第百四十四話
御伽学園戦闘病
第百四十四話「助けられた」
碧眼を使い始めた砕胡に敵はいない。重要幹部の中では中堅レベルなのだ。だが拳にはそんな事どうでも良い、今やるべきなのは自分だけでは勝てないので救援が来るのを待つしかない。
大きな音や霊力はずっと発していたので誰かしらは戦闘をしていると言うのは気付いているだろう。阿吽で助けを呼ぶことは出来ない、霊力が無い状態で阿吽の通信を受けられるかも分からない。
霊力や音だけでここに来てくれる者を待つしか無いのだ。だがどれほどの時間がかかるかさえも不明である。だが耐えていれば必ず誰かは来てくれるはずだ、そう思って回避に専念しようとおもったその時である。
「いってぇええ!!!」
体全体に鋭利な物で突き刺されたような痛みが走る。だが新しい傷や砕胡からの攻撃では無い、どういう事かはすぐに判明した。先程までに出来た傷が痛んでいるのだ。身体強化があったので痛く感じていなかっただけで傷は据え置き、当然痛みも感じるだろう。
これは誤算だった。今までのノリで戦えていればどうにかなったかもしれないがこんな激痛に加え砕胡の攻撃もあるなんて想像しただけでも繊維が喪失してしまいそうになる。
「いや駄目だ!!勝って姉ちゃんの所に行くんだ!!」
「お前は姉がいるのか、残念だな。その姉は大事な弟を今から失う事になるんだ。本当に、可哀そうだな」
勝ちを確信しているのかはたまた覚醒でおかしくなっているのか妙に余裕があり姿勢良く煽る。だが拳だって負けていられない、ここで自分が死んだら相当な戦力喪失になる事は分かっているし何より姉ちゃんに辛い思いをさせてしまう。
その時ある記憶がフラッシュバックした。
約三年前、まだ中等部二年生の頃だ。島に来て三年以上経っていてその頃は腕っぷしの強さも広まっていた。今ほど完璧に扱えている訳では無かったが充分扱えてはいた。
中学二年生のガキが強い力を持っていたらどうなるかなんて大体予想がつく、イキり出すに決まっている。しかも拳には力強いと言う所しか長所が無い、身長や体格、顔などで充分に恐れられるはずだが中学二年生何てそう言う所だけは謎に敏感だ。絶対に舐められたくないと言う志を胸に喧嘩を売って来た奴を片っ端からボコボコにしていった。
次第に高等部にまで被害が及ぶようになって行った。流石にマズいと思ったのか当時教師をやっていた翔子、兆波、元、乾枝、時子、そして理事長が話し合う事になった。
「流石に調子に乗り過ぎですよ。中等部二年生には乾枝先生がついてはいるものの日々の過酷な業務、他の者の相談などで拳にまで手が回せませんよ」
翔子が乾枝をかばうような形でそう言うと当人の乾枝はそれを否定して入り申し訳なさそうにしながら現状を報告した。
「いえ、私の技量が足らないせいです…そして現在は中等部員はやりつくしたのか喧嘩を売って来る者以外は全く目に付けず高等部員を倒す事に重きを置いているとみられます。
一年生は大半が喧嘩を売られましたが数名以外はしっかりと言葉で見せつけ跳ね除けたそうです。そして戦闘を交えたのは[姫乃 香奈美][和也 蒼]そして一年生では無く未だ二年生ではあるものの一応[松葉 菊]、この三名だったそうです。
結果は高等部が全勝だったそうです。これで大人しくなるかと思われましたが今度は自分でトレーニングを始める始末で…私もどうしたら良いのか分からず現在に至ると言う形となって居ます」
そう言われても何も解決策が見当たらない。教師は皆拳の強さを認めている、だからこそしっかりとした人物にしたいのだ。そう、生徒会には多少の協調性が必須技能である。軍隊の様なものではないが任務を誰かと遂行したり中を深め共に訓練をして高め合ったりとコミュニケーションが必要である。
だが拳には全くと言っていい程それがない。姉の真澄や杏に頼んでも治らないので正直お手上げ状態なのだ。
「そうですね、私が行きましょうか」
発したのは理事長だった。
「本当に理事長が行くんですか!?」
滅多に動かない理事長が自ら行くと言い出し驚く兆波をやめさせてから自分の口で説明する。
「あの子は強い、ただ自分を制御しきれていない。そんな子には私の能力が良く刺さる。完全に矯正はできずとも起点、きっかけにはなるであろう。
君達が止められない以上私が行くしか無いのだよ。生徒会も会長の崎田君と他の子達で手一杯、動けるのは私しかいないのだよ」
反論する必要も無いが納得しか出来ない。自分達に実力が無いからこんな事態になってしまっているのだ。だがそんなミスもカバーしてくれるのが理事長と言う人である。
「あまりスケジュールに余裕がある訳でもない。今日、この会議が終わり次第私は彼と会って来る。君達は普段通り業務に励みたまえ」
全員頷き会議は終了した。それと同時に理事長は部屋を出て行き他の者も少しだけ話してから部屋を出て職員室へと向かった。
会議が終わってから十五分、作業を進めていると校庭の方でとても大きな音がした。すぐに窓から覗いてみるとやはり理事長と拳が立っていた。
拳は無我夢中になりながらも理事長を殴ろうとしている。だが理事長はその老体から繰り出されるとは思えない身のこなしで全ての拳を交わしていた。そして一分間その状態が続いてから理事長が能力を発動した。
すると二人の姿は無くなり完全に消失してしまった。だがこれが理事長の能力の内の一つである。まず一つ目が記憶操作、文字通りただの記憶操作である。
そしてもう一つが『円座教室』と言う能力である。謎の異空間に対象を飛ばすことが出来るのだ。
「さて、じっくりと話そうか。ここは現実世界の十分の一の時間しか経たないからな」
そこは教室だった。ただ普通の教室とは少し違っていて窓から見える景色は真っ暗、机は全て四方の壁際に積まれていて開いているスペースには椅子しかない。その椅子は円状になっている。
拳は綺麗に黒板を見れる席に座らされているようだ。そして理事長はその対角、黒板に背を向ける事になる椅子に腰かけた。
そう、ここは理事長[平山 佐助]が規則の世界である。ただ規則と言えど独裁者の様に誰でも殺せるわけでは無い、規則は全て理事長では無く勝手に作られたものだ。
「まずこの教室の規則を教えておこう」
そう言いがら拳に十の規則を教えて行く。
【一】 暴力を振るう事は可能である。ただし攻撃を受けた者は無条件で一つ『命を奪う』や『殺す』などの生死にかかわること以外ならば命令が出来る。
【二】 平山 佐助が全ての決定権を持っている。だが最終的には平山 佐助を除き話し合いに参加した半数の土井が無くては会議は終わらない。
【三】 この世界は現実世界より時の流れが遅い。そして現実世界からは話し合いに参加した者の実態は消失し付与されていた能力の効果なども消え去り、現実世界に戻ってもその効果は戻って来ない。
【四】 この空間から出る方法は話し合いの結論に半数以上が同意する以外存在しえない。ただしこの空間に平山 佐助を含め二人しかいない場合は平山 佐助ではない方の人物がその結論に同意する事で解放される。
【五】 能力は使用できるが念能力などを使って相手に間接的に攻撃することは出来ない。刀や身体強化を使った殴打などでは殺す事が可能である。
【六】 この空間にある備品を破壊した場合それ相応の罰則を仲間諸共受ける事となる。
【七】 空間外にはどんな手法を取っても連絡は出来ない。
【八】 この話し合いの記憶は記憶操作などで消される事となっても必ず脳内に留まり続ける。
【九】 このルールは何があっても守られ罰則は確実に訪れる事とする。
【十】 能力発動中に平山 佐助を殺害した場合平山 佐助含めその場にいる者を永久的に年も取れず腹も空かない無そのものであるこの空間に閉じ込める事とする。
説明し終わると拳は椅子から立ち上がり怒号を上げる。
「ふざんけんじゃねぇぞ!!早くここから出せ!!」
「【四】 この空間から出る方法は話し合いの結論に半数以上が同意する以外存在しえない。ただしこの空間に平山 佐助を含め二人しかいない場合は平山 佐助ではない方の人物がその結論に同意する事で解放される。
【九】 このルールは何があっても守られ罰則は確実に訪れる事とする。
聞いていなかったのかい。良いから座りたまえ。ここで暴れてもメリットなど存在しない」
完全に言い負かされた拳は大人しく席に戻った。すると理事長が話し始める、手を組んで膝に付き、前傾姿勢になってその手に顎を乗せ口を開く。
「さて、まず今回の議題からだ。『性格矯正』これだけで充分だ」
議題が決まったそしてこの時点で拳が納得しない限り両者この空間に閉じ込められる事となってしまった。馬鹿だがしっかり説明されたのでその事を理解し致し方なく話し合いを始める運びとなる。
先に発したのは理事長の方だった。とても威圧感のある声で訊ねる。
「何故君はこんな事をしている」
だがそんな圧は真澄の『威圧』をくらっているせいかへっちゃらだ。鼻で笑いながら堂々と答える。
「馬鹿かよ!俺の強さを見せつける為だ!!」
「…ふむ。だが君は高等部一年生の三人に負けているでは無いか」
「…」
「恐らく他の要因だろう。正直に話したまえ。そうしないと後々後悔する結論で収束してしまうぞ」
「はぁ…しょうがねぇな。俺の実力を知りたいんだよ。ここに来てから三年ぐらいたったけどろくにs戦闘はして来なかった。だけど訓練は毎日やって来たんだ。
けど姉ちゃんから喧嘩はするなって言われてきたから大人しくしてたけどいい加減気になっててよ。まぁ喧嘩売って来た奴は知らんがこっちから勝手にやった奴には多少ワリィと思ってるぜ?」
絶句する。あまりにも価値観が違い過ぎる。やはり能力者だらけで普段から戦闘を見ているとこう育ってしまうのかと悩もうとしたが別にそんな事無く影や香奈美、菊などの面子は少し不真面目だったりはするが年相応に育っている感じはする。なので考えるなら後にして今は拳との話し合いに集中しようと顔を上げた。
「分かった。だったら君は完全に身勝手な行為で関係ない人を巻き込んでも良いと思って...」
「無いぞ」
「…」
「なんで黙ったんだよ」
「いや…なら何故喧嘩をしているんだい…」
「だから言っただろ?俺の実力を知りたいんだよ」
天井を見る。完全に頭を抱え何処から突っ込もうか悩む。だがこの知能の拳に対して話が通じるかも不明だ、正直無駄な議論をしていても意味が無いと考えた。そして思い切って手順を吹っ飛ばす。本来ならここで詳しい意図や何故そうなったかを追求するのだがどう見ても理由が『自分の力を知りたいから』だけに過ぎないのだろう。
頭が悪すぎて人と比べる事でしか何かを測る事が出来ないだけなのだろう、その為にヘイト集める様な言動や性格を演じていた、そう考えるのが妥当だ。
「よし。結論に入ろう」
「お、早えな」
「君は恐らく物事知らないんだ。その年だから好奇心が優先してそういう行動に出てしまうのは分かるが認める理由にはならない。なので"何かあれば教師に聞く事"私でも良いし乾枝先生でも良い。全然関りの無い翔子先生でも良い。とにかく聞いて人を傷付けない手段を導き出しなさい。
それが答だ」
「んーじゃあ今一つ聞いて良いか?」
「何だい」
「俺の力はどうやって測ってどうやって使えば良いんだ」
その返答には一秒もかからなかった。一番真剣に、一番辛そうな眼で見つめながら言い放つ。
「卒業生に[華方 薫]と言う最強の男がいる。今は二十歳でそろそろ教師にもなる男だ。薫君は能力訓練、体育の先生になってもらう。その時まで待っているんだ。確実に、正確に実力を測ってくれることだろう。
そして力は誰かを守るために使え。生憎私は誰かを守るような能力を持ち合わせていない故とても大切な友人を九人守れなかった。
君も後々痛感することになる。だから守れ、大切な人を守るんだ。まだ分からないかもしれない。だがあんな感情は感じなくて良い。逃げていい。だから守り切るんだ、君の大切な友人を、そして家族を」
そのま眼差しと声色に謎に惹かれる。それと同時にこの人の言う事を聞いていれば自分の疑問は何でも解決できる、そうも感じた。
「分かったぜジジイ!俺はルーズとか礁蔽みたいな友達と姉ちゃん二人を守る!!」
あまりにも純粋な眼だ。島に住んでる中学生なんて皆少しだがこの世の摂理を悟って目が死んでいる者が大半だ、だがこの子はとても純粋な目をしている。ただの無知と言ってしまえばそれまでだ。だがこの目は護ってあげたいのだ。こんな純粋な目を見たのは何年ぶりだろうか、そうふけっていると声をかけられる。
「んじゃ早く帰ろうぜジジイ」
「そうだな。そして理事長と呼びなさい。
では"何かあれば教師に聞く事"。君はこれに賛成かい?」
すると拳の頭の中に【賛成】と【反対】の文字が浮かんできた。直感的にこのどっちかを選ぶのだろうと思い賛成を思い浮かべた。すると頭の中が普段通りに戻った。
そして理事長の能力が仕事をし始めた。拳の頭上には【賛成】の文字が表示された。そして椅子で出来た円の中央に『【賛成】1 ―【反対】0』と表示された。
次に大人しそうだがノリが軽そうな女性の声で放送機器からアナウンスが入った。
《えー反対0って事は賛成が多数派って事ね。分かった。じゃあ解散解散~》
次の瞬間二人の視界が真っ白になった。一秒後能力を発動する前までいた校庭に飛ばされた。周囲を見ると拳の音を聞きつけて生徒会長の崎田がぜぇはぁぜぇはぁ息を上げながら駆け付けていた所だった。
「どれぐらい経っていた?」
「だ、大体三十秒ぐらいです…」
普段全く運動をしていないせいか生徒会室から校庭に出るだけで滅茶苦茶辛そうだ。
「大丈夫かい?」
「大丈夫ですぅ…」
「まぁ良い。私は仕事に戻る」
理事長は踵を返し学園内に戻ろうとする。その途中でピタリと止まり少しだけ振り向いて先程とは違う優しい声色と優しい眼で忠告しておく。
「忘れるんじゃないよ、君の力は"大切な人を守るため"に使うんだ」
拳の霊力が徐々に増えて行く。その事には両者気付いている。当然最大の保険であり最強の剣、身体強化を発動し身構える。
「そうだ!!!俺はこんな所で負けてらんねぇ!!みんなを守るんだ!!!」
「それがお前の覚醒によるギフ…いや違う…?」
覚醒は覚醒のポテンシャルを完全に引き出せているかで力が大きく関わってくる。そして覚醒時に起こる能力の底上げや覚醒能力、純粋な身体強化は覚醒を完全に引き出せている状態かどうかで使えるか使えないかが決まる。それは利き手側の眼に火が灯っているかで判断できる。
だが拳は右眼にも左眼にも火が灯っていないのだ。この時点で覚醒では無いと断言できてしまう。ならば何故こんな事が起こっているか、体の動きを止めて思考を巡らせる。
「覚醒ではないなら第二の能力か?いやだがこのタイミングで発動するなんて…いやそれを言ってしまえば全て否定だ。
ならば第二の能力と受け取るのが普通…いや拳は今感情が昂っている。これは覚醒、別名御伽学園戦闘病を発症している時の全く同じ状態だ。だったらやはり覚醒…いやまて冷静に考えろ。覚醒にはマモリビトの力が必要だ。ボクの様な天才だったら自己覚醒が出来てしまうかもしれないが炎が点いていないではないか…」
全く結論が出てこない。今まで見て来た出来事を当てはめてみても全て必須条件の所で弾かれる。本当に意味が分からない。
「何ボソボソ喋ってんだよ!!」
とても楽しそうに笑いながら殴り掛かった。この時更に惑わされる。笑いながら楽しむのは完全に覚醒状態の時に起こる症状だ。そんな事を考えていると回避が間に合わない。
「やっと本気で殴れたぜ!!砕胡!!」
言葉通りだ。完全に油断しきっていた砕胡はもろにフルパワーのパンチをくらった。とんでもない音を立てながら壁に衝突した。
壁は煩わしい音と煙と共に崩れ落ちる。瓦礫に追撃されてしまう。煙が消え失せるとそこには壁もたれかかる事も出来ずにうな垂れ体全体の骨にヒビを入れられ動かなくなっている。
完全に勝ったと確信した。そして何故霊力が増えたか判明した。
「あんがとよ!フェアツ!笑う演技とか初めてやったぜ」
「うん、こういうステルスで手助けに入るのも私の役目だからね!良いってもんよ!」
空中にピンクのとても綺麗な瞳をした両目だけ現れた。そう、[クルト・フェアツ]が介入して来たのだ。フェアツは体を自由自在に操ることが出来る。なので霊力を全く発さない体にしてゆっくりと拳に近付いて霊力を流し込みながら覚醒状態になっているような振る舞いを見せて混乱させろと超小さな声で伝えていたのだ。これはフェアツにしか出来ない芸当だ。とても良い増援だった。
怪我を治してくれる者が来るまで少し離れた場所で待機していよう、そういう話に差し掛かったその時だった。
フェアツの体から血が溢れ出した。
「…え?」
その声さえも切り裂くようなダメージが連発される。すぐに気付き砕胡の方を見ると傷によって開かなくなった眼からも溢れ出すような碧い炎を燃やしながら笑って二人の方を見ていた。
拳は先程までやられていたのですぐに分かる。遠くへいる者への最大効果の急所作り、風に当てられるだけで切り裂かれるような体になってしまうのだ。それは透明状態のフェアツも同様だ。だがフェアツの能力はチートよ言っても差し支えがない程強力だ。
「体を変えろ!!」
拳が指示を出す前には既にやっていた。能力による攻撃や妨害を一切受けない体に変化させた。その際に消費した霊力はなんと210、一回の変化でここまでの霊力を消費することになってしまうのだ。
そして一番大きな問題は霊力に関する効果は一つまでしか乗せることが出来ない。なので霊力を発する体になってしまった。
これでは密かに霊力供給も行えない。体の傷は新しい体に変換する事で完治するのだが次はもう無い。フェアツの霊力指数は255、その内210が体を変化させる際に使用。残り45の内から40を拳に譲渡してしまった。
もう何も出来ない、完全に無能となってしまった。物理攻撃なら普通にやられてしまう。砕胡は素の状態でも身体能力が高い事を拳は知っている。なので悩む暇も無く命令した。
「逃げろ!!こいつは俺が殺す!!」
「でも拳は残り一分ぐらいしか...」
「良いから逃げろ!!俺の力は仲間を守るためにあるんだ!!」
「…分かった。役に立てなくてごめんね!」
「いや、充分役だったぜ!あの絶望的状況から救い上げてくれた。後は俺が決める」
フェアツは拳に託してその部屋から逃げ出して行った。砕胡は息を整えてから新しい眼鏡を付ける為にポケットから最後のスペアを取り出しながら語り掛ける。
「残念だったな。あそこでボクを殺せなかったのがお前の敗因だ。と言ってもボクも油断し過ぎた。体中がそこそこ痛い、アドレナリンによる興奮状態である程度までは抑えられているがな。流石に全身の骨への強力な攻撃はカバーしきれない様だ。良い発見だったよ。ありがとう。
十一手」
砕胡の中距離相手への最大効果急所作りが発動した。拳に残されているのは残り一分弱、まだ何とかなる。
「まだいける!!」
すぐに距離を詰め殴り掛かろうとする。砕胡は勿論回避行動を取ろうとするのだが何故か動きがおかしい、妙に鈍いし目を細めている。
「お前思ってる以上に目悪いんだな!!」
そう、砕胡の視力は0.01、正に雑魚、雑魚中の雑魚である。そんな状態で完璧に起動や視線を見極めることが出来るわけも無い。
だが回避行動を取りながらスペアの眼鏡をかける事に成功した。これでまた戦えるようになるかと思われた。だが何かおかしい、眼鏡をかけているはずなのに全く視界がよくならない。
「どう言う事だ!?」
レンズを触って確かめてみる。理解した。最悪の状態だったのだ、レンズは壁に打ち付けられた時の衝撃によって割れて散り散りになってしまったのだ。
一気に形成が逆転した。全体の骨がボロボロで視界が終わっている砕胡と傷や急所はあるものの一分間フルパワーで戦える拳。
勝敗何て分かり切っている。そうだ、勝つのは...
第百四十四話「助けられた」




