第百七十七話
御伽学園戦闘病
第百七十七話「ラストヒットの譲渡」
黑焦狐が指示を仰ぐので菊はこう答えた。
「ひたすら原を殴れ、まじでそれだけで良いから」
「承知」
すぐに動き出して礁蔽と戦っている原に突っ込んだ。礁蔽はしっかりと回避を行い、巻き込み事故は防いだ。そして突っ込んだ黑焦狐はとんでもない速度で噛みつきとかぎ爪攻撃を行った。
普通なら回避出来ない速さだ。だが戦闘病と言う覚醒に続く最強のバフが付いている。だからこそ出来た完璧な身のこなしでかわしてしまった。だが菊からすると予想の範疇であった。
「そもそもメインアタッカーは変えてねえぜ?」
直後原の左腕に猛烈な痛みが走る。それと同時に肉を喰い破るようなブチブチと言う音が聞こえる。原は少し焦りながら左腕に引っ付いている虎を引き剥がそうとするが全くと言っていい程動かない。
単純な体格差もあるのだがそれより黑焦狐が厄介だ。一瞬でも目を離したら喰われるかもしれない、復活は出来るが体力や霊力は消耗する。絶対に何かあるのは分かる。だから三回は余裕を持てる復活を残しておきたい。となるとそう簡単には死ねない、そうすると全ての攻撃が即死急の黑焦狐はマークしておかなければならないのだ。
「やってください!」
今度は漆が命令した。ただ黑焦狐に阻まれ何に命令したのかは分からない。すぐに周囲を確認するが何もいない、恐らく後々不意打ちでもしてくるのだろうと考え一旦置いておくことにした。
そして次にするべき行動、それはやはり虎と放れる事だろう。とりあえず両手両足が使えれば何とかなる。右足は負傷しているが問題がある程ではない。
「来いよ、礁蔽!」
「言われんくてもいったるわ!」
礁蔽は少し違和感を持った。何故虎を後回しにして礁蔽を煽ったのかと言う事だ。だがどうやっても目的は分からないだろうし解明する事は短期戦では出来ない。それ故何も考えずに突っ込んだのだ。
戦闘病で強くなっているといえども所詮は普通の人間、礁蔽でも目で捉えることぐらいではできる。かわす事が出来るかと言われると否定から入る事になるが最大限ダメージを減らす事は可能だ。
「礁蔽!一旦引け!」
すると菊から交代命令が出る。だが従うことは出来ない、術中にはまった、少し遅かったのだ。礁蔽は噛みつかれた、虎に。驚愕する礁蔽を他所に原は黑焦狐の方へと走って行く。
「クッソ!やっぱここにいた奴だから懐いてるよな…!」
至極簡単な話しだ。TIS本拠地で飼われている虎なら懐いている可能性だって高い。どれだけ菊が懐かれ体質であろうが毎日のようにお世話をしていたTISメンバーに完全に歯向かうことは無いだろう。
頭が良かった、それが誤算だったわけだ。
「とりあえず私は鳩と黑焦狐しか使えねえ!最悪詠唱するけどお前ら巻き込まないってのは無理だから覚悟しとけよ!」
「りょーかい…!」
「はい!」
その報告だけしてから菊も黑焦狐の方へと走る。そして背中から頭の方に飛び乗り、原がどんな動きを取って来ているかを確認する。別におかしくもないし特段凄いわけでも無かった。普通に床を踏んで跳んで頭に飛び乗って来た。
ただマズイ状況だ。黑焦狐は自分の頭の上なので攻撃できないし振り落とそうとしても菊を巻き込む。かと言って他の者も手出しできるスピード感ではない。何か出来るのは本人である菊のみだ。
「遅い!!」
笑いながら思い切り殴り掛かる。すると菊は煙草をペッとそこら辺にほうってから殴りの体勢に入った。おかしい、身体強化も戦闘病も何も無い菊がろくに殴れるはずがない。見た所訓練もしていなさそうなのに殴り掛かって来る。
だがもう止まらない、何か策があったら負けるが仕方無い。そう思い拳を突き出した。
「姫!!」
その瞬間黑焦狐の頭の上で鈍い音が響いた。まるで何かが折れる様な音だった。二人と一匹は当然菊の骨が折れたと思っていた。ただ当人は笑っていた。
別に難しい事では無い。受け流す動作すらせずに突き出された拳を掴むだけだ。その後関節に今一番の力をかけるだけ、菊は力が弱いのだがその状況でなら骨の一本を折るぐらいは造作もない。
「私はか弱い御姫様だからよ、超有利な状況を作り出す事に注力したんだよ。ひっさびさに頑張ったぜ、地獄の夏休み」
そうそれが夏休みで鍛えた事だ。力で勝てないのなら相手が弱くなる盤面を作り出せばいいだけだ。黑焦狐は囮だ。だから適当な指示を出して適当に動かした。本命は黑焦狐を跳び越えた瞬間に絶対に起こる盤面把握、そこを狙うためだ。
少しだけ違う形にはなったが半分程度は活かすことが出来た。だがその戦法には大きな弱点が二つある。一つは一人の時に使うと弱い事。もう一つが一発芸だと言う事だ。
「まぁ右腕折ったなら大分成功だろ。還れ、黑焦狐」
「承知」
すると黑焦狐から魂のようなモノが抜け、小さな黒九尾に変化した。菊が抱きかかえ、すぐに後ろに下がる。原は追いかけようとしたが礁蔽が背後から殴り掛かり妨害した。
もう虎を引き剥がす事に構っている余裕は無い、礁蔽は焦り半分で殴ったのだ。だが決まった。変に集中しなかったからこそ気付かれなかった。
原は殴られ、体勢を崩しながら少し転がった。当然大きな隙が出来るので全員で畳みかける。礁蔽は蹴り、漆はスズメバチの針を刺し、菊は折った右腕を踏んづけて追い打ちをかけた。
「まだまだ!!」
それでもしぶとく起き上がり、抵抗を見せる。だが無駄だった。ようやく効いたのだ、漆の能力が。少し前に命令した、負けろと。それは何が起こるかは分からない命令の仕方なのだが、起こった事によってデバフがかかったというのは明白であった。
動きが止まったのだ。何か信じられないものを見せられているかのように目を見開き、硬直している。礁蔽は何が起こっているのか瞬時に把握し攻撃を続ける。
菊と漆の二人は急に動き出した際避けられるか不安なので一度後ろに下がる。そして礁蔽が二発目の打撃をくらわせようとしたその時だ。
「まさ…か…」
原がそう呟いた。何かあったのかとすぐに距離を取る。だがそれでも硬直したままだ。再び距離を詰めようとしたその瞬間、原が動いた。
そして今までよりも速い動きで礁蔽を蹴り上げた。あまりに唐突な出来事だったせいで礁蔽は何も理解できずに天井に打ち付けられ、動きを止めた。
「おい漆!お前何した!?」
「し…知りません!負けろって言う抽象的な命令だったせいで何が起こったのか僕にも…」
「まぁ良いか…しゃあない。使う!」
『降霊術・唱・黒九尾』
再び黑焦狐が呼び起された。すると黑焦狐は指示を聞かずとも状況だけで何をしたいかを察し、唱えだした。
『女神に仕えし霊が一匹黒九尾 我が名は黑焦狐 姫君の名は松葉菊 其方の記を辿り蠱無しとあれば力を頂戴致したい 欲するは死 与えるは霊魂 力戴く女神の名こそ黄粉姫 我の力を信じよ 女神の血を引く姫名の下に 異形の咆哮を卸したまえ』
唱え終わると大きく口を開いた。するとその口から眩く光り輝く光線が発射された。あまりに速い詠唱に回避行動に移る事は出来なかあった。回避出来なかったらどうなるか、当然くらう。
霊力で構成された光線の威力は凄まじいと言う表現では追いつけない程の連撃、高威力を誇るのだ。
「これでどんぐらい入るかだが…やっぱ…やべぇな」
何とか苦笑しながら結果を見る。原はピンピンしていた、と言うよりも生き返っていた。菊の中ではこれが最高レベルの威力の攻撃だ。しかも光線は何連撃もぶち込むことが出来るので原のようなタイプにも相性が良い。そんな術でも倒す事が出来なかった、恐らくなのだが霊力が増えている。だから復活の回数も自動的に増えたのだろう。
そもそも菊は原と戦ったことは無いのでそう言った事が勘ですら分からないのだろう。
「そんじゃ、私はサポートに回るかな。頼むぜ」
原から視線は外さずにゆっくりと後ずさる。
「行きます!」
漆のターンになった。その内スズメバチの毒が効く筈なので時間を稼げればよい。最悪ロッドの術で時間を稼いでもらうのもありだが正直無茶と言える。
なので自分と小さな虫たちで何とかするしか無いのだ。そう思い命令を使用としたその時、完全に失念していた虎が襲い掛かった。
「やばっ…」
既に遅かった。漆は自分よりも少し大きい虎に噛みつかれた。菊もすぐに対応しようとしたが原が殴り掛かって来るせいで放置せざるを得なかった。
だが既に遅いのは漆ではない、原の方だった。不意に肩を掴まれる。すぐに振り向くとそこには血まみれの礁蔽が立っていた。そして礁蔽は大きく笑みを浮かべながら言う。
「わいは弱い!だからこそお前の能力には効くんや!!残念やったな、どうやら決まってたみたいやで!!!」
そして思い切り顔面を殴った。威力は調節しなかった。倒せると確信していたから。漆が負けろと命令しているのを知っていた、ほんの小さな声だったが何とか聞き取れたのだ。
だからこそ確信していた、絶対に良い塩梅に自動調整が入ると。
その狙いは大当たりだった。原は一瞬気を失ってから目を覚まし、その場に倒れ込んだ。そして大の字になりながら降参する。
「僕の負けです、強いですね」
「…危なかったぁ…」
すると漆が虎の口の中から出て来た。無傷で。噛みつかれたのに無傷なのはおかしいだろうと菊が訊ねると「原さんが虎に噛みつかれたころに命令したんです」と言う返答が来た。
その場にいる全員がそれには気付いていなかった、原は感服し息を吸ってから体を起こし、口を開く。
「それでは、教えましょうか。流君の事」
「頼むで」
「まぁ言う事は少ないです。流君はここで待っています」
そう言いながら変動式の本拠地マップを渡した。そして小会議室8にマークを付けて説明を続ける。
「ここで待っています。恐らく紫苑君も到着しているのであと三人ですかね。とりあえず行ってあげてください。話しがあるそうですよ……あと今はTIS重要幹部になってますよ。最強格の。
まぁ僕らと違って出来るはずですけど仕事はしてくれませんけどね。そんな所ですかね。何の話しをするのかは誰も聞かされていないので…詳細は本人から聞いてくださいな」
「分かった。とりあえずわいは行く。解散や、ほな!」
「気を付けろよ」
「お気を付けて」
そうして三人は解散した。礁蔽は全力ダッシュで流の元へと向かう。
菊と漆は適当な場所で休もうと原をその場に置いて放置し、歩き始めた。その時菊は密かにだが、黄泉の国での会話の件で後悔をするのだった。
第百七十七話「ラストヒットの譲渡」




