第二百八話
御伽学園戦闘病
第二百八話「窮地」
先に仕掛けたのは拳だった。当然原相手ならば手加減しなくてはいけない。だが完全に本気だ、フルパワーかつ本気で殴り掛かっている。
原自身も不自然さは感じたものの体術で勝てない。そちらに意識を向けるべきだ。二人の各党が始まった。拳が思い切り殴る、すると原は一撃で死んだのか傷が一瞬にして治った。
「弱いなぁ!!」
そう言いながら今度は蹴りをお見舞いした。その時原は感じる、拳も本気なのだと。
「蹴りねぇ…急襲作戦ぐらいまでは使わなかったよね。なんで使うようになったんだい」
今度は攻撃をあしらい、そう訊ねた。すると拳は攻撃の手を止めずに答えた。
「俺はお前らを殺すんだ!!砕胡がいないのがムカつくがまぁ許してやる!!お前の死でな!!」
次の攻撃は思っている以上に速かった。足を使うようになったからか攻撃のスパンが短くなっている、原は鍛えているとはいえ最強格の身体強化使いと戦うのは至難の技だ。
とはいえやるしかない。他の者はそれぞれ戦っている、あまり迷惑をかけることは出来ない。それに拳を足止めできるなら多少苦しい思いをしようが問題は無い。他の重要幹部が不意打ちで腹部を貫かれたりするよりかはマシだ。
「君は普段どんな訓練をしているんだい?少し粗が目立つよ」
直後拳の首元を蹴られた。一瞬だったが息が止まった。意識が飛んだりする気配は全く無かったが非常に屈辱的だ、身体強化すら持っていない奴に首と言う一番大事と言っても過言では無い箇所を攻撃されたと考えると。
だが拳の戦闘には支障が出なかった。成長しているのだ、少し気にくわない事があったからと言って何も考えず、自分勝手に動いていた少し前までの拳とは違う。
姉の死が原因かも知れないし、年齢での成長かも知れない。ただ言える事は一つ、強くなっている。作戦は相変わらずだが少なくともショボいヘマはしないだろう。
「流石に無理か…まぁイイか、元々これで倒すつもりはなかったし」
原はそう言って距離を取った。そして距離を詰めて来る拳の眼前で思い切り手を叩いた。猫だましだ。だがここでそんな行為をしてくるとは考えもしていなかった、まんまとくらってしまったのだ。
身体強化を使っているのでそんなに長くは無かった。だが一秒程動きが止まってしまった。その隙にとある部位を蹴られた。
「狙うは停止、さ」
叩いた手の形を変えた。それはピースと同じ形だ、だが向けている方向が違う。普通は上に向かっているが、指先が拳の眼球の方を向いているのだ。
何をされるかは理解した。だが体が追いつかない、何とか腕を動かしたその時には到達していた、眼球に。そう目潰しだ。ジンジンとする激痛と視界を奪われた感覚、いとも容易に失明した。
「TISはトップ層に身体強化を持っている方がいないんでね、少々考えて見たんですよ。やはり当たっていた。どれだけ身体強化と言ってみようが急所はある、どんな状態でも急所に成り得る場所は数個所あるがその中でも潰しやすい場所、眼」
五感の一つが奪われた。だが拳の身体強化はあまりにも強く、五感も全て鋭くなる。たった一つが潰された程度でどうにかなる力では無いのだ。
聴覚だ、聴覚で戦えばいい。拳は急襲作戦から数ヶ月の間悲しみに暮れながらも鍛える事はやめなかった。そして鍛えた場所は身体ではない、感覚だ。
健吾を見て感じたのだ、感覚を研ぎ澄ませば更に強くなれる。だから聴覚を鍛えた。兆波や薫の助けも借りながら鍛えに鍛えた。その結果五感では現せない"特技"を手に入れた。
「見えてんだよぉ!!」
放った拳は偶然か必然か原の胸部を貫く、ただすぐに直った。だが原は少々困った様な表情を浮かべた。そして何が起こったのかを理解する。
「健吾さんを見て聴覚を鍛えたんでしょうね…その結果ある事を身に着けた、超人的な空間把握能力。小さな音だけで感じる取る事が出来るようになったんでしょうね、周囲の場面が」
その独り言でさえも拳にとって大きなヒントだ。すぐに蹴りが放たれた、と思ったのも束の間拳も飛んで来た。意味が分からない、体勢的に厳しいはずだ。
そう思い注視する。笑いが零れる、戦闘病では無くアホを見て起こった笑いだ。
「バランスは無視か!?もう後は考えずとりあえず殴ろうって算段なんだな!?じゃあ僕も付き合ってやるよ!!どうせどっちも引き留めたいんだ!!イイ暇潰しじゃないか!!」
「うるせぇ!!!」
原はしゃがみ込むような動きを取って回避した。だが拳はしっかりと感じ取っており地面に着けている左足を使って蹴りを繰り出した。一度地面から足を離すと言う事は「どうぞ無抵抗なので殴ってください」と言っているようなものだ。
そんな大きな隙を見逃すわけが無い。原は右足を左手で掴んでから右手で思い切り顔面を殴りつけた。半分すっ転んでいる体勢故反撃が出来ない拳は身を任せるしかなかった。
三秒の猛攻、地面に墜ちた時痛みは感じなかった。本人も感じていた。
「神経…イカれたな…」
その時一気に時間が無くなった。流石の拳といえども神経がぶっ壊れると余裕は無い、最初は足止め出来れ良い程度の認識だったが改める事になった。
「しょうがねぇ…ぶっ殺す」
「僕は勝ち逃げで、行かせてもらいますよ」
形勢逆転ではない、今形勢が形成されたのだ。もう迷っている暇は無い、そこにいると少しでも感じたら速攻で殴りをぶち込むだけだ。
ただ逃げに徹する原を捉えるのは困難を極める。だからと言って逃がすわけにもいかない、どうにかして捕まえる方法を考えなくてはいけない。
だが流石拳、何も思いつかない。
「…やりながら考えるか」
結局考えている時間が無駄だと思い早速動き出した。ひとまず位置を確認しようとしたが先程までいた場所にいない。動いていないだけかもと感じたがそよ風が吹く、いるなら風が形を模るはずだ。
だがそれもなかった。その時点でそこにはいない、いるとしても時間を使うのがもったいない。先に次の逃げ道を潰しておきたい。そして今度は少し強い風が吹いた。
「そこだ!!」
感じた先は自身の真上、木の枝だ。その木に向かって思い切り蹴りをお見舞いした。すると鈍い音を立てながら崩れるようにして倒れた。
その瞬間何かが動く気配と息遣いを感じ取った。それさえ出来てしまえば楽勝だ。しっかりと意識を向け、集中していれば逃がすことは無い。
何処かで隙を突くだけの簡単な事だ、出来ないと言う欠点を除けば。
「中央の住宅街以外は基本森です。しかも毎試合謎のエネルギーで木や建物は直る。それが何を意味するか、僕の逃げ場はこの島全域ですよ。
まぁ他の人達とぶつかってしまうかもしれませんが…何とかなるでしょう」
そこは適当なのだが言っている事は的確である。何よりその発言の目的は煽ったりする為ではない、留めたいのだ。このままだと他のTIsメンバーに飛び火する可能性がある。だが今拳は原に夢中だ。その内に倒す事が出来れば生徒会最強格を何の被害も無く倒す事になる、そうなったら最高だ。
なので出来るだけそこへ着地したい、そこに着地できれば有利に進む。この戦いでTISは消耗するわけにはいかないのだ、次のエスケープチーム戦でラックを潰す為に。特に三獄は。
「分かったぞ!!お前の目的!!」
拳は見抜いた、そして走り出す。全く関係ない方向へ。原は焦り、木を飛び降りて全速力で追いかける。だが唐突に拳は足を止めた、そして振り向き拳に力を込める。
何をしたいかは分かる、だが既に間に合わない。拳は全速力と見せかけて大した距離で走っていなかった、目的は原を誘き寄せる為だ。
原は拳よりスピードは低い、となると当然全速力で走ってくるはずだ、急ブレーキをかけても慣性で進む程度の速さで。
「馬鹿が!!」
この時原の頭の中では様々な思考が巡っていた。だが結論として「どうせ本気で殴って来る」となった。なので受け身も取らずせめてもの抵抗として反撃の構えを取った。それが命取りだった。
拳には作戦は無い。だがセンスはある。
これまでの本気で戦っていたのもここに繋げるために無意識にやっていた行為だったのだ。こうして、騙す為に。
その打撃は今までと違い体を貫通することは無かった。ただとんでもない音を立てながら原の腹部を揺らしただけだった。拳がここまでやれているのはセンスによるものだ。そのセンスとは力加減も含まれている。
何回か攻撃を行い作り上げた最高の加減、万全の状態で殺す事無く放つ最大威力のパンチ。それをくらわしたのだ、このタイミングで。慣性による多少の威力増加も含めて、感覚で。
「がぁ!?」
変な声を上げながら吹っ飛んだ。そして体を起こそうとする。ただ何故か持ち上がらない。一撃で体が限界を迎えたのだ。本来ならここで追撃を入れられて、復活して、追撃を入れられての繰り返しで果てしない死を経験し、いつか分からぬ霊力枯渇で敗北だっただう。
予測していたのだ、しっかりと。
「…あ?」
拳の体も動かなくなった。一気に体の力が抜け、倒れたのだ。二人は向かい合うようにして横たわっている。両者起き上がろうとはしているが限界なのだ。
意識を保てているだけ充分、そう思って欲しい程だ。
「神経をぶっ壊したんだ…あんまり無茶しちゃだめだろ…」
大無茶前提の戦い方だった、それが良くなかった。原は多少時間が経てば慣れて立ち上がれるだろう。だが拳はもう体全体がおかしくなっている、弱っている訳では無く狂っているのだ。
その症状として自由を奪われたわけで、時間が解決する問題ではない事ぐらい明白だ。
何の変化もない三分が経った、拳は霊力も尽き掛けている、多少増えはしたがこうなっては意味も無い。そして絶望、お先真っ暗だ。
「やっと…立てた…!」
原が立ち上がった。生まれたての小鹿の様に足を震わせながら、足を地面に立て、体を支えた。拳は苦しくなる一方だ。もうどうにもならないだろう。
「ちょっとは苦戦しましたが…俺の勝ちだ…身体強化、欲しかったんだよ」
ぶつぶつと語りかけているのかも分からない言葉を口にしながらヨロヨロと近付いて来る。何とか抵抗しようとするがやはり動かない。
すぐそばまでやって来た。そして拳が頭蓋骨に向かって振り下ろされたその時だ、声と肉が刃に貫かれた音がした。
「山窮水尽。まぁ絶体絶命とあんまり意味は変わらないけど最近覚えたから使ってみた、良いね響き」
腕が切り落とされた。一本の無銘によって。この戦い、TIS学園側どちらを見ても無銘を扱っているのは一人だ。
高等部一年、その中でも異彩を放つ天才。
「さっさと矢萩の所に行くから」
姫乃 水葉
第二百八話「窮地」




