第百四十五話
御伽学園戦闘病
第百四十五話「見捨てた」
砕胡だ、先に動いたのは。
視界が悪くとも図体がデカい拳の何処かを殴ったり蹴ったりすることなんて簡単だ、足を振り上げ蹴ろうとした。だが拳はしっかりと目で捉え交わした、その後攻撃を始めようとしたが砕胡は笑いながらとある動作をした、何をしたのか一瞬分からなかったが直後起きた事によって判明する。
拳の左肩に何かぶつかった。そして妙に刺して来るような痛みが流れ込んで来た。
「なん...」
そう言いかけた所で肩が引き裂けた。困惑し動きを止めるが肩はどんどん裂けて鮮血が自己主張強めに飛び出して来る、何が起こっているのか確認しようとしたが溢れ出す血のせいで何も分からない。
するとご丁寧に説明を始めた。
「これだよ」
その手には眼鏡のレンズの成れ果てであろうガラスの破片が乗っていた。砕胡は続ける。
「ボクの能力の急所と言うのは正直曖昧なものでね、現状では完全に把握しきれていないんだよ。だからとりあえずガラスを投げて見たんだがね、綺麗に急所になってくれたようだよ」
何が起こったかなんて見ただけで分かる。まず消費霊力が多いのには目を逸らして拳の体全体に微弱な急所を作った。これはガラスを喰い込ませるためだ、視界が悪すぎるので何処に当たっても良いように全身したのだ。次に拳の反応やガラスが床に落ちていないのを音で確認してから更に急所の効果を大きくする。すると血が流れ出すので最後は他の部分の効果を無くしてから最大効果の急所を裂けて来ている所に作る寸法だ。
「どうだ、簡単な話だろう?そして溢れ出す血によってお前はレンズの破片を取り除く事は出来ない。これを繰り返せば絶対に勝てる。あと四手、いや間違えた、二手で終わりだ」
何とも雑な戦法だが拳にはとても強い。そもそも能力の相性上凄く不利なのだ、それに加え拳は相手の能力の全容を知らない、一方砕胡は拳の能力の全てを知っている。戦闘スタイルもある程度分かった、負ける要素が見当たらないのだ。実に余裕である。
「消化試合だ。さっさと終わらせよう」
「んだと!!」
肩からどくどくと溢れ出して来る血液をそのまま垂らしながら殺意を向ける。だが砕胡はもう鼻で笑っている、そしてかかってくるようジェスチャーをして煽り出す始末だ。
だが実際拳に勝ち目はない。何故なら能力を使える秒数が残り三十四秒だからである。
「行くぞ!!!」
一瞬で距離を詰め殴りの構えに入ったが。砕胡の方が早かった、目にもとまらぬスピードで手を動かし拳の腹部をぶん殴った。勿論急所に変えていたので途轍もない衝撃が体全体に走る。まるで電流の様なその痛みに悶えながらも反撃を行うとするが一瞬視線を外しただけなのに砕胡の姿が無くなっていた。
そして一秒後、背後から殺意を感じ振り返ろうとしたが既に手遅れであった。砕胡の足が急所状態の拳の後頭部に直撃する。
最早痛くなかった、それよりも意識が飛んで行く感覚がする。ゆっくりと視界が暗くなっていったその刹那、一人の念能力が発動した。
その心の奥底、本能、肌、自分の全てから湧き上がって来る恐怖に気絶などしている場合では無いと感じ受け身を取った。そして砕胡も驚く事は無かった、何故なら恐怖で体が動かなかったのだ。何が起こったか、そう『威圧』だ。
「何してるの拳!」
真澄が来たのだ。そして最高効果の威圧で砕胡の動きを三秒止めた。その間に距離を取り戦闘体勢に戻ることが出来た。すると砕胡はニヤリと笑ってから『阿吽』を使用した、すると砕胡の真横に小さなゲートが生成される。その中に手を突っ込み戻す、するとその手には直前まで持っていなかった眼鏡を持っていた。
当然装着する。
「さて、予想通りだ。綺麗に的中したから二つのルートから選ぶと良い、二人又は一人の最期を。まず一つ、勇敢に立ち向かいボクに殺され、後にあいつが起こすであろう革命をその目で見る事無く二人共完全死。もう一つが今片方が逃げて片方が完全死だ。その場合ボクは逃げた方を絶対に追わないし阿吽で追ったりTISから攻撃を仕掛けるなと伝えておく。
さて、どちらかを選べ。他の増援が来るまでは待ってやろう」
究極の二択である。そして認めたくない事実が一つある、三つ目の選択肢は選ぶことが出来ない。何故なら拳の身体強化は既に切れてしまっているからである。この時点で二人で逃げ出しても構造や他の者と鉢合わせる可能性が非常に高いので三つ目の選択肢である二人逃げ出すは考えられないのだ。
「お前!!ふざけ...」
「拳」
真澄が名前を呼んだ。そちらを見てみると真澄は汗をかきとても真剣な眼差しで砕胡の事を見つめている、拳はまさか二つ目の選択肢を取るわけでは無いだろうと問い詰めるが返答は無かった。
「じゃあ俺が残る!!体も傷だらけだし姉ちゃんを...」
「拳!!」
ただ言葉を羅列し結論を言わない拳を一喝した。もう何を言って良いのか分からず二人共黙り込んでしまう。するとらちが明かないと思ったのか砕胡が口を開く。
「分かった。このままでは決まらなさそうだから一つ条件を消してやる。選択肢二の完全死と言う条件を無くそう。ただしボクが喰う」
「はぁ!!??何の解決にも...」
「黙って聞け馬鹿野郎。お前らは恐らく魂の構造を軽くしか聞いていないのだろう。魂が黄泉の国まで昇って行くまでに霊又は本体のニンゲンが喰う事によって能力の継承、完全死が起こる事は知っているだろう?」
「えぇ。薫から聞いたわ」
「なら次のステップだ。死者の魂を喰った者が死んだ場合どうなると思う」
「んなの知るわけねぇだろ。死んだことないんだし」
「正解は『入れ替わる事が可能になる』だ。一つの肉体に二人以上の魂を内容している者が黄泉の国に昇った場合はマモリビト[フロッタ・アルデンテ]、エンマだな。あいつと話すことになる、その喰った人物、喰われた人物、マモリビトの三人でだ。そしてその話の議題は一つ先程言った『入れ替わるかどうか』だ。
これは文字通り魂の位置、関係性を入れ替えることが出来る。エンマの慈悲で喰った者が入れ替わると申告したら喰われた魂が黄泉の国に行き喰った魂が完全死するんだ。ここまで言えば分かるだろう」
「あんたが代わりに死ぬって事…?」
砕胡は黙って頷いた。拳と真澄は困惑する。何故わざわざ敵を生かすつもりなのだろうか、だが次第に一つの説が浮かび上がる。"嘘"、さっさと終わらせたいから嘘をついているだけなのだろうと考える。なんせ死んだ時に自己申告なんて気が変わったと言って騙す事が可能である。
「やっぱり二人で戦うしかない…」
「だよな姉ちゃん。他の奴が来てくれれば確実に勝てる、来なくても頑張れば勝てる!」
結論が出そうになったその時だった。砕胡が何も言わずに右手の袖をまくった、そして二人に見せつける。
一見意味の無い行動に見えるが砕胡にとっては全く違う。意味しかない行動である。
「何だよ…それ」
砕胡の腕には蛇や蝶、山羊や猫をかたどったと思われる文様が付着していた。そしてその文様からは霊力がにじみ出ていて胃や肺がごわごわするような感覚さえも覚える。すぐにしまってしまったがそれを砕胡は少し下を向きながらその正体について語る。
「呪だ。十六年前、ボクが生まれた日だ。1996年5/13、バカの方は知らないかもしれないが女の方なら知っているだろう。
一人の男がある術式を発動した。それまで闇に葬られていたはずの術式『零式-零条.興狂冄焉』。
禁忌である術だ。これは死者を蘇らせることが出来る、ただ代償が多きく一回の人生で三回までしか使えないらしい。だがその男はそれを使った。そして呼び出したのは呪の王、だが來花では無い。元祖の元祖呪の父[天仁 凱]、そいつを呼び出したんだ。
その男が天仁を予備出した理由は一つ、『興味』だった。だがその好奇心は身を亡ぼす事となった。天仁は人であり人ではない。天仁自身は自分の事を[神]だと名乗っていた。そして何より天仁は人を殺すのに躊躇いが無かった、それは呪を作り出す前からだ。そんな者を呼び出した男は一瞬にして殺された。
これが島で取り扱っている教科書に書いてある事だろう。」
「えぇ。その通りに習ったわ」
「なら良い。そして今からが本題だ。教科書には天仁をどうやって黄泉の国に送り返したかは書かれていないだろう。だがボクはそれを知っている、何故なら沈めた者が今の三獄のボス、名前は伏せなくてはならい。そしてもう一人がお前ら知っているであろう〈呪の王[翔馬 來花]〉だからだ」
今まで島ではそんな事耳にもしなかった。そもそもこの話さえも禁句の様な扱いを受けていたからだ。だが砕胡は全てを知っている。真澄は明かされる真実に唾をのみ込む事さえも忘れ聞き入っていた。
「そしてまだ大人でも無かった二人は少々苦戦しつつも天仁を殺し初代ロッドの地獄に強制送還しようとしたそうだ。だが二人はまだ未熟だった、詰めが甘かったんだよ。
死んだと思っていた天仁は生きていた、いや死んでいたな。もう天仁では無かったんだ。ただの呪の塊、それが暴走し始めた。化け物になったわけでも神になった訳でもない。ただの球体、あまりにも大きすぎる霊力を抱え宙を浮き、無差別に人を殺し始めた球体に成ったんだ。
二人は慌て対策法を考えたがとある案しか浮かばなかった。それが強制的な受肉だ。その魂とも呼べる呪の塊に肉体をあげようと言う話になった、だが周囲に渡せる肉体は無かった。全員死んでしまっていた。
だから來花はとある範囲日本全体にして呪を発動した。それは正にガチャだ、生きている人間の中から一人を対象にする呪だ。
その対象はランダムに振り分けられた結果ボクになったんだ。その証拠があの文様だ、あの文様から霊力や体力、人体に必要だったものを抜き取り無理矢理受肉させたんだよ。そのせいでね、ボクはろくな人生を歩んでこなかった。TISが作られて佐須魔達に謝罪されてずっと面倒を見てやると言われて数年経った。だけどボクの魂には文様が刻まれている。
ある時來花が言ったんだよ「その文様があると黄泉の国には行けない」ってね。これは天仁、いやこの場合は神と言ったほうが適切だ。そしてその神の同一体と言う事を現すらしい。だからボクが死んだときに行くのは黄泉の国では無い、かといって仮想のマモリビトが生みだされた神の空間でも無い。無に放り込まれるんだ。
だから絶対に交換してやるさ。そうじゃないとボクにメリットは無いからね。」
二人は途中から何故見せて来たのか等忘れていた。天仁の件や砕胡の過去を知って何とも言えぬモヤモヤとした感情が溢れ出して来ている、そんな二人を急かす様に問いかける。
「さぁ選べ、どっちが生きて、どっちが死ぬ」
拳は頭の中が真っ白になる。何を言ってどう行動すれば良いのか分からなくなってしまったのだ、だが真澄は何度か言葉を詰まらせながら拳に向かって一言残してから砕胡にも一言放つ。
「ねぇ拳、杏に言ってあげて。「待ってる」って」
その言葉がどんな意味を孕んでいるかは拳も理解していた。だが真澄の目からは今までにも見た事の無い真剣さや恐怖、そして哀情を含んでいた。拳はもう何も言わなかった、真澄は一度決めた事は絶対に曲げないのだ。今にも泣きそうになりながら言葉を交わす。
「死なないでくれよ…」
「大丈夫。遠くで他の子達がやりあってた。助けに行ってあげて」
真澄は微笑んでいた。それが戦闘病によるものなのか極度の恐怖から来るものなのか本心からなのか、はたまた拳を心配させない為かは分からなかった。
だが覚悟だけは伝わってくるのだ、拳はゆっくりと姉に背を向け部屋を出て行った。砕胡は眼鏡を押し今までの調子に戻る。
「ここまで読んでの残り二手だ。今回の反省点は…チェックするのを忘れていたな。まぁ良い始めようか」
「別の奴がここに到着するぐらいまでの時間は稼げると良いわね…」
「無理だ。一分で終わらせてやる」
「来なさいよ、チビ眼鏡!」
そう言いながらろくにやった事も無い戦闘体勢に突入した。砕胡も動き出す、これで終わりだと。
十二手
第百四十五話「見捨てた」




