第百九十八話
先日登校した 第百九十七話 の最後にコピペミスがありました。
修正し再投稿をしたので読んでいない方は先にそちらを読んでください。よろしくお願いします。
御伽学園戦闘病
第百九十八話「紫の呪」
二チームの部屋に呼び出しが入る。すぐに決意を固め、部屋を出た。廊下を進み、一番大きな扉がある部屋まで向かう。そして扉を開くとそこには一人の能力者が立っていた。
そして二チームがごっつんこした。
「何してんの」
その能力者はそう言ってから軽く説明する。
「前までは莉子だったけど死んだからね、私がやるよ。一応名乗っておくね[name ファスト]、分かると思うけど能力取締課ね。能力は『加速』。その名の通りって感じ、早くなる。
これで移動する。まずエスケープから、掴まって」
するとファストの背中から羽のようなものが生えて来た。と言っても神秘的な物でも無く寧ろ色褪せた水晶のような汚らしい色をした六つの羽だ。
恐る恐る触れてみると実体がある。礁蔽が調子に乗って触りまくっているとファストは露骨に嫌な顔をして呟いた。
「キモ」
「す、すまん」
「良いよ。よくやられるから、パラライズとかに。それじゃ行くよ」
その瞬間部屋の中にあったもう一つの扉が開いた。更に次の瞬間エスケープチームは姿を消した。驚いている中等部をよそにファストは帰って来た。
「はい配置完了。あんまり時間かけれないから行くよ。掴まって」
中等部メンバーも羽に掴まった。するととんでもない勢いで大会の島まですっ飛んだ。呆然とするメンバーを適当な位置に配置してファストは撤退した。
そして理事長に配置完了との連絡を入れた。すると早速進行していく、当人達には聞こえないようだが軽くどんなチームなのか説明が入っているらしい。
一分程した頃だ、全員の時計が鳴る。視線を移すと
《残り三秒で開始します》
と通知が来た。急いで皆ウォーミングアップを始める。幸い誰も行っていなかったので初手で倒されることは無いだろう。
一秒ずつピッという音が鳴る。三回目が鳴ると同時に
《第一線開始》
と通知が来る。三十秒程は皆ウォーミングアップに使い、その後は一気に動き出した。正に仮想世界の時の模擬戦と同じ動きだ、だがマップが全く違う。火山地帯なんてものは無い、森林地帯と住宅街しかない。
しかも住宅街は中央、それ以外は植生が少々違うだけの森のようだ。それぞれ何処に向かうかは時計に搭載されているマップで確認する。
[流視点]
「さて、行こう」
ランニング程度の速さで走りながら移動する。目的地はほんの少し遠くの針葉樹地帯だ。詳細は不明だが万全の状態で戦うにはそこが広葉樹地帯の次に最適だ。
何故広葉樹地帯に行かないか、答えは簡単紫苑が強い地帯だからだ。流はどんな地形でも戦えるが蒿里以外には皆ある程度得意な状況がある。それを引き出す為に妥協という形を取るのだ。
「スペラ!」
スペラが飛び出す。言わずもがな、偵察用である。ただそれだけではない、軽くインストキラーの霊力を篭めておいた、不意打ちで流し櫻をくらわせる事も出来る。
保険があるというだけでも心は安らぐ。決して負けることは無いだろうが役目があるのだ、消耗は避けなくてはならない。
「とりあえず…敵を待つのも良くないな。適当に回るか」
もうすぐ針葉樹地帯に到着するので敵を見つける事に注力する。今回の中等部は全体的に不意打ちが得意だ、警戒は怠らないよう細心の注意は払いながらだが。
適当に走っていたその時だ、声が高い木々の間を通り抜け流の耳に流れ込んで来る。
『呪・斬壇堂』
その瞬間全方位から大きな刃が飛んで来る。だが流は唱えた。
『流し櫻』
初めから驚く事となる。インストキラーは決して自分に対して効力を発さないわけでは無い、流は自爆をしてでも刃を壊したのだ。当然傷だらけだ、いきなりの行動に固まる。
流はその内に攻撃するかと思われたがそうはいかなかった。口を開く。
「[小田町 美琴]だね。聞いたよ、來花の弟子なんだってね」
「うん。そっちこそ來花の息子、なんでしょ」
「知ってるんだね。じゃあ君には僕を殺す動機があるね。でも僕には君を殺す理由が無い、何か僕の気が立つ言葉をくれ。まだやる気になれない」
「なんで私がそんな事…」
「無駄な事は言わない方が良いと思うよ、君の心臓は手中だ」
何を言っているのか分からなかったので言い返そうとした。すると背後から鈍器で殴られたような痛みを感じた。振り向きながら唱える。
『呪・封』
だがそれは聞かなかった。何故なら美琴は対象を流では無くその背後のモノ、守護霊である流の母親に呪を使用したからだ。大きな隙が出来たと思った時には既に遅かった、流が背後に立っているのが分かる。
そして後頭部を触れられた。冷や汗が噴き出す。
「…やりなよ」
「僕にはその言葉が本心には見えないよ?言ったじゃないか気が立つ言葉をくれ、と。分かるだろう、高揚させてくれ。つまらないんだよ、これじゃあさ!」
表情は見れないが本能で理解する。笑っている、戦闘病だ。薄々だが察してはいた。TISの出戻り野郎なんて戦闘病にかかっていない方が稀有な例だと言う事を。
だが焦りによって頭は真っ白になった。それと共に背筋が凍り、生きてる心地が失われた。だがその時不意に言葉を放った。
「呪は天仁 凱が自分の利益のためだけに作り出した術、だったら自己防衛の術はあると思わない?…でも無いの。なんでだと思う?
答えは簡単、あいつも戦闘病患者だから。戦闘病患者は戦闘を求める、そんな奴がただの防御術なんて作るわけないよね。なら作るのは分かるでしょ、カウンターだよ」
それ以上は語らなかった。そして口をいつでも開けるようにしておく。流でもそれぐらいの意味は分かる。
「攻撃したら反撃するぞ、って言いたいのかい」
「…」
「分かった。君はその程度なんだね、ちょっとガッカリだよ。あいつを殺す手立てになるかと思っていたんだけどね…それじゃあバイバイ」
美琴は甘かった。流は霊力や体力の温存を考えてやってこないと思い込んでいた。ただ気付く事は出来た、流は流し櫻で自爆した。完全に体力の温存なんて狙っていないのが分かったはずだ。先入観というのは負けに直結するのだ、今回の様に。
『インストキラー』
呪を撃つ暇なんて無かった。頭で処理しきれない激痛を全身に浴びせられた後神経が全て活動を停止したようだ、何かを考える暇も無く意識は飛びその場に倒れた。
目を覚ますとそこは真っ白な空間に一つの大きな玉座がある場所だった。そしてその玉座には神とペットが座っていた。
「ざこ!」
「ざこ…です!」
双子の鬼の子だ。急に罵倒されて嫌そうな顔を浮かべると神が止めた。
「二人共駄目だよ~でも弱いね、何をしてるんだか」
「悪いね。まぁこの程度の痛みで死ねたなら…良いかな」
すると神は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべてから普段の薄ら笑いに戻った。そして告げる。
「では今から蘇生を行うよ。ただ少しだけお話ししようか、覚醒、したいでしょ」
「…ほんっと性格悪いね」
「そんな「楽に死ぬより苦しんでいる所を見たい」奴だなんて言わないでよ~」
「そこまで言ってないよ」
「まぁ置いておこうか。私はねあんまり直接的なヒントは渡さないの、でも頭悪そうだし…教えちゃう!」
完全に煽られている。だが変に考えなくても良いというのは実際楽である、少々嬉しいがそれ以上に神の雰囲気に気圧される。一変したのは言うまでも無い。何が変わったかは美琴でも理解できる事であった。
怒っている。明らかに怒りのオーラを醸し出しているのだ。本当にへたり込みそうになった、何とも言い難い根源的な恐怖を感じたのだ。だが何とか耐え、話を聞く。
すると雰囲気が戻り一連の行動の意味を示し始める。
「覚醒や戦闘病は感情の昂りによって引き起こされるの。私が今やった怒りでも良いし愛情でも良い、本当に何でも良いの。でもこれってあんまり出来る事じゃないんだよね。
そこで記憶を引き出す。走馬灯って奴、この為のシステムなの」
「でも私には大した過去なんて…みんなと違って…」
「私がいつ比較した」
「…!もしかして他人と比べて大きな感情じゃなくて、その人物の中での最大の高揚なの?」
「そうそう。だから他人と比べるのは力だけで良い。まぁこの辺で良いかな、覚醒は自分ですると良いよ。記憶を呼び起してあげるから、そこからは自分で掴むんだよ。
それじゃあね~」
神が笑顔で手を振った直後視界が真っ白になった。と言ってもまるで閃光弾をくらったかのような眩しさだ。目を隠し、下を向く。すると光が止んだようだ。
と思う間もなく記憶が溢れ出して来る。だがほぼ全部しょうもない出来事だった。まるで今回には関係していない事である。來花に稽古を付けてもらった事、学園のみんなと話した事、一人で遊んだ事、その程度だった。
(何処…大事な記憶)
必死でまさぐるようにして漁って行く。だが見当も付かない、自信の中で一番強烈だった経験、そんなもの当然佐須魔に成長をストップする呪『呪・障』をかけた時だろう。
自信の寿命の大半と右眼を代償にかけたその呪は成功した。だが結果として良いことは無かった。とここである事を思う。
(なんで意味もない呪をかけたんだろう…あの時の私はそれぐらい分かっていたはず…)
正直出口への道に繋がるとは思っていない。だがここは気になった記憶を全て引き出し、探る事が出来る場所だ。遠慮する必要は無いだろう、そう思いその記憶を呼び起した。
2005年 5月16日
何の変哲も無い一日、まだ外で本土で暮らしていた美琴は学校から帰って来た時だった。当時は七歳、小学一年生だ。そんな美琴の親は家には帰って来ない事がほとんどであった。
能力者だと言う事はバレていなかったが単純に生活が貧しかったのだ。小さなアパートに両親と美琴の三人で暮らしていた。裕福では無くとも楽しい日々であった。
だがそれは唐突に訪れる。
午後八時、母親が帰宅し冷食をレンジにぶち込んだ。いつもの光景なので何とも思わず椅子に座って大人しく待っていた。
「今日はどうだったの?」
「いつも通りかな。特に何も無かったよ」
「それなら良かった。私達に平穏が訪れることは無い、けれど安静な生活を送っていれば何とかなるのよ。何かあったら絶対に美琴だけは守ってあげるからね」
本当に良い母親だった。美琴の事を一番に考えてくれている。でも家計は火の車、共働きで疲れていたはずなのにそれを悟らせることも無かった。
心が荒んでいく能力者とは到底思えない程に。
「うん。私もがんば…」
鳴り響く爆発音。母親はすぐさま美琴を庇うような形を取った。だが一瞬だけ痛がっている声を出してから力が抜けたようだ。理解が追いつかない。
小学一年生には理解できなくて当然である。だが顔を覗き込んだ事により理解してしまった、死んだのだ。
「…なに?」
情けない声を上げるとすぐ傍から少年の声が聞こえる。
「別にこいつは良いんだけどなぁ。まぁ良いか、さて能力貰うよ~」
右側に立っているそいつは触れようとしている。だがすぐに母親を退かし、立ち上がった。そして死にたくないと言う一心で少年の顔をも確認せずに唱えた。
『呪・封』
自分ではそう言ったと思っていた。だが恐怖で所々言葉が出なかったようだ。詠唱は失敗した。呪の詠唱は失敗すると跳ね返って来る、今回の罰則は痛みだった。
それまでは特段酷い痛みも感じて来なかった美琴には刺激が強すぎる。両腕がぽっくり折れた。悲痛な声を上げようとしてももう声が出ない。
涙を流し、へたりと座り込んだ。すると少年は無言で近付いて来る。そしてゆっくりと頭に手を伸ばして来る。だが死の間際ともあると人は動く事が出来るのだ。もう何も考えずに、無茶苦茶な大声で叫んだ。
『呪・障』
すると少年は動きを止め確認する。
「お前、今なんて言った」
答えは出ない。すると少年は溜息をついてから誰かに言った。
「もう無理だ。金はやるから、僕は帰る」
そう言って美琴と距離を取った。誰と話しているのか、少年はどんな顔をしているのかを確認しようと顔を上げた。少年は青髪だった。そしてそれ以上に衝撃が走った。少年が会話していたのは父親だった。
金の話をしていた。少年は「金はやる」と言った。小さな美琴には残酷であったが理解してしまった。
「私達を売ったの…?お父さん…」
今度は絶望を知った。父親の目は死んでいた。もう何も考えていなかったのだろう、毎日の労働に疲れ果て、家族さえも捨ててしまったのだ。
普通の子なら悲しむかもしれない。だが美琴は違った、素質があったのだ。もう少量しかない霊力を使って放つ。
『呪・斬壇堂』
それは知らなかった術だ。少年も心を覗いていたので分かる、そんな術は無かった。だがその言葉は漏れた、強く憎悪の念と紫色の炎を灯して。
記憶はそこで途切れている。だがその後[翔馬 來花]と名乗った男に呪を教えてもらった。そして前大会のタイミングで島に置いて行かれた、という運びだ。
(…分かった…分かった!!)
繋がるとは思ってみなかっただろう。だがこう言った思いもよらぬ記憶が限界を引き出し、覚醒させるのだ。
「私は、憎悪!!」
その瞬間再び強い衝撃が走る。だが体に実感がある。すぐに受け身を取って立ち上がり、顔をあげる。すると正面には淡々と作業のように殴り掛かって来ている流の姿があった。
その光景を見た美琴は思った。
「気持ち悪いよ、人を殺すのに抵抗の無いあんたは。だから殺すね、私が殺しても、気持ち悪くないから」
流は距離を取った。恐らく覚醒はするだろうと考えていたものの予想外であった。
薄紫の髪に混じるようにして揺れる炎、それは右眼から来ていた。眼帯を溶かし、美琴本来の力を引き出したのだ。
だがそれだけでは終わらなかった。菫眼、そんな物見せられて高揚しない戦闘病患者は患者なんかではない。流にも灯ったのだ、紫の炎、菫眼が。
「行こう、スペラ」
それは三獄でも始めて見る光景であった。二人の能力者が熱い炎を燃やし、互いに菫眼を前にしている。その見惚れてしまう最高の戦闘は。
第百九十八話「紫の呪」




