第二百五話
御伽学園戦闘病
第二百五話「神」
現れた黒龍の風貌は正に怪物、無数に立ち並ぶ黒い鱗、荒々しくなびく髭、そびえ立つ山のような形をした大きな四本の牙、そしてその全てを隠してしまう程目に留まる大きさの図体、そして溢れ出している霊力。
こいつはヤバイ、真波でも瞬殺されかねない。それに加えてアヌビスや鳥霊もいる、最大限注意して速攻を仕掛ける。
「500」
真波がそう言うと身体の機械達が一斉に活動し始めた。元々動いていた物も変わらず稼働している。そして蒿里は大体の仕組みを見るだけで暴いた。
「心臓…?いやもうちょっと上、首との中間ぐらい。そこで霊力を生み出している。そして今行った500っていう数字は消費霊力の事でしょ。
自分で生成できるから500は一度の霊力消費って事でしょ。ちょっと怖いけど…この黒龍はそれを凌駕する力があるの。ごめんね、強者で」
完全に煽っている。だが前までの蒿里なら不敵な笑みを浮かべながらそう言っていたはずだ。だが今回は違った、真顔で、煽っている様にも聞こえない声色で言ったのだ。
だが、逆に真波にとっては重く聞こえた。何とも言えぬ畏怖的感情、だが500を一気に消費した。霊力指数は500以上になると何が起こるか分からない。それ故自動で溜まる霊力は500に決めている。
と言う事はストックしておいた分を初っ端から全て消費してぶっ放すのだ。
「私は一つ、お前に言っておかなければいけない事がある。お前らと私とでは霊力指数の価値観は全く違う、500は端数。回復に必要な秒数は、コンマ三秒」
次の瞬間真波の手からとんでもない霊力をまとった光線が放たれた。流石の蒿里でも一瞬冷っとしたが幾千数多の手数の中から防御の手数を一つ選ぶだけだ。
その中でも超簡単で、一瞬で使用する事が出来る能力。
『妖術・上反射』
黒龍が蒿里の前に立ちはだかり、更にバリアが展開された。それは妖術の中で基礎も基礎、使えない者はセンスが無いので戦闘の道を諦めるしかない、そう言われる程に簡単な術だ。
だがコストに見合っていない強度なのだ。
「多分だけどあんたは私の事を見誤ってる。どれだけの能力と持って戦ってると思ってるの、上反射だけじゃない。なんなら術式、人術、念、念能力、呪、それに武具、その全ての防御効果がある物を重ね掛けしても良いんだよ。
その場合ダメージは何倍にもなって反射、あんたが死ぬけどね」
はったり、でまかせかもしれない。だがそう思い込ませるには充分すぎる実力と態度、そして戦績を兼ね備えているのだ。真波は即座に回復した500の霊力を使用して自身に対して疑似身体強化を行った。
ただあくまでも"疑似"の域を抜け出すことは出来ていないので500使っても精々光輝や兆波程度しか強化は出来ない。出来れば拳の力まで到達したいところだがあれは特異体質にも近いので参考にはしないようにしている。
「殺します」
物騒な言葉が聞こえたと思う間もなく真波が距離を詰める。真波は機械と呼べるか疑問が残るが記憶を覗く事も出来る。だが脳みそや精神も無理矢理強化しているのでレアリーや佐須魔、薫など同じ能力を持つ者と違って常時発動している。
そのおかげで戦闘に関する情報は凄まじく、紫苑の記憶を覗いて上反射の対処は知っている。通り抜ければよいのだ。
「…馬鹿?」
蒿里の一言を聞いてからでも遅くは無かっただろう。だが回復は出来る。好奇心が勝ってしまいそのまま殴り掛かった。だが通り抜けようとしたその時まるで拒絶されたかのように突き放された。そして反射のバリアに触れた右半身が焼け落ちた、機械の部分だけだが。
「…?なんで?紫苑の場合は通れた…」
少し顔を上げ、蒿里の方を見る。
「いや、私の身体が能力で出来たものだってのは分かる。だけどなら紫苑が無理なの?なんであいつは許されて私が許されないの?」
その時蒿里は察した。真波が記憶を覗いて、今自分が言おうとした事を先取りしたのだと。だが意味が分からない、それと同時に焦る。
「すぐにでも!!」
「待って」
冷静な一声に正気を取り戻し、一旦落ち着く。そして何かありそうなので視線は絶対に外さずに話を聞く事にした。
「どういうこと」
「お前持ってないっけ、記憶透かし」
「無い」
「あっそ。じゃあなんで紫苑がそれ通れるか分かる?"私と同じ"なのに」
一瞬だが思考が停止した。先程まで言っていた事も考慮するとまるで「紫苑が能力で出来た物」のように聞こえる。だが蒿里は紫苑を人間だと知覚しているし、素戔嗚だって、ラックだって、なんなら教師陣だってそう言っていた。
何故真波一人が人間ではない、と言っているのかが分からない。
ただ蒿里には自分とは違う結論を導き出した者に対する態度は分からない。どうせ嘘っぱちだと思い戦闘体勢に入る。だがその時、根拠が提示される。
「アイト・テレスタシア、能力者戦争の五英雄、そのリーダー。そいつは大昔に空十字 紫苑を作った…いやこれは違うのかな…語弊があったよ。
アイト・テレスタシアは大昔空十字 紫苑の原型を作った。そして生成を断念、その後仮想のマモリビトが原型を少し改造してひな形へと逆戻し。最後に好きなように弄って完成、って流れかな」
流石の蒿里でも意味が不明だ。もう訳が分からない、そういう年齢なのは分かる。だが真波は確実に蒿里の脳を覗いた、となるとそう言った事が分かるのも不思議では無いのかもしれない。
これも本当の事である可能性は非常に高い。となると奇天烈な解説も何処か信憑性がある。
「それ、本当?」
「嘘を吐く理由、ない」
「確かに…」
別に攻撃して来る気配もない。かと言って霊力を操作している訳でもない。完全に戦闘を中断して言葉を綴っていたのだ、本当にそれが事実なら少々厄介事へと進展するかもしれない。
出来れば止めておきたいがそれはまず目の前にいる真波を倒してからだ。
「まぁいいや。どうせ後々分かる事だ、今はあんたをぶっ殺す」
「あっそ。じゃあ私も」
二人が再び戦闘体勢に入った。そして動き出す。真波は300を使用して再び身体強化をかけた。蒿里は黒龍に指示を出す、自分より前に出て蒿里の姿を隠す様にと。この際どれだけ遠回しに伝えても見透かされているので意味は無い、単刀直入にぶっこむのだ。
だが真波にとってそんな事はどうでも良い。それより今行いたいのは最大放出での光線を黒龍にぶつける事だ。真波は今まで強い霊や能力を保持している者には片っ端から喧嘩を売ってボコボコにして来た。だが蒿里はやってくれなかった、黒龍を持っているのは知っていたしなんならTISだと言うのも知っていた。
だが興味が無かったから力だけを見たかったのだ。今それが叶った。
「黒龍ってのは凄いんだな…こんなにも轟轟と鳴っているのが誰にも気付けないなんて…ホント機械じゃないただのニンゲンは馬鹿だな」
鳴っているのは常人には到底聞き取れない細かすぎる霊力の動きだ。それが真波には音として感じ取ることが出来るのだ。そして黒龍は今まで見て来た霊に比べて一段と風格が違う。
多数の神話霊、神格、奉霊など強力な霊を見て来たがこれほどではなかった。最高だ。
「500!」
産声。感情の籠った言葉はこれが初めてだった。真波の人生では。
コインロッカーベイビー、全てはここから始まった。そしてここで一度終わった。
死を体験し、エンマの寵愛を受ける。生まれた時の能力はただの身体強化だった。だが佐須魔がTISとして動き出した時に手あたり次第能力を奪っていた時期があった、その時に能力を奪われた。
だが生きていて一度も能力を使った事が無かった真波は急に能力を引き抜かれた事によって命を落とした。あまりにも唐突だったので佐須魔も焦り、機械化という能力を与えた。
その後はひたすら力を求めた。だがある一定のラインで止まってしまった。
「人と神の差」
現在最も神に近しいニンゲンは佐須魔だ。それはニンゲンとして最も近い者。だが真波は既に越えていた、人を越え神の領域に到達していた。
ただそれでも成長は止まった。それに絶望し何のやる気も無くなった。そこで中等部の生徒に魅かれた、何とも言えぬあの感覚はもう覚えていない。
だがはっきりと覚えている事がある。
「あいつらには何か成す力が付く、将来」
目にする事は不可能のようだ。だが感じている、未来への道筋は作ってある。その軌道に乗れるかは彼女ら次第である。ただ言える事はある。
「私は、ここで死んで、糧になる!!その為に作ったんでしょう!?ねぇ!!主様!!!」
違うよ。君は所詮ニンゲン、私の思考を理解できると思わない方が良い……まぁ言うとすればこうなる未来が見えてたから、こうやって絶望する未来が
「…え」
絶望。紫苑の事を理解できたのは自分自身が創られた存在だったからだ。そして否定されてしまった。脱力感に見舞われる。だがその時マモリビトですら想定していなかった事が起こる、言葉が息を吹き返した。
大会直前、咲が言った言葉。
「頑張りましょうね、皆さん」
その皆さんに真波は含まれていないと感じていた。圧倒的な力、違うモノなのだから。だが今思い返せばそんな事は無かったのだろう、そもそも咲は真波が普通のニンゲンでは無い事を知らない。
ずっと捻くれていた。二人のマモリビトの影響を受けたのだから無理はなかった。だが言葉の意味をしっかりと受け取る事など自身の選択で出来た事のはずだ。
だがしなかった。跳ね除け続けた。それがどれだけ愚かな行為だったのかは今、痛感した。だがもう遅いのだ、目の前で鳴る霊力には圧倒されてしまっている。
「私は私なんだよね…いや…でも…」
再び思考が流れる。その瞬間だ。
「あんたはあんた、それ以外に何があるの」
蒿里がそう言った。始めて真摯に受け止めた言葉はそれだった。生まれ落ちたその時から傷付けられていた心に沁みるようにして響く言葉。
見方が変わっただけだ。だがそれでも、それだけでも、これ程世界は変わる。
「…別にこんな景色が見たかったんじゃないや……私は……私はただ力が欲しい!!」
「それが本心?」
「うん」
「…そう。それなら私も、本気で行く。次の事なんて考えないよ、貴女に全部ぶつける。還っておいで」
黒龍が還って行く。そして二回の詠唱。
『降霊術・神話霊・アヌビス』
『唱・オーディンの槍』
現れたのは一匹の神話霊と一本の槍。到底本気の真波に勝てるとは思えない、相手はまがりなりにも神の領域に踏み込んでいるのだ。だが充分なのだ、蒿里は最終兵器を使うまでもない事は理解していた。
戦闘病患者には一つ弱点があるのだ。全ては遺伝子から来るものだ。ならば…
「強化、だけど死に関する事は全く強くならない。むしろ見境なくなるから弱くなる。分かる?アヌビスが何の霊か」
オーディンの槍を構えながら言う。
「死への神」
放たれた槍は真波の核を貫いた、一撃にして。だが元々核は捨てている。そして蒿里はその事を知っている。本当の目的はそこではない、アヌビスの効果だ。
まずアヌビスに槍を触れさせた。その瞬間効果が乗る、当然グングニールを介しているので蒿里にも効果は行く。だが回復すれば良い話なのだ。一方真波は回避する方法が無い、狂人になる事以外。
「限界解放する」
その瞬間真波の核がとんでもない轟音を立てながら爆発した。そして煙は一瞬で晴れ、真波の心臓部が完全に壊れている事が確認できる。
ただ止まる気配は無い。恐らく今は殺せない、もう少しだけ耐える必要がある。本気の真波を。
「900」
驚愕する。すぐに今出せる防御系の術を重ねて発動した。当たり前のようにとんでもない数値をぶっ放してくるつもりだ。流石の蒿里でも900は耐えられない。
この重厚な盾でも無理だろう。なので少し荒っぽく対処する。
「死んで」
微笑みながら放ったそのエネルギーは透明だった。だが盾を明らかに破っている。それはあり得ない事だった、直接壊す方法などは無い。だが実際壊されている。
「予想済みだよ!アヌビス!」
するとアヌビスが蒿里に対して能力を発動した。当然死への神なので蒿里は死んだ。だが魂はオーディンの槍へと移った。
それもアヌビスの能力、魂の移動だ。だがこれは非常に大きなデメリットがある。これを使用した際にアヌビスが死んだ場合即完全死だ。なのでアヌビスが耐えなくてはいけないのだ。
「このまま!!」
何重にも及ぶ盾はいとも容易く破られた。だがその攻撃は魂に届かない。蒿里は凌いだのだ、人智を越えた威力を誇るそのエネルギー攻撃を。
すぐにアヌビスが魂を戻す。ハッとしてすぐ体勢を整え、状況を把握する。体はボロボロだ。だが回復術は自身にかける事が出来ない、ひとまずこの傷で戦うしかないのだ。
「痛いなぁ…次の戦いまでに兵助に治してもらわなきゃ…」
そんな事を呟きながら言い放つ。
「霊力450」
現在残っている霊力は450ピッタリだ。全てを使い果たす覚悟なのだ。それを見た真波は心が踊った、アヌビスとオーディンの槍を組み合わせた攻撃を450も使って放ってくるのだ。ワクワクが止まらない、出来れば黒龍が見たかったが仕方が無い、時には諦めも肝心なのだ。
そんな事関係ない。真波も感じ取った。この一撃で終わらせに来るのだと。だがここで防御に徹して勝つなんてつまらない事やりたくない、こちらも本気で最大火力をぶつける。
「全部使って!!」
それは自身に対しての言葉づかいでは無かった。まるで誰かに命令するかのような言いぐさ、いや間違ってはいないのだろう。命令したのは自身の脳みそだ。
二人の本気の力が交わる時が来た。
「アヌビス!!!」
死の力をまとった槍が物凄い勢いで放たれた。その時蒿里の体も瘴気に当てられたのだろう、腕が紫色に滲んでゆっくりと壊れて行く。
「死ね!!!」
真波の全てを使ったエネルギーの弾が放たれる。あまり速くは無かった、だが明らかに宙を削っている。ユラユラと、削り取られた空間が自生し、崩れていく。
神の領域になるとこれほどまでなのか、そう思ったのも束の間、ぶつかった。二人の魂が。叫ぶ必要も無い、ただどちらが貫かれるかを待つのみだ。
「ありがとうアヌビス」
霊力とは説明が付かない物質だ、それもそのはず神が作り出した際神自身も把握できない謎の構造にしたからだ。その結果能力を生み出し、ここまで進展して来た。
その原初であるただの弾。それに対して叡智の結晶である能力のかけ合わせ。どちかが勝つかは分からなかった。だがオーディンの槍は削り取られていく、まるでブラックホールのように変化した弾に。
だがその時両者の鼓膜を破る轟音とも呼べぬ、最早音すらも怪しい回電波のような流れが発生した。そして死の瘴気に当てられ自壊した、弾が。
「私の勝ちだよ、真波」
槍はそのまま真波の頭を貫いた。そして、瘴気を流し込み真波を破壊していく。ポロポロと灰になって行く真波の顔はとても安らかだった。
心地よさそうに、無へと向かった真波を見た蒿里には疲れがどっと押し寄せる。それと共に腕からの瘴気が蝕む。限界を迎えたようでその場で気絶した。
当然アヌビスは還って行った。すると瘴気は止まり、丁度右腕の関節で姿を消した。
《チーム〈中等部〉[鹿野 真波] 死亡 > 樹枝 蒿里》
《チーム〈エスケープチーム〉[樹枝 蒿里] リタイア > 鹿野 真波》
第二百五話「神」




