第百七十五話
御伽学園戦闘病
第百七十五話「無言の翼」
「もうお前には攻撃させない、一方的で良い。復讐なんてそんなものだ」
何も動作をせずとも霊に指示を出せているようで攻撃が飛んで来る。語 汐は何とか回避を試みるが予備動作中に攻撃されてしまい逃げることが出来ない。
最悪の場合死なば諸共の精神で相打ちを取りに行く事も出来るはずだ。だがそれをしなかった。理由は無い。ただそれだけはしたくなった、佐須魔の為に。
「TISは弱い、弱いからこそ皆で支え合っている。それに対してお前ら学園の者は一人一人が強すぎる。だから私達は少し卑怯な手を使ったり禁忌の術に手を出したりしているんだ。
こちらだってやりたくてやっている訳では無い。それも分かって欲しいのだがな…まぁ無理だろう。強者に成った時点でどんな人格者も変貌する。
それが大嫌いだ。だから殺す、その為にTISに入った。私はお前の様な奴を殺す、何があろうとも、正々堂々と殺す」
重い言葉では無かった。だがでまかせでもない。その時香奈美が思った事はただ一つだった。そしてその言葉は何の躊躇も無く吐き出される。
「何も得て来なかったんだな」
語 汐の心に深く刺さった。図星、それ以外の言葉は無い。だが逆上はしなかった、冷静に香奈美の顔を見て言い返す。
「お前ももう少し力を得るのが早かったら、友達を助けてやれたのにな」
その言葉は刺さらなかった。だが逆鱗に触れる事となる。香奈美はただ殺せとだけ指示を出し、自分も動き出す。
とても一般降霊術士とは思えない程の俊敏さで距離を詰め、ぶん殴る。語 汐はかわさずに霊からの攻撃を見極める。霊は一直線に飛んできている。
すぐに右側に避けようとしたがそれを見た香奈美が無理矢理腕を掴んで放り投げた。すると鴉も瞬時に動きを変え、少し上に向かってくちばしを突き出した。
その直後語 汐の右腕から血が噴き出すと共に地面に肉塊が転がり、腕が軽くなった。
「それだけか」
それなのにも関わらず全く怯んでいない。だが香奈美は戦闘病による高揚と怒りが混じったせいか変な感覚に陥り、独り言を呟いて動けなくなっている。
当然攻撃をしようと新しく牌を抜こうとするが霊が阻止する。再度くちばしで突っ込み、右足を咥えながら上空へ飛び、そのまま放り投げた。
相当高い場所から飛ばされた。語 汐は能力により"現実世界では"飛ぶことが出来るが生憎本拠地は仮想世界だ。その事が災いし大人しく運命を受け入れるしかない事を悟った。
もう抵抗もしない。そもそも勝てる相手では無かった、最初から逃げるべきだったのだ。だが語 汐は勝つ気がなかった。落下しながら小さな声で言う。
「すまなかった…私も何かを得たかったよ」
硬い物が地面に衝突する音、そして何かが弾けたような音が鳴り響いた。すると香奈美はやっと正気を取り戻し動かなくなっている語 汐を見て状況を把握した。
「すまない。助かった」
「良い。ただ次から気を付けろよ。こいつは弱いが、強い。今回は死ぬ気だったようだから何とかなっただけ…」
そう言いかけた時だ。正面から声がする。それと同時に鳥肌が立った。
「…おつかれ。君の力は、僕が使うよ」
唾を飲み込み、冷や汗を垂らす。目の前には殺意を全開に押し出している佐須魔の姿があった。その佐須魔は語 汐の魂に触れ何かを吸収したように見えた。恐らくだが魂を喰わずとも佐須魔自体の能力によって吸い取る事が出来るのであろう。
だがそんな事を考えている場合ではない。眼前に佇むその化物は普段と違うのだ。怒りを燃やしている。それは何の為の怒りなのか、言わずもがなだ。
「殺して何を思った」
「………」
「無視か?」
「何から話せばいい、私だって沢山ある」
「分かった。ちゃんと質問形式で行こう。まず一、何故殺した」
「私の友人[多々良 椎奈]を殺したからだ」
「復讐、と言う事かい?」
「あぁ」
「分かった。じゃあ二、殺して何を思った」
「とても、楽しくて…罪悪感が凄い」
「…そうか。なら良いけどさ。でもまだ質問するよ」
一気に雰囲気が変わった。いつもの気持ち悪い笑みを浮かべ、軽い物腰で訊ねる。
「四、君は自分の力に気付いているかい?」
「…?」
「分かった。気付いていないようだね。
最後にしようか。五、君は僕に今語 汐の仇だと殺されて何を思う」
香奈美の首元に刀が突き立てられた。再び唾を飲み込み、何も取り繕わずに返答した。
「許せるさ。お前からしたら、私の都合なんて関係無いだろう…」
すると佐須魔は笑いながら刀をしまった。
「そうだよな。普通そうだもんな」
そしてそう呟きながら手を振り、語 汐の死体と共に何処かに消えた。あまりに唐突な出来事に驚いたが生きている。ほんの少しだけ足がすくんでいたがそんなの構わずに無理矢理足を突き出し歩き始めた。
鴉は何も言わずに体に還って行く。そして一人になった香奈美は呟く。
「復讐は、楽しくないな」
[礁蔽&菊&漆]
礁蔽はたまたま合流した菊とその遣いによって発見された漆の三人で探索を続けていた。だが全く同じ廊下を進み続けている。それは紫苑の一本道は何か違う、違和感が凄いのだ。
だがその違和感の正体は何か分からない。非常に気味が悪く、次第に苛立ってくる。
「なーんでずっと同じ廊下やねん!」
「さっすがにおかしいな。多分ループ的な事象が起こってる。まぁここ仮想世界っぽいしバグってるんだろ」
「で…でも横の部屋は扉を開けた先に壊せない壁、後ろに戻っても意味はない。どうするんですか…?」
「とりま色々やってみるしか無いな。その内治まるとは思うがな」
そんな会話をしながら歩き続ける。本当にずっと歩き続けているので少しずつ疲れが出て来る。特にその三人は最低限のトレーニングしかしていないのでずっと歩くだけでもキツいのだ。
なら菊の黑焦狐や漆の動物を使えば良いと言う事になる。だがそれも無理なのだ、何故なら周囲の霊力がおかしい。強いわけでは無いが明らかに近くで誰かが待っている。
その霊力は常に皆の前方にあるような、背後にある様な感じでとにかくむず痒いのだ。
「にしても誰やろな、三獄程強くはないし。上の奴やろか?」
「た…多分重要幹部の人です…どこかで感じた事のある霊力なので…」
「ほんとか!?」
「どこでかは忘れちゃったんですけど…何処かで絶対に会った事があるんですよね…」
どうも自信は無さそうだが確信はしていそうだ。今は情報が何も無いのでひとまず重要幹部だと仮定して慎重に進む事にした、何が起こっても大丈夫な様に慎重に。
そして歩き始めてから十五分程度の時間が経った。相変わらず景色は変わらない。もう何をしても変わらないだろうと考えた礁蔽はある事を試す。
「わいが鍵を開けて向かいの部屋と繋げてみる。これでも無理やったら一旦学園に戻る。それでええか?」
「私は賛成。このままじゃ意味がない。せめて行動は試みる」
「僕も大丈夫です!」
「ほんじゃ、やってみるで」
ネックレスにしてある鍵を取り出し、一つの扉の鍵穴へと差し込んだ。元々鍵は開いているので何も変わらない、当然先には壊せない鋼鉄の壁があるだけだ。
ただそこまでは想定内、次に正面の扉の鍵を開ける。その際は三人近くに集まって先に開けた場所にテレポートする形で開場した。扉を開いたその瞬間、眩い光に包まれる。
「よし来た!成功や!」
そう嬉しそうに報告する礁蔽の声が聞こえると共に扉から出た。そこは先程まで歩いていた通路と全く同じ景色なのだが違う点が多々ある。
まず部屋の中は一つ一つしっかりと装飾がされていて普通になっている。
次に感じていた霊力は変な風にはならず、正面に立っている人物から発せられている。
そして最後、皆の前に重要幹部[原 信次]が立っていた。
「どーも皆さんどこ行ってたんですか?ずっと霊力は感じてたんですけどね。やっぱバグ世界に放り込まれてましたか」
「お前らの基地欠陥すぎね?こんなん拠点にしてたらいつか誰か消失するだろ」
「いや今日がおかしいだけですねー。普段はもうちょっとましなバグなんですけど、今日は貴方達が一斉に入って来たからかバグり放題で…ほんと困りますねぇ」
「あーそう言う感じね。んで、私らはお前とやれば良いのか?」
煙草に火を点けながらそう訊ねる。すると原は半分否定して半分肯定した。
「僕はあなた方とやる気では無かったんですよね…完全ランダムテレポートなんですけど、僕が全力ダッシュでここまで来たので。本来光輝とやりたかったんですけどねー。先客がいたようで、残念ですがあなた達と戦う訳です。
でも僕あなた達とやりたい訳じゃないので手加減してやるつもりです。まぁ能力は使いますけどね、最大の保険なので」
「ちゅーことはわいらとは本気出さなくても戦えるちゅーことか?」
「いやーそうではないんですけどね。何かテンション下がるじゃないですか、本命取られると」
「その感覚は分かんねぇな。とりあえずやるか?」
「そうですね。ただお遊びなので少しだけ条件を付けましょうか。絶対に殺さない、これは誓いましょう。まぁどうせ互いに殺せませんよ。相性悪い者同士なので」
「了解や。ほんならそれ以外は何でもええんか?」
「いや、まだあります。勝った時のご褒美的なのを儲けましょう。まぁそんな大きなものじゃありませんよ。僕が勝ったら妹の事。あなた達が勝ったら流君の事です」
すると礁蔽の顔が変わった。妙に真剣になり、二人にも全力で叩き潰せと命令した。二人共礁蔽がどれだけ流の事を心配しているかは知っている、何故なら礁蔽に頼み込まれて動物を使い本土を探し回ったからだ。
それでも見つからなかった流の情報を握っていると知れば本気になるのも分かるだろう。三人は『阿吽』で軽く作戦を練った。ただすぐに崩壊すると予想は立てていたのであくまでそれを軸にしようという程度だが。
そして少しだけ待ってもらう。漆と菊の動物があまりにも少ないので戦いにならないのだ。原も「本気の戦うじゃないのでお好きに」と言って待ってくれる。
だが集まって来る動物たちは非常に少なく正直不利と言って差し支えない。
「なんで虎いんの?やばすぎだろここ」
菊が何とか集めたのは虎一匹と鳩一羽のみ。一方漆は大量の虫などの小さな生物を中心にして集めた。それでも大分数は少なく人海戦術は絶対に出来ない。
それでも何とか戦うしかないのでメイン戦力は虎にする事になった。そこまで決まると原も戦闘体勢に入る。
「それじゃ行きますか!」
第百七十五話「無言の翼」




