第二百九話
御伽学園戦闘病
第二百九話「素面」
「いきなり乱入ですか」
「別に良いでしょ。負けそうだったから、さっさと殺して行く」
「ちょっと見くびり過ぎじゃないですかね?僕だって強くなってますよ?」
「知らん。さっさと死んで」
正直原の事などどうでも良い。それより先に矢萩の元へ行きたいのだ。だがこの状態の拳を置いていく事は出来ない。なのでせめて誰かが助けに来るまで戦う事にした。
だが出来れば両者万全の状態で刀を振るい合いたいのだ、こんな奴に時間をかけている暇は無い。誰かが来たら速攻で離脱しよう、そう考えていた。実際に誰かが来る時までは。
「どうせ霊力はほぼ使わないだろうから…半分ぐらいはここで使うよ。おいで、黒狐」
すると黒狐が姿を現した。だが詠唱をしなかったからかは不明だが上手く呼び出せなかったようで、普通の人と同じ程度にサイズで姿を見せた。
ただ特に問題は無い。さっさと倒すだけだ、原ぐらいそんな困る敵ではない。
「刀は抜かない、体術と黒狐だけで倒す」
そう言った水葉は構え、動き出した。それと同時に黒狐も動き出す。原は先に拳をやりたかったがこうなってしまっては無理がある。急いで水葉の方にターゲットを変えた。
そして勝機がある事に気付く。水葉の特性、そして舐めた戦い方、その二つさえ知っていれば勝ててしまうだろう。最悪救援が来ても矢萩に到達する事が無ければ良いのだ。一気には決めない、ゆっくり着実に追い詰める。
「残念」
まず水葉の攻撃を普通に受け、黒狐の攻撃もかわさなかった。その行為の意味が水葉には到底理解できなかった。何故なら二回の攻撃はどちらも手を抜いている、手加減しているのだ。
当然死ぬことは無い。原から見てもそれが分かる程度には力を抑えていた。なのにも関わらずまるで復活が分かっている時の様に易々と突っ込んだ。
「…何かあるんだ」
すぐに見抜かれてしまった。だがそれでよい、今は追い詰めることが出来ればよいのだ。ただ水葉の霊力を半分まで削る事が出来れば何でもよい。
「まぁ良いか。そこまで分かりそうには無いし、ひとまずぶっ飛ばす。拳はさっさと体勢立て直して」
「俺もやってる!!でも体が動かねぇんだよ!!」
「はぁ……あっそ。じゃあ良いよ」
頼りにならない拳は放っておいて、まず黒狐に指示を出した。指示は出さない、何をしたいかがバレるからだ。原に対して効力を持つ攻撃法は二つ、気絶寸前で時間を稼ぎ気絶、または数えきれない回数殺して霊力を尽きさせる事、その二つだ。
だが後者は対策があるだろう。崎田が作り出した霊力補給チョコのように何か霊力が増す物を持っているはずだ。となると前者で戦うが得策、出来るだけ手加減しつつ攻撃して死の直前に追い詰めなくてはいけない。
「無理ですよ」
そう思い水葉も動き出そうとした時その声が耳に入った。思考が読まれていたのは百歩譲って何故そんな事が言えるか分からない。原は傾向としてあまり嘘を付かないのだ。
特に戦闘中であれば。ただ今回は嘘を付いた、ように感じた。勘だ、完全に勘だ。もしかしたらそんな言葉だけで水葉が止まると思ったのかもしれない。そんな事は絶対に無いが。
「戯言言ってないで戦ったら」
黒狐と同時に攻撃を行った。かぎ爪と殴打、そこまで弱く無い攻撃だ。原は一瞬苦しそうな顔をしたが水葉の腕を掴み反撃のキックを腹部にくらわせた。
唐突な反撃で身構えていなかったのもあるがそれ以上に強かった。七ヶ月近く戦っていなかったので強くなっているのは当然だが想定外だ、強くなりすぎている。
息切れが凄まじく、頭に血が回らない。必然の如く思考は回らないだろう。どうにもならない、その思考が過ぎったが無視した。こんな一撃で止まるはずがない。
そう思った時だった。体が動かない。集中すると心臓が物凄い勢いで動いている。酸素が足りていないのだ。そこまでは考えられたがそれ以上が分からない。とりあえず立つ事にした。
「何…した!」
「僕が勝つ為の戦い方をしたまでです。お気になさらず」
そう言いながら殴り掛かって来る。とんでもない奴だ。急いで回避行動に移ったが間に合わない、と思うも束の間黒狐が間に入った。すると問答無用と言わんばかりタックルを行い、吹っ飛ばした。
だが流石にタックルで殺さないのは無理があったのか一度死んでしまった。完全回復を果たした原は元気そうに再び殴り掛かって来る。ただそれを許さない、保護者が。
「それ以上僕の娘に近付くなら容赦はしないよ。今の内に撤退する事をオススメする」
優しい口調ではあった。だが確実に怒っているのが伝わって来る声色、流石最強格の狐霊だ。特殊な霊ではあるので狐神になれないのは仕方無い、だがこいつがどれだけ強くなれるのかは襲撃時に相対してから心の片隅でそう感じていた。
原は怯まない。むしろ怒っているのなら思う壺である、煽る必要は無く水葉を攻撃するだけでこちらのゾーンに持ち込めるのだ。もしかしたら思っている以上に簡単に勝てるかもしれない。
そう思ったのが馬鹿だった、と直後分からされる。
「ゆっくりで良い…息を吸って…力を籠めて…放つ!!」
基礎の基礎、薫との地獄の一ヶ月で一番最初に教わった事だ。そして放たれた拳は原の顔面に直撃した。そのまま吹っ飛ばされた原は受け身を取ろうとしたが間に合わない、というよりも出来なかった。
黒狐が背後に回り込み、噛みつかれたのだ。だが千切られたわけでも無いし特に力が入れられたわけでも無い。身体強化が無いと言う事は力はあっても防御は捨てているようなもの、軽く牙を当てるだけで充分だ。
「ナイス。とりあえずそれで待機…」
そんな事許されるわけが無いのだ。原は覚悟を決めて来ている、これしきの事自分でやれる。
「舐めるなぁ!!」
雄叫びを上げながら血が流れ、絶え間ない痛みが走る体を無理矢理動かし。軽く刺さっている牙に自分から刺さって行く。その行動は死につながった。
そして体が真っ二つに裂け、即死した。だが原はすぐに生き返る。口の中にある上半身は消失し下半身とくっついた。すぐに意識を取り戻した原は水葉目がけて走り出す。
「黒狐!」
「間に合わない!」
即答されどうするべきか分からなくなる。パニック、起こってしまった。パニックが。
水葉の弱点だ、原はこれを狙っていた。こいつはずっとそうだった。稀に佐須魔からの映像を見せてもらっていたがそこからも予兆はあったのだ。薫との体術訓練も覗き見ていた、明らかに呼吸を大事としていた。
薫が辟易してしまう程には。それが何をもたらす行為かは分からなかったが、何か弱点になる事だけは分かっていた。そこを狙った。先程水葉が動けなくなったのは肺を殴ったからである。
本人でさえも自覚出来ない小さな手の動き、水葉の体に触れる瞬間にアッパーに変えたのだ。そして肺を殴り空気を押し出した。それが軽いパニックに繋がり、そこからはもう累乗的に悪くなっていくだけだ。
そしてここまでやって来た、正真正銘パニックまで。
「水葉!!」
拳が叫び助けに入ろうするが体が動かない。黒狐も走るが間に合わない。
どんどんと息が苦しくなり、体が震えて来る、そして死が近付いているのが実感できる。ここ数年一度も発症していなかったパニック、だが何故だかここで出てしまった。こんな一番、出てほしくないところで。
もう拳を握る力も無い、顔を上げる事も出来ない。目をつぶり硬直した。原が全力で拳を振り下ろしたその時だった、一本の白い羽が原の心臓を貫いた。
「…は?」
直後水葉を連れて行くようにして羽達が動き、連れて行ってしまった。黒狐は何が起こったか理解できた。
「久々に見たが……遅いぞ」
「構うものか。私だって地獄から抜け出すと妻に怒られるのだ。あと三百年、無理は出来ないのだよ」
空に一匹の鳥霊が舞っているのだ。真っ白で、大きな白い鴉。現世の誰かと仲良くならずとも喋る事が出来る唯一の枠組みに属す一匹。
二百年近く生きた正真正銘のバケモノ、[ハールズソンラー・ロッド]。今宵まで続くロッドの一族で初めて生まれた能力者、彼女は「霊でハーレムを作る!」と言って大量の強い霊達と巧みな技術で契約を結んで行った。
その後二百年以上生きながらえた後死亡、黄泉のマモリビトに選ばれた。そして言った、『私の持ち霊に[奉霊]と名をつけ現世に留まる事が出来る』と。
その一匹、白い鴉だ。
「まぁ良い。とりあえず水葉を頼む。僕は…」
黒狐が動き出そうとしたその時白い鴉が叫ぶ。
「やめろ!!」
言われた通り攻撃をやめ、距離を取った。すると天の影が動く。そして振って来た、殺意を向けた水葉が。それと同時に白い鴉は天に昇って姿を消した。
黒狐は舌打ちをしてから水葉と共に攻撃を行おうとする。だがそれは不可能だった。原は上から落ちて来ているのを影で察し、回避したのだ。
するとどうなるかは明白、地面に衝突する前に黒狐が受け止めるはめになり攻撃を止める事になった。だがこれで助かった。水葉もしっかりと息を吸いようやく正気を取り戻した。白鴉の件は後々聞く事として、動き出した。
「刀は抜かない、だけどもう必要無いから」
刹那原に重なる一つの影。
「死ね!!」
急に拳が動き出したのだ。意味が分からないが動いているのは事実。そして拳を振りかざして来ているのだから避けなくてはいけない。ただ正面からは水葉と黒狐、後ろからは拳、横に避けるには動作に時間がかかる。
今できるのはどちらかへ攻撃する事だけだ。ならば一回殴るだけでよい拳の方をぶっ飛ばす。どうせ気合で起きただけだ、もう一度殴れば再び倒れるはずだ。
「俺の勝ちだ、拳!!」
二人の拳が交わった。先にぶつかったのは原の拳だった。だがあまりにも手応えが無い、全くと言っていい程硬くないのだ。むしろ柔らかい、まるで、女性の体のように。
その瞬間皆の動きが止まった。貫かれたからか姿を現したのだ。霊力を消し、姿も消していた彼女の目と髪が。
「フェアツ!!」
だがいつもとは違う。黒髪では無く茶色の長髪、そして目もシンプルな黒目だった。全く着飾っていない、正に素面の姿だ。隠す必要が無くなった、むしろ隠したくない。
原の前だけでは、この姿でありたかった。
そして背も縮む。最後には体のパーツが変わり、小さな女の子が現れた。原は目を見開いて驚愕している、水葉も同じだ。資料で見た事がった、TISの資料で。
「なん…で…フェアツが…」
数秒の沈黙が続き、原が唯一の家族である妹の名を口にして、呼びかけた。
「なんで…霧…」
霧は答える。
「久しぶりだね…お兄ちゃん」
第二百九話「素面」




