第百八十六話
御伽学園戦闘病
第百八十六話「離脱1」
狐が動き出したのは良いが兵助はそれだけでは絶対に勝てない事を知っている。
「健吾はとんでもない身体能力を有している!霊力も全然高いから霊だけでは絶対に太刀打ちできない!僕らも一緒に戦うぞ!」
その言葉を聞いた咲は動き出した。虎子は狐に指示を出すのがようやくのようでまともに動けそうにない、それでも霊を出してくれただけありがたい。
他の者は誰一人として動けていない。ファルが何とか動こうとしているが思うように行かず、体が重い。その様子を見た兵助は少しだけ焦り出した。
「僕と咲ちゃんと狐で持ちこたえる!誰かが来るまで頑張ってくれ!」
虎子の方を見ながらそう言い放ち、本来戦闘役でも無くとくに訓練もしていない兵助も戦闘に加わった。咲は止めようとしたが聞く耳を持たない。
ただガミガミ言っている暇もない、出来るだけ兵助に気を配りながら自分が出せる最大限をぶつけるまでだ。
「大丈夫かぁ。三人でよ、別に待ってやってもいいぜ。強い奴が来るならな」
健吾はそう言いながら攻撃をかわし、煙草を吸っている。だが三人には答える余裕は無い。返答が無かったので健吾は戦闘体勢に入った。
そして少し距離を取り、畳みかけた。
「じゃあお前ら殺して、誘き寄せる!!」
まばたきをする間もなかった。ただ非常に鋭い風切り音だけは聞こえた。それでも視覚では捉える事は絶対に出来ないであろうスピードだ。
その速度で咲の真正面まで近付き、思い切り拳を突き出した。咲はもう感覚で傘を開き、ガードを行う。普通の人間なら傘なんて気にせず突っ込むだろう。
だが戦闘中の健吾でもそれがただの傘では無い事ぐらい理解できる。そもそも非力な咲がただの和傘程度のあの威力を出すのは物理的に不可能だ。
ただこの世には物理を無視する事が出来る武器や物がある、武具だ。
すぐに攻撃の手を止め、風だけ当ててみた。すると傘はとんでもない勢いで風を放出し、健吾をあとずらせた。
「常に反射が付いてるようなもんか。だからあんなに強いのか、放出されてる霊力をその傘の反射で押し付ける。そりゃ俺でも痛く感じるわけだな」
そうは言うが健吾にとってその痛みとは少し小突かれた程度だ。何百回も小突かれれば多少は効いてくるかもしれないがそこまで殴られる前に殺せば良い話だ。
正直反射にさえ気を付ければ蚊を殺す程度の感覚で殺すことが出来る。問題は狐だ。別に本体は強くないように見える。となると何か仕掛けがあるに違いない、恐らく妖術なのだろうが見分けがつかない。
神格に近いというのは思っている以上に強い、しかも狐神は三番目、それに最も近い霊ならばその次に強い犬神と同じレベルの強さだってあるかもしれない。
だがそう考えると力が湧いて来る。楽しそうだ、めっちゃくちゃ。
「いくぞぉ!」
兵助には目もくれず今までで一番の速度で距離を詰め、とりあえずぶん殴ってみた。すると狐はフワッと煙を残して姿を消した。当然攻撃は通り抜けた。
少し驚きながらも周囲全部を攻撃した。だが何処にも手応えは無く完全に姿を消したようだ。
「なんだ?透明化に攻撃無効果的な奴か?」
次の攻撃を行おうとした、だが背後から咲が仕掛けて来た。ただ気付いていないわけは無く軽くいなして放り投げた。壁にぶつかった咲は苦しそうにしながらも傘を杖にして立ち上がった。
兵助は回復に回ろうとしたがそれを視線で拒否した。すぐに察した兵助は咲と息を合わせ、同時に攻撃を行った。兵助の弱いパンチは無視でよい。
ただ咲の攻撃はずっとくらっていると少々痛むのでそちらは対処する事にした。まず兵助の方を殴ろうとする。当然咲がガードに入ろうとするのだがそこを突く、能力の使用を止めた。
「解除だ」
その瞬間今まで戦っていた一部屋は嘘のようにドロドロに溶けて行く。そしてその空間に入る前に通った通路が姿を現す。ただそれだけでは無かった、体の向きが逆さだ。
逆転現象はその部屋にいた全員に発生した、健吾にも。急に逆さまになって対処できる程咲は周囲にリソースを払っていなかった。だが健吾は辺り間の様に着地を行い、宙に舞っている咲を思い切り殴った。
「それぐらいなら!」
だが咲は傘でガードした。咲が使用している和傘型の武具の名は[傘牽]という。そして健吾の予想通り常に反射の特性を持っている。だが一つ弱点があった。
それは霊力を纏っている攻撃しか反射できないという点だ。無論霊力を一切纏っていない攻撃などないので貫通されることは無いはずだ。ただ霊力が少ないと反射すらできずただガードするだけになってしまうのだ。
健吾は卓越した戦闘経験と武具の特徴などを見抜きその事を既に理解していた。そしてその弱点は非常に分かりやすいものとなっている。
ならば利用しない手はない。
「悪いが俺は、強いんだ」
そう言いながら能力を発動した、計四十三回の空間生成、そして同じく計四十三回に及ぶ空間の閉鎖。その動作は本当に一瞬で終わった。咲が次の攻撃を来るのがいつか考えている暇に終わった。
気付く、それと同時に。
「兵助さん!横に!」
だが間に合わなかった。突き出された健吾の拳はただの傘と化した傘牽に大穴を空け、そのまま咲、兵助、後方に居た虎子三人の体を抉り取った。
そして二人は着地と呼ぶには程遠い汚らしい落下を見せながら地面に倒れた。
「お前は俺が普通の能力者じゃ無い事ぐらい分かってんだろ、なぁ兵助。霊力が0でも戦える、数少ない能力者だ」
「分かっていたさ…でも使って来るとは到底思ってもみなかったんだよ…こんな小さな中学生一人にね。でもありがとう、あの空間からは、逃れられた」
その顔はほんのりと笑っていた。直後、健吾の心臓部が突き破られる。あまりに脈絡のない現象に驚き、固まる。すると右肩を少し抉られ息を荒くしている虎子が何とか言ってやった。
「私の霊が…そこまで強いのは…絶対に攻撃を受けないから…あんたの所の…原って奴と同じ感じ…敵意を向けられた攻撃は…物理霊力、どっちも完全に無効化できる…!」
「そりゃすげぇな…まぁ相手が悪かったな」
虎子は分からなかった。何故そんなにも余裕そうなのか。心臓を抜き取られ、瀕死寸前かつ攻撃は行えない霊がいるのだ。もう絶望的な状況だろう。
心臓は既に狐の刃で傷だらけ、使い物にならない。何があっても待つは死のみのはずだ。だが異様に楽観的に見える、煙草を取り出し吸い始めた。
その行動に皆驚愕する、逆転しても根性で意識を保っているファルさえも。
「すまんが終わりだ。お前らは俺を楽しませてもくれなかった。がっかりだ」
そう言いながら振り向き、狐を蹴り飛ばした。
健吾以外の全員の思考が止まる。すると当人は特に何の説明もしようとしない。ただ絶望している虎子を見て嬉々として口を開いた。
「別に俺はこいつに敵意を向けなかった。だってよ、雑魚だから。俺と渡り合うにはそんな小細工を使わないといけないんだろ?くだらねぇ、話にもなんねぇんだよ。
だから敵とも認識しなかった。それだけの話だ」
意味が分からない。何故敵の霊に殺意を向けず蹴ることが出来る、何故死の間際で煙草を吸いながら説明をする、分かるはずがない、分かって良いはずがない。
だってそれが戦闘病だもん
健吾は半分しか吸っていない煙草を持ちながら兵助の元へ歩く。そして脇腹が抉られ、動けなくなっている兵助に手に煙草を擦りつける。
だが脇腹の痛みのせいか反応もしなかった。
「この程度の痛みに悶絶する奴が俺に立ち向かおうとするな、一応知り合いだからって事で殺さないでやったけどよ。咲はもう死んでる、すぐにこいつら置いてどっか行け。
そしたら透やババアの恩に免じて生かしてやるよ」
その時の健吾の目はもう旧友を見る時の目では無かった。ただゴミを見る目、失望している目、何とも思っていない目。
「咲は…原が抉れたぐらいじゃ…死なないさ…だって…流の妹だ!」
兵助は諦めなかった。そしてすぐそばに倒れている咲に触れようとする。だが手を蹴られ失敗に終わった。
しっかりと確認すると原に風穴があいた咲は既に死んでいる。魂が上に上り、黄泉の国へと向かっているのだ。
「まぁいい。久々に喰わせてもらう」
健吾は上って行く咲の魂を手に取り、口に運ぶ。兵助は止めようとするが意味を成さない。虎子は何とか霊を動かそうとするがもう限界を迎えていて見ているのがやっとだ。ファルも当然動けない。
誰も何も出来ない、そう思われていた時だ。声が響き、その直後に兵助は意識を失った。
『流し櫻』
どれ程の時間が経ったかは分からない。だが視界に光が満ちる。すぐに目を開き、起き上がる。するとそこは小会議室8であった。席には既に礁蔽以外が座っている。ニアもいる。
何が起こったのかよく分からない。困惑しているとラックが話しかけて来た。
「今から流に関しての話し合いをする。後は礁蔽だ。恐らく向かってきているだろうからここで待っていろ」
そう説明はされたが理解できない。咲達はどうなったのか、何故流がいるのか、何をわざわざTIS本拠地で話す事があるのか全てを流に訊ねる。
すると流は一つ目と二つ目に関して返答した。
「知らん。僕はお前は連れて来たかっただけだ、流し櫻で全員に攻撃した。今頃死んでるんじゃないか。
それで何故ここにいるか、それは話し合いが始まってから話す。黙っていろ」
それだけ言って再び黙り込んでしまった。すぐに他の者に説明を求めようとするが全員話しかけるような雰囲気ではない。何か相当重たい話をするのだろうと言う事が分かる。
ただ聞いておかなければならない事はある。二人に対してだ。
「なぁ素戔嗚…君は何を思ったんだ…ニアを刺して、皆を裏切って」
「……何も思わなかった。俺は適切なタイミングで適切に任務を終わらせただけだ」
「なぁ蒿里、君は何を思ったんだ…地獄の門を開いて、同じように皆を裏切って…何を思ったんだ」
「………ねぇ兵助、私の名前の意味、分かる?」
「今なら分かるよ。蒿里山、地獄に例えられたりすることがある。そこから蒿里、だろ」
「そう。じゃあ親が付けると思う?こんな名前」
もう言葉はいらなかった。両者何も言えなくなり黙る。
そのまま沈黙が続いた。そこから三分、ニア以外の全員に康太からの連絡が入る。その数秒後学園側だけに薫の撤退命令が出た。ラックは驚き、すぐに魂の元へ向かおうとしたがポメが能力を使って余っている椅子を動かし、扉を塞いだ。
「…そうだな、どうせ三獄が動く…放っておくか」
冷静になったラックはすぐに席に戻った。その後も沈黙が続く。相当遠方での戦いのはずなのに銃声が響いて来る、嫌な音に陰鬱な空気が更に深まり、胃が痛くなって来る。
そして更に二分後、秒針が動く音だけが鳴っているその部屋の外から走って近付いて来る音が聞こえて来た。全員がそちらに視線を向ける。
バンと言う音と共に扉が勢いよく開いた。
「何をしてるんや…流!!」
第百八十六話「脱落1」




