第百七十一話
御伽学園戦闘病
第百七十一話「遭遇、銃撃、記憶」
莉子は変な場所に飛ばされた。本当に変な場所だ。まるで世界のバグの様な場所である。洋式トイレの便座だけが大量に並んでいたり、不規則にも正確に鉛筆が立てられていたり。独りでにコンロの火が点いたり、消えたりしている。
少し気味の悪くなってくるような空間である。たすぐにテレポートをしようとしたがやめておく。莉子の能力は記憶にある場所にしか飛ぶ事は出来ない、それは記憶にあれば良いので思い出せなくても良い。ただし特定の人物の場所などは不可能である。
そんな能力なので今戻るのは語 汐のアパートの前になる。数秒前にはあったので恐らく残っているとは思うがゲートが消えている可能性だってある。
そしてここは異常な空間、万が一バグが起こってここに戻って来れないとなったら面倒くさい。それに愛しの蒼君の戦いを見ることが出来ないかもしれない。なのでその空間に残って少しずつ前進していく事にした。
「なんとか人の場所に飛びたいのになぁ…ちょっと不便なのが嫌だな…痒い所に手が届かないこの感じ…」
ただ礁蔽と違って一度出向いたりはしなくても良いのでそこだけは利点である。移動役としては重宝されているが戦闘では強制的にマグマ地帯などに無理矢理飛ばして即死攻撃できるので普通に強くはある。だが莉子は滅茶苦茶に身体能力が低いのと頭が回らない。
能力がテレポートでは無い場合言っては悪いが確実に生徒会には入れなかっただろう。運ゲーで超便利な能力を引いたので入れただけだ。
本人はそれでも良いと思ってはいるものの少し危ないので任務には行った経験がほぼ無く、教師も元の身体能力が低いので無理に伸ばさなくても良いだろうという思考になっているので全く強化が入っていない。それ故にタイマンや一人で戦う場合は瞬殺されてしまうのだ。当然薫はその事も考えて動く。玉座の間に向かっている最中なのだろうが莉子に連絡が入る。
『おい莉子』
莉子も『阿吽』で返す。
『なに』
『お前は戦うな。最悪帰っても良い、もし敵が居たらすぐに逃げろ。良いな?お前が死んだらまじで洒落にならないからな』
『分かってるって』
『本当に頼むぞ。今回ばかしは言う事聞いてくれ』
『はいはい。それじゃあねー』
そう連絡を切った。
「どうせ誰とも会わないよ。会っても私の能力で逃げれば良い話だしね」
慢心、それが今後起こる事態にとても干渉しているとはとは莉子は知らなかった。だが自分の役割が非常に大切だと言う事は理解している。
何かがあった時に取締課や生徒会が駆け付け、命の恩人になるだけでも多少は印象が良くなる可能性がある。当然良くならない場合の方が多い事なんて承知の上でだ。
自分が死んではいけない事ぐらい分かっていた。それは大勢の為であり、友の為でもあり、何より密かに想ってくれている人がいるからだ。
「蒼君は何処かな~」
鼻歌交じりにごきげんステップで異様な空間を進む。そして最初の場所から三分が経った時だ。少し雰囲気が変わった。
「…?何か変わったっぽいけど何が変わったかな……ん!霊力濃度が濃くなってる!」
霊力濃度とは名の通り空気中の霊力の濃度を指す言葉だ。基本的には変化はないのだがとても強い能力者や霊力が発せられている時にのみ変化が加わる。
濃度が濃くなる事によって起こる事は様々だ。霊が強化されたり、呼吸がしにくくなったり、霊力回復が多少早くなったり、上げ始めるとキリは無い。それほど別の空間と言う事だ。
襲撃の際流の守護霊が憑りつき、クアーリーを圧倒したその時にも霊力濃度は変化していた。ただそれは特殊な状態で流の周辺だけが濃度100%になっていた。
100%はもうほぼ別の世界で霊の力は最大限引き出されるし呼吸は出来なくなる。ただそれが出来る人物は佐須魔、來花、蒿里、マモリビトなどと他に呼吸する手段がある奴らばかりなので実質問題は無いのだ。
そんな霊力濃度が変わった。それは本来超警戒しなくてはいけない事なのだが莉子は授業を聞いておらずその事を覚えていなかった。一番の誤算はそこだったのだろう。だがもう遅かった。
「はい、おしまい」
その声が聞こえると同時に首のあたりに強い衝撃を受けた。なんとか持ちこたえて、振り向く。するとそこにはクリーム色の髪でロング、巫女服を改造したような服に狐と思われる面を身に着けている女がいた。
見覚えは無い。だがピンチなのには変わりない。すぐにテレポートを使おうとしたその瞬間、首を掴まれる。すると何故か能力が発動出来ない。
「ほんっとに馬鹿ね…あんたが死んだら損失凄いはずなのに…可哀想…」
そう慈しむような声色で言葉を零す様に呟く。その女は全く力を弱めずに均等な力で首を絞める。何か意味があるのか分からないが同じ力で絞めて来る。
非常に苦しくなって来た。何とか抵抗しようと足に向かって蹴りを繰り出したその瞬間、その行動が分かっていたかのように足を避けてかわした。
「は…なせ…」
「やだ。離したら逃げるって分かってるもん」
その時確信する。こいつの能力では何か見えている。未来か、それとも思考か。少なくとも何か見えていてその対策をしているのだろう。だが莉子は首を絞められて命の危機を感じているからその思考は無かった、逃げようなんて思考は。だが女は当たり前のように逃げると言った。それは可能性などでは無く、確信して。
「まぁ良いや。このまま死んで」
力む事はせず、同じ力で絞め続けた。
そして今までの記憶がフラッシュバックしそうになったその時の事だ。
空間全体にある音が響いた。破裂音に近しい、銃声だ。そして女は驚いたのか手を離した。そして音の先の方へ視線を向ける。そして元凶が出て来た瞬間顔色を変えた。
頬を赤らめ、非常に興奮している。
「智鷹!!」
だがそこにいるのは黒い影の様なモノだった。莉子が急いで能力を使用し、逃げようとしたその時だ。再び銃声が響く。当然着弾先は莉子の体だ。
だがそこは殺すと言う意思は無い箇所、ふくらはぎだった。だがとんでもない激痛が走り莉子は悶える。普段感じない痛みにアドレナリンで緩和されているとはいえども我慢できない。
喘ぎ声を上げ苦しむ。それとほぼ同タイミングで男が姿を表した。
「ちょっと~言わないでよ~これ解けちゃうから」
「ごめんごめん。それにしても珍しいね!」
「まぁね。たまには撃ちたいな~って」
そう言う智鷹の手は変異している。右手の手首から上が全て銃に成り代わっている。すぐにまずいと直感し再度能力の使用を試みたその時、銃声が響く。
けたたましい耳鳴り、そして激痛、更には空気が漏れる音。首が撃ち抜かれた。喉仏の位置を貫かれたのだ。そして智鷹の方を睨むと何故か佐須魔よりも恐怖を感じる普通の笑みを浮かべながら話しかけて来る。
「ごめんね。僕ちょっとだけ好きな事があってさ。女の子が苦しんでいる所を殺してあげるのが好きなの。でも中々死に際に立ってる女の子っていないでしょ~?
だからさ、僕が追い込むの。めっちゃよくない~?天才じゃない?やっぱコンビニ店長やってるだけあるね!」
目の前で苦しみ、よろよろになっている莉子なんてお構いなしに自分の性癖を暴露する。女はそれに楽しそうに相槌を打っている。
あまりにも異常な空間に嫌気がさし、能力で逃げようとした。だがおかしい、能力が発動しないのだ。すると智鷹はニンマリと笑いながら気色の悪い声で訊ねる。
「この世で一番の悪って誰だと思う~?」
力を振り絞り、返答する。
「…お前」
普通の人ならそこでキレたり否定したりするだろう。だが智鷹はとってもとってもとーっても嬉しそうに高笑いしながら言った。
「大っ正っ解っ!!!!僕は世界一の悪なんだよ!!!だからここに立っているしここで君を追い込んでいる!!!」
あまりの清々しさに怒りすら湧いて来ない。
「死ねよ…クソ野郎…」
呟き、逃げようとしたが女が足を掬う。何故そんなにも的確な場所に攻撃してこれるのかが分からない。もう抵抗する力すら余っていない。すると女は能力を吐露する。
「私、[リイカ・カルム]の能力は『セーブ&ロード』名前の通りあるタイミングでセーブ出来てローブも出来る。強いでしょ。最強のサポート能力だって智鷹に言われた程だからね」
返答も出来ない。ただそこにうつ伏せになって、横目で二人を見るしかない。睨む気力もないし動く気力もない。
「さ~て終わっちゃったけどどうしようかな~殺そ~かな~」
超楽しそうに悩んでいると遠くからある霊力を感じた。そしてその霊力が近付いて来ている事にも。
すぐに智鷹は決断する。そして銃声が鳴った。だがそれは莉子に対してではなくその近くの壁に撃った。ブレたわけでは無い、それが狙いだ。音を出す、そして近付いて来ている人物に現在の位置を特定させる為だ。
「さて僕達は行くよ」
「殺さなくていいの?」
「とっても無粋な質問だね。僕に従えばいいんだよ」
「分かった。それじゃあ行こう!」
リイカは智鷹の腕を取りながら楽し気に闇に消えて行った。そんな二人を見ながら莉子は何が起こっているのかを冷静に分析していた。
自分が死ぬ事、誰かが近付いて来ている事。その二つだけだ。
「蒼…君…」
その瞬間とある記憶が呼び起された。消していた記憶、消そうとしていた記憶。
何の変哲も無いただの過去、それは小学六年生の時の事だったのだ。莉子の全てを捻じ曲げた少年、[平田 淳]との、短い思い出の話。
全てはそこから、始まるのだ。
第百七十一話「遭遇、銃撃、記憶」




