第百七十九話
御伽学園戦闘病
第百七十九話「超越者」
「助かった!」
「私はサポート役だから当たり前。あんたは私に構わないでさっさとやっちゃって」
「分かってる」
丁度良く立ち上がった神の腹部を思い切り殴る。再び壁に打ち付けられ口から血の様な液体を垂らす。だがそれは胡桃が遠目で見ても分かる程には異常な液体だった。霊力が濃すぎるのだ。流石呪の塊と言うべきか人とは違うのだろう。
「今の霊力は!」
「120ぐらい!俺なら三分ぐらい持つ!」
「了解、足りなくなったらすぐ言って。カバーするから」
二人の連携は完璧と言っても良い、特段難しい事を考える必要性が無い二人組と言うのも大きなアドバンテージなのだろう。相手は怪物、ほんの少しの油断や思考でも死に直結する。そんな中でもそこまでやれているなら上出来と言える。
ただあくまで上出来だ、完璧には程遠い。それも当然だ、相手は怪物、最初から死者を出さずに勝つと言うのは不可能だっただけの話である。
神が本気を出せばこんな二人は瞬殺だ。
「うざい!!」
顔を上げた神はそう言い放ち目を隠していた布を引き千切った。すると隠されていた部分からは禍々しくも霊力を放つ一つの目があった。
光輝は本能的に駄目な奴だと感じ取り、胡桃のそばまで引いた。そして全方向からの攻撃に対処できるようしっかりと構えておく。胡桃も足手まといにはならないように注意する。
たった一秒がとても長く感じて背筋の芯から冷えて来る、唾を飲み込んだその瞬間、神が叫んだ。
『呪術・天』
すると光輝と胡桃の二人はほんの一瞬、何が起こったかも分からない程度の時間謎の世界へといざなわれた。そしてその後仮想世界、本拠地に戻ったかと思われたが再び謎の世界に飛ばされる。
だがそこは一つ前の世界とは明らかに違っていた。赤黒い空、まるで血の様な色をした雨、少し遠方に佇む数えきれない程の針山、そして針山に体を貫かれ生気を宿したまま終わりとは程遠い死を覚えている罪人。そう、地獄だ。
「なんだ!?」
その言葉を放つときには既に元の世界に戻っていた。と思ったのも束の間、再び別の地獄へといざなわれることになる。そしてそんな景色を三十種類近く魅せられてから起こった。
また別の地獄を魅せられるのかと思っていたのだが視界が変わらなかった。恐らく終わったのだろう。ただ油断は出来ない、本気を出して最初の呪がただ景色を魅せるだけとは到底思えない。
光輝は一応胡桃の状態を確認しようと振り向いた。そして驚愕する。
「胡桃!!」
胡桃は最初の針山の地獄で裁かれていた罪人と同じように地面から生えて来た太く逞しい棘に体を貫かれていた。だが意識はあるようで何とか息を整えている。
だが内臓がほぼ全て破壊されているようで元々貧弱な胡桃だとあと一分も持たないだろう。すぐに助けに入ろうとした光輝に対して胡桃は罵倒を浴びせる。
「なんで助けようとするの…明らかにもう助からない…最後までサポートするから!私の分も戦えよ!」
それでも胡桃を助けたい。胡桃とは生徒会に加入する前からの友人だった。そんな友を見殺しに出来るわけが無い、怪物なんかを優先して。
だが助からない事は明白だ。それでも罪の意識から逃れたいのだ。このままだと何もできなかった、何もしなかったと言う結果だけが残ってしまう。それは避けたい、結局の所保身だ。
光輝自信何故自分が弱いのかは大まかに理解はしているつもりだった。だが解決は出来なかった。したくなかった。当然の反応である、人間と言う枠組みから外れなくてはいけないからだ。一般人を辞めなくてはいけないからだ。
それでも、それでも戦った人物は大量にいる。覚醒がその一例である。生徒会には覚醒が出来る者が大量にいる。目の前にいる胡桃だってそうだ。皆自信の身を鑑みずに良い方向へ、強くなるために頑張っている。一方光輝は人を辞めるという事が怖くて立ち止まっていた。
だがやらなくてはいけないのだ。やらなくては勝てないのだ。
友人か、友人の覚悟か。それぞれを天秤に掛け、光輝は掴み取った。何故平和が訪れず、TISがこうなったのかという事。それと同時に、抑えきれない怒りと力を手にした。
「分かった……絶対に、殺す」
振り向きながら拳を握る。その目には炎は宿っていなかった。だが神でさえも恐怖するほどの殺意がこめられている。そして力が増している事が分かる。
神は焦りながら唱える。
『呪・ふ…』
だがそれは阻止された。あまりに速い移動と信じられない力での殴打によって。
呪は詠唱が何らかの理由によって中断されると発動者に罰則が与えられる。その内容は様々で霊力の現象や弱体化などが挙げられる。そして今回は呪の返送だった。
それは名の通り発動者が使おうとしていた呪を受けるというものだ。唱えようとしていた呪は『呪・封』である。そして返送により神は数分間呪の使用が出来なくなった。
「やばい!!」
今までに無い程焦り出す神を見て能力が使えない、又はそれに準ずる能力の妨害だと察した光輝は畳みかける事にした。神は複数持ちでは無く呪しか使えないと言う情報は突入直前にTIS本拠地に突入するよう命じて来た謎の人物から伝えられている。
なので効く、今は最大限の、霊力をこめたパンチが一番効く。
「死ね!!」
悲鳴に近い雄叫びを上げ、顔面を殴った。全く手応えは無かった。だが神の頭はぐちゃぐちゃの肉塊となり周囲に飛び散った。それでもしぶとく生きている。
無詠唱で呪を使うとしても何処に光輝がいるかも察知する事が出来ないはずなので実質的に問題はない。だがその時一つ疑問に思った。脳が破壊されているのに何故動いているのかという事だ。
ただ怪物だから、と言ってしまえば簡単だが何処かに弱点があるかもしれない。絶好のチャンスだ、TISが他にもこういった化物を飼っている可能性だって否めない、今の内に確認しておくのが良いであろう。
「…知ってはいる。お前が[天仁 凱]だって言う事は。なら何処かに核があるはずだ。まぁ、もう分かってるけどな」
妙に冷静だった。左手で肩を掴んで固定、右手を思い切り握って構えて、胸部に向かって最大限の力で放った。詳細に言うと心臓だ。
そしてその拳が到達し、貫通した。その瞬間神の体は悲鳴の様な音を上げながらパラパラと灰になるようにして消えて行った。
「生への執着が凄い奴だと聞いたよ。そいつが一番大事にしていたのは生きていく中でも最重要な脳か心臓だったんだろう。脳は破壊しても何も起こらなかった。だったら心臓だよな、やっぱり。
大会前に潰せて良かったよ……空傘…」
そう言葉にしながら胡桃の方を見ようとした時だ。後方、胡桃の方からとんでもなく強い霊力の者が三人、そしてそこそこの霊力をした者が一人の計四人が物凄いスピードで近付いて来ていることに気付いた。
すぐに動かない胡桃を掴もうとしたのだが間に合わなかった。すぐに見えて来る。戦闘を行く來花、その後ろにピッタリと続く佐須魔、名前を呼ばれ煙が消えていく智鷹、そして砕胡の姿が。
「やばい!すぐに!!」
胡桃を針から外そうとしたその時だった。背後から勢い良く霊力の塊の斬撃が光輝に向かって放たれた。それは神では無く、神の核が再び暴走を始めて放たれた斬撃だ。
光輝は気付いたが不意打ちだったため避けることが出来なかった。だが來花が命がけで庇った。
「は!?」
「良いから逃げろ!子供に対処できることではない!!すまないがその子は諦めろ!もう死んでいる!!」
そう言いながら光輝の首根っこを掴み、通って来た道へと放り投げた。その時一番後ろにいた砕胡が殺意や悲しみなどの数えきれない感情を前面に押し出しながら呟いた。
「やってくれたな…」
そして光輝は抵抗も出来ず、ただ吹っ飛ばされた。胡桃の死体を拾う事も出来ずに。ただ胡桃の方へと手を伸ばす事しか出来なかった。
その後は視界が暗転したかと思ったら生徒会室の扉に繋がり、生徒会室の中へと転がり込んだ。何が起こったのかよく分かっていないがすぐにでも待機している保健室の時子先生の所まで行かなくてはいけないと思い、走り出した。
胡桃の事は後回しにせずを得なかった。ただあの言いぐさで分かった事はあった。胡桃は完全死はしていないはずだ。となれば黄泉の国に行っただけ、何とでもなるはずだ。
今はただ、他の者の為に準備をしておかなくてはいけない。死の哀しみは後回しなのだ。
[美玖]
美玖はただ一人で彷徨っていた。よく分からない空間である。他の様々な空間をつぎはぎにしたような世界だ。
だが霊力濃度は全く変わらないし誰かの霊力も感じない。正直一人では不安だ。ただ訓練の成果を発揮できるという点では良いのかもしれない。
「…いる」
真正面の少し先に一人いる。ただ今まで対峙して来た重要幹部程強くはなさそうだ。それでも相当な強さはある。そして警戒しながら歩いていると段々と全容が明らかになる。
緑の髪、まるで探偵の様な副葬、黒ぶち眼鏡、そして能力であろう触手が背中から四本生えて来ている。
触手は先端に紅色の赤い玉の様なものが付いていてそこに尖った牙をカチカチとならしている口があるようだ。
「来ましたか。まぁ貴方ぐらいならさっさと終わらせます」
目の前に立っているのは[コールディング・シャンプラー]、上の中でトップの人物だ。あくまで上だ、重要幹部には成っていない。それでも弱い訳はない。油断大敵、他の者のようにはならまいと用心深く唱えた。
『降霊術・面・狐』
第百七十九話「超越者」




