第百七十六話
御伽学園戦闘病
第百七十六話「想定内の作戦崩壊」
先に動いたのは原だった。極めに極めた身体能力で距離を詰め、礁蔽に殴り掛かった。だが礁蔽は何とか殴り返す。それが礁蔽の特徴の一つである。防御が下手なので無理にでも攻撃し返すのが一番だと判断し流が来た辺りから密かに訓練を重ねていたのだ。
だがずっと訓練をしている原とは違い粗削りがすぎる。なので原は当然目視できるレベルの反撃だ。目視出来たらどうなるか、答えは一つ。受け止めて更に攻撃をぶち込む。
「遅いですよ!」
腹部に思い切りパンチをくらわせた。
「いったいなぁほんま…でもわいの目的は殴る事やないで!!」
そう礁蔽の目的は自ら殴る事では無い。そもそもメインアタッカーは虎なのだ。そいつに繋げる為に動くのだ。
「いけ!」
菊がそう叫ぶと虎は指示に従って原に飛び掛かる。一方原は礁蔽を殴った事ですぐに回避に移る事が出来ない。襲ってきている事は分かるのだが体が追いつかない様子だ。
となるとどうするか、体で受ければ良い話だ。原の能力は『死に至る攻撃を無効化する』能力だ。どれだけ攻撃されようが意識を飛ばされたりしない限り戦い続けることが出来る。
避けなかったので当然噛みつかれる。痛みが走り少し汗も出て来る。だが構っている余裕は無い、先に即死攻撃を持つ礁蔽を落とさなくてはいけない。
「やってください!」
今度は漆が命令を出す。すると待機していたスズメバチ数匹が一斉に飛んで行く。だが今度こそはしっかりと回避を行ったので攻撃は失敗に終わった。その際原は少しだけ口を開く。
「前にもこんな事やりましたねえ。あの件も大分過去の事になってしまいましたね…」
原が言っているのは襲撃の事である。あの時も漆がスズメバチを操って妨害をしていた。だが原は見違える程強くなった、漆の攻撃程度軽々とかわせてしまうのだ。
ただその攻撃もあくまで誘導である。それは視線の誘導、意識的なものの誘導である。
その直後、背後から虎が襲い掛かった。原は気付いておらず無防備な状態で右足を喰われた。
「いっ…」
肉を露呈、骨付近まで噛み千切られた。だが戦闘不能にはなっていない。戦えなくなるまで戦う、それが原のやり方だ。
虎をマークしながら礁蔽の方へ踏み寄ろうとする。だが菊が呼んだ鳩や漆の小さな動物達が目などの急所を突こうとする。流石に目潰しはまずいのでそちらに構っていると次の攻撃が繰り出される。
虎はうなじに噛みついた。意識を失ってはいけない原にとってそこはあまり良くない場所だ。小さな動物達を一度無視して虎の情を対処する。と言ってもそこまで深刻に思っているわけでも無く軽くあしらってしまう。
「全然まだまだですよ」
そう言いながら虎に噛みつかれたままバク転した。すると図体のデカい虎は変な体勢で地面に打ち付けられる。虎を失うと勝機は失せるのですぐに引かせて菊が状態を見る。その間は礁蔽が前に出て時間を稼ぐ事にした。ただ漆のサポートはふんだんに受けながらだが。
それでも隠しきれない程の成長ぶりだ。原も驚いており少しだけ褒める。
「あんがとさん!」
笑いながらそう言い放ち、殴り掛かる。だが原も負けてられず応戦する。二人の格闘が続いている中菊は虎の状態を診た。そして全く問題は無かった。すぐに虎をメインアタッカーに戻す。
ただこのままではジリ貧だ。そもそも原は長期戦特化と言っていい能力である。ならば菊達は短期決戦で行くしかないだろう。ただ圧倒的に戦力が足りず相手は原だ、中々難しいだろう。
「確か水葉よりちょっと強い程度だったよな…そんで時間経って強くなっただろうから…まぁファルよりちょっと下って考えた方が良いか?いやでもそれは強すぎるな。まぁ光輝よりちょっと強いぐらいか。
そうとなると虎じゃやっぱり火力不足だな。どーするか…」
新しい煙草に火を点けながら悩む。すると横で虫達に指示を出していた漆がとある提案を持ち掛けて来る。
「あのー…少し思ったんですけど…僕って人間にも命令できるんですね…」
正に青天の霹靂、思いもしなかった戦法だ。確かに漆の能力は動物が対象だ。それは人間も対象な可能性が高い。恐らくやった事は無いのだろうが試す価値はある。
現状礁蔽の為にも勝たなくてはいけない盤面だ。なので切り札になる可能性が高いその戦い方を見せる事となっても悔いはないだろう。
菊は笑いながら漆の頭をわしゃわしゃと撫で、その後小さな声で指示を出した。
「バレないようにあいつに命令しろ。そんで命令されてるって分かってない様にして、負けるって命令しろ」
「分かりました」
漆は先程と同じように虫達に命令を出し続ける。その隙間にそれまでの命令より小さな声で原に負ける様命令した。だがそれにかかっているかは分からない風に命令したので効果は分からない。
何故分かっていない風にしたのかは分からないが菊なりに何かあるのだろうと思い従った。その結果よく分からない状況になってしまった。次の指示を仰ごうとしたが菊は「後は自由にやれ」とほぼ丸投げだ。
少し困りながらも自分の中の最適解をやっていこうと決め礁蔽や虎のサポートを全力でする。そのおかげか礁蔽自信が弱点に気付いたのかは知らないが原が押され始めた。
「どうした!わいの方が強いやんか!」
「何かおかしいですね。体が思うように動かない…?」
その言葉が飛び出た瞬間、後方支援の二人はニヤリと笑った。その時原も何かされたのだろうと察して、諦めた。誰も覚醒していない状況で何らかのデバフ効果となれば第三者か漆の能力なのは確定している。どちらにせよ止めようがないのだ。
なので強引な対処法を取るまでである。
「短期決戦で行きましょうか!」
菊は驚く、それと同時に作戦が崩壊した。原が絶対に長期戦に持ち込むだろうと言う思考を利用しての不意打ち連打をしようとしていたので何処かで崩れるのは必至だったがあまりにも早かった、予想外だ。
ただ短期決戦に移ってくれるのは嬉しい誤算でもある。原の能力的に短期戦は苦手なはずだ。それに比べ三人は短期戦が得意、と言うよりも短期戦しか出来ない面子だ。
それ故得意な状況に持ち込めたと言う事になる。ここまではまだ良い方向に進んでいた。だがこの後がダメであった。
原が笑っているのだ。
「クッソめんどくせーなぁ」
吸殻をその辺に棄て新しい煙草を取り出した。そして再度目にして確信する、戦闘病だ。
菊はよく笑う。だがそれは戦闘病から来るものではなく単純に癖である。だからこそ分かってしまう、戦闘病と単なる笑いの違いが。違いは簡単、狂気を感じるかどうかだ。戦闘を心の芯から楽しんでいる場合佐須魔の様な気色悪い笑みになるのだ。
だがそれは普段から戦闘病あるものとそうでないものを見比べていないと分からに程小さな違いである。でもそれが分かるのだ、菊には。
そんな菊が確信している。そして自分の中だけに留めず二人にも報告する。
「戦闘病だ。たがが外れたって事だ、気を付けろよ。殺して来るかもしれねえ」
「了解です!」
「わーっとるわそんなもん!」
礁蔽は体が温まって来たからか前線で虎と共闘している。それ自体は良い、良いのだ。だが戦闘病を発症した瞬間から一気に押され始めた。
もしや漆の命令すらかかっていないかもしれないと思わせるぐらいの押し具合だ。それでも礁蔽は奮闘する、今までにない程に。
「一応リーダーなんや!メンバーの事は心配になるやろ?せやからお前を吹っ飛ばして流の情報引きずり出したるで!!」
その時菊は始めて礁蔽がリーダーっぽい事をしている所を目の当たりにした。ラックや紫苑からたまーにそれっぽい事をしているとは聞いていたがやはり弱い。学園最強レベルのメンバーが集まっているエスケープのリーダーがあれとなるとやはり納得行かなかった事も多かった。だがその時礁蔽で良いと思った、他のメンバーだったらここまで上手く成り立たなかっただろう。根っこから人を思う気持ちがあるからこそなのだろう、そう思った。
「やっぱ香奈美はすげえな。さっすが私の…いや、今は良いか。とりあえずやるぜ漆、ボコす!」
漆が見上げたその顔はとても楽しそうだった。何を見ているのかは明白である、礁蔽だ。恐らく黑焦狐さえも使う心持だろう。
思考さえも透けて来る程真っ直ぐな目をしている。その時漆は思った、この人は自分よりも子供なのだろうと。だがそんな所もカッコいい、サイッコーにカッコいいのだ。
「はい!」
「そんな事言っとらんではよ指示出せや!」
「うっせえよ、分かってる」
すぐに指示を出す。だがそれだけでは無かった、漆の命令をかき消さないように少し待ってから力を溜める。そして礁蔽に注意してから唱えた。
「退け!死ぬぞ!!」
『降霊術・唱・黒九尾』
すると小さな黒九尾が菊の頭に乗って、原をロックオンしてから菊の頭を踏みつけ、跳んだ。そしてその直後一瞬にして何段も多きく変化、何倍にもなった霊力を放ちながら後方二人と前線の二人を分断するようにして佇む。
まるで、いや本当の神の遣い[黑焦狐]が現れた。
「さぁ姫、命令を」
第百七十六話「想定内の作戦崩壊」




