第百八十九話
御伽学園戦闘病
第百八十九話「旧櫻家」
兵助は言葉が中断された事によって何とも言えない感情になった。だが流に何があったのか分からない以上怒る事は出来ない。他者から見ると少々面白い表情を浮かべながら流の方を見た。
すると王は見下していた。そして一つ規則を追加した。
「【十三】この話し合い中、僕が命令したことは絶対に遂行される」
それは流石にまずいものだった。この世界で誰かが死ぬかもしれない、そう思った理事長が能力の使用を注視しようとした。だがすぐに礁蔽が止める。
ただまだ流が喋っていたので椅子を立ち上がり、首をブンブン振った。どうやら意図は伝わったようで話し合いは続く事となった。兵助も無駄なのだと察し席に戻った。
先程までとは比較にならないほど空気が重くなっている。そんな中王は席に戻って偉そうに座り、言い放った。
「ニア」
次はニアのようだ。今まで完全に黙って座っていたニアからはただならぬオーラが放たれている。あまりの変わりように誰も触れることが出来なかった。
するとニアは全く変わっていないはずなのに少し重厚感を感じる重い声で訊ねた。
「力は得られたんですか」
王は少し黙った。その後自分の足に突き立て、頬杖をしながら微笑み答えた。
「勿論だ。聞くか?」
「…」
「分かった。何個かある。まず一つ目、身体能力。
ここに来てまず鍛えたのがこれだ。僕がここに来た時はまだ弱かったからな。健吾や原、砕胡の身体強化が無いけど身体能力がずば抜けている奴らと一緒にひたすらきたえた…と言っても一日だけどね。
それでも僕は見違えたよ。今ここでやるかい?一撃だけでも」
「是非」
二人は立ち上がる。丁度対面に座っている二人は睨み合う。そして先に一撃入れた方の勝ち、というルールで戦おうとしたその時、理事長が咳ばらいをした。
そちらをむくと二人に忠告する。
「外でやりなさい」
視線はガラス窓の方へと向いていた。ニアは真っ暗な外の空間がある事を端的に説明しながら飛び出した。理事長は窓の側から見守っていた。他の者は全員外に出て、二人の戦いを見守る事とした。
遂に始まるかと思われたがそうはいかなかった。流が条件を提示する。
「規則による命令は無しだ。そして勝利条件は先に一撃入れた方、ただそれだけじゃ面白くない。先に生命活動を停止させた方の勝ちだ。どうせ兵助がいる、良いだろ」
「ええ、問題はありません」
二人が戦闘体勢に入る。文脈から読み取って能力の使用はないのだろう。先に動き出したのはニアだった。本当に誰も目に止める事の出来ない速度で突っ込んだのだ。それは当然流にも見えなかった。
だが流が極めたのは力や速度も当然だが、何より五感を鍛えた。健吾が一番良い例だった、視覚に頼れないのならば聴覚に頼れ、そう教わった。そしてたった二分でその感覚はマスターしていた。
それ故この攻撃もいとも容易くかわした。ニアは驚く、自分の最大速度を当たり前のように避けられたことに。いや、それよりも流の変貌ぶりに。
自分が変わっている事は自分がよく分かっていた。だがそれ以上に流は変わってしまっている。そう、まるで別人のように。
「これだけじゃありませんよ」
そう言いながら今度は回し蹴りを繰り出した。だが流はそれを利き手ですらない左腕で受け止め、反撃の右フックをくらわせた。だがその音はまるで鉄を殴っているような音だった。
全くと言っていい程手応えは無かったし本当に生物を殴っているのかさえ不思議に思う程であった。
「堅さね、それ一番弱い奴だよ。神に何を教えてもらっているんだ、ニアは」
「何なんでしょうね。まぁ分かりますよ、今」
その少ない会話中もとんでもない速度での攻防戦が繰り広げられている。一撃入れようとしても受け止められ、反撃が飛んで来る。それを受け止め、反撃をする。それの繰り返しだ。
ただ観戦者では分かった事があった。ニアの方が有利だ。まず大前提として努力した時間が違う。恐らくニアは時の流れが遅い仮想世界で仮想のマモリビトに見守られながら訓練を重ねて来たのだろう。
それだけでも相当なアドバンテージになるはずだ。それに重ねるように流は訓練期間が短すぎる。たった一日で、それも霊の訓練などもあっただろう。
圧倒的に不利だ。実際流はほんの少しだけ遅れを取っている場面がある。だが何とかスピードでゴリ押してカバーを行っているように見えるのだ。
「なんやねんあれ…」
そう悲惨な声で呟いた。蒿里はふとそちらに目を向けると最悪なものが映り込んできた。大切にしてきた仲間が豹変し、あんなにも楽しそうに殴り合っているのだ。戦闘の経験が非常に少なく、戦闘病も発症していない礁蔽には当然、絶望と観えるだろう。
蒿里はすぐに目を逸らした。そして二人の戦闘の方へと視線を戻す。すると少しだけ状況は変化していた。流が優先になっているのだ。
見ていなかったたった二秒で何があったのか、気になってしょうがない。そう思っていると後ろから理事長が説明をしてくれた。
「流君は最初からこれを狙っていた。足を掬おうとしていたんだよ。だから手加減をしていた。ニア君は本気で殴り掛かっているようだったがね…やはり私の見立て通りだ。
これは流君が勝つよ。足払いを上手く決めたんだ、ここからは攻め立てるだけで勝てるはず……だ…」
一瞬にして表情が変化した。なんとニアが再び優勢になったのだ。その時の理事長の顔は礁蔽と同じように絶望していた。何故そんな顔をしているのか、全員理解できた。
思い出したのだろう。あの地獄を、御伽学園戦闘病を。少し先にいる二人の子供は既に人間の限界を越えている様に見えた。ただそれは全て戦闘病によるバフ効果によるものだ。
それが引き金になったのだろう。あまりにも無力で、何もできなかったその時の惨状と、もう一つの記憶を呼び覚ましたのだ。思い出したくもなかった地獄。
「やはり…駄目だ……」
そう言ったように聞こえた直後、理事長が柄にもなく叫んだ。
「二人共、やめろ!!」
エスケープ全員の動きが止まった。理事長が叫んだ事によって。
「そんな事しなくて良い。今は早く話し合いを済ませる事が先決だ。早く戻って来なさい」
理事長が指示したその瞬間、ニアと流の二人は席に戻っていた。他の者も戻る。そして話し合いの続きが始まった。TISでどんな力を得たか、という所だ。
「身体能力はさっきので大体分かっただろう。
次は霊だ。スペラ」
そう名を呼ぶと流の体からスペラが飛び出してきた。そして流の頭に停まった。
「今は名前を呼んだが無詠唱でも出せる。妖術は前のままだ。流し櫻、旋甲、上風、その程度しか使えない。だがその内思い知るさ、こいつは強い。
最後にインストキラーだが…これは秘密にしておこう。何が変化したかは数ヶ月後に見るといい」
大会で見ろと言う事だ。その時礁蔽は確信した、流はTISで出場するのだろうと。すると問題が出る、人数が足りない。大会のチーム人数は最低七、最大九だ。
現在は礁蔽、紫苑、ラック、兵助だけである。ニアはまだ分からないが含めたとしても足りない。流とニアが来てくれればどうとでもなるだろう。
だが今から三人は無理がある。その事を言ってみようとしたが今ここで何を言っても意味は無いだろうと感じ、喉元で留める事にした。
学園にいるメンバーは全員同じことを思っていた。この大会で何とかして進歩しなくてはいけないことぐらい分かっている。ここからは大きな分かれ道だ。何とかして流を引き戻し、ニアも持って帰らなくてはいけない。
「なぁ、流」
「駄目だ。次はお前だ」
礁蔽の言葉を遮り、蒿里に指を差した。ニアと同じように全く言葉を発していなかった蒿里だったが、ここに来てようやく口を開いた。
それは皆が聞こう聞こうと思っていたが忘れていた事だった。
「黄泉の国から何処に送られて、どうしてここに来たの。それを全て話して」
「良いだろう。ただ少し長くなる、しっかり聞け。
まず僕は黄泉の国にいた時、お前らと行動を別にした。その際に佐須魔と共に宮殿に行っただろう?その時に誓ったんだよ、TISに入るって。
一応約束はしたけど結局破ったよ。脅してね。
それでフラッグの件や戦争も終わった。そして飛ばされた。エンマは今一番行きたい場所に飛ばしてあげようと言って来た、僕はこう答えたよ」
『旧櫻家』
同年 某月某日
「…ここは何処だ」
流はとある場所に飛ばされた。そこは自然に囲まれている盆地だった。少しさびれた小さな住宅街とほんの少し離れた所にたたずむ妙に新しい旅館。
すぐに思い出した。そして目的の場所へと向かう事にする。ただ何年も前の場所なので立地なども多少変わっているだろうと思い、ひとまず軽い散歩を行う事とした。
そこは全く変わっていなかった。その昔能力者戦争で敗北、その後能力者に優しい地域であった。だからこそここで暮らしていたのだ。
田舎過ぎず、都会過ぎず、能力者の家系でも暮らしていける、何より両親が寒い所は大丈夫だったからだ。ここは北海道なのだ。
「なんも変わってないな…ホントに数軒変わったぐらいか…」
ゆっくりと過去の記憶と照らし合わせ、歩いて行く。住宅街を練り歩く、そして目の前までやって来た。あまりにもあっさりとしていた。全てが始まった所、旧櫻家だ。
「本当に、何も変わっていないんだな」
全く変わっていなかった。塗装もそのまま、庭の芝生もそのままだ。懐かしい感覚に見舞われる。それもそのはず、実際に久しぶりだからだ。
記憶喪失になっていた期間も時間だけは重ねていた。なので更に長く感じたのだ、ここまで到達するまでが。だが来た、ここに来た理由はただ一つだ。
過去の記憶との照らし合わせ、証明だ。
「行こう。これで…僕の人生は変わるだろう…さぁ…?」
足がすくんで動かないのだ。寸前まであんなにも勇ましかった流の足は小刻みに震えている。自分でも理解できない、心の信号。行きたくない、という信号なのだ。
ただここで立ち止まっても良い方向に進むことは無いだろう。咲の為にも、何より自分の為にも。
「行くしかないんだ…全てを受け入れよう。何があっても…行こう、母さん!」
その時一人の少年が凄惨な事故物件に入って行った。
それと同時にその家に向かって走って行く青年がいた。仕事は従業員に一時的に押し付けて走って来たのだ。約束を果たしてくれたのだろうと思った。
一般人だから肌感覚でしか分からなかったが強い能力者が来た。香奈美か真澄と再開できる、そう思って。
「やっと、見せられる!僕の新しい旅館!」
非常に嬉しそうにしながら旧櫻家へと到着した。ただその青年はその事は知らなかった、目の前に佇む家に誰かがいるということ以外。
誰かがいたら少々まずいのだが問答無用で突撃していった。扉を開き、靴を脱いで霊力を感じる部屋へと走って行く。そこはリビングの様だった。
すぐに扉を開き、中を確認した。
「だ、誰?」
そこにいたのは一つの手紙、そして一つの写真を見ながら自らを屠殺している少年の姿があった。するとその少年はすぐに写真と手紙をポッケに突っ込んで青年の方を見た。
すると二人は数秒間見合って硬直した。その後、両者誰か思い出した。
「高幡 伸蔵」
「流君!?」
第百八十九話「旧櫻家」




