第百八十五話
御伽学園戦闘病
第百八十五話「到着3」
「とりあえず…どうしようか」
虎子が困っているとベロニカが動き出した。物凄い勢いと剣幕で健吾に突っ込んだのだ。だがモップ程度の攻撃健吾は見切る事が可能だ。
軽くいなして反撃をしようとした。だがそれをやられると一番強いベロニカが瞬殺されてしまう。なので文字通り死ぬ気で守り切る。
「ファル!」
梓がそう叫びながら能力を発動した。梓の能力は視覚の一時的なはく奪だ。健吾の視界は真っ暗になった。だが拳は止めない。
「ちょっと痛いよ!」
次はファルだ。ベロニカにタックルをして自分を姿勢を低くしながら転がった。それによって攻撃をかわす事に成功した。妨害のおかげで有利が取れるかと油断をしていた。
だが健吾には視界が無くなっても聴覚や嗅覚がある。無問題なのだ。まるで見えているかのような正確さでベロニカの方へ近付いて来る。
「やっぱ戦闘病って怖いね、一番強い子に行くじゃん」
足を動かしている健吾の後ろから虎子がそう言った。何が起こっているかは一瞬で理解した。すぐに振り向き、寸前までターゲットにしていたベロニカなんて放ってそちらへ走り出す。
『干支術・干支神化』
その時の健吾は全く不思議に思っていなかった。これは刀迦が他のTISメンバーが降霊術で普通の霊を使っているのを見て「干支神になれたら強そう」と思い開発した術の一つだ。
素戔嗚が島で使っていたとはいえ虎子との接点は無かったはずだ。見て盗むにしてもこの術は少々複雑な霊力の放出をしなくてはならないので見ただけでは分からないはずだ。
だが虎子は当たり前のように、隠し玉ですらないと言わんばかりに初手で放った。その事が何を意味するかは大体察しがつくはずだ、戦闘中ではない健吾なら。
「良い事教えてやるよ、ガキ。その術は、遊びに使うもんじゃねぇんだ!」
今までで一番感情を表にしながら殴り掛かった。干支神化した虎霊は非常に強力になり、それと同時に霊力が増した。最早五感を使用しなくとも探知できてしまうだろう。
それも健吾の特徴だ。
「こっちだって遊びでやってるんじゃないから」
近付いて来る健吾に対して何を命令すればよいか分からない。ひとまず妖術を放っておけばいい。
『妖術・乃如何』
この妖術は本来非常に弱いとされている妖術だ。内容としては霊の力を弱めるだけだ。本当に使い道は無いように見えるが今は非常に有効だ。
健吾は力が弱くなった虎を感じて干支神化が解けたように感じた。すると突然どうでも良くなりすぐに振り返ってベロニカに攻撃を仕掛けようとした。
だがその時背後から再び力を感じた。
「なんだぁ!?」
もう迷わないためか虎をぶん殴ろうとした。だがその直後背中に激痛が走った。何が起こったのかは一瞬で理解した。ベロニカが攻撃したのだ。
あまりに重い一撃に流石の健吾でも怯むかと思われた。ただ実際にはそんな事無かった。当たり前のように虎を殴り、その後振り向きながら蹴り上げようとした。
だが結果的に宙を蹴る事となった。意味が分からない。殴ってから蹴りを繰り出すまでは一秒もかかっていないどころか目にも追えぬ速さだったはずだ、ベロニカはそこまで速くは無い。到底避けられるスピードでは無いのだ。
「私あんまり梓ちゃんとは共闘した事無かったけど…強いね!その能力!」
一番近くから聞こえたのはファルの声だった。その時始めて健吾は動きを止めた。そして本当に一瞬で状況を整理する。ぶつかったのはベロニカのモップのはずだ。だが一番近くに居るのはファルで言いぐさ的に攻撃したのはファルだ。
モップを一旦渡して攻撃したのか。いいや違う。何故ならファルの威力では無かった。今回ベロニカはあくまで完璧に家事をこなすための道具だけを渡された。なので力は弱い。
それに比べファルは身体強化があるのでこの中で一番力が強い。それなのに力加減が完全にベロニカだった。真似できない程、正確に。
「…何をした?俺が知っている範疇ではそこまで正確に真似る事は出来ないはずだぞ?」
「私の友達にはね、気まぐれだけど凄く強い子がいるの。力も、便利さも…TISなら分かるはずでしょ…」
「[鹿野 真浪]…機械化の細工か…それがあるとなれば少々面倒くさいな…さて、視界も戻った。タネを見せてもらおうか」
視覚が元に戻ったのでファルの方へ視線を向けた。だが不自然だ、いや自然すぎる。何も変わっていないのだ。
「既に細工を止めたか。よく分かってるじゃないか、俺の勘が良い事に」
「そりゃあ見えてないのにあんな動きされたらね…一瞬の油断が負けを生むって先輩達が言ってたけど本当だったみたいだよ」
その無駄な話は時間を稼ぐためだった。背後からベロニカが思い切りモップを振りかざした。だが健吾は既に気付いている。それでも反応しなかっただけだ。
鈍い音と共に脳天に直撃した。普通の人間ならばその時点で死んでいてもおかしくはない。だが健吾はピンピンしていた。それどころか悠々と振り向く。
当然ベロニカは移動する。ただ健吾はベロニカには興味が無いようだった。向かう先は一匹、干支虎だ。もう目は見える、健吾にとって視覚とは最重要かつ最優先するべき感覚だ。
その感覚が脳に伝えている、一番強いと。
「梓!」
虎子が指示を出した。梓は言われた通り能力を発動して再度健吾の視界を奪おうとした。だが健吾は全く反応を見せない、少し違和感を覚え何度も能力を使用しているが全く意味が無いように見える。
すると健吾は少しだけ後ろを向き、煙草を一本咥えながら言った。
「二度はねぇよ」
その時の顔に梓は恐怖を覚えた。梓はあまり霊力を扱うのが上手くない。それ故本気の戦闘中は基本的に黙っているのだがそれでも声が漏れた。
弱弱しい声が。そして足が震える。確信した、殺意を向けられたのだと。今までの健吾はただ遊んでいただけだ。だが雰囲気が変わった。恐らくしっかりと攻撃をしてくるだろう。
それなのに意味が解らない理由で妨害が効かない。正直絶望的状況だ。やる気になった健吾がどれだけ強いかなんて分からない。ただ一つ言える、絶対に負ける、と。
「こちら、見てください」
今度はベロニカが動き出した。虎子を守るような形で健吾の意識を引こうと必死になっている様に見える。それを見抜いた健吾はもう気にしない。
二回目からは大して痛いようにも感じない。流石のベロニカも少し引いている。このモップはとんでもない威力なのだ。ほんの少し小突く程度でも骨が折れる可能性だってあるレベルだ。
なのに健吾は何度も無防備な背中を殴られているのにビクともしていないのだ。それにはファルも少し緊張を覚えた。そしてゆっくりと煙草を吸いながら虎の正面に佇む。
見下ろされた虎は完全に萎縮してしまっている様子だ。
「どうしたの!?」
初めての出来事にパニックになっている。虎子の虎は非常に傲慢で凶暴で、面倒くさい奴なのだ。そんな奴が一人の男相手に怖気づいているのだ。
これは異例の事態だとその場にいる全員が理解した。すぐにでも決めなくては本気を出された瞬間蹴散らされると察し全員で動き出した。
梓は頑張って能力を発動しようとしている。
ベロニカは全方位から全力で殴っている。
ファルはベロニカからモップを貸してもらい、一緒に殴り掛かっている。
虎子は何とか虎に指示を出そうとしているが震えていて全く聞く気配がない。
一方健吾は悠々自適に煙草を吸い、吸殻を真上に投げた。そして攻撃を始める。その刹那その場にいた四人が全員壁に打ち付けられた。
「…え?」
困惑しているが首を回す事さえもはばかられる痛みだ。それでも身体強化のおかげで何とか首を回すことが出来る。そして周囲を見渡すを絶望的な状況だった。
虎子と虎は血だらけになって地面に叩きつけられ、霊は体の中に還って行った。
ベロニカはモップでガードをしようとした体勢のままメイド服に血を垂らしながら壁に穴を空け、そこにうな垂れていた。
梓はそこら辺に横たわっている。だが梓が立っていた方向の壁には大きなヒビが入っていたので跳ね返って地面に飛んだのだろう。
そして
本人のファルは右手が飛んでいた。一掃される寸前に突き出していたからだ。そして左眼も開かない、腹部は血だらけで最早痛みさえも感じ取れないのだ。
だが何より驚くべき事は健吾が放り投げた吸殻が今キャッチされたからだ。
「…う…そ…」
「なんだ、まだ生きてんのか。すげぇなそこそこタフじゃねぇか。でも俺はお前に興味がねぇ。アリスやニアが来てるらしい、俺はそっちに行く。
青天井とそれと渡り合える怪物、楽しそうじゃねか」
そう楽しそうに言いながら四人を置いて行こうとしたその時だ。新たな声が響いた。それは部屋の外、いや部屋の中、健吾の空間の外だった。
「やぁ、久しぶりだね。健吾」
そう言いながら壁を貫通し、入り込んで来る。健吾はガッカリしていた。何故こんな弱い奴らばかりが来るのかと。
「よぉ兵助」
「やっぱり君の能力は強いね。強制的なバトルフィールドへの誘拐…まぁ何よりヤバいのは、その身体能力が全て、自前ってところだけどね」
「あんがとよ。じゃあ死んでくれ、俺はお前に興味…」
別れの言葉を口にしながら殴り掛かったその時だった。健吾に大して爆発が発生した。というよりも炎を使った粉塵爆発のようなものだった。
だがその爆発は尋常じゃないほどに強烈で。痛みに悶え、一瞬だけ体勢を崩した。
「さて、まだ終わってないよ。頑張ろう!二人共!」
「えぇ。他の皆さんも、回復してあげてください」
桜色の長髪に和服、そして和傘、来た[櫻 咲]だ。すると健吾は五人には見せなかった薄気味悪い笑顔を浮かべながら思い切り殴り掛かった。
だが咲は軽々と最低限の動いだけでかわし、むしろ傘で反撃を入れた。兵助も驚く、流石の咲でも回避が精一杯かと思っていた。だが反撃を行って時間を稼いでくれている。
「頼むよ」
小さな声で託してから死んでいる三人と瀕死のファルを回復させる為に走り始めた。まず一番重症の梓だ。完全に死んでいるが兵助はとある事を祖母から教わっている。
「大丈夫だ!魂が現世にあれば…回復は間に合う!」
触れて能力を発動した。恐らく物理攻撃で損傷なのでそこまで得意ではないが物理回復を行った。すると五秒ほどして息を吹き返した。ひとまず完治は後回しで次は虎子だ。
同じように物理回復をかけてみても効力はないようだ。そして一瞬考えた。恐らく霊を盾に使おうとした結果健吾の拳に霊力が纏い、霊力での攻撃になったのだろうと。
すぐにお得意の霊力回復をかけると一秒も経たぬ間に全回復して目を覚ました。
お次はベロニカだ。ささっと近付き回復を行おうとしたその時、健吾が真後ろに移動して来た。
「やばっ…」
絶望しかけたその時、兵助とベロニカが何者かの力によって移動した。健吾も少しおかしいと感じ周囲を見てみるが何の反応も無い。おかしいと思いながらも再び兵助に殴り掛かろうとしたが咲が妨害してくる。
そのせいで攻撃が通らない。兵助は急いで回復を行い、最後のファルの元へ駆け寄った。そして状態を見るが酷いものだった。
アドレナリンが切れかけて来たのか非常に痛がっている。すぐに回復を行う。何とか回復を済ませた。
だが戦える状態ではない様なのでそっと置いて起き二人での戦闘に戻ろうとしたその時、虎子が横たわりながら言った。
「私の本命は…虎じゃない!」
そして唱える。
『降霊術・唱・狐』
普段は絶対に面で召喚していた。それは霊の力が弱くなるからだ。だが今回は唱で召喚した。すると咲は用心深く虎子の方を見るようになる。
その動作で兵助も何か危ない事をしようとしているのだと察し、いつでも駆け付けて回復できるがある程度の事には対応できる絶妙な距離で待機する。
そして現れた。図体は小さく、小学生低学年ほどの大きさしかないのだが放つ霊力があまりにも気持ち悪い。ぐにゃぐにゃ、ぐじゅぐじゅとしていて非常に不快だ。
だがそう言った霊力は強い者の証、それを兵助がしっかりと感じられる程放っている。それ即ち、最強各だ。
「狐神は叉儺…でもその次に強い狐霊は…今は私!!やれ!そいつを殺せ!」
動き出した。現在狐神に最も近しい存在である、狐霊が。
第百八十五話「到着3」




