第百九十話
御伽学園戦闘病
第百九十話「美味」
二人は昔顔を合わせた事がある程度の関係性であった。流がここに住んでいたので当然会う事はあるだろう。それでも父親と母親が非常に印象的だったので覚えていたのだ。
「…お母さん似かな」
「そうだな」
流の眼は死んでいた。もう光や希望が見えていない目立った。そこに重なった、過去の自分が。
数年前、とある学園からの遠征によって旅館が爆破、全焼。そしてまだ技術もろくに教わっていなかった状況で女将の祖母が死んだ。その時絶望した際の自分とそっくりだと感じたのだ。
それでも伸蔵は事業を立て直した。久々に訪れた客に味が変わった、二度と来ない、など言われ続けてもひたすら祖母の影を追い続けた結果客層はほんの少し変わったが何とかやっていけている。
だから言葉をかけよう、そう思った。
「流…君…」
それ以上の言葉が出なかった。あまりにも別格だったのだ。目の前に立つ人間かも分からないモノが、怖くてならなかった。震えは無かった、冷や汗などもなかった。
ただ背筋は凍った。それだけであった。
「いいですか、僕はもう行く場所が出来た」
流はそう言いながら玄関へと続く扉を塞いでいる伸蔵をどかそうとする。だが伸蔵はどかなかった。何とか抵抗しようと頑張ったのだ。
だがその時も流は強くなっていた。軽くどかされてしまう。するとようやく声が出た。
「待って!!」
咄嗟に出た言葉がされだった。流は少しだけ振り向き用件を訊ねる。もう変わっていた、常に変化しているように見えた。流の伸蔵が。
踏みとどまるよう働きかける権利は無い。ただまるで心配しているような表情と口ぶりを仕立てて言った。
「俺の旅館に、泊ったほうがいい」
すると流はすぐに外に出ようとする。だがそこを掴んで止めた。そして天気予報で明日は土砂降り、その様子だと雨に濡れて体調を悪くし目的地へ行けないかもしれない。との旨を伝えた。
当然、雨程度問題は無いので無視して行こうとするが断固として譲らない。そうして二人が空き家で静かな格闘を繰り広げていると、外から声がする。
「おい!そこに誰かいるのか!」
伸蔵はすぐに分かった。大家だ。今すぐに撤退しなくてはいけないと考え、おどおどと逃げ道を探る。そんな事をしていると家の構造を知っている流がキッチンの側にある扉から出て行くのが見えた。
すぐに追って家を飛び出す。空き家に侵入していたなんて知られたら悪評が広まり、営業に支障が出る可能性だってある。急いで流の背中を追い、走り続けた。
「ここなら、良いか」
そう言いながら立ち止まった。伸蔵はもう限界と言わんばかりに息を切らし、俯いている。そして流は話の続きをしようと声をかける。
だが伸蔵は急に走ったせいで体が動かない。少しだけ休憩を貰って息を整えた。
「ありがとう」
「良いからさっさと話してくれ。時間が無い」
「さっき言った通り明日は土砂降りだ。だから俺の旅館に泊っていけ、勿論宿代はいらん」
「いや僕には必要ない。たった数時間で着く場所だ」
「それでも来いよ…覚えてるだろ?婆ちゃんの味」
「まぁな」
「婆ちゃんは死んだんだよ、事故…いや殺人だと思ってるけど」
すると流に反応があった。そして始めて目を見てくれた。恐らく「話せ」という合図なのだろう。それを察した伸蔵はまず数年前、真澄、香奈美、椎奈の三人がやって来て旅館が爆発された事を口にした。
その後自らの見解を述べる。
「ただ不自然だった。椎奈さんの死体には刃物と思われる刺し傷があったし…何より婆ちゃんが爆発何て起こすわけない……絶対に殺されたんだ…椎奈さんを殺す為に…婆ちゃんも…」
話し終えると黙って聞いていた流も意見を述べた。ただそれはあまりにも荒唐無稽なものだった。
「TIS、いるだろ」
「えーっと…あの能力犯罪者集団…だっけ?」
「まぁそんなところだ。それであいつらが犯人だ、確定でな」
普通ならバカにできるレベルの話だ。そもそも何故犯罪者集団が一人の女の子を狙うかが分からない、そうただの犯罪者集団、ならば。
伸蔵にはそう見えるのも仕方がないのだ。TISが能力者と抗争をしているなんて一般人には知る由もない。島の人間だって襲撃があってからろくに話も聞かされていないのだ。尚更知るわけが無いだろう。
だが流は知っている。その言葉は、伸蔵の興味を掻き立てた。
「どう言う事だ!?旅館に何か金品でも…」
「知りたいか」
遮られた。あまりにも重い声色で。伸蔵はゆっくり、コクリと頷いた。だがそう易々と話すわけにはいかない。一つ条件が提出された。
「聞きたいのならこれを絶対に守ってもらう事になる。
1.必ず何があっても学園側に着く事。反する事があった場合僕が殺す。
2.誰にも話さない事。能力取締課や生徒会の奴らが来た際にも、だ。
3.それ以上の詮索はしない事。
これが守れると約束してくれるのなら話そう」
数秒の沈黙が流れた。伸蔵は再度頷いた。流は問いただす、本当かと。今出せる全力の圧をかけて。
それでも伸蔵は頷く。
「分かった、信じよう」
どうやら思いは届いたようだ。そして流は適当な石段に腰かけて話し始めた。まずは学園とTISとの関係性。次に襲撃。更にはその後の抗争までを。
伸蔵は終始真剣に聞いていた。話が終わると一旦話をまとめる。
「TISは島にある特殊な鉱石[ギアル]を奪おうとして襲撃を試みた…と思われたが実際は別の目的があったのか…それで今も学園と睨み合ってる状況ってわけね。
大会は少し見た事あるけど…そこまで酷い状況だったのか」
心底悔しそうな顔をした。その真意を訊ねると「何も知らずに過ごしていたのが馬鹿みたいなんだ…」と答えた。少し前までの流なら感心を受けただろう。だが今の流にとってはどうでも良い事だ。
そして本題に移った。何故椎奈を殺したのかだ。流は順序だてて話して行った。
「まず結論から言おう。本来椎奈を殺す気で無かった。と言うよりも椎奈一人"を"殺す気ではなかった。と言うべきだな。
その遠征には会長もいたんだろう。目的は十中八九そいつだ。まぁ出来れば他の二人もやりたいぐらいだったんだろうな」
「何故そんな事が…?」
「まぁ大体の筋書きとしては
三人が任務の為外出
その隙に爆弾を仕掛け、よく見張っておく。恐らくだがその際盗聴器なども仕掛けていただろう。
そして三人は大体同時に帰って来る。そのタイミングで爆破、すかさずトドメの串刺し
こんな感じだったんだろう。会長は強い、何をされるかは分からなかったから奇襲で討伐しようと考えたと思われる。そして犯人は遠くにいた、帰って来たのが一人だとも分からない程度には遠くにな」
「どういう…」
「多分だが結構分かりやすい位置にあったんじゃないか、爆弾。
だから帰って来た瞬間に見境なく爆破するしかなかった。それだけの事だろう」
「でも…TISは強いんですよね?そんな事せずとも殺す事ぐらい…」
「出来ない。これはお前にも、誰にも伝えることが出来ない秘密だから詳細は伏せるが…絶対に出来ない。それだけは断言しておこう」
「言ってください」
唐突に食い下がる。だがそれ以上は言えないと断った。すると伸蔵はとんでもない事を言い出した。
「僕の命がなくなっても言いません。拷問をされようと、絶対に。俺は知りたいんだ、何があって、婆ちゃんが死ぬことになったのか」
とても一般市民から出されるとは思えない殺気と目力だった。流は考える、そして導き出した。
「取り引きだ。教えてやるからこっちにも利益が欲しい。それなりのリスクがある話だからな」
「分かった。内容は」
「僕に付け。僕は革命へと歩みを始める。その際に無能力者からも強力が必要となるだろう。その際、強力しろ……ただ僕じゃない可能性は大いにある。
学園かTISかは分からない。ただお前が「革命が始まった」そう感じた時、自らの方法で働きかけるんだ。良いな?」
即答した。勿論イエスだ。そして流は話した。その秘密を。ただそれは本当に言えない事なのでその話し合いでは省く事になった。
その後二人は旅館へ向かう事となった。流は一部屋借り、一晩過ごす事とした。そして伸蔵は仕事のため消えて行った。流がいたのは正にその部屋であった。伸蔵も申し訳なさそうにしていたが小さな旅館では部屋が多くない、致し方ないのだ。
「ここがその部屋か。一新されたとはいえあまり良い気分では無いな」
外の景色を見ながらくつろぐ。不意に飛び出してきたスペラに一瞬驚くもすぐに愛で始めた。スペラと会って、契約を交わしてからそう時は経っていない。
たった四か月足らずなのだ。それでもスペラには信頼を置いているし、家族だと思っている。それは寂しさから来るものでは無く単純に、一番長く時を共にしていたからだ。
「君はなんで僕の所のなんかに来たんだろうな。本当に不幸で目も当てられないよ、スペラ」
そう憐れむような目を向けた瞬間、スペラが攻撃的になった。そして何度もつついてくる。何とかあしらおうとするがやめようとはしない。
たまに戯れでつついてくる事はある。だが今回は攻撃性を露わにしている。そしてスペラが先程の発言に対して怒っているのだと理解した流は訂正しながら謝った。
すると大人しくなり、再び流の前でピョコピョコと跳ねている。その様子を見ながら流は呟く。
「母さんは、どうだい」
呟きは質問だった。スペラはしっかりと聞き取っており、ピヨピヨと返答した。「特に何も」と言っている。少し呆れながら自分に対してある言葉を投げかける。
「頼むよ母さん、その内力を借りる事になる」
すると流の背後にとんでもない霊力をまとった人影の様なモノが現れた。ただ何かアクションを起こすわけでも無く、突っ立っている。そして一人と一匹に還って来るよう命令した。
再び体に入って来た。何とも言えない感覚に一瞬だけ見舞われたのち、いつも通りに戻った。
「さて、何しようか」
最初はここで確認を済ませてから直接目的地に向かう手はずだったので特に何もない。とくにやる事も無いのでひと眠りする事とした。
そして押し入れにもたれながら、眠りに就いた。
起こされる声で目が覚めた。すると目の前には伸蔵がいた。すぐに目を擦り、しっかりと目を覚ました。そして何か訊ねると「夕飯です」と言われる。
時計を確認すると十八時だった。旅館ならば特に違和感も無い時間だ。すぐに体を起こし、食堂へ向かおうとしたが伸蔵が止める。
「大丈夫ですよ。婆ちゃんがやってたんです。能力者の方の部屋には料理を直接持って行く、っていうサービスです。まぁ食堂だと人がいますからね。怖がる方もいるんですよ、能力者も無能力者も」
「そうか。じゃあ頼む」
「はい。是非婆ちゃんの味を思い出しながら……では持ってきます」
伸蔵は部屋を出た。流はちゃぶ台の側に座布団がある場所へ腰かけた。そして二分程すると、近付いて来ている音がした。ふすまが開かれた。
そして料理を持ち込んで来た。ちゃぶ台に置かれる。そこまで量は無いが非常に丁寧に盛りつけられた和食だ。ただ祖母との違いが一つあった。
まず盛り付け。何が違うか、そう言われると分からないがぼんやりと照らし合わせると分かった。色彩だ。祖母の料理より少々色がある。ただ気にする事でもない。
流はゆっくりと料理を口に運ぶ。その間も伸蔵は緊張しながら言葉を待っていた。咀嚼し、飲み込んだ。流は水を飲む。当初伸蔵はまずかったから口をなおした、と考えが先行し落ち込んでいた。
だが流は死んだ目にほんの一瞬の光を灯し、ギリギリ伸蔵に聞こえる程度の声で言った。
「…美味い」
第百九十話「美味」




