第百六十七話
本日二話目です
御伽学園戦闘病
第百六十七話「磔」
本領が発揮された。こうなった英二郎は力でねじ伏せて止めるしかない。だが英二郎の眼からは死ぬ覚悟がある様に見える。二人は少々力を溜めてから共に攻撃を行った。
「グングニール!!」
「行け!犬神!スサノオ!」
真反対の方向からそれぞれの攻撃が飛んで来た。だが英二郎は目を瞑って集中する、普通ならそのまま貫かれて終わりなのだがエクスカリバーにはそれを否定できる力があるのだ。
先にグングニールの方に体を向けエクスカリバーで弾く、次に振り返りながら正確な位置に二回剣を振った。視界には入っていないはずなのに超正確に弾いたのだ。
「やはり…成長しているのか…あの時と比べると」
「素戔嗚は工場地帯で"僕がエクスカリバーの力を発動した"事があるかのような言い方をしていた。でも僕は知らなかったんだ。なんでだろうって考えたんだけどさ、TISって正式に抜ける時ある情報が佐須魔の能力によって消されるだろ?
この本拠地、ボスの事を知っている場合はボスの情報、持っている武具、そう言うのって全部消される。実際僕も本拠地が何処かにあること以外忘れていたしね。
そして僕は抜ける時にエクスカリバーを盗んだ。当然佐須魔は追いかけて来たがその時仮想のマモリビトによって助けられ、今は櫻 流に渡された念能力と代償にエクスカリバーで佐須魔を追い返したんだろう。
その時の記憶は完全に無い。だけどその時に佐須魔を追い返したと言う実績はあるはずだ。だから自信があるんだ、絵梨花先生にも勝てる自信が」
自惚れも甚だしい。遠距離攻撃の術を持たぬ英二郎は勝てるはずが無いのだ。だが当の本人はその事に気付いていない、盲目になっているのだろう。
あまりにも滑稽だ。素戔嗚は常に客観的に見られた場合も考慮している。だからこそ隙は無いし強くなれたのだ、力と言うのはただ訓練をすれば付いて来るモノでは無い。固定観念を一度完全に破壊し、新たな知識や戦法を取り入れる事が出来れば強くなっていくのだ。
だが英二郎はそれが出来なかった。一度盲目になってしまい、全てを終わらせてしまった。だが誰も悪くない。しいて言うならその病を作った仮想のマモリビトだろう。
「戦闘病、やっぱもう…かかってるんだね」
蒿里の悲しそうな声を聞くと一瞬だけ正気に戻った。だが言っている事が分からない、英二郎には戦闘病患者と言う自覚は無かったのだ。
戦闘病の厄介な所はそこでもある。基本的に自分では気づけない。そして暴走していくのだ。それが怖いのでTISでは三獄が抑制しているのだ。恐らくボス一人で智鷹がトップの場合一年も立たない内に崩壊していたであろう。だが三人の最強が集まる事により抑止力が働いたのだ。
それは抜けて行った者にも効果があった。ライトニングや紀太、アリス、他にも沢山いた、そう英二郎も含めてだ。だがそれはあくまでも戦闘病にかかっていない場合だ。戦闘病患者になった時点で抑止力などはもう意味を成さない。ただ本能に刻まれた戦闘欲を解消する為に全てを破壊しようとするのだ。
だが英二郎は違った、絵梨花一人を追い求めた。絵梨花の強さは最強にしか分からない。英二郎は最強とは程遠い。だが感覚で理解したのだ。それもこれも戦闘病のおかげ、だが本人は気付いていない。なので自分にセンスがあったのだと思い込みここまで自惚れている訳だ。
そんな奴に対して素戔嗚は怒りを覚える。何故なら少し前までの自分がそうだったのだ。
「俺もそうだった。だが師匠が入って来てからその価値観は破壊された。お前には師匠が足りなかったんだ、圧倒的に強い者が周囲に居なかったのがダメな所だったな。
残念だな。師匠より弱く、俺より強い者だと思っていたのだがな。本当に期待外れだったよ」
力を込める。そして鎌に霊力込め、動き出す。普段の堅実な動きとは全く違う、トリッキーな動き方だ。鎌の中央を持って回転させたり、長い柄の部分を使用して相手の腕にぶつけて攻撃を阻止したり、蒿里がいなくても勝てそうな程華麗で、洗礼されている動き。
当然センスもあったのだろうがそれよりも血の滲むような努力をしたのが伝わって来る。視線は最低限しか向けず目的を判明させない動き、長い髪や和服などの少しのハンデも巻き返す回避速度。
あまりにも強いのだ。それもこれも周囲に[神兎 刀迦]と言う怪物がいたからなのだろう。
「僕だって頑張ってるんだぜ!!」
それに食いつく様に剣を振る。
とんでもないスピード感で繰り広げられている鍔迫り合いを眺めながら蒿里は立ち尽くしている。グングニールを手に何もしない。戦いたくなんて無いのだ。なので最低限鳥神とアヌビスを出すだけ出して放置、指示を出されたら従うだけだ。
だがそれは素戔嗚に責任を擦り付けているだけである。自覚はしているが元仲間を殺したと言う罪悪感に苛まれることを予想すると怖くて体が動かないのだ。だから勇敢な素戔嗚に全てを託しているのだ。
蒿里には勇敢な心や正義感など全く無い。常人、そう括るのが一番良いだろう。だがTISから抜けない以上責任は持たなくてはいけないのだ。
でも怖いのだ。畏怖が重なり、今や体が精神の付属品の様になってしまっていて自由意志では無く感覚的な事に支配されている。
「それでも…やらなくちゃいけないのは分かってる…でも…」
「蒿里!!何かあったら俺が全て責任を請け負う!!お前も戦え!!目を背けるな!!!」
胸の奥に刺さるような言葉。素戔嗚は信頼している。潜入した時はそこまで信頼していなかったが四年ほど共に過ごしている内にその印象は塗り替えられて行った。
あの性格は嘘なのかもしれない、偽りなのかもしれない。だがその時に信頼した素戔嗚が目の前で戦っているのだ。普段は使わない鎌を使って何とか戦っているのだ。
ならば自分だって戦わなくちゃいけないだろう。責任は取ると言ってくれた、その言葉も偽りかもしれない。だけど今は信じたいのだ、友人の、一言を。
『壱式-壱条.宴ノ磔』
その瞬間
英二郎の動きが止まった。それは停止した、と言うよりも拘束されたと言う方が近しい。立っていたはずの場所には大量の木片、そしてそれに突き刺さるように、垂直に立つ十字架だ。そしてその十字架には英二郎が磔になっている。
それは二百年も前、能力者差別が激しい地域で作られた術である。理由も無く蹂躙される能力者を憐れんで一人の女が作り上げた。これは能力者で無い者にしか発動出来ない。油分がたっぷりと含まれた木片に突き刺さるように十字架を立てる、そして最後は当然、燃えるのだ。
「私は今発見されている術式を全て使える。そんな私に挑んで来たのが負けの理由、私"たち"の勝ち」
すると木片が勢いよく燃え始めた。素戔嗚はすぐにその場を離れ、鎌を構える。蒿里も絶対に術を解かぬよう集中して霊力を操作する。
更に力強く燃え上がり、一斉に炎達が英二郎を包んだその瞬間だ。音が聞こえる、木を切り裂くような音。
「抜け出した!!注意しろ!!」
その言葉が響いたと同時に、体に炎を巻いた英二郎が飛び出した。向かう先は素戔嗚だ。鎌を手放し、刀を構え、迎え撃とうとしている。だがある事に気付いたようですぐに逃げの体勢に入り、回避に徹底した。
蒿里も術を解いてから何が起こっているかを理解した様ですぐにサポートに入ろうとするが素戔嗚が制止した。そして一回のアイコンタクトを交わしある行動に移り始めた。
一方英二郎は止まらない。それもそのはず、今英二郎の目には小さな火が灯っているのだ。あり得ない、英二郎には覚醒をする為の能力が無い。まさかエクスカリバーを媒体に覚醒を起こした、とでも言うのだろうか。
いや、そんな事はあり得ない。本当に謎の現象なのだ。
だがそんな緊急事態でも素戔嗚は刀を振るって回避を続ける。もうパニックを誘う事は不可能だ、覚醒は弱点を克服する場合が多い。それは精神的な事でも、肉体的な事でも。
なので単純な勝負でけりをつけるしかない。出来る、そう信じて動くのだ。蒿里の一手を待ちながら。
「何で逃げるんだよ!素戔嗚!」
「お前の攻撃が速いからだ。カウンターをしてやれば良いが最終奥義がここでは使えない。だから一度様子を見ているんだ。お前は黙って俺を殺すんだな。まぁ無理だろうが」
淡々と煽るがどう考えても英二郎が有利だ。だが素戔嗚は自信に満ち溢れているし動きのキレが普段よりも悪い、カウンターをしたいと言うならば当然の動きだが少し気になる所がある。
英二郎の覚醒は異常で、全く高揚しない。なので単純なパワーアップとして使えるらしい。それは非常に強いのだが一つデメリットもある、アドレナリンの出が悪いので普通の覚醒よりは痛みに対して少し敏感である。
だが関係無い、何故なら一方的に攻撃しているからだ。
正面から七連撃、突きを繰り出した。素戔嗚は顔をしかめながら何とか弾き返す。だがその直後に斬りつけられる。ちゃんと緩急をつけて来てパターン化していないので対処が難しい。
「少しマズいな」
冷静に言葉を吐きながら左肩を斬られた。そこそこ深くまで斬られたが反応が速かったので何とか骨に到達しない程度で済ます。
猛毒を注いでから二分が経った、未だ効果は表れていないようだが残り百八十秒で事は終わる。何とか逃げ切るか大きな一撃をぶち込む、そう意を決す。
「行くぞ!!英二郎!!」
そう雄叫びにも近しい声を上げながら思い切り刀を振るう、力を入れ過ぎたので当たり前のように隙が出来る。そこに向かって剣を突き出した。
二人の武具が交差したその瞬間、後方で蒿里が唱えた。
『|妖術・赦熏帝鳥相漸堂(ようじゅつ・しゃくんていちょうあいぜんどう)』
それは蒿里が編み出した妖術である。実質無いデメリットを抱えながらも最強の力を出せるものだ。詳細は簡単、鳥神を自分に降霊するのだ。
鳥神は神格で二番目に強い。そんな霊を蒿里が取り込んだら本来なら死に至る。だがそれを克服すのがこの術である。方法は一つ、蒿里が持ちきれない霊力や力をグングニールなどの武具に押し込む。
するとどうなるか、二つに強化が入るのだ。蒿里自信、蒿里が使う武具、この二つが強化されるだけで一気に力は増す。だが代償もある、それは鳥神以外にこの妖術を使うと問答無用で発動者である蒿里が死ぬと言う事だ。
だが鳥神にだけ使えば良い話なので実質デメリットは無い。
「行くよ、英二郎」
先程までの無気力そのものである声色は一変し、強気な、島にいた時の様に心強い声に変化した。そしてその時の蒿里は最高火力を撃ち込むために距離を詰める。
そこで英二郎は蒿里の方に聖剣をぶん投げた。強気な行動だったが弱い。とても大きな隙が出来たのでそこを二人で殴り掛かった。聞いた事も無いような音が聞こえた。鈍いのに鋭い、気味の悪い音だ。
だがおかしい。死んでいてもおかしくない様な異音が聞こえた、だが英二郎はピンピンとしている。そして二人の間から抜け出し聖剣を拾い上げ、構えを取った。
すぐにトリックを見破ろうとするが二人共訳が分からない。こればっかりは手探りか分からぬまま倒すしか無いようである。だがその状態が続くとなると勝ち目は薄い、最悪の場合逃げれば良いのだが大会前には殺しておきたいとTISでは話が出ていた。今殺せば良い実績と共に大会での勝利が安定するだろう。
ならば少し無理をしてでも倒すべきだと判断した。
「私から先に行く…」
「あぁ」
少しの沈黙の後、呼吸をして一気に飛び掛かった。グングニールを剣の様に扱いエクスカリバーと渡り合っている。蒿里にも戦闘のセンス自体はある。なので刀剣を扱った事が無くても何とかなっている。
ただ一年半以上もの時間を剣の鍛練に注いできた英二郎とやり合うのには少し無理がある。
「遅い!」
一瞬だけ隙を見せてしまった。当然斬りかかろうとしたその時蒿里が少しだけ笑い、後方にいるモノに向けて言った。
「やって、アヌビス」
ハッとする。完全に忘れていた。神話霊の中でも一際注意される存在、死の神。その内の一匹であるアヌビスの存在を。
振り向こうとしたその刹那、全身に鉄の枷が付いたような感覚に襲われる。立つ事もままならず、地面に膝を付いた。その内に素戔嗚が斬りかかる。
まずは腕から斬ろうとするが蒿里が止めた。
「危ない。巻き込まれる」
仕方無く距離を取って眺める。その間も英二郎は苦しそうに息をして、何とか座るような体勢で耐えていた。だがあまりに重たいようで限界が来る、肺から押し出されたような声にならない声を上げ、地面に叩きつけられる。
すると一瞬でその枷は無くなり蒿里が動いた。鳥神の霊力が内包されているグングニールを心臓に突き立てる。そして全体重をかけて突き刺した。
苦痛の情を浮かべながらも何とか抵抗しようとする英二郎の手を日本の刀が突き刺した。そう、素戔嗚だ。見下ろし、言い放つ。
「お前の負けだ、英二郎。死んでくれ」
これまでの英二郎ならそこで絶望し、全てを投げ出していただろう。これまでの、英二郎なら。覚醒をしていない、覚悟が決まっていない英二郎だったら。
「それは…僕の台詞さ!」
顔を上げる。笑っている、狂気を感じた。戦闘病にかかっているなら分からないでもない。だが笑っているのだ。あの狂気的な笑いを見せつけているのだ。それは本心から来るもので間違いない。
本物の異常者だ。だがこの世界は異常と言う色に染まれば染まるほど強くなる。それで良い、更に狂えば良い。もっと強くなって、絵梨花を殺す。それが[木ノ傘 英二郎]の使命なのだから。
一瞬にして立ち上がり、エクスカリバーを手にし、動き出した。攻撃対象は蒿里だ。
「…もう死んでよ!!!!」
ヒステリックを起こした。だがいつもよりは冷静で、しっかりと対抗する為の術を放った。
『妖術・上反射』
だが英二郎は無視して突撃しようとする。ただ蒿里がやりたかったのは反射では無い。超最低限の霊力で行うことが出来る、声のかき消しだ。
かき消したのは他の誰でも無い素戔嗚の詠唱だ。唱えた術は『降霊術・唱・犬神』だ。
降霊で何かに憑いている状態の霊は降霊術を行う事で解除される。何故犬神を解除したか、理由は簡単、時間を稼ぐためである。すぐに犬神に指示を出す。
「蒿里を守れ!」
すぐに英二郎と蒿里の間に割り込んで死守する。
「どけ!」
躍起になって犬神と離れようとするが是が非でも追って来る。もう逃げるのは無理だと察した英二郎は犬神と戦う事にした。だが体の向きを変えて、剣を振るおうとしたその時の事だ。
体の中に嫌な感覚が満ちる。吐き気や頭痛が止まらない。その時察した、毒が回ったのだろと。そしてそれと同時にエクスカリバーの力は消え去った。
「あ…やっちゃった…」
薄ら笑いを浮かべながら呟いた。直後、体が拘束される。
『壱式-壱条.宴ノ磔』
終わりだ。もう抵抗する術はない。だが英二郎にもプライドはある、大人しく燃えるわけにはいかないのだ。
「殺す!!ここから降ろせ!!」
力を失ったエクスカリバーを拙い動きで投げ飛ばした。だが片手しか使えない以上精度は目も当てられない。全く別の所に投げられた。
「最後まで抵抗する姿勢だけは認めてやろう。だが俺はムカついた、死んでくれ」
そう言いながら村正を英二郎の首に突き刺した。首から血を垂らし、力が入らなくなったのかガクりと俯いた。そして素戔嗚は更に八つ当たりを続ける。
死神の鎌を腹部に突き刺した。だが反応は何も無い。
そして最後に、聖剣 エクスカリバーを所持者、木ノ傘 英二郎の胸に突き立てる。
「記憶の片隅程度には置いておこう。死ね」
肉を貫き、心臓を貫いた。血だらけになった英二郎は最後に、力を振り絞り一言だけ残した。
「せん…せ…い……」
「…やれ、蒿里」
コクリと頷き、炎をつけた。木片はとんでもない速度で燃え移り、次第に英二郎の体も焼いて行った。匂いなどは出ず、そこには何も残らない。もしかしたらもっとも良い死に方なのかもしれない。
絶対に完全死になる事を除いて。
「…おつかれ」
いつもの不愛想な声で手をグーにしながら突き出す。
「あぁ」
素戔嗚もグーで手を合わせた。
数年も共に過ごしている仲だ。二人に信頼関係は無いがもしかしたらライバルなどにはなれるかもしれない。もしかしたら、だが。
「俺は紫苑を拾ってから行く。蒿里は先に行っててくれ」
頷いて姿を消した。素戔嗚は少し先で感じた紫苑の霊力を頼りに夜桜の一本道へと向かう。
そうして[木ノ傘 英二郎]と共に『聖剣 エクスカリバー』『真剣・村正』『死神の鎌』が燃えて無くなるのであった。
第百六十七話「磔」




