第百九十三話
御伽学園戦闘病
第百九十三話「嘘」
菊は一人でとある場所へと向かっていた。それは寮の部屋でも無く、誰かが待っている場所でもない。禁則地だ。相当遠いが爆速の葦毛馬、グロロフルムに乗って走る。
非常に速い馬なのでそこまで時間はかからなかった。そして更に足を進める、グロロフルムからは降りたが万が一の為傍にいてもらっている。
「ここら辺で良いか」
そこは本当にすぐそば、十秒歩けば地獄の扉が見えてくるような場所だった。何故わざわざそんな所まで来たかというと、召喚する為だ。
菊の頭にクロが飛び乗った。そして唱える。
『降霊術・唱・黒狐』
やはり黑焦狐だ。いつもと何ら異変無く黑焦狐は現れた。だが霊力は地獄の扉によってかき消されている。それが目的だった、本当は黑焦狐が呼び出せないわけではない。
本当の目的は"大会に何があっても出ない理由"を作る事だった。菊は強いので出場が嫌だと伝えても何度も何度も出場しないかと言われるだろう。
だが菊は今大会で終わる気がしていなかった。黄泉の国には隣国程度数日で破壊できる[神兎 刀迦]という爆弾が今か今かと待ち構えているだろう。
「よかったのですか、姫様」
「良いんだよ。お前だって言われただろ?初代に、私の役目はバトンを繋ぐかかりだ。本来なら使えない術をお前がいるおかげで使えるんだ、佐須魔に吸われた時点で終わりなんだよ。
だからまだ戦えない。本当の終わり、革命時に動くぐらいしか出来ないんだよ。まぁそれは使命から逸れているからやる気ないけどな」
そう言いながらグロロフルムの毛をなぞる。そして黑焦狐の返事を待った。だがどれだけ待っても次の言葉は発されなかった、少々違和感があったので視線を移す。
すると黑焦狐は細く、鋭い目つきで菊の後方を睨んでいた。すぐに振り向くとそこにはラックが立っていた。
「よぉ、レアリーから話聞いたけど、やっぱ嘘だよな。だって黄泉の国に何か異変なんてなかったもんな」
完全にバレてしまった。だがラックなら安心、というわけではない。大きな溜息をついてから一言訊ねる。
「言うか?」
「いいや、言わない。お前の情報ぐらい知ってるからな、あんまり俺を舐めるなよ」
「そうかい。前まではその力使うのにも嫌がってたのにな、相当慣れたんだな。その力」
半分煽っているような言葉を受けたラックは眼鏡のフチを触りながら何とも言えぬ表情を浮かべた。だがその微妙な空気を黑焦狐がぶち破った。
「何故、ここにいる」
二人は何の事か分からず黑焦狐の方を向く。すると菊の後ろ、そのラックの後ろを向いていた。すぐに回し蹴りを行ったが、響いたのは鉄の音だった。
刀だ。それと同時に二人は驚く、そこには行方不明となっていた男が立っていたのだ。
「遠呂智!?」
「…」
言葉を交わす気はないようだ。よく見てみると刀はとんでもない刃こぼれを起こしていた。もう今にも折れてしまいそうだ、ラックはその刀に触れて理解した。
「お前、仮想に行ってんのか」
「…」
「まぁ良い。とりあえず早く教師と生徒会に…」
ラックを避けてスタスタと歩き出す。その態度に少し苛立ったラックが少し強い口調で文句を言おうと振り返ったのだが、遠呂智の目的に気付く。
すぐに走り出し、止めようとした。肩を掴もうとした手を跳ね除け、ようやっと口を開いた。
「お前らに迷惑はかけない。構うな、まだその時じゃないんだ」
更に驚いた。声が悲痛なほど重くなっている。もう二人が知っている遠呂智ではないことぐらい分かった。ただそれでも地獄の扉に向かわせることは出来ない。
開ける事は出来ずとも、何らかの要因で初代ロッドの地獄から極悪人が飛び出してくるかもしれないのだ。再び触れようとしたその時、ラックの手は吹き飛んだ。
「は?」
何が起こったのか理解できなかった。だが黑焦狐がすぐに助けに入る。
『やめろ』
青年の声が響いた。それと同時に全員動きを止める。そして声の主の方を向いた。地獄の扉の前に立っていた、ルーズが。
「来たか」
遠呂智はルーズの方へと向かう。ようやく理解した、マモリビトから正式にお呼ばれされているのだろう。となるとラックに止める権利は無い、それ故見ている事しか出来なかった。
だが確認しておかなくてはいけない事を確認する。見たのは黑焦狐の方だった。
「…おい、おい!お前!」
怒号を浴びせた瞬間に二人は姿を消した。それと同時に黑焦狐が襲い掛かった者も消えていた。菊は何があったのか驚いているが正気を取り戻した。
そしてラックの吹っ飛んだ腕の止血をしようとしたが、ラックはグロロフルムに乗せる様言い聞かせる。だがグロロフルムは非常に難儀な性格だ。菊以外を乗せようとしない。
「お願いだ!おやつ沢山やるから!」
そう言った瞬間許された。二人を飛び乗り、最速で走り始めた。目的地は当然エスケープの基地である。その際、ラックはある事を教えた。
「あいつは元々[ヤマタノオロチ]を使役していた…と言っても扱いは下手だったからあんまり表には出さなかったけどな…」
「それで?お前の手を吹き飛ばしたのはヤマタノオロチだったのか?」
「……違う……あいつが持っていたのは[八岐大蛇]だった」
言葉だけでは意味が分かるはずもなく、頭に?を浮かべる。だがラックは今まで使役していた霊がカタカナ、今回見たのが漢字だと説明した。
だがそれだけでも分からない。別個体という事は分かるのだが、何がそんなに異常なのか理解できないのだ。するとラックは片手で頭を抱えながら、呟いた。
「カタカナの方はコピー品なんだよ……TISが生み出して、放流した……そんで漢字はオリジナルだ…でもそいつは放流してなかったんだ…」
意味を理解した。
「まさかTISに入って霊を貰ったとか言わねぇよな」
「肯定は出来ないし…否定も出来ない…だがあの剣術とオリジナルを持ってるとなると面倒なんだよ…本当に……しかも鞘が変わっていた…刀自体は変わっていなかったんだがな…小さく書いてあったのが見えたよ『唯刀 龍』ってよ…」
有名だったので知っていた。唯刀、それは刀迦が作り出した刀の型だ。TIS内で大量の弟子を持っている刀迦は一人前になったと感じたらその型を特注し、名前を付けて渡しているのだ。
だがここ最近は死んでしまったので貰える人はいなかった。だが持っていた、となると可能性は何個か出て来る。
まず元々龍と名の附いた鞘を借りているだけ。
又は黄泉の国に出向き、貰った。
最後はそう、TISに入り、刀迦がいない間に一人前になった。
精々この三つの中に正解はあるだろうと結論付けた。
その間菊は黙り込んでいた。ただ再び仲間から敵を排出するのか、という不安と後悔に苛まれていたのだ。
[蒼]
一人で能力館へと戻る。今回の大会に出れないので訓練はやめない。抑止力になるといえども時間の問題なのだ。しっかりと力を付けて、更に抑止力を増すべきなのだ。
「さて、今日は誰かいるかな」
もうナヨナヨはしていなかった。過去の事と、莉子を取り込んだ事が非常に精神を成長させたのだ。急襲作戦があった事は一般生徒などには告げられなかった。
だが多数の生徒会メンバーが帰って来なかった事を見て皆が察していた。そんな中一人だけ明らかに異常だった。それが蒼だ。莉子が帰って来なかったので誰も深く探る事出来なかったがカッコ良くなった蒼を見て一部の人はときめいていた。
ただ本人は莉子一筋なので全員無視して訓練を重ねていた。その事を小耳に挟んだからか、その日能力館には一人が先に訓練をしていた。
「兆波先生、何してるんですか?」
「何って、普通にトレーニングしてるだけだぞ」
「そうですか。僕も良いですか?」
「好きにしろ。ここはそういう場だ」
隣で独自のトレーニングを始めた。まずストレッチをしてから跳ね返ってくるかかしに攻撃して体を慣らす。これは毎日絶対にやっているルーティーンのようになっていた。
すると兆波が話しかけて来る。
「出ないんだろ、お前は」
「はい。そもそも抑止力になると言ったのはあなた方でしょう」
「別に文句は行ってねぇよ。ただ確認しただけだ」
「それなら良かったです。ところで先生たちは…」
「すまないな」
答えになっているようには聞こえなかったが汲み取る事は出来る。だが苦言を呈する事も無く、受け入れた。蒼だって知っているからだ、あの地獄を。
一度だけ大会に出た事があったのだ。生徒会では無い、別のチームとして。だが惨敗、その後真澄や他の面々の大加入前に生徒会に加入した。
なのでTISとの本気の殺し合いがどれ程の恐怖を伴い、精神をすり減らす好意なのかは分かっている。まがいなりにも同じ仲間だ、何か思う事があっても口に出す事は出来ないだろう。
「さて、かかしはそれぐらいにしておけ」
「…?何かやるんですか?」
「折角俺らには余裕があるんだ。たまにはやろうぜ、本気で。建物壊さない程度にな」
そう言いながら兆波は構えを取った。模擬戦をしたがっている。蒼も「良い提案ですね」と少し距離を取ってから構え、向かい合った。
先に動いたのは兆波だった。身体強化を80%ぐらいの出力で距離を詰めた。だが蒼は完璧に見切って、腕を掴み膝蹴りをくらわせた。兆波はその事に非常に驚いたようで一旦待ったをかけた。
「お前…能力使ってないか?」
「えぇ、身体強化がかかってますよ」
「いや…お前は精神が追い込まれてれば身体強化がかかるんだよな?なんでそんな余裕そうなのに…」
「魂を取り込む、と言う事は能力を取り込む事と同義です。僕は放出する系の念能力を生まれて使用した事が無かったので分かりませんが…それ以外にも莉子から力を得ました。
それがこれです。僕の能力には一つ、特性が追加されました。それは『精神状態による効力の変動をON』です。まぁ簡単に言ってしまえば効力は弱くなりますが安定して身体強化が使えるようになったんですね」
「すげー…薫もガネーシャ自体は使えるようになってたが…そういう補完的な事も行われるのか」
「そうらしいです。ただここで心配になるのは砕胡ですよね。真澄を取り込んだ事によって強くなっているかもしれない。
拳君によると一方的に超高ダメージを与える事も出来るクソ能力らしいので…少々怖いです」
「まぁあいつには弱点があるからな。流とか薫とかなら勝てるさ、あまり心配しなくていい」
「本当ですか!?方法を教えてくださいよ!!」
「悪いが無理だ。お前が絶対に仲間だという保証もないしな。それじゃ続きをしようか」
「はい!」
そうしてその日は日付が変わる頃まで能力館での白熱した戦いによって生じた衝撃音などは鳴り響いていた。
[漆]
日付が変わって数分後、漆は既に就寝していた。すると頭の方にある窓がコンコンと叩かれる音がした。眠いが目を覚まし、体を起こした。
同部屋の躑躅も既に眠っているようだ。窓の方を向くとそこに灼がいた。寮の二回なので恐らく朱雀を出しているのだろうと思い、窓を開けた。
「うぅ…寒い」
真冬の空気が流れ込んで来る。寮にはお金の関係で中等部からはエアコンの使える時間が決まっている、二人はここ最近寝落ちをしていたのでその日は暖房をつける事が出来なかったのだ。
なので更に寒い空気がなだれこんできて、鼻の奥がツーンとする。
「やっほー」
「こんばんわ。どうしたんですか?こんな夜中に」
時計を確認しながらそう言うと、窓の外に引っ張り出された。その感覚を覚えた瞬間、空に浮いている感覚もした。出来るだけ暖かい寝間着を選んではいたが上空は流石に寒い。
凍えながら目的を訊ねる。すると灼はいつも通りのアホそうな声で答えた。
「いつも適当に選んでるの~今日が漆だっただけ~」
「そ、そうですか…にしても寒いですね…」
「朱雀あったかいよ~」
そう言いながら大きな背中に横になった。漆も真似して寝っ転がってみる。すると本当に暖かった。霊はあまり温度と言う概念を持たない者が多い。
だが朱雀というのもあり温もりを感じる程度に暖かい。適度にモフモフしていて今にも寝てしまいそうだ。そう思っていると意識が保てなくなり、眠ってしまった。
どれ程の時間が経ったか、灼がツンツンしてくるので目を覚ました。すると潮の匂いに包まれる、すぐに目を開き確認する。やはり下には海があった。
滅茶苦茶遠くまで飛んでしまった、そう思い後ろを見るとそうでも無かったらしい。少し遠くに島の影が見えた。どうせその内帰れるのは分かるので何か話す事にした。
「僕不安です」
「大会~?」
「はい。僕は出るの初めてなので…しかも僕なんか誰かがいないと戦えないのに…」
「そんな事無いと思うけどな~漆に足りないのは自信だよ、自信」
「そうは言っても解決策なんて…」
「俺バカだからあんまいいアドバイスとか出来ないかもしれないけどさ~俺はこう思ってるよ、みんな俺よりバカだって」
「え?でも灼先輩は学年でも下から数えた方が…」
「そう言う所~!なんでもかんでも勉強に結び付る所とか~そう言うのがバカだな~って思ってる~。俺は勉強はできないけど生きるすべ?ってのは知ってるし~漆は無理じゃん!一人で生きるの」
「そうですけど…でも僕は少なくとも灼先輩より頭は良いので…そんな事言われる筋合いは……あっ!すみません!」
少し調子に乗った発言をしてしまったので謝ろうとしたが灼は嬉しそうにニヘラと笑いながら指を差し、言い放った。
「それが自信だよ~。別に人をバカにする事なんてみんなしてるんだからさ~好きにやりなよ~。そこで遠慮するからそうなるんだよ~」
半笑いでそう言われてしまったので少しカチンときてしまった。灼は体格も似ているし、親近感が湧く。それ故他の人物よりも心を許しやすかった。
そのせいかは分からないが、半分冗談半分本気で文句を垂れ始めた。灼は楽しそうにのらりくらりとかわし、言い負かす。そんな楽しい宙旅行をしている最中、寒い部屋で一人、躑躅は寂しそうに呟いた。
「寒いよ…漆」
第百九十三話「嘘」




