第二百話
御伽学園戦闘病
第二百話「完全領域」
[紫苑視点]
紫苑は中央に配置された。数十軒の民家に囲まれている場所だ。吸おう時期礁蔽にここは渡しておきたい、何故なら礁蔽は鍵さえあればこの島にある地獄の扉を開くことが出来るからだ。
開門さえ出来てしまえば何とでもなるだろう。だがここで紫苑の悪癖が出てしまう。
「ま、いっか」
ラックに託されたのにも関わらず適当にここで戦っても問題は無いだろうと考え、住宅街で留まる事にした。とりあえず周囲の建物の情報を収集しておくが吉、戦闘フィールドの情報が多い方が紫苑の本領が発揮できると言うものだ。
あまりモタモタはしていられないのでひとまず適当に中を確認して目立った物が無い事を確認した。もう少し遠い場所も捜索しようと思ったがどうやらそうは行かない様だ。
「もうちょい気配消そうぜ」
回し蹴りを繰り出す。すると小さな体にぶち当たった。そして吹っ飛ぶ。だが全くと言っていい程苦しんでいる様子は見えないし傷も無いように見える。
「蓄積してたのか、そりゃ気配なんて消してる余裕無いよな」
「うん。でももう一回死んだから。これで戦えるよ」
そこに立っているのは紫苑が一番会いたくなかった敵、[四葉 桑]であった。仮想世界の時は蒿里が殺しまくる事により戦意喪失、マモリビトに回収といった流れで何とかなった。
だが今回はそうは行かないだろう。と言っても紫苑に四葉の戦意を削ぐことが出来る手段は無いに等しい、どれだけ本気を出しても力不足感が否めないだろう。
「ほんじゃま、やるか」
リアトリスを出しながら構えた。すると四葉は大きく息を吸ってから自身の心臓を強く殴った。すると謎の機械音のようなものが鳴り響く、驚きながらも目線は四葉の方から外さない。
息をも殺して待っていると四葉が苦しみ出した。そして声にならない声を上げながらうずくまる、その瞬間何をしているのか理解した紫苑は全力で逃走を図る。だが許されなかった、後ろからはまたまた会いたくなかった奴が突っ込んできているのだ。
「虎子!?ふっざけんな!!」
虎に乗って走って来ている。流石に無理だと判断し逃げる事を決める、幸い逃げるルート自体は先程までの探索で開拓済みだ。すぐにそちらの方へ走り出したその時とんでもない殺意を感じる。
「遅かったか…」
半笑いで四葉の方へと視線を戻す。既に立ち上がっていた。そして少し前までとは比べ物にならない程の霊力と溢れ出す力、殺意を醸し出している。
「お前心臓の機械変えただろ、何かの刺激を受けると何度も殺すようなやつに」
「うん。私の死んだ回数は毎日零時にリセットされる。だから初動から戦えるように改造してもらった、もう二十七回死んだよ。止められるとは思わないでね。
じゃあ行くよ!虎子!」
「了解!」
板挟みだ。この二人と渡り合うには紫苑では少々貧弱すぎる。だが霊や本体の力が全てでは無いと言うのは紫苑自身がよく分かっている。急襲作戦時のおっさん戦でもそうだった。紫苑はあの勝負負けるはずだった。だが二段構えのブラフと唯一勝っていた情報というものを使って勝利を掴み取った。今回もそうすれば良いだけだ、情報量は紫苑が勝っている。後はブラフを上手く決めるだけだ。
「行くぜリアトリス、流れだ」
その言葉を聞いた二人は戦闘体勢に入った。紫苑の流れは名前の通り流れで戦うという合図だ。普通のバックラーなら到底出来る芸当ではない。だが本当に小さな頃から意思を通わせてきたリアトリスだからなら出来てしまうのだ。
そして中等部二人が動いた事によって始まった。
『妖術・刃牙』
情けも容赦も無い初手の妖術、しかも刃牙だ。虎の牙は非常に鋭くなった。噛まれたら腕の一本程度易々と持って行かれてしまうだろう。
兵助が回復できるほどの状態で彷徨っていられるとも限らない、被弾は最小限に行く。
「先に潰すのはこっちだよな」
そう言って四葉の方を向いた。いきなり振り向かれた事に我関せず、と言った様子の四葉はジワジワと距離を詰めて来ている。だが紫苑は一気に踏み込んだ。
そしてリアトリスに掴まって上空に飛び立つ。その後手を放し落下し始めた。だがそんなの撃ってくれと言っているようなもの、逃がすわけが無い。
『妖術・遠天』
急襲作戦で美玖が見せた狙撃が出来る妖術だ。ただ紫苑はそれが飛んで来る事ぐらい想定済みだ。振り返る事もせずにリアトリスに任せた。
その行動に虎児は大変驚いた様子だ。
「自分で受けた方がダメージ低いのに…なんで」
「そりゃあ答えは一つだよ、お前はリアトリスがやる」
虎子の方を見ずにそう答えた紫苑は着地し、四葉の方へと走り出した。そしてリアトリスは言っていた通り虎子の方へと近付いて来る。
あまいりにも無謀だ。流石のリアトリスといえども虎子を一人で倒せるわけがない。虎霊も狐霊も全く消耗していない。何より虎児はここで霊力を使い果たしても良いと覚悟を決めている。そんな虎子を倒せるわけが無いのだ。
「さっさと本体やるよ!優勝するのは私達だ!!」
虎霊と協力しながらリアトリス討伐を目指す。まず手始めに刃牙で噛みついてみる事にした。よくよく考えると虎児はリアトリスと戦った事も無ければ触れた事も無い。霊の攻撃がどれほど効くのか試してみなくては始まらない。
だがリアトリスもそうバカではない。虎霊が空に飛べない事を知っているので一旦上空へと退避した。
「やっぱバックラーと降霊術だとバックラーの方が強いよね…鳥霊いれば別だけどさ…まぁでもそのために開発されたのがこれだから!」
『妖術・遠天』
すぐさま虎がエネルギー弾のようなものを放った。だがリアトリスはそれをいとも簡単に跳ね除けた。意味が分からない、バックラーとは言っても結局は霊だ。妖術が効かない道理が無い。
少し困惑し、もう一発撃ってみた。だが結果は変わらず跳ね除けられて終わった。何か細工があると思った虎児は考えてみる、紫苑が出来そうなこと、やりそうな事を。
「紫苑はバックラーで…霊力操作が上手くて…勉強はしないのにそこそこ頭は良くて…ロリコンで………あっ!!」
気付いた。それ以上出てこないと思い少し遡った所でだ。霊力操作、これだ。まず前提として霊力指数が0のものには霊力が少しでも絡んだ攻撃は当たらない、ただし普通に殴るのは当たる。あくまで意図的に絡ませた場合に当たらないだけだ。
そして霊は霊力指数が0になった時点で宿主の元へ還って行く事となっている。だが0に最も近しい数字、1ならば戻らずともダメージを最小限にして戦う事が出来るはずだ。
「でも1なら私に出来ることは無い…紫苑が霊力を戻さない限り。でもあっちからは攻撃できる……いや?出来るならもっとガンガン攻めてくるはず、何であんな下手に出てるんだ…?
まさか霊力が少ないとろくに攻撃出来なかったりする…?でもそうは教えられなかった…いや、教える必要が無いからだ。霊力が1で調整出来る奴なんて超特例、紫苑でも出来るなんて先生たちには思われていなかった。
だから1にした場合何が起こるか、対処、分かるはずが無いんだ!!なら、私が見つけてやる。対処法を!!」
虎子の考えは、的中していた。紫苑もリアトリスの霊力を1にする事は基本しなかった。何故なら遠距離攻撃をされた時点で逃げ還る事になるから。
霊の霊力は人間でいう体力のようなもの、ダメージを受けたら霊力は減って行くのだ。なので相手を混乱させられても少しでも見抜かれて、撃ち抜かれた時点で本体が隙を晒す事になる。
まずこれはやる相手に対して隙を晒すのはほぼ負けている状況だ。だからやる事は無かった。ただ今回だけは別なのだ。任された事がある、絶対に負けられないのだ。だから一発賭けた、そして成功した。一気に有利な状況にひっくり返すことが出来た。
虎児はその事に気付けていなかった。
「やるよ」
虎霊の傍まで寄ってから自身の霊力を少々流した。あくまで一般的な量だが。
「走って!!」
命が下された瞬間虎は走り出した。そしてリアトリスの真下に滑り込む。直後虎子が唱えた。
『降霊術・狐』
そして狐霊はリアトリスの方を向いて口を大きく開けた。そして虎児は唱える、普通より高い火力で。
『妖術・遠天』
普通に撃って威力が足りなく、跳ね除けられるのならば火力を上げればよい話だ。二倍の力で放たれた遠天は普段より速く、正確に飛んで行った。
だがリアトリスは今までと同じく跳ね除けた。まるでこれで決めるかのように言っていた虎子の攻撃がそれか、と少々おかしく感じる。
リアトリスにも考える力はあるのだ。だが死角から、這い寄っていた。
「私の勝ち、ばーか」
その瞬間リアトリスは体勢を崩し、落下し始めた。こんな事は初めてで驚く。再び飛ぶ事も出来ず、真下で待機している虎は大きく口を開けて鋭利な牙を剥き出しにしている。
対処法は無い、虎子の勝ちかと思われた時だった。リアトリスは空中で体の向きを変えた。頭を下にしたのだ。それは自殺行為だが構わず噛み千切った。
当然リアトリスは限界を迎え、紫苑の元へ還って行った。これで二対一の盤面を作れる、そう思った時だった。虎子本体の背中に強烈な痛みが走る。そして体が宙に浮く感覚がしたと思った刹那再び激痛に見舞われる。
吹っ飛んで顔を上げると先程まで自分が立っていた場所には紫苑が立っていた。
「何か舐められてねえか、俺」
「四葉は!?」
振り向くと遠くから走って来ている。
「俺一人じゃあいつには勝てねえ。だから一旦放り投げた。「先にやる」とは言ったが先に倒すなんて言ってねぇぜ」
そう言いながら紫苑は虎子を蹴り上げた。普段二匹の霊に守ってもらっているのでこう言った状況になる事は少ない。思っている以上の痛みに動きが止まる。
ひとまず息を整えなくてはいけないと判断し、距離を取ろうとしたその時視界がおかしくなって来た。ぐわんぐわんと大きく揺れているのだ。
「リア…」
言い切る事は許されない。背後と前方からの同時蹴りをくらわされた。それはなまっちょろい蹴りでは無く、全身全霊本気の蹴りであった。
脳が処理を拒否した痛み、もう体は動かない。だがまだだ、紫苑の本領も引き出せず負けるのだけはごめんだ。ここで使うと後々の戦いで面倒くさい事になるかもしれない。だがそれは自分達ではない、関係ない。
「やってやるよ、本気で」
『干支術・干支神化』
すると虎が変異していく。図体は少し大きくなり、目つきが鋭く、殺意を溢れんばかりに放出し、何倍にもなった霊力をこれ見よがしに放出している。
紫苑は冷や汗をかきながら少し口角を上げてこう言った。
「使えんのかよ、それ」
干支術・干支神化は剣術と降霊術の天才[神兎 刀迦]が作り出した術だ。刀迦は前干支兎を使役している者でもあったためかTISの間でもトップクラスの実力を誇っていた。
ただ自分の強さの秘訣を隠したり、誰かをおとしめるような事はしなかった。むしろ普通の霊を一時的にでも干支神に変化させることが出来たら強いのではないか、と思い立ち様々な人物と共に干支術・干支神化を作り上げた。
そんな術なわけで本来TISのものしか使えないのだ。だが学園側は素戔嗚の術だとばかり信じ込んでいた故教えてもらおうともしなかった。だがそれがあだとなり今日まで強力な術を使う事が出来ないかったのだ。
虎子一人を除いて。
彼女は中学生ながら降霊術が何たるかを"感覚的に"理解していた。だから素戔嗚が干支術を使用している所を一度見ただけでほぼ完成状態の術を模倣できたのだ。
「やれ!」
一声で干支神が動き出した。あまりにも速いその速度で紫苑の首元に飛び掛かった。紫苑も視覚では認識していた。だが体が反応せず、回避行動に移る事さえも許されなかった。
頭の中で死という単語がちらつく。だがそんな紫苑を眩い光が包み込んだ。そう思った直後、頼りになる声が聞こえる。
「こんな所で戦っとるなんて、わいに作戦崩されても良いって事やろ?ほんならやらせてもらうわ、行くで紫苑!」
正に独壇場、逃げの経路を確保し、相手の逃げの経路を塞いだ。
錯乱、不意打ち、なんでもござれ。
何故ならここは[管凪 礁蔽]ただ一人だけが掌握る完全領域だからだ。
第二百話「完全領域」




