第百七十話
御伽学園戦闘病
第百七十話「秘密の協定」
「やはり知っておるようじゃな」
「そりゃあな。こいつは殺さなくちゃいけないんだ、俺は」
目の前に立っているのは右眼に紫色の炎を燃やしている狐神だった。そいつは圧倒的に強くなっている。何十倍もの霊力に体力、勝ち目はないと言っていい程のステータスだ。
だがラックは驚きもせずに、むしろ喜んでしまっている。それは戦闘病から来るものではない、本心から来る歓喜、決着への道筋の開拓、その成功による歓喜なのだ。
「まぁ良い。貴様は分かっておるじゃろうが妾の霊は強いぞ。あの時よりな」
「あの時はもうデバフかかりまくってたし実質半分ぐらいしか実力出せなかった、だから本気で叩き潰せる今回が本番みたいなもんだ」
「そうか。ではやれ、神よ」
その瞬間ラックの前に佇む狐神が噛みつこうとする。だがラックは自ら口の中に飛び込んでいく。叉儺が驚いていると喉元を突き破って飛び出してきた。
普通ならそのまま本体の叉儺を狙うのだが今回ばかしは理由がある、すぐに振り返り再び狐神へと殴りをいれた。威力が上がっているようで狐神は苦しそうに振り返る。その際かぎ爪を振っていたのだがラックはそれも見切って勢いよく襲い掛かって来る爪に飛び乗った。そしてそのまま腕を伝って、顔面を思い切り蹴り上げた。
体格差なんてものともしない速度と威力を見て叉儺も少し感心する。ただ面子と言うものがある、手加減しているとは負けることは出来ない。なのでサポートに回った。
『妖術・旋甲』
これは流がまだ学園に居た頃に生み出した術だ。霊のスピードを極限まで引き出し、回避や移動に使うことが出来る。本人は流し櫻がある為良く使っているが叉儺が使用する意図が分からない。だが何らかの手段なのだろうと判断し、一度距離を取った。
そして構えた瞬間、体が軽くなった。と言うよりも吹っ飛んでいるのだ。本当に一瞬の出来事で理解が追い付かない。
『人術・厳・衝』
それは名前の通り衝撃波を発生させる術である。使うタイミングがよく分からないように思えるがそれで良い。そもそもその術は相手に使う様に作られた術では無いのだ。
真の使用用途は吹っ飛ばされた時のケアである。衝撃波を発生させることが出来る範囲と言うのは非常に狭く、発動者から1m程度しかない。なので自分の背後に衝撃波を発生させ、抵抗力を高めて速度を落とし、綺麗に着地すると言う術である。
メリットはある、背中を見なくても良いので隙は発生しない。そして追撃を入れて来ようとする敵には反撃できる、と言う点である。
『妖術・円残火』
その瞬間ラックの周囲が炎に囲まれる。それはただの炎ではない、霊力で出来た炎だ。ラックはヤバイことに気付いたが対処は出来ない。仕方無く衝撃波の発生をやめ、少しだけ落ちたスピードで吹っ飛び続ける。
そうして炎からは逃げ切ったと思っていた。だが炎は常にラックの周囲で燃えている。その時ラックを中心として燃えているのだろうと理解した。
普通の人術使いなら視界が悪くなり適当に攻撃するしかない。だがラックは違う、大量の能力があるのだ。その中の一つ、血流透視を使えば良い話。ラックには視界妨害など効かないのだ。
「最近目悪くなったからちゃんとしたレンズに変えるかな。まぁいいや、来いよ」
恐らく叉儺側もラックの姿は見えていないので血流透視を使ったとアピールする為にそう発言した。だが叉儺は相手の言葉に惑わされたりなどしない、自分の戦法とペースで進めて行きたい。
なので構わずに唱える。
『妖術・戦乱』
ラックは驚く。その術の内容を知っているからだ。それは模擬戦などの何があっても大丈夫な時に使われる術である。効果は付近にいる全ての生物の力が増す。と言う事はラックの力も増す。
叉儺からしたらば博打に近い。基本的に血流透視は使わないのでその状態のラックがどれ程強いかによってその効果も変わって来るからだ。だが迷いなく術を発した。まさか策があるのかもしれない。そう思いラックは細心の注意を払う。
「行け」
叉儺の声が聞こえた。その直後狐神が襲い掛かって来る。だがラックは身体強化をフルで使用してから無理矢理炎に突っ込んだ。付いて来るのだが動くスピードが少し遅い。なので多少の火傷は受け入れる覚悟で移動した。
すると叉儺の次の指示が出た。
「喰え」
その瞬間ラックの血相が変わった。そして少し手加減していたのだが本気になり、三回連続で唱える。
『呪・封』
『人術・厳・斬』
『人術・厳・衝』
まず封で叉儺の妖術や人術を使用不可にする。そして斬で刃を作り出してから衝撃波で一気に飛ばす。シナジーと言う程でも無いがとんでもない速度と威力が出るのは事実、当然叉儺は回避する。
ラックでも中々回避が出来ないその技をしっかりと避けた。やはり重要幹部、元のスペックが良いのだろう。だがそんな事を考えている余裕は無い。
すぐに眼鏡を装着して叉儺本体に殴り掛かる。狐神がカバーしようとしたその時、二人と一匹の体が超重くなった。本当に動けなるくらいだ。叉儺も予想外の事だったらしく地面に這いつくばっている。
「なんだよ…!これ…!!」
「佐伯の…重力操作であろう…こんなに効力があるとは…離れているはずなのだがな…」
ラックも何とか元凶である佐伯の霊力を探す。すると確かに離れていた、5㎞以上も。だが届いている。推測ではあるが本拠地全体に効果を使っているのだろう。
佐伯は広域化を貰っている。そして仮想世界では現世で言うバグが頻繁に起こる。その内の一つで広域化の範囲がとんでもない事になってしまっているのであろう、と言う結論に至る。
三十秒ほどしてその超重力状態は解消された。息を整えながら二人は立ち上がる。
「なんかしらけたのう。つまらん、やめじゃやめ」
「そうだな。なんかしらけた」
「にしても喰えと言った瞬間血相変えて襲い掛かって来よって、怖いのう」
「皮肉か?俺の身分考えろよ、当たり前だろ」
「そう言われると…いや妾には分からん」
「馬鹿が」
「ひとまず妾は帰る。貴様はここに行け」
叉儺はそう言いながら一つの地図の様なものを差し出した。そこには本拠地のマップのようなものが書いてあった。非常に複雑だと読み込んでいると違和感を覚える。
「変わった…?」
「そうじゃ。リアルタイムで地図は変動する。気を付けてここまで行くと良い」
マップの一部屋に指を差す。そこは『小会議室8』と書かれた部屋だった。何の意味があるのかは分からないが行かない理由もない。一応何があるのか訊ねる。
すると叉儺は『阿吽』で佐須魔と思われる人物と連絡を取り始めた。そして許可が下りたのか答えが帰って来る。
「流がおる」
ラックは固まった。そして信じられないのかもう一度言うよう要求する。叉儺は面倒くさそうにもう一度「櫻 流が待っておる」と言った。
その瞬間ラックは真っ青になり頭を抱える。そして超大量の独り言を凄いスピードで呟いている。
「まぁ焦るようのう。貴様は流が敵に回るとまずいはずじゃ」
「まじでやべぇ…これどうするんだよ…聞いてねえよこんなの…詰みじゃねえか」
半分投げ出しているような声色でそう言っている。叉儺は何が詰みなのかよく理解できていない。いや、理解できない。それは当たり前なのだから気にする事では無い。
それよりも今は流を引き戻さなくてはいけない。ただTISに入るだけなら良い。だが目的はそれではない事は明白である。何故なら黄泉の国から学園に帰る事は無くとある所に出向いていたのをラックは知っている。なので絶対に引き戻さなくてはいけないのだ。
「おい叉儺、TISが崩壊するぞ…」
「なに?」
「嫌だったら、俺と手を組め!」
一瞬だけ迷った。それは演技なのでは無いかと。だがラックは今までに無い程焦っている。その様子から見てそれは本当なのだろう。叉儺はTISに恩があるし皆仲の良い友人である。だから壊れてほしくはない。
「分かった。妾は何をすれば良いのじゃ」
「まずこれを渡す」
そう言いながら小さな小さな球体を渡した。
「絶対壊すなよ。それは超小型カメラだ、と言っても録音がメイン機能だがな。とりあえず持ってれば良い。ただ出来れば胸元に入れて貰えるとありがたい。恐らくお前の身長だと腰あたりにあると正確に聞き取れない」
「了解じゃ。それで何を録音すれば良いのだ?」
「流の監視、そして來花の監視だ。來花は普通に歩いているんだろ?その時に何かないかしっかり見張っていてくれ。露骨でも良い、むしろ露骨な方が抑止力になる。
ただし明言はしないでくれ。要求が多くてすまないが今は情報が無さすぎる。頼むぞ、叉儺」
「分かっておる。妾の力が必要なのだろう?それなら応えてやろう」
「頼む。俺は流の所に行く。それが壊れた場合は絶対にバレないように阿吽をしてから狐に喰わせろ。頼むぞ。くれぐれも秘密でな」
「うむ」
「それじゃあな」
そう言いながらラックは地図を見て、会議室へと走り出した。叉儺も早速録音の為に玉座の間へと向かおうとしたその時だった、後ろから声をかけられた。
一瞬焦ったが声で大丈夫だと分かった。ただ一応狐神に乗ってから振り向く。
「佐伯、じゃな」
「知っていますか…少しだけ、話し良いですか」
既に血だらけで疲れ切っている様子だ。それに戦闘する意思はない。何かあった時の為に霊力を温存しなくてはいけないので狐神を還らせた。そして話しをする事にした。
だがそれはあまりにも酷い話であったのだ、叉儺は思った。これも報告しなくては、と。
[ラック]
全速力で走り続け、変動するマップを頼りに小会議室8と書かれている部屋に到着した。その部屋からは嫌な雰囲気と霊力が溢れ出している。
意を決して扉を開く。すると刀の先が目に突き立てられた。だが一瞬でその刀は消えた。
「ノックをしろ」
素戔嗚が注意をした。軽く謝ってから部屋がどういう状況なのか確認する。
長机に椅子、そして四人と一匹がいる。
「ポメもいるか。とりあえずなんで集められたんだ。兵助と礁蔽は」
「俺に聞くな。俺だって佐須魔様に言われて仕方無くここにいる。この話しをしようと提案した流に聞け」
そう言いながら流を指差す。今までの雰囲気とは一変している。霊力も禍々しいものとなっているし殺気が溢れ出ている。ゆっくりと近付き、声をかける。
「お前、なんでTISに」
「そう言う事を話す為にこの場を設けた。座ってろよ、クソ野郎」
傍から見たらただの悪口になる。だがラックは違った。その"クソ野郎"がどう言った意味を孕んでいるかが分かっているのだ。
どうやって知ったのかは分からない。だが非常にまずい、焦りと恐怖と苛立ちが混じる。そして手を挙げそうになったが紫苑が止めた。
「やめとけ。意味がない」
「…分かった」
心を落ち着かせて紫苑から一個開けて隣に座る。そして寄って来たポメを抱きかかえて、一人苦悶の旅へといざなわれるのであった。
そう、ずっと昔の、お話から。
第百七十話「秘密の協定」




