第百六十三話
御伽学園戦闘病
第百六十三話「技量差」
水葉は一瞬にして距離を詰め、斬りかかった。いつもなら手応えがあるはずなのだが全くない。かと思うと矢萩は刀を抜いた、その瞬間水葉の隙を突いた九連撃が放たれた。
だが当然対処ぐらいできる。あの水葉が九連撃も許すような程動きが遅いわけが無いのだ。わざと隙を見せた、理由は一つ、居合のカウンターに反撃する為だ。
「残念」
「どっちが?」
矢萩は表情に一つの濁りも見せずそう返した。だが今引くことは出来ないので何とか九連撃を受け流し、その後一回斬りかかろうとしたが意味が無かった。
「遅い」
その言葉が聞こえると同時に右肩に痛みが走る。斬られた事は分かるが今はそちらに目を向けている暇などない。思っていた以上に速いのだ、意識を半分以上視界に集中させなくては見極められない。刀を振ったりするのは感覚で出来るので問題自体は無いが少しでも油断した瞬間斬り殺される、そう理解した。
「なんで反撃しない」
最初の攻撃、水葉の攻撃から実に三秒。普通に考えて九連撃を交わした後一回斬りかかろうとしたがカウンターで斬られる、の一連の行動が終わってから反撃をするキャパがある方がおかしい。
その時実力の差を感じる。基準から違う、霊力量は水葉の方が多いがそれをカバーどころか圧倒的に凌駕するほどの剣術を持っているようだ。
「あんたが速すぎるだけ…!」
だがやられたらやりかえさなくてはイライラする。ただ矢萩は冷静に刀を構える、特殊な構えだ。柄は天井に向け、位置は身体の中央、そして刃は自分側に向ける、始めて見る構えだ。だがカウンター型の構えだと言うのだけは感覚的に分かる。
両者動きが止まる。刀を構えて硬直状態だ。水葉は深呼吸をする。そして心臓の鼓動を少し落ち着けてから動き出した。当然刀を振る、様に見せかけて実際は攻撃しなかった。
だが矢萩は攻撃してきたと勘違いしカウンターを見せた。
「馬鹿じゃん」
当然斬りつけてはいないのでカウンターにカウンターをくらわせた。ただ矢萩は身のこなしも完璧のようでそこまで速度のついていない反撃なんてくらう訳が無いのだ。そして後ろに数歩下がって再び先程の構えを取る。
水葉はその構えを見せつけられた瞬間攻撃の手を止め、後ろに引いた。普段なら強気に出るのだがカウンターがあまりにも上手い、本当に全てを見透かしているような反撃を仕掛けてくるので何かトリッキーな攻撃法でなくては傷一つ付けられない気がする。
感覚と言えば感覚なのだがこの場合はそれで良い。何故なら素戔嗚とは模擬戦を良くしていて同じようなカウンター法を使って来ていたからだ。素戔嗚は恐らく刀迦の弟子の一人である、少なくからず剣術は何処か似てくるはずである。ただそれが分かっているだけ、対処が出来るわけでは無い。あくまで危険なのが分かるだけである。
「来ないの」
「行ける訳ないでしょ…」
「じゃあこっちから行く」
すると今まで受け身だった矢萩が動いた。とんでもない飛び掛かり方である、カウンターの構えを取ったまま突っ込んできている。水葉は困惑が止まらないが確実に攻撃して来るはずだ。なのでしっかりと刀を構え、コンマ数秒未満の動きも見逃さないように集中する。
だがそれが一番やってはいけない事だったのだ。
「剣術充分、体術充分、注意力不充分。目立ちすぎ、もう少し目を見せない方が良いと思うよ。目線が露骨すぎ」
その瞬間水葉の右肩から更に血が吹いた。痛みが凄まじいが気にしている暇ではない、矢萩が斬りつけて生きているのだ。大チャンスである。
「肉を切らせて、骨を断つ」
刀を振るう。
「残念」
シンプルな返し、今までと同じカウンターである。全身から血が噴き出す。もう痛みも感じ取れないが斬られた事は動きで分かった。だがそれはチャンスと捉えることが出来る。
「じゃあ、使う」
『降霊術・唱・黒狐』
すると大きな黒狐が現れた。当然の事なのだが矢萩も対抗する。
『降霊術・唱・猫』
頭に乗っていた猫が更に小さくなる。そして片手に乗ってしまう程のサイズに変身する。だが前方に出すわけでは無く再び自分の頭に乗っけた。
「良い事教えてあげる、霊ってのはサポートに回す方が強いの」
「いいや、攻撃した方が強い」
「やっぱあんた、弱いかも」
両者がぶつかり合う。今回は霊と言う後ろ盾があるからかわざわざリスクをとって反撃しようと気にはならない。それに代わって二匹の霊が動いた。
黒狐は噛みつきを、猫は矢萩の指示で妖術を。
『妖術・上反射』
バリアの様な物が現れる。それと同時に矢萩は距離を取り、ごく普通の構えを取った。
「やめて!」
すぐに黒九尾に停止命令を出す。バリア一枚、その少し後ろに構えを取って待機する矢萩。どうするべきか分からない。どんな手段を取っても反撃されてしまいそうだ。実際にはそうでないかもしれない。だが矢萩にはそれをやってのけるような気合と雰囲気がある、正直に言おう、怯えているのだ。圧倒的な実力差を前に、怯えているのだ。
「なんで来ないの、居合とか反撃が使えるわけでも無いでしょ。ほら、来なよ」
「…」
沈黙が続く。その時の水葉には永遠にも感じる長さだった、だが実の所十秒間である。ただ二人にとって五秒とはとても長い時間だ、三秒もあれば場合によって致命傷を与えられるほどの速攻アタッカーである二人には十秒と言う静寂が無駄に思えた。
なので同時に動き出す。刀を持ち、霊に指示を出しながら鍔迫り合いが始まった。
両者弾く事もせず見つめ合う。そして命令する。
「やれ!黒狐!」
『妖術・刃牙』
牙を極限まで鋭くすると言う単純な術である。だが素早い猫にそれを付与するだけでお手軽に殺人マシーンを作ることが出来る。佐須魔でさえも使う事がある戦法、水葉には対処できるはずがない。
飛びついてきた猫を交わす事が出来ず血まみれの右肩に噛みつかれた。神経に鋭い牙が刺さる、声にならない声を漏らしながら力を緩めてしまう。瞬時に矢萩がぶん殴った。
唐突な殴打も回避できない。幸い力はそこまで強くない様で軽く狼狽える程度で、済めばよかった。狙いはそこではない。目を離す事になるだろう、自分の持ち霊から。そこを斬るのだ、自由意思のない霊を殺すなんて簡単と形容する必要さえも無い行為である。
そして斬りつけようとしたその時、水葉の訓練の成果が発揮された。
「僕を斬る事は出来ないよ、何故なら貴女は弱いから」
喋ったのだ。事前情報ではそんな事は聞いていなかった。喋ると言う事は一定の信頼関係を持っている事と同義、そしてその事は妖術等の特殊な戦法を使える事とも同義である。
すぐに距離を取ろうとしたが動けない。だが焦っているわけでも無い。ただ足が動かないだけだ。すぐに状態を確認すると黒狐から伸びる触手のようなものに両足を固定されていたのだ。
「喋らなかったのは気を引かせるため。でもこれぐらい…」
剣で断とうとした時だった。足から全体にかけて激痛が伴う。始めて表情を変えた、苦しそうにへたり込んでいる。すると狐は見下しながら楽しそうに説明した。
「僕が大昔に練り上げた術。名前は無いけどね。触手で拘束。切り離そうとした場合はそこからキラータイプと同じ仕組みの念能力を流し込む。
代償は無いよ、だって発動条件がその触手が攻撃を受ける事、だもん」
「…思ってた以上…面白い」
顔を上げた時にはもう苦痛の表情は無くなっていた。たった十数秒しか苦しんでいない、本来なら三十秒程は苦しむはずだ。すると矢萩ははにかみながら説明し返す。
「ギアルは霊力を吸収する。でも吸収するのはそれだけじゃない、能力による攻撃もある程度は軽減できる。私は剣で断ち斬ろうとした。だからある程度は吸収されたってだけ。
これがギアルの強い所」
「良いなそれ、私も欲しい」
「あんたは扱えない。やめておいた方が良い」
「あっそ。じゃあ一気に行くよ」
刀を構え、狐に目配せをする。そして畳みかけた。黒狐に体当たりをさせる。だが矢萩は刀を使って華麗に受け流した。そしてそのまま反撃を行おうとしたその時水葉が背後から斬りかかる。
「狐を壁にしての超隠密移動、そんな髪色して良くやろうと思ったね。上手いけど」
水葉は水色ロングにちょっとピンクっぽい髪が混ざっている。そして壁は木製なので茶色、あまりにも目立ちすぎるのだ。なので隠密移動などしても視界の端に映って対処されかねない。そのリスクを取ってでも不意打ちを行った、その姿勢だけは褒めてあげられるものだ。
だがそれだけだ。不意打ちなんて普段はやらないのでバレないように、と思考が先行し過ぎた結果姿勢が悪すぎる。前のめりになってしまっているのだ。
「もっと練習すればよかったね」
ひょいと交わした。前のめりで斬りかかっているのに交わされたどうなるか、当然転ぶだろう。だが自分の失態をしっかりとカバーする事ぐらい教えられている。刀を思い切り床に突き刺し、少し乱暴な受け身を取った。それだけではない、反撃をしようと予備動作をした矢萩の位置を感覚で捉える。そして馬の蹴癖のように、後ろ蹴りを行った。
ただそれは少しでも時間を稼ぐための行動である。矢萩もその事には気付いている、黒狐が距離を詰めて来ているからだ。思考を巡らせる、黒狐か水葉どちらにカウンターをぶち込むか。矢萩一人では片方にしか対処できない。どちらかの攻撃を受けるのは必須だろう。
「どっちの対策をしてくるかが見たいんでしょ。でも私はそこまで甘くない。どっちも、受け流す」
少し前に見せた完全迎撃型の構えを取る。その構えならば最大十二連撃を0.5秒程度で発動できる。人間離れしている速さなので何とかいなす事が出来るのである。
「それぐらい予想してる…!黒狐!」
「分かってる」
背中から四本の触手が飛び出した。予想外である、恐らく触手を使って来るだろうと思ってはいたが四本は多すぎる。狐の体当たり、触手四本、水葉の蹴り。それを全て交わすのは流石に無理がある。
触手はダメージが凄まじいので対処はしなくてはいけない。すると狐か水葉か選ばなくてはいけない状態になった。だが矢萩にはそうなっても対処できる程の手数があった。
少ない霊力を捻り出して使う事にはなる。だが対応出来るのはその手しかない。口を開き、霊力をこめて放った。
『ストップ』
言霊だ。水葉側の全員の動きが止まる。それと同時に矢萩の顔色が滅茶苦茶悪くなる。顔面蒼白になりながらも何とか動き、攻撃型で刀を構える。
数秒後、言霊の効力は消え去った。すぐに動き出す。水葉も余裕が出来たので刀を抜き、斬りかかる。圧倒的な手数、攻撃力。勝ちは目前、そう思った時だった。
「忘れてない?私の持ち霊。少ないといえども霊力オーバーはしている。だから使い続けてた、刃牙を。そして噛みつかせたの」
その言葉の意味は当然理解出来る。すぐに振り向く。だがそれも最悪の手だ。矢萩は賭けていた、水葉が焦って振り向く事に。現状の矢萩相手なら水葉でも勝てるはずだ。それに気付いて突っ込んでおけば勝機はあったかもしれなかった。だがそうはならなかった、振り向いた。
そこには酷く鋭利な牙を剥いた猫が飛び掛かって来ている。狙うは一点、背中。ではない、振り向いた故に曝け出した部位だ。胸部、正確に言おう。
「心臓に」
次の瞬間、心臓から血が噴き出した。だがそれは水葉からでは無い、正真正銘矢萩の胸から、血が噴き出したのだ。水葉は不敵な笑みを浮かべながら呟く。
「やっぱり私と相性バッチリだね、黒狐」
その目には燃え上がっていた。とても綺麗な、碧い炎が。
第百六十三話「技量差」




