第百五十五話
御伽学園戦闘病
第百五十五話「ブラフにはブラフ」
平衡感覚が狂いながらも言霊を放った。だが何故か紫苑には効き目が無い。混乱している暇も無く吐き気に強烈な眩暈が襲う、最悪の気分だ。
「こんなキッショイ能力だったのかよ」
手を叩く。
「キショくて結構だ、俺の一番の理解者だからな。リアトリスは。とりあえず戻ってこい!」
リアトリスは浮遊しながら紫苑の横に付く、おっさんは吐き気等に苦しみながらもしっかりと立って戦闘体勢は絶対に崩さない。重要幹部でさえも倒れそうになる効力を持つはずなのにも関わらず苦しそうにはするがバランスはしっかりと取っている。
あまりの根気に感服する。だが攻撃は止めない。紫苑は距離を詰めぶん殴ってからリアトリスにちょいと触れさせ効果時間を継続させた。
『降霊術・唱・犬神』
するとポチと外見が全く同じな犬神が出て来た。
「ちょ!それはずるだろ!!」
流石にジリ貧で負ける。一度50m程距離を取って術を考える。だが結局は正面突破で戦うしか無いのだ。このフィールドの特性上おっさんの視界には絶対に入る。桜の木は綺麗に立ち並んでいるせいで木陰に隠れるようなことなんてできない。あまりに相性が悪い、リアトリス自体に攻撃性があるにはあるのだが神格と渡り合えるなんて程ではない。
恐らく一つの能力に時間制限が無い限り大当たりの神格を変更するなんて事は身の危険が無い限り行わないだろう。ひとまずおっさんはおかしくなっているので戦えないと判断、なので犬神に集中できる。
犬神は神格の中では現在三番目の実力がある、リアルタイムで実力が反映されるならば滅茶苦茶厄介な相手になる。だが一つだけ手はある、生きて来た中でも数回しか行った事が無い事だ。ただそれが出来れば、勝てるのだ。やるしかないだろう。
「あれ、やるぜリアトリス。俺の合図が出たらな」
コクリと頷いたリアトリスは紫苑より前に出て戦闘体勢に入る。
「あ?そいつお前より弱いのになんで前に出るんだ?…まぁ良いかやってくれ、犬神さん」
犬神は指示に従い噛みつこうとする。だが紫苑は跳んだ。そしてリアトリスに掴まって遥か上空へと昇る、今おっさんには犬神以外に戦う術がない。上に逃げれば何とかなるはずだ。今はとある能力に変化させなくてはいけないのだ。だがやって来る、絶対に、素戔嗚の戦いを見たと言う事だ。それまで耐える。だがそのためには戦わなければいけない。
「しょうがねぇな!!んじゃやるぜ!!リアトリス!!」
リアトリスの手を離し落下する。おっさんはある程度直って来たのかしっかりと位置を把握し犬神に落下狩りをさせようとした。だが紫苑は地に足を付けることは無い。
『降霊・リアトリス』
降霊術とは少し違う術だ。降霊術は霊力から持ち霊を作り出す能力。降霊はその霊を何かに憑かせると言う能力だ。例えば素戔嗚は刀にスサノオという霊を降ろして自由意思を持たせる事が出来るのだ。
そして今の詠唱はそれに近しい事だ。本来武具や何か物に憑かせる。その場合は『降霊・武具・スサノオ』と言う必要がある。だが紫苑は降ろす対象を決めなかった。それが何を成すか、答えは一つ。我が身だ。
「あんがとよ、リアトリス。ちょっとだけ俺の中にいてくれ」
普通ならば意思も乗っ取られるのだが何故か紫苑とリアトリスはそんな事にならなかった。紫苑の意思を持ち、リアトリスの能力を使える。今までそれを使って戦って来た事が無いので霊なのか半霊なのかは不明だ。だが一つ言える、今の紫苑はニンゲンではない。
「犬神さん!あんた妖術使えるのか!?」
そう訊ねるが返答は無い。
「最終手段か…まぁいいか。治って来たし、しっかり指示出すぜ!とりあえず俺の指示があるまではしっかり視線を外さないように頼む!」
その指示には従ってしっかりと視線は外さない。だがそんな事しても意味は無い、何故なら紫苑はずっと空で浮遊して様子を伺っている。
ただ惜しんで使ってこなかった時点で何か大きなデメリットや負の効果があるのだろう。パッと思いつくのは言霊の様な代償や大きな霊力消費などだ。だがそうだった場合妙に冷静だ。少しは焦ったりして攻撃をしてくるだろう。だが実際の所は攻撃どころか同じ場所で留まっている。
おっさんも自分自信に降霊する奴なんて始めて見たので対処に困っているのだ。
「ふーん、おっさんからは来ねぇか。んじゃ俺から行くわ」
紫苑は犬神を交換しないと知ると攻撃に戻った。低空飛行で犬神に突撃する。おっさんは避けつつ噛みつくよう指示を出す。犬神がそれに従って回避をした。そこまでは良かったのだがその後は上手くいかなかった。
なんとリアトリスが飛び出して犬神を殴ったのだ。
「はぁ!?」
あまりに短い降霊に驚く。そして本体の紫苑は当然おっさんへと殴り掛かろうとする。おっさんの頭の中で思考が巡る。今ここで降霊術を変更し何かの能力にチェンジするのも一つの手だ、だが詰めて来る速度や殴りの速さから見て変更出来てしっかりと対処できるのは二回だ。その二回で身体強化や他の能力で辺りを引ければいいがあまりにも確率が低い。
おっさんの能力は目にした能力の中からランダムだ。覚える能力は自由に、自分で決めて覚えられるわけでは無く視界に入った能力全てを強制的に覚えさせられてしまう。
TISに所属している次点で超大量の能力を見ている。その中から二回で引くのはあまりにも非現実的である。なのでおっさんは一か八かで唱えた。
『妖術・反射』
犬神は素戔嗚のポチを模したモノ。そして素戔嗚は『妖術・反射』を使用できる。妖術や人術と言うのはその霊の力では無く発動者の力である。なので素戔嗚が別の霊である狐と共に使っていた反射も使える可能性があるのだ。だがおっさんはあまり戦闘自体が好きでは無かったので理解度が低かった。でも何とか凌ぐ事に成功したのだ。
紫苑の目前にバリアの様なものが現れた。それは全ての攻撃をはじき返す盾、絶対に破ることは出来ないのだ。
「わりぃな、紫苑」
「こっちこそわりぃな、おっさん」
余裕綽々、それに尽きる。焦る様子も無い。そして紫苑はその盾を、すり抜けた。
「…は?」
疑問を提示する事も出来なかった。おっさんは思い切り顔面を殴られ吹っ飛ぶ。数十mも飛んだ。
「素戔嗚相手にもやったんだよ、これ。その反射はあくまで反射、物体の移動を妨害できるわけじゃない。それだけの話しだ」
「……良い事教えてやるよ。俺の能力の発動には、手を叩く必要は無い」
その刹那。紫苑の体から血が噴き出した。激痛に悶えながらおっさんを睨む。
「英二郎の能力だ、キラータイプ。ちょっとコツがいるみたいで殺せはしなかったがな。形勢逆転、俺が有利だ」
「…は?ちょっと待てよ。それ流の能力だろ?」
「…は?」
「…え?だからそれって流の『インストキラー』だろ?」
「なんでそこで流さんの名前が出て来るんだよ。関係ないだろ」
何か相違がある様に感じ取れる。だが今は死が見えてくる瀬戸際、そんな事気にしてられない。やはり代償はないようだ。そうなると早めに決着をつけないといけない。だが速攻をする方法は今の紫苑には無い。
そこまでは上手く進んだ。降霊も成功、妖術を使わせて一発かました。だが最悪のブラフだった。あの手を叩く動作はこうなった場合の為のカバー、保険だったのだ。一方紫苑はそうなるなんて予想しておらず保険が無い。絶体絶命である。
「まぁ…良いか。勝てそうだわ」
「は?」
『降霊・リアトリス』
再びリアトリスを宿した。そして当然のように浮遊して一気に飛び降りた。おっさんは反射を使って対抗しようとしたがそれは意味を成さなかった。
「それってよ、確か相手に明確な敵意がある攻撃じゃないとダメなんだろ?俺今落下してるだけだから、意味ないぜ」
鼻で笑いながら忠告してあげる。おっさんは素直に忠告を受けて反射をやめた。その瞬間紫苑は大笑いしながら着地し今一番の最高火力でぶん殴った。
「んなわけねぇよ!!!ばっかじゃねぇのか!?」
おっさんは口から血を吐き白目をむいて動かなくなった。紫苑はそれだけで終わらせない。
「殺しまでするって勝負だ。わりぃな」
適当な桜の枝を追って、尖っている所を突き立てた。するとおっさんは意識を取り戻し途切れ途切れの言葉で伝えなくてはいけない事を言っておく。
「流さんが…待ってる…あと…ちょっとだけ…手を貸せ」
おっさんが握手を求めて手を差し伸ばす。紫苑も笑いながら手を握った。するとおっさんは何度も能力を変化させ回復術を使用した。すると傷は全て治った。
「あんがとよ。んじゃ、お疲れ。また会おうぜ」
心臓を突き刺した。完全に動かなくなった。すると魂が抜けていく事に気付いた。これが薫の言っていた魂なのだろうと理解した。
「これが…まぁ喰う気にもならねぇな…とりあえず行くか。なんか流いるっぽいしな」
そう思い出口がないかと思い振り向いたその時目の前に素戔嗚が立っていた。
「うおおお!!!!びっくりさせんな!!!」
「悪いな。とりあえず行こう、流が待ってる」
「…やっぱいるんだな」
「あぁ」
「ちょっとだけ話ししようぜ」
「分かった。遠いからこいつに乗って行こう」
『降霊術・唱・犬神』
先程まで戦っていたポチが出て来た。そして素戔嗚は犬神に搭乗して紫苑にも乗るよう促す。言われた通りポチに乗った紫苑は話しを始めた。
夜桜の元二人の仲間を乗せた犬神はゆっくり、ゆっくりと歩んで行く。とある部屋まで、流と蒿里が待つTIS会議室。超ぎすぎすした空間、正に地獄そのものだ。
第百五十五話「ブラフにはブラフ」




