第百五十七話
御伽学園戦闘病
第百五十七話「談」
少し震え青ざめながらも須野昌はひとまず相棒に攻撃させることにした。馬に攻撃するよう命じて動かせる。相棒は普段通り攻撃をしようとしたのだが拳を振るった瞬間馬の姿が消えた。
そして次の瞬間相棒を蹴り上げた。あまりにも速い移動に理解が追い付かず相棒が天井にぶつかった事も確認できていなかった。だが攻撃を行って隙が出来た馬がいるなら攻撃するしかない。
「九尾!」
「分かってる、黙れ」
須野昌の動きが止まった。そして驚きながら九尾の方を見る、動きが止まったので馬と虎も一時停止し何かあったのか確認する。すると須野昌は表情を変えず驚いたまま言葉を零す。
「喋…った」
ただ喋っただけでそんな驚いていると知った九尾は馬鹿にするように話す。
「お前の態度がムカついていただけだ。直す気概があるなら認めてやろう。早く指示を出せ、俺にだって霊力は消費しているんだ。余裕がある訳じゃあない」
「はいはい!んじゃ馬を先にやろうぜ」
「俺に指示を出すなぁ!!」
キレながらもしっかりと従ってくれている。元々香澄の霊は上から目線だったので合体した状態でもその性格は受け継がれているのであろう。
だが九尾へと変化している状態はとても強い。生徒会やTISでは狐霊を使う場合九尾でなくばお話にならないのだが一般的に見たら九尾はエリート中のエリートが使う霊、その分強力な力を持ち合わせているのだ。
「私は指示を出さない。コトリバコとサポートする。好きにやれ」
來花は指示を出さないらしい。虎と馬はしっかりと自分だけでも戦えるような知能がある。三獄と言う大量の人を束ねる立場には威厳と言う者が必要だ。その為には力も必要である、なので手加減していたと言ってもこんな一般能力者に負けたとなると面倒くさい事になる可能性があるのは目に見えているはずだ。なのにも関わらず全てを持ち霊に任せる、それも信頼あっての行動なのだろう。
二匹はアイコンタクトを一瞬してから飛び掛かって来る九尾の対処を始めた。馬が右に避け、虎は左に避けた。すると正面が空いた、九尾は指示を促す事も無く問答無用で來花に向かって突っ込もうとする。
「一旦引け!!」
そう指示を出されてしまったので仕方無く下がって。それに合わせるように馬と虎も來花の傍へと戻る。
「多分來花自体を攻撃しても大した意味は無い。工場地帯に居た時流がインストキラーを連発している事ぐらいは分かった。それでも死んでない奴だ、タフさが半端じゃない」
「確かにそう言われるとそうだな。だがムカつくから指示出すのはやめろ」
「とりあえず変わらず馬を優先だ」
「分かっている!!」
再び馬に向かって攻撃をしようと動いたその瞬間、九尾が黒い煙に包まれた。
「コトリバコの調子が悪いな…やはりあの子がいる近くだとダメか…まぁ良い。とりあえずこれで九尾はダメージを…」
二匹の霊にそう伝えようとしたその時、反撃と言わんばかりに須野昌が妖術を発動した。
『妖術・絆薔』
すると煙の中から鋭い棘が無数に生えたツルが明確に二匹を狙って勢いを付けて飛び出して来る。だがそれぐらいの攻撃を避けられない程干支神は弱くない。
先程と同じように馬が右、虎が左に回避を試みた。だが須野昌はそれが狙いだと言わんばかりに笑いながら指示を出す。
「拘束しろ!」
だが九尾は煙に巻かれている。出てくる様子も無い、周囲を見ても他に姿は無い、と思った時二匹はバックラーの霊。須野昌自信の相棒の能力を思い出した。『透明化』だ。
更に回避しようとした時は既に遅い、なんて言わせないのがサポートをする來花の役目だ。
『妖術・霊淡』
その妖術は発動した霊を中心に普段漂っている霊力よりも何倍も強い霊力を放出して霊力差の問題などで視覚出来ない霊の形を薄くだが見せると言う術である。当然狙われている馬が対象だ。だがその周辺には透明化しているはずの霊はいなかった。霊力放出を無くして透明化しているわけではなく本当に透過するタイプの能力なのだろうか、と思ったがそれはその直後に否定された。
何故なら霊は確かに見えたからだ。だがそいつは馬の付近では無くもう一方、虎の背後に立っていたからだ。そして気付かれたと察知したのか虎を踏みつけ動けなくした。
「やれ!九尾!」
「分かっている!!」
全く怒りの籠っていない怒号を上げながらツルを虎に撒き付かせた。一瞬にしてとんでもない量の棘が食い込み、血が流れる。何とか噛み千切ったりできないのか試しているがビクともしない。
「それ香澄が練り上げた妖術なんだけどよ、色々属性が盛ってあるんだ。それはその一つ、対象者では効果を解除できない。だから虎はもう何も出来ないって事だ」
自信満々にそう語る。すると來花は少しだけ褒めつつすぐに対処した。
『妖術・上反射』
その瞬間ツルは弾け飛び黒い煙の中から九尾の苦しそうな声が聞こえた。上反射で全て返されてしまうのならば無意味だ、霊力の無駄になるだけのなのでやるだけ意味が無い。
そもそも相棒と九尾を出しているだけで相当な霊力消費となる。須野昌の霊力指数自体は少なくも無く、多くも無い一般的な量だが二匹も出していると相対的に少なくなってしまう。無意味になってしまう術など使っている余裕は無い。
「普通に戦っても勝てねえんだよな…と言うかそもそも俺が出ても勝てる見込みは無いよな…ならなんでこんな事やらせるんだ?実戦なんか軽く戦うだけで充分だろ、てことは何か意味が…」
「良いのか?指示を出さなくて、私の霊達は既に動き始めているぞ」
虎が九尾の元に向かって走っている。九尾が動けなくなったら終わりなので一瞬でその場から回避できる戦法を使った。
「還ってこい!!」
そう、霊が体に還るのが一瞬と言う特性を利用してのズルい戦法だ。何がズルいかと言うと体に入る前にもう一度降霊術を行う所だ。すると召喚時の消費霊力は必要無しにほば絶対に回避を行うことが出来るのだ。
そんな姑息な戦法なんて來花は知らなかった。だが普通に使える戦法な気がしてくる。元々バックラーで霊の扱い自体は出来ていたのだから少し特殊な目線で様々な戦闘法を開拓してくれるかもしれない。やはり須野昌にアドバイスをしに来て成功だったと思える。
「よし。ある程度は分かった。では次の段階に入る。還ってこい!」
すると虎は來花の中に還って行った。それと同時にコトリバコの煙も消失した。盤面は九尾に須野昌の相棒、そして敵は干支馬だけになった。煙が消えた所からコトリバコの使用も止めたのだろうと分かる。
次の段階と言うのは理解できるのだが何故馬を残したのかが理解出来ない。だがいつでも指示を出せる様見つめていると來花が口を開いた。
「九尾とバックラーの霊をしまってくれ。霊自体の強さは分かった。今からは君自身の強さを見せてもらう」
そう、本領発揮だ。須野昌はバックラーであるが霊自体がそこまで戦闘能力が無いので自分で戦うのが九尾と契約するまでの基本戦術だったのだ。だが九尾を手にしても訓練は欠かしていない、馬の実力は未知数だ。でも一匹相手なら勝てはしなくとも対等に戦うことぐらいは出来る。
「それでは干支馬と戦ってくれ。私は絶対に手を出さない、単純な自力勝負だ」
「分かってるっておっさん。んじゃ行くぜ」
「あぁ。好きにしろ」
來花は邪魔にならないように部屋の隅の木箱に腰かけ戦闘を見届ける事にした。
「行くぞ!!」
呼応するように干支馬もいななく。
須野昌は目で追える程度の速さではあるが充分な速度で距離を詰めた。そしてまずは体勢が崩れない殴打をしようと構えたその時馬が突撃して来た。丁度良いタイミングでの突進だったので避けることが出来ず吹っ飛ばされる。思っていた以上の痛みや衝撃に苦しみながらもしっかりと受け身を取って状況把握をする。
部屋の中央に空けた穴、そして真反対の隅っこに來花。そして壁際に須野昌とそれから絶対に目を離さずにじりじりと詰め寄って来る干支馬、思っていた以上にピンチである。
「まぁ、行ける」
すぐに立ち上がって動き出す。干支馬は反撃する為か一瞬後ろに引こうとしたが須野昌が近付いて来ていない事に気付いて立ち止まった。
須野昌は何故か壁に寄っている。おかしいとも思いながら千載一遇のチャンスである、馬は今出せる最大限の速度で突っ込んだ。当然回避行動に出る、だがそれは前転回避や飛び込みなどでは無い、壁を伝ったのだ。
身体強化無しとは到底信じられない底力でカエルやトカゲの様に壁に登った。だがそんな事をするのは十秒間程度だ。すぐに限界が来たので壁を蹴って部屋の中央に飛び立つ。
だがその行動に來花は意味が見出すことが出来ない。何故なら中央には穴が空いており飛び立った須野昌は綺麗にジャストフィットで階下の透明クソ迷路に入ったのだ。
馬は來花の指示を待つ。
「行って良いぞ。恐らく戦法だ。私は穴から見ている」
頷いた馬は小さな穴に飛び込んだ。すると同時に何かが崩れるような爆音が聞こえた。すぐに穴から覗いてみると須野昌が馬を蹴り飛ばして何枚も透明な壁を破壊したのだ。
だが馬はピンピンしていて空いた穴では無い場所にどんどん新ルートを作って突撃して来る。そのまま回避、攻撃を繰り返す。あまりにも綺麗なターン制バトルになって居る。
「綺麗すぎるな…拘るタイプだったのか?…にしても妙だな…何故あんなに攻守を好むのだろうか……そう言う事か。やはり良いなこの子は、自信があるのは良い事だ」
あまりの強気な戦闘法に驚きながらも褒める。ただ今何かが起こっている訳でもない、何をしたいのかが分かっただけだ。
相変わらず須野昌はターン制で続けている。すると油断を見せたのか馬に突撃された、再び吹っ飛ばされたが今度は多数の壁を突き破るせいでとんでもない激痛だ。今にも失神してしまいそうだ、だがこれが目的だ。激痛による八つ当たりにも近しい『怒り』、そして完璧な作戦を即興で立てられたと言う自信の成長への『喜び』、この二つが混ざり合わさる事によって膨大な『自尊心』へと進化する。
そして覚醒に必要なのは最大級の感情、それは戦闘病と言う名の高揚でも良い、何でも良いのだ。感情の高鳴り、それが覚醒の一つ目の"トリガー"となるのだ。
「…」
黙って俯いている須野昌にトドメを刺す為突進を始めた。その瞬間、馬と超分厚い透明の壁が衝突した。そこは須野昌が通ったはずだ、にも関わらず衝突した。何が起こったのか原因を探ろうとした、だがそんな事をさせる余裕を与えるわけが無い。
「俺の勝ちだ」
顔を上げた須野昌はとても楽しそうに火を灯しながら笑っていた、だがそれは病によるものではない。ただ愉悦に浸っているだけなのだ。そしてもっと気持ちよくなるために終わらせる。
パニックになっている馬の地面に透明の壁を生成した。元々何かがある場所に生成された場合元々あった物が弾かれる。当然馬も弾かれ、天井に衝突、そのまま気絶した。
「お見事だ」
「あんがと…っよ」
そう言いながら火を消した。
「どうやってやったんだ!?」
「いや、香澄が死んだ所とか想像したら萎える」
「…そう言う事すれば感情の昂りは確かに治まるな」
「んだろ?覚醒のコツも掴んだ、恐らくだけど極限の感情の昂りだろ?」
「合っている。そこまで教える気は無かったんだがな。やはり君には戦闘の才能がある」
「んなもんいらねぇよ。それより教えてくれ、その守護霊?になってる奴の事を」
「分かった。ひとまず上に行こうか」
二人で上の階に行って適当に座ってから話しを始めた。
「私も詳細は知らない。だがどういった過程でそこまで行ったのかは知っている。それでも良いか?」
「何でも良い。教えろ」
「その人の名は…すまない、伏せさせてもらう。だがその女性は普通の能力者の血筋だった。そして同じように能力者の血筋である人物と婚約した。
そして順風満帆そのものと言える生活をしていた。子供は二人、男の子に女の子。どちらも良く可愛がっていた。だがある日壊れたんだ、その生活が。
佐須魔が襲って来た。一般家庭…いや一般では無いな。その女は降霊術士の中で言葉通り最強だった。女王と呼ばれる程にな。だが急な襲撃、そしてまだそこまで大きくなかった二人の子供を優先したんだ。
その時に使った、自分自身を代償にする超強化。引き留めようとしたんだがな…結局呆気なくやられてしまったんだ。その後霊は佐須魔に喰われた。
ただ魂は何故だが抜け出し今は守護霊として生きて…はいないが過ごしているらしい」
「………降霊術の女王…俺だって知ってる……生徒会なら全員が…今まで否定しかされてこなかったがまさか……」
「そのまさかだ。君も知っている子に憑いているのだよ」
頭を抱える。今後の対応や捜索が非常に面倒くさい事になって来るだろう。その時の為にも一応確認する。
「一応、一応だぜ?名前、教えてくれよ」
「あぁいいだろう」
〈降霊術の女王[櫻 京香]〉
第百五十七話「談」




