第百九十六話
御伽学園戦闘病
第百九十六話「束の間の休息」
「流ー!」
能力館に駆け込む。そして一人でひたすら訓練をしていた流に声をかけた。すると四人の五人の方に視線を向ける。
「どうしたの」
「たまの休みやしみんなで海いかんか?」
「海?良いよ、でも先にシャワー浴びさせて。そんな長くはないからラックも誘いなよ。僕は礁蔽君の部屋行ってるから、基地集合で良い?」
「話が早いな!おっけーやで!そんじゃ頼む!」
「うん!」
すると流は一瞬にして姿を消した。驚く間もなくラック宅へと向かう、相当距離があるので雑談をしながら歩みを進める。特に何の変哲も無い、ただ友達がするような話をしている最中の事だ。
道の少し先に見覚えのある立ち姿が映った。
「なんで透がおるんや?」
「分かんねぇな。とりあえず話しかけてみよーぜー」
紫苑が走って距離を詰める。すると足音で透も気付いたようで振り向いた。そして二人で会話を始めた。他の四人もそちらへ向かう。
「なんでお前がいるんだ?」
「ちょっとな。まぁ調査的なあれだ、気にすんな」
「…ホントか?」
「何疑ってんだよ。本当だ。というかこっちも暇じゃない、そんじゃあな」
そそくさと去っていった。何か怪しい感じもしたが別に透程度脅威ではない。それよりラックの家も近い、急いで向かう事にした。
ラック宅のインターホンを鳴らす。するとポメが出て来た。そして五人だと言う事を確認するとセキュリティを解き、招く。全員上がった。
軽く部屋を見渡してもラックの姿は無い。二階もあるようだが道が荷物で塞がれている。となると地下の研究所だろう。だが入られるのを嫌がるので礁蔽一人が降りる事とした。他の四人はポメを愛でながらリビングで待機だ。
「にしてもやっぱ広いね、ラックの家」
「そうだね。僕はあんまり来た事無いけど、思っている以上に広いや。どうやって建てたんだろう、大してお金がある訳でも無かっただろうに」
「恐らくだがほぼポメだろうな。最初は自分で建てる為に軽く地面を整形していたのだろうが、そこで地下基地への通路を見つけてしまったのだろう。
そしてそこで実験体だったポメを広い、後は全てやってもらったんだろう。流石にラック一人で建てられる大きさでは無いからな。そもそも我が住んでいたマンションも近くにある。だが建てている音や雰囲気は無かった、二日程度で建てたとなればそれが妥当な考えだろう」
「ん?お前の家ってここら辺なんだな」
「そうだぞ。もう売り払っているがな。マンションの一室だ、大会が終わってこの島に戻って来られるのならば再び借りる事にしよう」
「まぁそう簡単には死なないだろ。犬神もいるし、干支神化っていうのも使えるし。何よりお前剣術磨きかかってるんだろ、刀迦とかが来ない限りダイジョブダイジョブ」
そうは言うが紫苑も少し怖がっている。死ぬ事では無い、勿論完全死もそれに含まれる。何が怖いか、死んだ後だ。黄泉の国で飴雪と約束している、黄泉の国にいる間はべっとりしていても良いと。
なのでそこからが本当の地獄だ。紫苑は色々と後が無い、決死の覚悟で勝利を掴みに行くしかないのだ。だが逆に言えば直接大会の事で恐れているわけでは無い、一番気が楽なのは確かだ。
「紫苑はなんでそんな気楽なの」
蒿里がそう訊ねると特に考える事もせず、適当に答えた。
「半分諦めてるから。正直俺は重要幹部一人落とせれば万々歳ぐらいの実力しか無いからな、お前らと違ってプレッシャーも感じないんだよ。それより黄泉の国で飴雪に何されるか分かんねぇからそっちの方が怖い」
完全にマジトーンだ。皆呆れながらくつろいでいる。すると新たに一人家に入って来た。予想通り流だ。
「どうした流、基地集合では無いのか」
「遅いから来ちゃった。ラックと礁蔽君は?」
「今礁蔽が地下室行ってる。そろそろ…」
的中だ。二人が上がって来た。そして流が来ている事に一瞬驚き、すぐに説明を始める。
「今日は海に行くで!たまには休んでやろうや!わいは海に行きたい!そんだけや!」
「めんどくせぇけど行ってやっても良いぞ」
「ほんまか!なら行こか!」
礁蔽はすぐに玄関へと走って行った。そしてポメにセキュリティを解いてもらい、全員家を後にした。どこら辺に向かうのか決まっていないのだがとりあえず海岸の方へと歩く。
出来れば砂浜があった方がありがたい。と言っても禁則地帯以外は基本砂浜になっているので大丈夫なはずだ。適当に歩き、潮の匂いが満ちて来た。
「そろそろやな」
「そうだね。礁蔽君なんで海行きたかったの?」
「気分や気分。まぁ強いて言うなら島暮らしの特権やろ、四方八方何処も海ってのは。せやからその特権活かしたろと思ってな!」
「礁蔽君らしいね」
「二人共、見えたぞ」
素戔嗚が指を指した方角には少し昇っている朝日を反射する、非常に綺麗な浜辺があった。興奮して走り出す。ラックと蒿里は呆れながらもしっかりと付いて行く。
そして到着した。礁蔽と兵助は早速貝殻を集めて遊んでいるし、流は漂流物をぶん投げて遊んでいる。紫苑は砂に潜っている貝を掘りあてて遊んでいる。
素戔嗚はポチを出して共にじゃれている。
そんな中蒿里とラックは少し遠くで見つめている。
「ガキすぎるだろ」
「そうねー」
「…良かったのか、これで」
「……分かってるんだね、やっぱ」
「まぁなー俺だってそこまで弱くない。でも止めはしない、いい加減疲れた」
「そ…っか。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「気にすんな。俺の昔の友達はもっと頭おかしい奴らだったからな、あいつらぐらい気にならん」
「凄いねラックは。あの時の事気にしてるはずなのに全く表面に出さないし、私には出来ないよ」
「お前は俺が隠しているように見えてるのか?」
いつもなら圧をかけて選択肢を絞るような口調で訊ねてくる。だが今回は違う、明るい声でまるでどんな返答でも受け入れてくれる、そう思ってしまう声色だった。
なんだか救われた気もする。なのでしっかりと思っている事を答えた。
「そりゃあね。他のみんなは知らないけどさ、私は知ってる。だから戦わなきゃいけない、よろしくね。今回も」
「あぁ。互いにベストを尽くすしかないんだ。頼りにはしないが信頼はしてるぜ」
二人にはある秘密がある。その秘密が小さな信頼関係を結ぶ事なった。その秘密は決して良い事では無い。だがTISと学園、どちらかに勝者が生まれた時点で秘密は消える。
あと少しの辛抱だ、精々三年程度だ。各々が罪を抱えて生きた時間より圧倒的に少ない、何とでもなるはずだ。そう信じて進むのみだ。
「何してるんやラック、蒿里!!」
礁蔽が呼ぶ。二人共皆の元へ歩いて行く。そして楽しい時間を過ごす。紫苑が水を手に貯めてゆっくりと近付き、ラックと素戔嗚にぶっかけたり。流とラックで漂流物のガラス玉を投げ合うと言うあまりにも危ない遊びをしたり。とにかく楽しい時間だった。
日も上がり、多少寒さも解消されたと思った頃少し遠くに見知らぬ人物が三人程いることに気付く。その瞬間素戔嗚、流、蒿里が戦闘体勢に入った。だがそいつらに敵意が無い事確認すると体勢を直し無視しようとする。
そして振り返った瞬間ラックの姿が消えていた。そしてその三人の元に立っていた、大きな溜息をつきながら皆そちらへ寄る。するとどうやら何か話しているようだ。
「そいつらと知り合いなのか?」
素戔嗚が訊ねるとラックは頷いた。
一人は金髪でtheクソガキと言った態度取っている女児だ。そしてその女児を止めようとヘナヘナ動いている金髪の男。最後に無関心に釣りをしている小さな女のようだ。
「こいつら誰や?」
「私!?私は突然変異体のリーダー[葉金 エリ]よ!!」
透の仲間ならしい。すると男が走り回っているエリを捕まえて訂正と自己紹介をする。
「リーダーは透さんですよ~俺は[高辰 海斗]です。よろしくです~」
海斗が名乗り終わると共に釣りをしている女が顔を皆の方に向けながら名乗る。
「私[天谷 要石]、よろろ~」
自己紹介だけでも分かる、全員マイペースだ。そして突然変異体と言う事は分かったので敵ではない事が分かる。なのにどうして三人は戦闘体勢に入ったのか、兵助がそう訊ねると流が少し躊躇いながらも言ってくれた。
突然変異体は元々TISと仲が悪いので少し前までTISにいた三人は咄嗟に反応してしまったとの事だ。ただ学園側からすると味方だし、攻撃の意思は全く見えなかったので安心したとの事だ。
「透のオマケか?」
「やっぱラックさん鋭いですね~そうです~それで二人が海に行きたいって言うもんですから…普段は山に籠ってるので今回くらいは許してあげたんですよ~」
「そうかい。なら良いんだがな」
「というかなんでお三方が?TISでは?」
見たのは当然素戔嗚、流、蒿里の方だ。すると礁蔽が食い気味に事情を説明した。納得した様子で要石の方に視線を移すと楽しそうに魚を焼いていた。
一瞬思考が止まるがすぐに動き出す。話していた間に魚を釣りあげて熱い石を生成して焼いているのだろう。考えてみるといつもの事だ。
「なんでただの石で焼けるんだ?火ないだろ」
紫苑が要石に聞いた瞬間紫苑の手の中にひんやりとした感触が現れた。何かと思って確認するとそこには冷えているただの石があった。能力と言うのは分かる、だが詳細は分からない。すると本人が開示した。
「私の能力は『石生成』。名前の通り石を作り出せる。属性を付与する事も出来るんだよな、暖かいとか冷たいとかな。勿論ばかデカい隕石も作れるからな」
まことに恐ろしい能力だ。単純な火力で言えばトップレベルである。何より霊力を流せば何者であろうがくらわせる事が出来る点だ。味方なのが幸いである。
「とりあえずその魚食べたら移動しますよ~そろそろ帰る時間なので~」
「了解」
「分かった!!」
するとラックが皆に帰るよう促し始めた。疑問に思っている皆を説得する間もなく、無理矢理掴んで浜辺を離れる。ここまで強引ならば何か理由はあるのだろうが何とも納得いかない。
しっかり離れた所で再度訊ねるとラックは口をつぐみ説明する雰囲気は見せない。仕方無くラック宅で遊ぶことにした。
家の中に入ると何故か菊がいる。
「何してんだ」
呆れ、侮辱、驚愕、この三つが混じった声でそう聞いた。すると菊はヘラヘラしながら答えた。
「金」
舌打ちをして、ズカズカと近付きその後一発ビンタをかましてから一万円札を二枚手渡した。すると菊は再びヘラヘラしながら感謝し出て行った。
「あれ大丈夫なの?」
「流は知らないかもしれないけどな、あいつ滅茶苦茶沢山動物飼ってるからペットフード代が無いんだよ。でも俺も良く世話になってるからな、多少は捻出してんだよ。大半は学園側が出してくれてるんだけどな。
流だって使った事あるだろ?落とし物サービス」
落とし物サービスとは学園の中にある一室で行っているサービスで落とし物を記入すると動物たちが探してくれるという物だ。何より無料で出来るので結構な人数が使用している。
「あれ菊が手なずけた動物たちが探してるんだよ。だから金出してくれてる、普通に便利だしな」
そんな話をしながらポメに朝ご飯をあげる。蒿里はポメを撫でながらご飯を食べている所を眺めている。他のメンバーはソファに座ってリラックスしている。
ラックも少しだけ機械の調整があると言って地下室に行ってしまった。他愛もない会話をしていると地下からラックが上がってきて、紫苑に手伝ってほしいと再び地下室に潜った。
「おっけー」
紫苑も地下室へと向かう。階段はしっかりと掃除されている。一番下へ辿り着くと何とも小ぎれいな鉄製の研究室があった。部屋の中央には椅子がありラックが座っている。神妙な面持ちで。
「どうしたんだ?」
「座ってくれ」
そう言って対面に椅子を置いた。紫苑は大人しく座る。すると一息ついてから訊ねるようにして喋り始めた。
「俺の過去、そしてお前に大会でやって欲しい事についてだ」
それはあまりにも重い話だった。何も責任が無いと思っていた紫苑にとって、押しつぶされるぐらいには。何故なら話の最後にこう言われ、話を締められたからだ。
「お前のミスで学園側の仲間はもれなく全員死ぬ事となる」
第百九十六話「束の間の休息」




