第百五十九話
御伽学園戦闘病
第百五十九話「自分なりの作戦」
クアーリーは目が見えない状態である。一方蓮はしっかりと位置が分かるので攻撃が超簡単である、なら大して変わらないはずだ。後ろを向いたって。
「は?まじ?後ろ向くのかぁ」
「あぁ。こうすれば俺が少し動きにくいがほぼフェアだろう?」
「まぁ良い。勝てば良い話だ」
背中に再び衝撃が走った。だがこれは近付いて来ている証拠、不慣れながらも何とか背中に銃口を向け、乱雑に三発放った。ちなみにこの銃にはリロードの必要は無い。なので適当に乱射しても何とかなってしまうのだ。
肝心な銃弾は全て鉄の棘にぶつかった、そして一発だけ反射して蓮の右手を貫いた。予想していなかった痛みは流石に堪えるものがあるようで一瞬だけ苦しそうな声を漏らした。
「やはり思い込みなんだろう。実際に強くなってはいる、がそこまで強くなっていないのだろう。健吾や素戔嗚ほどは強くは無い。これなら勝てる」
その反応が出た瞬間唐突に自信が溢れ出す。結局の所人間だ、戦闘病にかかっても三獄の様な怪物にはそう簡単には成れないのだ。恐らく戦闘法がかみ合っていないだけで実力を数値化出来ればそこまで大きな差は無い、ただ蓮が上だと言うのは分かる。だが二人には戦闘経験の差と言うものがある。どんぐりの背比べではあるがその差は小さいように見えて二人にとっては大きいのだ。そして経験はクアーリーが勝っている、何とかそこの要素を活かして勝ちに繋げたい所だ。
「ちなみにだけど僕だってある程度は訓練受けてるんだよ。その場合って基本的に視覚は交換してない状態、だから盲目状態で戦う事が基本だ。だから壁しか見えない状態でもある程度なら戦えるぞ。
しかも戦闘病のおかげで感覚が研ぎ澄まされてる。そんな対策じゃ僕は止められないよ」
蓮はすぐに動き出す。クアーリーの姿が捉えられない程度じゃデバフにはならない。そんな事は分かっている、そもそもこれぐらいの対策では覚醒されたら絶対に突破されてしまうだろう。なのでこれは一発限りの策だ。
ただ蓮はその事に気付いていなかった。そもそも対策にもなっていないような事を行って来る時点で不自然だと思って警戒しておくべきだったのだ。
飛び蹴りをかまそうと足を地面から離した瞬間だ。
「大きな代償、だが不意打ちにはそれが必要だ」
よく見るとクアーリーは壁に手を付いている。何が起こるのかは発言と行動で分かった。だが回避は間に合わない。
壁から先端が非常に尖った棘が飛び出した。それはクアーリーの腹部を貫いた、だが勢いは衰えずそのまま蓮の元まで到達した。
しっかりと目では捉えているし回避行動にも移りたい。でも直前で飛び蹴りの為に足を動かしてしまった事によって咄嗟には他の行動に移れない。そして何より速度が尋常じゃない、自分に刺さると分かっているはずならもっと遅くするだろう。だがクアーリーは全く恐れずに自分の体を貫いて不意打ちを成功させたのだ。
蓮の右足から首元に刺さった。
「俺は戦闘病なんて発症していないし覚醒も使えない。だが身を滅ぼしてでも戦う意思だけは持ち合わせている!」
これがクアーリーのやりたい事だ。身を粉にしながらも追い詰めていく、スリルのある戦いだ。断じて性癖では無い。ただ相手が油断している所に大技をぶち込む事で驚き苦しむ様を見ると優越感に浸れるだけだ。
当然TISの目的もあって加入した。だがそれより何倍も、何十倍も、その優越感を得るためにTISに入ったのだ。
「…案外力あるんだな。ちょっと楽しくなって来た!あーやっぱこれが一番気持ち良い!」
その瞬間そこら一帯の霊力濃度が一割程度増した。もう分かる、見えなくても分かってしまう。覚醒したのだ。そしてそれと同時に二人の視覚が戻った。
速攻で振り向きどうなっているか確認すると予想通りと言うべきか蓮の右眼からは炎が上がっていた。そして佐須魔が見せる気持ちの悪い笑みとは違って純粋に楽しんでいるような笑いだ。
「やっぱ視覚治ったよね?『覚醒能力』だ…一番の当たりだ!何かな~………強…っ!つっよ!!」
恐らくガチャでトップレアが出たレベルの感覚のだろう。だがその時のクアーリーからすると大変不気味だ。覚醒能力なのは確定として目躁術はもう無いのだろう。充分勝機はある。
だが今までも優勢だった。なのに強いと言ってしまうあたりそれ程に強い能力と言う所までは予想できる。もう油断などできない、今までの戦闘経験と己の能力に対する解像度の勝負になってくるはずだ。
ゆっくりともう一丁銃を取り出し左手に持った。リロード無しやおもちゃ故に反動が弱いと言う特性があるからこその強み、二丁拳銃スタイルだ。
「行くよ」
沈黙。
蓮が動いた。今までと同じ殴り込みだ。何があるか完全に不明なのでしっかりと後ろに下がりつつ二丁同時に撃った。蓮は避ける気が無いようだ。
だがおかしい、何故なら撃った場所は胸部と頭部、どちらも急所も急所、一般人でも分かる程に危ない場所である。にも関わらず蓮は回避行動をしなかった。
「何!?」
クアーリーのその驚きは避けなかった事に対する驚きではない、直後に起こった不可解な現象に対する驚きだ。その現象とは霊力で構成されているはずの弾丸が二つとも通り抜けたのだ。まるで存在しなかったかのように、当たり前の出来事のように、すり抜けて長い廊下を突き抜けて行く。
それが覚醒能力なのだろうとは予想立てることが出来る。だが詳しくは分からない、ただ単純にすり抜ける能力なのか、攻撃を受けない能力なのか、能力による干渉を無くす能力なのか、特定はあまりにも難しい。もう少しだけ探ってみるしか方法は無い。
『アイアンメイデン』
今度は相手がどこにいるか分かるのでその周辺だけを変化させた。蓮には棘が貫通するはずだ。だが再び同じ現象が起きた、すり抜けたのだ。
「…まだ分からんが強いのは確かだな」
「そうだろ?目躁術って弱くは無いけどクッソつまらない能力だからさ。こう言う戦闘向きの能力貰えて嬉しいよ!」
そう楽しみながら突撃して来た。今度は少し違う手法で対抗しようとしてみる、放つ弾丸を完全に霊力構成では無く半分だけ物理的な物質で構成する。
何故霊力の弾丸を使うのかと言うと重要幹部と戦う相手は基本的に霊力が高い、そして霊力が高い者は霊力による攻撃の被ダメージが増えると言う事を佐須魔と伽耶が証明している。それに基づいて純粋に威力が高くなるので全て霊力で出来ている弾丸を使っていた訳だ。
だが完全霊力弾丸だと意味を成さない。なので一度は物理的攻撃も試さなくてはいけない。
「行ける」
呟きながら一発撃った。すると蓮はしっかりと回避行動を取って来る。明らかにおかしい。あんなにも楽しそうに体で受け止めていたのに今回はしっかりと避けた。概ね察することは出来る、物理的攻撃は弱点なのだろう。
ただ分かったからと言って調子に乗り乱発して良い訳では無い、クアーリーにはそれをやって勝てる見込みは無い。己のやり方で勝つのだ。なので今は完全霊力弾丸で戦う。
「何…なら十発なら…」
怪しまれない為にしっかりと作戦がある様に見せかける。蓮も信じているようで放った弾丸を嬉々としながら受けようとしたが体をすり抜けた。
そして勢いを付けて蹴った。クアーリーは歯を食いしばりながらくらった。そこそこ長い距離を吹っ飛び転がる。何故か受け身すらも取らないその姿勢に何か違和感を覚えた蓮は少しだけ慎重に行く事にした。
「良いぜ、そっちから」
そう言われたクアーリーは口から流れ出る少量の血を拭き取りながら最早ろくに狙う事もせずに七発連射した。五発は全て空振り、残りの二発は蓮の体をすり抜けた。
「もう良いだろ、終わらせようぜ。僕も次の奴とやりたい」
蓮の顔が変わった。完全に終わらせる気なのだ。だがクアーリーはまだ、もう少し、ほんのちょっと引き延ばさなくてはいけない。後二十発程度、それぐらいで良いので撃てれば行ける。だがここからは気合いだ、本気で殺しにかかって来る蓮の猛攻を耐えつつ反撃するのだ。
そう決め、対処しやすいように一丁は懐に戻した。それと同時にクライマックスが幕を上げた。
先手を取ったのは蓮だった。目にも止まらぬ速度で蹴りを繰り出した。クアーリーは能力を使わずに左手で受け流した。そして腕の隙間から三発撃ち込んだ。
「だから当たんないって!!」
「なぜだ…」
「それが分からない時点で僕には勝てないさ!!」
今度は殴りだ。クアーリーは防御が間に合わず腹部に強力な殴打をくらう、来るしみながらも何とか六発を撃ち込んだ。
「次々!」
本当に楽しそうにぶん殴って来る。今度はしっかりと見極めながら避け続ける、一方的な状態にはなっているが何だかやりきれない。やはりクアーリーも重要幹部、恐らく重要幹部内では最低レベルなのだが元々貧弱な蓮だと戦闘病×覚醒を使ってもやっと越せるぐらいの実力なのだ。
「やっぱまだまだだな!お前なんかもすぐに殺せないなんて…でも成長途中ってのは自分でも分かってる!!これからが楽しみだよ!!」
「お前に俺は殺せない」
そう言いながら更に三発撃った。だが全く同じ様にすり抜ける。蓮はもう飽きたと言って一気にトドメを刺す為に攻撃のスパンを超短くした。
ありえない速度で何連撃かも分からない量の攻撃をぶち込んで来る。クアーリーが避けられるはずも無く何十回も殴られ、蹴られ、踏みにじられる。
「痛いだろ!?僕が今まで受けて来た痛みだ!!思い知れ!クソ雑魚野郎!!」
心の奥底から溢れ出す負の感情を全てクアーリーに押し付ける。一方クアーリーは抵抗できずに痛みに悶えやられ放題だ。その時もう理解した、今躊躇ったら死ぬ。
死ぬのが怖くないと言えば嘘になる、だが死の恐怖から逃れるよりも今は何度もプライドを傷付けて来るこいつをぶち殺したい。その感情が勝ってしまうのだ
「俺は!!負けない!!!」
雄叫びにも近い声を上げながら蓮の足を掴み、放り投げた。その隙に立ち上がって銃を構える、蓮もあと一撃ぶち込めれば終わるだろうと予想していたので笑いながら突っ込む。
床を踏み、跳び上がる。
引き金に手を掛け、狙いを定める。
足に力を溜める。
そのまま進むかと思われた。だがそんな事は無かった。クアーリーが自分の服を脱ぎ、目くらましの様に投げたのだ。だが蓮にとっては何も問題は無い、赤い炎を燃え上がらせながら手で服を退かしたその時だ。そこには銃口を突き立てながら距離を詰め、蓮の口に銃口を突っ込んで来るクアーリーの姿がある。
だが蓮は慢心していた、霊力の弾丸なのだろうと、すり抜けるのだろうと。
「これが俺の、作戦だ」
響いたのは、耳をつんざくような銃声、そして鈍い水温が混じるような、一人の少年の肉が貫かれた音だった。
第百五十九話「自分なりの作戦」




