第二百二話
御伽学園戦闘病
第二百二話「翻った反旗」
[素戔嗚視点]
よく分からない場所に配置された。広葉樹でもなく針葉樹などでもない、強いて言うならば南国などに生えていそうな木だった。ただ素戔嗚に関しては何処で戦おうがあまり変わらないのでそこで良いかと判断し適当にほっつき歩く事にする。
周囲近辺には特に霊力反応も無い。恐らくだがここにはいないのだろう。だが誰かと合流するにはその場で待機している方が可能性としては高いのだ。
「ひとまず…いやまだ良いか」
ポチを出すにはまだ早いと思い留まり霊力を温存する。素戔嗚は次の戦いで本気を出す気でいる、それ故今回の中等部戦では霊力体力共に温存だ。
ただ負ける事は許されない。そして草薙の剣も傷付けてはいけない、他の剣士とは違い唯刀を授かっていない。素戔嗚には何本か刀はあるもののろくに使えるのは草薙の剣を含めた二本のみだ。ここで折れたら追い込められる、次は激戦になるはずなのだから。
「とりあえずここは凌げればいい。蒿里やラックがやってくれる…か」
最悪の場合他の者に任せれば良い。そもそも素戔嗚は自分より強い相手に対して戦わないと本領発揮が出来ない"性格"故ほぼ全員自分より弱い中等部は時間の無駄としか感じられないのだ。
だが一人だけ素戔嗚より強い者がいる、[鹿野 真波]だ。機械化によってニンゲンを超越したその力、蒿里や流でも勝てるか分からない程だ。そいつとやり合いたかった、だがそれは叶わぬ願いの様だ。
「蒿里か、任せよう」
遠くの方で凄まじい爆発音が鳴り響いているのだ。それに呼応するようにしてアヌビスと思われる霊力を感じ取った。蒿里と真波が戦っているのだろう、ならばわざわざ乱入する必要は無い。蒿里には最終兵器もあるからだ。
となるとやる事は一つに絞られる。
「雑魚の排除か」
遠くの方で紫苑、兵助、礁蔽の霊力が同じところで感じ取れる。人数を計算すると何処かで一人が二人以上やらなくてはいけなくなる、ただ素戔嗚が一人でもやればそんな面倒くさい事はしなくても良いのだ。
出来れば早く次の戦いに向かいたい。
「咲が…消えたな。何故だ……人数ミスか」
しっかりと考えると人数が合わない、咲はファストに回収されたのだろうと仮定して進める。するとメンバーとやりあっている霊力を感じ取ると相当絞ることが出来た。
真波、美琴、虎子、四葉の四人は戦っているようだ。そして残りは咲を除く三人、躑躅、ベロニカ、陽だ。出来ればベロニカを潰しておきたい。
「だがあいつの霊力反応は分からないぞ」
素戔嗚は学園にいる際中等部とは関わって来なかった。そのせいもあってか霊力反応が分からない、場所が不明なのだ。しかも探知できる範囲にはいないようだ。
少し呆れながらも移動をする事に決めた。そして戦っていない敵が居たら不意打ちをしてでも潰す、そう決めてから呼び出した。
『降霊術・面・犬神』
懐から犬の面を取り出しながら装着し、呼び出した。わざわざここでデメリットのある唱で呼び出す必要は無い、安定の面を取るべきと考えた。
そして問題なく現れた犬神に飛び乗って高速で移動を始めた。島全体はそこまで広くないが狭くも無い、全域を駆け抜けるのは無理がある。だから全く音がしていない方へ走るのみだ。
約二分程走った所だった。相当距離が取れた時霊力反応を感じ取った。背後だ、すぐさま振り向くとそこには既に口を開きながら立っている陽の姿があった。
「一発目!」
すると体内から煮えたぎるような痛みが伝わって来る。すぐに反撃に移った。犬神に指示を出す。
「やれ!」
そう言いながら刀を抜いた。そして瞬時に斬りかかる、犬神も合わせるようにして飛び掛かった。陽は素戔嗚らしからぬ速攻を見て効いているのだと思った。
このまま押し切ればもしかしたら、という甘い思考が頭に浮かぶ。だがすぐに捨てた。正直素戔嗚に勝つプランは見えてこない。でも誰かが駆け付けてくれる可能性はある。そこを狙うまでだ。
「二発目!」
すると体内が更に熱くなる。もう訳の分からない熱さだ。その時気付いた、陽は強くなっている。流から聞いていた話しとは全く違う、あまりにも強いのだ。
見知らぬうちに訓練を重ね、一発の効力が強くなっていたのだ。直感ではあるがあと三発でもくらえば内臓が溶けて死ぬだろう。それまでに決めなくてはいけない。
陽は残り三回能力を使用する事程度朝飯前であろう、早く決めなくてはいけない。最悪霊力は使っていい、殺す。
「本気でやるぞ、素戔嗚」
「分かっている!お前はかかっていないんだからやれ!」
犬神が動き出した。すると陽はニヤリと笑ってから言った。
「私が鍛えたのは能力の強さだけじゃない、多少降霊術とかの対策はしてるんだよね」
そして新技術を使用した。その瞬間犬神は奇声を上げながら失速した。それと共に素戔嗚の熱が半分程になった。説明されなくとも理解できる、素戔嗚自身の熱が犬神に移った。
降霊術の霊は本体に対して使用された念能力などは基本的に影響しない。だが陽はその常識を覆した。たった一人では作り上げる事は到底不可能だっただろう。
だが中等部の友達と一緒に時間をかけて作り上げたのだ。宿主に対してかけた念能力を霊に移す、という事を。
「これは…凄いな。お前らも多少は優秀だった…ということか。だが俺にはそれ如きでは勝てない」
素戔嗚の雰囲気が一変した。その時陽は後悔する、喧嘩を売るのではなかったと。そもそも前提が間違っていたのだ、しっかりと考えておくべきだった。何故あんなにも忠誠を誓っていたTISを裏切ってエスケープに戻って来たのか。
最深部までは辿り着けないが理由は分かる。
何とか伝えたかった、叶うことは無いが。
「俺は矢萩や遠呂智なんかよりも強い、だがいつになっても唯刀を渡されない。理由が分からない。だから俺は無我夢中に突き進む事に決めた、まずお前を殺す事から」
「あ…っそ…ごめんね、みんな。私…死んじゃうや」
死を悟る。変則的な能力故素戔嗚のような多種多様な戦術を持ち合わせる相手は苦手なのだ。それに加え素戔嗚はもう容赦は無いだろう、牙を剥き出しにしたのだ。
二度目の、露呈。
『妖術・草岩炎水』
相手が新しい手法で攻めて来るのならば、こちらも新手の術で対抗するまでだ。
「この術は俺が生み出した妖術だ。前提として干支神化が可能な霊である必要がある、そして効果は単純明快干支神化した際に発生する力を俺に流す、というものだ」
あまりにも強い、陽は唖然としている。そんな事をされたら勝ち目はない、息を呑みどう動いて来るか伺う。そして素戔嗚が動いた、一瞬で距離を詰めて来ると判断し目の前に最大出力の能力を使おうと思った、その時だった。
犬神に首元を噛まれた。意味が分からない、特に近付いて来ている気配などなかった。姿も見えていなかった。すると素戔嗚は見下すような目で見つめながら言い放つ。
「何故本当の効果を開示しなくてはいけないんだ。だがもう遅いからな、言っておこうか。本当の効果は霊の気配、姿、霊力放出などの気付かれる要素を完全に、全て消すというものだ」
あまりにも性格が悪い、本当に何を使用してでも勝利をもぎ取ろうとしている事が伝わって来た。それと同時に眩暈が起こる。陽は元々貧血気味であった。そして新しい手法を使用したというプレッシャーなどを感じての事だろう。
だが陽がここで何もせずに死ぬ気は無かった。この時陽はおかしくなっていたのだ。
「私はみんなに繋げる。誓った、エンマと、私は、今回誓った。死ぬ間際、覚醒させてくれと。その代わり大会が終わったら殺すと。
まぁでも関係無かったよ、どっちもエンマの力はいらなかった…でも……でも……さいっこうに楽しい!!」
笑った。
「もう別に体がどうなろうと関係ない」
右手を顔に、左手を心臓に。
「さよなら、みんな」
陽の能力は決して強くは無い。だがある事は知っていた。陽の熱には限度がある、本来の炎は火種がないと発生しない。摩擦でもなんでもよい、火種さえ出来ればどうとでもなる。
ただ熱が限度まで到達すると燃え上がるのだ。決して火種はいらない、霊力自体が燃えるのだ。普通は敵に使うものだろう。だが陽は違った、死が目前まで迫ると最大限の力が引き出されることを知っていた。
そして近付けたのだ、自身を限界まで。
「自分で燃やした!?」
犬神もすぐに離れる。陽の体から炎が発生しメラメラと燃えているのだ。信じられない、自身を燃やし始めたのだ。だが服や眼帯は燃えなかった、それもそのはずだ。
既に消えているからだ。
炎は数秒だった。何かに引火する間もなく沈下した。
「ありがとう」
能力を発動した。その瞬間素戔嗚は体が動かなくなる。すぐに視線を移すが右足が抉れている、音も無かった。そして思い出した、流からの情報を。
それと同時に、本気で終わらせに入った。
「『覚醒能力』は爆発だったな、自身の体の一部を。ならば俺は爆発させない、来いスサノオ」
刀を地面に突き立て唱える。
『降霊・刀・スサノオ』
神話霊スサノオノミコト、それを草薙の剣に降ろした。それが何を意味するかは単純明快、自我だ。
「俺はもう、動かない。還ってこい犬神」
すると犬神も帰って来た。そして草薙の剣、いやスサノオが動き出した。自身の意思で。陽は何本か髪を抜こうとした後やめた。そしてとんでもない行動に出る、ポケットからカッターを取り出して左手の右指を切り落とした。そしてぶん投げ、爆発させた。
本当は何か動作が必要なはずだ。だが限界まで引き出されたからかは知らないが事前動作無しに爆発できるようになっている。ただ関係はない。
「お前はバカだった、それだけだ」
燃え盛る熱を体にそう言い放った。刹那陽の心臓が貫かれた。そしてかき乱すように乱雑に動き出す、トドメに一気に引き抜いた。狙いは失血死である。
当然成功、素戔嗚の勝利だ。と思った時である、陽はこれが狙いだったようだ。ゆっくりと草薙の剣に触れて最高火力の能力を使用した。
「これ壊せばみんな助かるよね」
何をしようとしているか理解した時には遅かった。轟音、まさに轟音が鳴り響いた。そして煙がゆっくりと晴れて行く、じっくりと待つと結果が見えて来た。
その場に陽はいなかった、魂も無かった。そして草薙の剣も無かった。
「自身の身体と…魂さえも爆発させた…だと……そこまでして草薙の剣を…スサノオは俺の元に戻ってくることぐらい分かるはずだ…何故…」
すると腕時計に通知が来た。
《チーム〈中等部〉[佐須 陽] 死亡 > 杉田 素戔嗚》
少々驚いていた。なんでかは分からない、今まで自爆なんて沢山見て来た。だが今回だけは何だか心にほんの小さな、ダニが空けたような大きさの穴が空いた気がした。
それでももう引けない、二度目の露呈は成功だった。
陽は剣を破壊する事と通知で伝えたかったのだ。素戔嗚が再び反旗を翻した事を。
第二百二話「翻った反旗」




