。記憶を弄ってこっちに付くようにしておく」
「どう言う事じゃ!こやつを回収するのにだって時間をかけておるのだぞ!?」
「叉儺、ワガママ言うなよ、一応僕は三獄だぞ」
「…今回だけじゃぞ。さっさと弄るのじゃ」
「ありがと」
すると佐須魔は指を鳴らした。直後霧は佐須魔の腕の中に瞬間移動していた。驚く霧には構わず顔に触れる、そしてすぐさま能力の吸収と能力の注入、記憶操作を行った。
これで時間経過でスパイになる能力者の完成だ。それに加えて能力によって学園側に気付かれる事も無いだろう。ひとまず能力の使い方を教えておく。
「君に与えた能力は『体の変化』だ。何でも作り変えられるよ、やってみな」
記憶を弄るのとついでに使い方を教え込んでおいた。霧は言われた通り能力を使用する。すると透明になった。非日常感に喜んでいる霧を制止し、佐須魔は命を与える。
「君はこれから御伽学園という場所に言って学生をしてもらう。まぁ適当な学年に入ってくれ。情報を流してくれればそれで良い…と言っても後々の事だから今気にしてもしょうがないけどね。
それと新たな名前をあげるよ。流石に[原 霧]って名乗るのはよろしくないからね、[クルト・フェアツ]で良いかな」
「適当か?」
「適当さ。別に良いんだよ名前なんて、飾りさ」
「急に強い奴を生み出した華方の血を継ぐ佐須魔が言うと言葉の重みが違うな!」
「言葉に気を付けた方が良いよ。同年代とはいえど言って良い事がある」
「すまんすまん」
全く謝罪の念が籠っていない言葉をかけた。だが叉儺のデフォルトはそれなので気にしない。そして再び霧の話に戻る。
「さて、少し整理が付いていないかもしれないけど君は僕ら事を喋れないから。とりあえず行ってらっしゃい」
再び佐須魔が指を鳴らした。その瞬間霧は姿を消した。そして飛ばされた場所は当然、学園だ。グラウンドだった。透明なので誰にもバレないだろうと思い逃げ出そうとしたその時一人の男に声をかけられる。
「こんな夜中に何をしてる、誰だ」
この時霊力反応の事は知らなかったので何故バレたかは分からなかった。だが見つけられたと言う事は恐らくだが逃げる事も出来ない、その男の方を向く。そいつは現在と全く変わっていなかった。
そこには夜の闇のせいで見づらいがそれでも目立つ水色の髪、そして凛々しい顔立ちに添えられている眼鏡、この熱帯夜には到底合わぬ冬着の男がいた。
「私透明なはずなのに、何で分かったの?」
「霊力反応も知らないのか。本当にどうやって来た」
「…」
「言う気は無いか。まぁ良い。俺には関係無い事だ、だがお前を返すわけにはいかない。付いてこい」
その青年は霧の手を取り学園に入った。そして理事長室まで向かう。ノックのせず扉を開く。すると二人が入って来た事に気付いた理事長が口を開く。
「誰だい」
それは霧に向けられたものだった。理事長はこの島に住んでいる者の顔と名前、そして能力などの情報を自身の『記憶操作』で沁み込ませているのだ。
だが目の前にいる人物の情報は引き出せない、知らない奴だ。
「私は[クルト・フェアツ]、この島にどうやって来たのかも知れない」
本当は知っているが口が勝手にそう言った。だが自分では普通に「瞬間移動出来ました」と言ったつもりである、それが佐須魔の対策だというのはすぐに分かった。そしてそれが分かると言う事は多少頭も良くなっているようだ。
「そうか。少し、記憶を見せてもらおう」
そう言いながら席を立ち、フェアツの元へと足を進めた。そしてフェアツに触れると記憶を覗いた。だが本当に分からない、というよりも抜け落ちている。
少し不可思議ではあるが分からないのなら何も出来ない。ひとまず学園で保護をし、問題がありそうであったらその都度対応を考えれば良い、と判断を下した。
「もう夜も更けている、今日は学生寮を使いなさい。年齢的に小学四年生だな…でも勉学が行き届いていないな、二年生から始めよう。それぐらいの知能はありそうだ。では連れて行ってくれるかな、ラック君」
「はいはい。そんじゃ行くぞ、俺はもう帰らなくちゃいけないんだ」
フェアツの手を掴み、理事長室の窓から飛び出して身体強化を使用、そして物凄い速度で小学生寮まで突っ走った。その後は本当に軽い部屋を説明し適当な部屋に突っ込んで姿を消した。
少し速すぎて分からない部分もあったが特に問題は無い。最悪別の人に聞けばよいのだ。既に数時間寝ていたし、兄の心配が非常に強かったが眠気が凄まじい。
初めての能力を使ったからだろう。ひとまず眠りに就こう。
こんにちわ
(…?誰?)
僕はエンマ、ちょっと君が気に入ってね。少しだけお話しをしようか
(喋れないけど…)
心で喋ってるだろう?それで伝わるから大丈夫さ
(分かった)
それじゃあ問おう、君は何がしたいかな?
(お兄ちゃんと会いたい)
……分かった。用が出来ちゃったからもう帰すね。ただ安心してくれ、良い子にしてれば合わせてあげるよ。あまり良くない形ではあるかもしれないけれどね。
「起きてください」
その声で目を覚ます。外は明るい、やって来たのが誰か見ると一人の少年だった。当時十四歳、中等部。呼んでくるように言われたので渋々やって来た男、[乾枝 差出]だ。
第二百十話「原霧」




