第百七十三話
御伽学園戦闘病
第百七十三話「運命での出会い」
その後莉子は倒れている所を帰宅した母親に発見、看病の末完治したが学校には行かせてもらえなかった。そして母親は超熱心になって情報を漁り、倍率が滅茶苦茶低い抽選に参加した。
莉子は淳が待っていると想い学校に行こうとしたのだが両親に強く言われ家で退屈な日を三日ほど過ごした。抽選結果は九月中旬に明かされるらしくそれまでは家で待機していろと言われてしまった。
「ひまだな~」
ベッドでゴロゴロして唸り声にも近しい声を漏らしていると外から声が聞こえて来る。ずっと聞きたかった声だ。
「おーい」
すぐに立ち上がり窓に身を乗り出す。
やはりそこには淳が立っていた。だがその時間はまだ学校があるはずだ、そう思い時計を見ると十二時半だった。恐らくお昼の長い休憩時間を使ってこっそりやって来たのだろう。
それが嬉しくなり話しを始める。
「淳君!」
「良かった。治ってるっぽいね」
「うん。でも学校は行かせてもらえなくて…でも島の抽選?には参加したらしいよ!」
「ホント!?当たると良いね!当たったら先に行って待っててね、僕も絶対に島に行くから」
「分かってるよ!絶対待ってる!」
「それなら良かった……ごめんね!ちょっと時間無いからまた今度」
淳はそう言いながら手を振り、走り去ってしまった。ほんの一瞬だったが久々に話せたと言う事実だけで非常に嬉しい。何より心が踊る、初めての感覚。莉子もそれが恋なのだろうと言う事は直感で理解していた。
だが自覚すると恥ずかしくなってしまうからか目を背けていた。その行動が良い方向になる訳が無いと、奥底では分かっていながらだったが。
「淳君も来てくれる…やった!」
一人で笑みを浮かべ、ベッドの上で想像を膨らませる。島に行った後が楽しみだと浮かれていたその時、母親がドタドタと音を立てながら部屋に近付いて来る。
そしてその勢いのまま莉子の部屋の扉を開け、スマホの画面を見せる。莉子は驚きながらもその画面に目を通す。なんとそこには『当選』と書かれていた。
それが何の抽選でどんな意味なのかは提示しなくても察する事が出来る。
「おお!」
莉子も驚いて喜んでいるがそれ以上に母親が楽しそうだ。満面の笑みを浮かべまるで子供の様にはしゃいでいる。その様を見て少し思うものがあった。
親も当然人間であり能力者だ。なので虐めや差別を受けて来たのであろう。それが無くなると知ったら嬉しいのは当然理解出来る。だが何故か気持ちが悪い。
大の大人が自分の身の安全が確約された、と言うだけでそんなにも喜ぶものなのだろうか。いや、当然の反応だ。だが莉子には理解できなかったのだ。その感覚が。
その時の感情と記憶が種に水と栄養を与えた。少しずつ、少しずつ育って来ていた。だがここは一緒に喜んでおく。
「良かったね!お母さん!」
「うん!!本当に良かったよ!!」
何も出来ずにただ流されただけの自分、そして莉子の気持ちに気付こうとともしていない親。その二人の声、動作、表情、全てが醜く観えて来る。それもまた水となる、育てる為の材料へと成っていくのだ。
最高到達点は何処か分からない、何が起こるかなんて分からない。それでも育てる、自分の負の感情の花を。莉子の『大人の心』を。
出港するのは九月下旬なのでそれまでは引っ越しの準備を進める。
そのまま何も無い二週間を過ごした。そしてやって来る、当日が。莉子の家族は荷物を全て船に乗せ、乗船した。これからどんな事が待っているのかとワクワクしながら船が出るのを待つのであった。
「淳君、待ってるからね」
その言葉を残し、日本本土から脱した。大きな分岐点であった。
地獄の訓練期間を終え。生徒会にも加入していて、充分満足できる生活を送っていた。寮に入り親とも別居した。同部屋はまだ誰もいない状況だった。
同時期に引っ越して来た[和也 蒼]に依存し、何とか心を保っている毎日である。何故蒼なのかは分からない。ただ直感で感じたのだ、この人なら大丈夫だと。
そう、想えたのだ。その理由も分かるだろう。死に際、駆け付けた蒼によって。
「莉子!!」
倒れている莉子の頭を抱え、状態を確認する。酷いものだった。もう助からないだろう、兵助やタルベはいない。蒼に回復する力なんてものは無い。
このまま死んでいく莉子を眺めるしか無いのだろうと否が応でも悟ってしまう。
「来てくれたんだ…」
「何があった…の」
「ボスがいた…確か[智鷹]って呼ばれてた…それと女もいたよ…タルベに教えてあげて…[リイカ・カルム]だって」
反応する。当然だ、リイカの苗字カルム。それは生徒会で唯一の回復薬、[タルベ・カルム]の苗字と同じなのだから。だが今はそんな事を追及している暇は無い。
すぐに止血を試みるが銃弾が様々な箇所を貫いており、血が止まらない。それに到着するまでにそこそこの時間がかかった。もう間に合わないだろう。
莉子も半分しか目を開けられない。最後に、思っていた事を口にする。
「私の事…嫌い?」
「そんな事…無いよ」
「そっか…それなら……いいや」
それだけで満足した様子だ。だが蒼はより一層焦るのみ。そんな蒼の頬に手を当てて、もう少しだけ話す。
「蒼君って…記憶無いんだよね…」
「島に来た時からしか…」
「私が島に来る前に一人の男の子がいたの…その子が紹介してくれたから島に来れたし…自信もついた…でも島に行ってもその子は来なかった…約束したんだよ?…でもさ、今気づいたよ……ありがとう」
微笑む。
「なんで…なんで!…その子と会わなくても良いの!?僕なんか良いから!その子の為に…僕の命と引き換えにでも…」
そこまで言った所で遮られる。莉子は優しい声で、言った。
「食べて…」
意味は分かる。この状況で喰うものは一つ、魂だ。だがどうなるかなんてわからない、完全死は確定している。そんな事になると分かっているのに殺せるわけが無い。
付きまとって来るのは少しウザかった。だが嫌いだったわけでは無い、むしろ密かに好意を寄せていた。そんな娘を喰えるわけがないのだ。
「嫌だ…」
「…いいんだよ…お願いだから……」
もう呂律が回っていない。掠れ始めている声で、振り絞って懇願する。だが蒼は断固として拒否の姿勢を見せる。このままだと莉子は黄泉の国に行くだろう。
ただ莉子にはとある確信があった。絶対に喰う自信が。蒼には責任があった。約束を守らなかった責任が。だがその時はまだ自覚していなかったのだ。
「お願いだから…」
あと一言しか喋れないだろう。蒼も話さなくて良いと止血を続ける。だがもう無理だ、視界もぼやけているし力も全く入らない。
死の間際、莉子は記憶を呼び起させた。流の件で分かっていた。記憶は呼び起せると、恐らく過去の事などを直視すると戻ってしまうのだろう。だから実践した。いや、やるしかなかった。
自分を喰わせる為の、蒼の為の、TISを潰す為に。
「淳…君…」
衝撃が走る。その名前、淳。それは蒼の記憶を呼び起すのに充分すぎるパーツであった。
全ての記憶が溢れ出す。理事長の能力により封印されていた記憶が。
そして全てを思い出した蒼は涙を流す。今までして来た事の数々を詫びる為に、絶対に行くと約束したのにも関わらず記憶を消して、名前も変えてしまった事に。
その事が莉子にとってどれだけ思い事実だったかなんて事は目に見えて分かっているはずだった。だがその時は自分の保身を優先してしまったのだ。だからこそ、今ここで詫びるのだ。
「分かったよ。莉子ちゃん」
雰囲気が変わった。恐怖が限界突破した時の雰囲気、いや違う、本来の蒼の雰囲気。
「もう、泣かないから。もう、逃げないから。許してくれ」
動かない莉子に向けて呟く。だが当然返答はない。それと同時に莉子の体から魂が飛び出た。それを見た蒼は一瞬だけ戸惑った。だがもう逃げないと誓った。
魂を掴む、霊力を手に流していなければ掴めないようだ。
「死ぬまで一緒だ」
魂を、口にした。
味もしないし感覚は無かった。ただ霊力が増えるだけだ。だが蒼はそれだけでは無かった。決意を固め、立ち上がる。そしてほんのわずかな霊力残滓を追ってある人物の元まで向かう。
他の誰でもない、智鷹に向かって。
「絶対に殺す、僕を舐めるな」
殺意を醸し出し、歩く。謎の空間には莉子の死体だけが残った。
そして蒼は歩きながら報告する。
『[中谷 莉子]。そして判明した、ボスの名は[智鷹]だ』
全ての場所で反応があった。当然、小会議室8でもだ。
その時はまだポメと蒿里、流しかいなかったが全員反応を見せる。だがそれほど大きな反応では無かった。何故なら全員知っていたからだ。
だが報告をそれだけでは無い、蒼自信の身に何が起こったのかを報告される。その報告を知っているTISメンバー全員にも伝えた。包み隠さず、全てを伝える。
『[和也 蒼]は死亡した[中谷 莉子]の魂を喰い、取り込んだ。そして過去の記憶を取り戻した、[平田 淳]の記憶を』
学園陣はそこまで驚かなかった。だがTISは一部のモノを除いて焦り出す。それはごく普通の反応なのだ。別に重要な秘密を知っているわけでも無い、ヤバイ理由は能力にある。
『精神が追い込まれている程身体能力が上がる』が蒼の能力だ。だが蒼は複数持ちだった。一つの能力は記憶と共に消えたのだ。その能力とは『地獄の扉』だ。
第百七十三話「運命での出会い」




