第百五十三話
御伽学園戦闘病
第百五十三話「駕砕 真澄8」
真澄は次第に学校に来なくなってしまった。杏に事情を聞いてもずっとベッドで眠っているだけだと言う。寝ているだけで飯もろくに摂っていないらしい。だが自傷行為などには走っていないだけましなのかもしれない。
もう一方の香奈美は一気に雰囲気が変わった。今までのラフな感じでは無く学園内では常に気を張っている。皆何があったかは知っているので何とも言えずただ見守る事しか出来なかった。
「あいつらの精神状態もそうなんだけどよ、椎奈がいなくなったのって結構大きな損失何だよな。霊力を即時回復できる手段を探さなくちゃいけなくなったし」
薫は脱力して天井を眺めながら仕事を進める翔子に話しかける。
「そうね。大分参っちゃってるみたいだから、香奈美なんてもう…なんか凄いし」
「語彙力なさすぎだろ。でも言葉失うぐらいには別人になったよな、会長って威厳はあるけど急変し過ぎて心配が勝つわ」
「そうねぇ…ちょっと話す必要性ありそうだしね。あんたって一年早く教師なったじゃない?同世代で教師なれる人いないの?」
「いない。唯一まともだった兵助はとっくあの世行きだ。魂が残っているかも不明だ。起こす事は出来なく無いけどあれ魂が黄泉の国に無い場合どうなるか分からんからやりたくない。生涯で使用回数三回だぜ?無駄遣いとなんて出来ねぇんだよ」
「それもそうね。とりあえず今日兆波は有給でいないんだからあんた一人で訓練頼むわよ」
「おっけー。んじゃ行って来るわ」
席を立ち皆が待っているであろう能力館へと向かう。その間は真澄をどうやって立ち直らせるかを考えていた、能力は強力だし今後の拷問などで必須な能力だ。だがあのままだと立ち直りそうにはない。そのうち栄養失調などでいつの間にか死んでいそうだ。出来るだけ早めに対処したいのだが薫も何と声をかけたらいいか分からない。
そもそも真澄が豆腐メンタルなのは教師や生徒会では周知の事実だった。なのに最初の大切な友人が目の前で死亡、それに加えお世話になった老婆も自分のせいで死んだ。こんなの脆弱メンタルでなくとも壊れるには充分な材料となってしまう。
「おまたせー。んじゃ今日もやるぞ…って香奈美いないのか。珍し」
「お姉ちゃんは真澄に用があるって言って行っちゃった。もしかしたら途中参加かも」
「真澄の所に?…まぁ分かった。なんかあったら霊飛ばして飛んで来るだろうしな。俺らは変わらず訓練するぞ!」
真澄、香奈美を除いた生徒会全員で訓練が始まった。
そして当人である香奈美は学生寮女子棟に向かっていた。そして『駕砕 真澄 駕砕 杏』と名前が書かれている部屋に来る。杏から鍵は貸してもらっていたので扉を開く。
カーテンすらもあけられていない暗い部屋、恐らく杏が喚起をしているのであろう、湿気や嫌な空気は無い。だが橙色の光を遮断しているせいで部屋は薄暗い、香奈美は何言わず扉と鍵をしめた。
そして一直線で真澄の元へ向かう。寝息は聞こえないので起きてはいるようだがベッドに横たわって何も言ってこない。
「椅子、借りるぞ」
ここ最近の学園での雰囲気とは打って変わって今までの少し緩めの香奈美だ。そもそも返事は無いのだが返ってくる前に椅子に座った。
「なぁ真澄、少し外、行かないか」
「…」
「どうせ行かないだろうと思ってたよ。じゃあこれ、見て見ろよ」
眩しいブルーライトに照らされる。目をすぼませながら香奈美の持っている物を見る。それは見覚えのある一つのスマホだった、衝撃吸収用につけていた水色のスマホカバーがついている。椎奈のスマホだ。飛び上がって掴みに行こうとする。だが眩暈がして視界がグラグラと揺れる。
「落ち着け、別に私のものにしたわけじゃないさ。あの捜査は打ち切りになった、ライトニングが働きかけたそうだ。そのおかげで証拠品として預かられていたこれが返品された。貸してくれたよ、兆波先生が。滅茶苦茶頑張ってくれてる、ここ三日間有休を取って一人で調査をしているそうだ。
それでこのスマホなんだがな、留守電を残してたんだよ。私達では無くよく知らない非通知に対してな。恐らく急いでいたんだろう。聞くか?お前が決めろ、真澄」
こめかみが揺らぐ感覚に苛まれながら返答する。
「聞く…」
「分かったじゃあついてこい」
香奈美はカーテンを退かした。光に包まれる。香奈美はそのまま窓を開いた。二階なのだがそこから飛び降りようとする。引き留めようとするが香奈美はお構いなしに飛び出す。そしてそれと同時に唱えた。
『降霊術・唱・鳥神』
鳥霊が飛び出してきた。大きな鴉に飛び乗ったのだ。
「さぁ、来い」
手を差し伸べて来る。真澄は少し嫌だったが椎奈の遺言を聞く為に手を取った。そして鴉に飛び乗る。
「ちょっとだけ飛ぶぞ。掴まっておけ、慣れてないだろう」
「…うん」
いつもより更に不愛想な返答をしながらも後ろから香奈美に抱き着く。香奈美はしっかりと掴まっているか確認してから鴉に呼びかけた。鴉は頷いてから飛び立った。
初めての感覚に恐怖し声も出ない。ただ目をつぶって超強く香奈美をホールドしている。香奈美は毎日のように乗っているので全く怖くない。
「なんでそんなに強く抱きしめるんだ?」
「…怖ぃ」
滅茶苦茶情けない声だ。少し面白くなって笑ってしまうとちょっとだけ頭突きされた。香奈美は何も言わずに空の心地よさを堪能する、そして一分程飛んで学園私有地の岸の岸に降り立った。
二人も降りて早速本題に入る。
「それじゃあ、聞こうか」
椎奈のスマホを取り出した。そしてすぐにでも再生できるような状態になった。真澄に心の準備が出来ているか訊ねる、当然首を縦に振った。香奈美も聞いていないので緊張が強くなり鼓動が速くなる。だが意を決して画面にタップした。
すると雑音と共に掠れた声が聞こえて来る。
『ごめんね…油断しすぎてた…TISが来ちゃったみたい…お腹と心臓…刺されちゃった…痛いよ。涙出ちゃうぐらい痛い。二人にはこんな思いして欲しくないな…ごめんね…もう苦しいからさ…遺言…』
その瞬間だった。爆音が聞こえて来る、恐らく旅館が燃えた原因不明の爆発の音だろう。すると椎奈は焦り出したのか更に傷ついていつ喋れなくなるか分からなくなったからか急ぎ口調で喋り出す。本当に短く、伝えたい事を。
「真澄は…あたしの事忘れて…絶対悩んじゃうから…兄弟もいるんだからさ。しっかりとしてね、おねーちゃんなんだから…ごめん…もう……がんばってね…かいちょー…」
そこからは三十秒程の燃え上がる音と悲鳴しか聞こえなかった。
二人の間には重苦しい雰囲気だけが漂う。だが泣きはしなかった、心に誓った。絶対にやってやると、香奈美はTISに勝ち平和を、真澄は犯人の殺害を。だが二人共の目標は違えど同じ道を歩むことになる。その過程では苦しい事しかないだろう、楽しい事なんか打ち消されてしまう程に苦しい事しか。
だがもう立ち止まってはいられない。菊を除いた最上級生、次の大会では皆を引っ張って行かなくてはならない。香奈美は全てを取り仕切るのだ、絶対に挫けてはならない、何かがあっても全て進めなくてはいけないのだ。
もう、逃げられない。二人は少しだけ今後の話しをしてから能力館へと向かうのだった。だがその時に目標の話しはしなかった。お互いで信じあっている、絶対にやってくれると。信じているから。
「一つ良い事を教えてやろう、駕砕 真澄。君は多々良 椎奈の復讐に駆られ今までの時を過ごしてきた。だが本心ではそんな事求めていなかったのだろう?ただ誰かに認められたかっただけだ。ただの精神弱者、雑魚なんだよ」
「そうよ、私はただの弱者。それに何の異論も無い。だけどね、椎奈の復讐は本当よ!あんたみたいに力を持っている奴には分からないでしょうね!何かしたくても何もできないこの気持ちが!」
「分かってやれるさ。だから今発言したんだ、だから今、お前に殴り掛かっているんだ」
恐怖は無かった。ただただ椎奈にはまだ会えないのか、そう思っていただけだった。だが砕胡は無情にも腹部を殴った。その瞬間とんでもない量の血を吐き仰向けになって倒れた。
砕胡は返り血で染まった眼鏡を拭き取り再度装着する。そして瀕死の真澄の顔を覗き込みながら語り掛ける。
「お前は凄かった。自分の身を挺してまで弟を守った。多々良 椎奈に早く会いたかったから、そう反論して来るだろう。だがそれを承知の上で称賛を送ろう。お前は弱者なんかでは無い、強者だ」
「あっそう…殺しにかかって良く言うわね…」
「死は美談、そう考える奴がこの世にはいる。だがボクはそうは思わない、いや正確には死自体は美談では無い。その過程だ、死なんて恐怖は美談に何か成り得ない。
それまでの行動、言動が美談なのだ。そしてお前の死に際は完全なる美談だった、ボクは人を殺すのは嫌いだ。駕砕 真澄を除いて十四人しか殺したことは無い、だがその中でもお前は最も美しかった。
ボクの大好きな死に方だ。家族愛、ボクが成し得なかった、踏みにじったモノ。見せてくれて感謝するよ、ありがとう」
「うっさい…静かに…死な…せて…」
段々と意識が遠のいて行く。だが完全にシャットダウンする直前に阿吽を使い一人の友達に通信をした。自分の生き甲斐を託すのだ、全てを任せる。本来は自分でやりたかった事、だがもう叶えることは出来ない。それ故に託すのだ。
『香奈美、全部、頼んだ』
会長も返答をした。だがその言葉は届くことは無かった、だが香奈美はそれに気付いていない。安らかに死んだ。
「ボクのわがままに付き合ってくれ。駕砕 真澄」
天へと昇ろうとする魂の先を掴み優しく引っ張る。そして迷う事も無く口にした、最初であり、最後の魂。味はしなかった、触感も無かった。だが霊力は増えた。
「…終わりだ。ボクの仕事は」
覚醒もしなかった、戦闘病にもかからなかった、誰も倒せなかった。だが満足であった。全てを託して死ねた。自分の全てを、友に。
そして砕胡の心の中で生きる、その日が来るまで。待ち続ける。
「良心の呵責、この感覚は、やはり気持ち悪く気持ち良いものだな」
その部屋にはその言葉だけが反響した。そして音が途絶えるその時には既に誰もいなかった。ボロボロで、血塗れで、一人が眠る部屋。
砕胡は決心した。最後まで、佐須魔に付いて行こうと。そして真澄の死は無駄にせず、成長に繋げてあげようと。自室に戻った砕胡は椅子に座って呟いた。
「ありがとう、真澄」
第百五十三話「駕砕 真澄8」




