第百四十二話
御伽学園戦闘病
第百四十二話「眼鏡とバカ」
拳は真っ暗な空間に飛ばされた。ただ視覚が無くなっている訳では無く電気が点いていないだけだと言うのは分かる、何故なら目が慣れて少しだけだが見えて来たからだ。
ただ拳は一々手探りで探すのは面倒くさいと思い能力をフルパワーで発動した。そして力を込めて思い切り拳を突き出した。
その瞬間様々な物が異音を立てて粉々になって行くと同時に部屋に光が差し込んで来た。どうやら壁を貫通して廊下の光が入って来ているようだ。とりあえず明るい所の方が安全と言うのは知っているので廊下に出た。
鉄製の床に眩しい蛍光灯、そして大量の扉。流石本拠地と言うべきかとても異様な空間が広がっていた。
「なんだここ?とりあえず姉とか薫とか会長とか探すか、一人は危険だしな!」
絵梨花並みに煩い独り言を呟きながら一つ一つ部屋を確認しながら廊下を進んでいく。五分程歩いたその時だ。
同じように部屋を確認しようとしたが何かおかしい事に気付いた。今までの扉はドアノブで開ける開き戸だったのだがその部屋だけ横にスライドさせる引き戸なのだ。一見違うだけに見えるがそれだけではない。その戸の取っ手に霊力が残っているのだ。
「えーっと確か、、ギアルとかの特殊じゃないものに霊力が残ってる場合は数分前に流した後、だったよな。まぁ中一だから三年ぐらい前の授業だし覚えてなくても仕方ないよな!!!」
あまりにも頭が悪い、バカだ。だがそれが拳の良さでもある。
そんなバカは引き戸に手を掛けた。ただそこで一つの作戦を閃いた、わざわざ扉を開かなくてもぶん殴って破壊すれば隙も無いし上手くいけば先手を取れるのでは、と言う作戦である。
この程度誰でも思いつくのだが拳にとっては世紀の大発見レベルの出来事であった。
「いくぞー、、、」
小さな声で気合を入れながら能力を発動する。そして最初の部屋をぶち壊したように拳を突き出した。
またたくまに衝撃波が放たれ戸と共に壁も吹っ飛んだ。煙に包まれ部屋の中が見れない。ただ破壊の轟音ではないつんざくような音が飛び込んで来た。それはガラスが割れる音だった。部屋の中に窓があってそれが壊れただけだろう。そう思っていた、次第に煙が消えていく。
部屋の中に誰かがいる気配がする。構えて行動を伺っていると完全に煙が晴れた。すると中にいる人物の姿が瞳に移映る。
茶髪でそこそこ長く短くもある長さの髪、くすんでいる水色の瞳、男と言われれば男に見えるし女と言われると女にも見える容姿、そして少しだけ血を流している目元。見た事の無い奴だ。そいつは舌打ちをしながらポケットから眼鏡を取り出し装着した、部屋に扉なんて無いのでガラスが割れた音はそいつの眼鏡を割った音なのだろう。
情報を処理しているとそいつは口を開いた。
「乱雑だな、御伽学園高等部一年一組、[駕砕 拳]」
「誰だよオメェ!!」
「ボクはTIS重要幹部に属している[鹿島 砕胡]だ。能力は、、、言うメリットが無いな」
「言えよ!!俺は『身体強化』!!!」
「、、、早く終わらせようか。一番楽な相手が来た、それに少々お腹が空いてきた」
「んだとオメェ!!俺が勝つ!!」
「そうか。それでは行くぞ」
砕胡は眼鏡を押してから動き出した。それに共鳴するかのように拳も飛び出した。純粋なぶつかり合いなら見ただけで分かる、拳が勝つだろう。拳と比べると砕胡は華奢なんてレベルでは無い、普通に考えて負けるだろう。だがそんな奴が重要幹部に成れるわけが無いのだ。
「相当自信がある様だがお前はボクに勝つ事は不可能だ。一手」
最早笑う事すらせずに手を進める。拳は相変わらず何も考えずに殴りかかっていたのだが一瞬にして体が宙に浮いた。そして直後部屋の壁に衝突した。あまりにもとんでもない衝撃に体が痺れる。
実に数年ぶりに感じた衝撃である、薫や兆波でさえフルパワーの状態だと吹っ飛ばす事は不可能だ。だが砕胡は吹っ飛ばしたのだ。
「身体強化か!!!」
「二手」
そう呟きながら距離を詰めてぶん殴った。すると再びとんでもない衝撃が走り激痛が伴う。なんと拳は血を吐いた。意味が分からない、流石におかしいのだ。拳のフルパワー状態での身体の強度は内側が優先される、皮膚でさえそこらの超合金程度にはなる。更に内側、内臓のレベルであればダイヤモンドとはいかずともそれに近しいレベルでは硬くなる。なのにもかかわらず砕胡は血を吐かせたのだ。これは能力によって何か干渉されているとしか考えることは出来ないのだ。
拳は馬鹿だが勘はとても良い、頭で考えずに体で感じて戦闘を繰り広げるタイプの能力者なのだ。
「三手」
次はスネを蹴った。それは今までより一番強い攻撃に感じた、実際足はバキバキになっている。なんでこんな事になってしまっているのかが正直理解できていない。それもそのはず、砕胡は感づかせないようにわざと手加減しているからだ。砕胡の攻撃は正に青天井、だが砕胡は最大限ケアをしたがる性格である。
なので拳が自分の攻撃方法に気付き対策されてしまったら反撃の芽が生えて来てしまうかもしれないのだ。だから絶対に隙は晒さない、力にだけは集中せず相手の動向を最後まで伺う。ただその行動がどう繋がるのか砕胡はまだ知らなかった。
「四...」
「一々一々うるせぇんだよ!!!」
キレながら反撃を試みる。だが砕胡は華麗な身のこなしで飛んで来る拳を回避した。次の攻撃に出ようとした時砕胡も共に行動に出た。
「四手」
砕胡は蹴り、拳は殴りで殺そうとする。だが拳の殴りは宙をかすった。一方砕胡の蹴りは顎に的中した。顎骨にヒビが入る。既に相当体が傷だらけだ。拳は痛みに悶え歯ぎしりをし始める。
その騒音に少し苛立って来たのか砕胡の動きが変化した。
「ボクは気に入らない事があると表に出てしまうんだ。悪い癖なんだがな、佐須魔に直さなくて良いと言われたから治していないんだ」
そう説明している砕胡は背筋をピンと伸ばしている。妙に姿勢が良い。これも癖なのだろう、その間は戦闘の意思が全く見えなかった。だがこれを隙と見て攻撃できるほど拳に余裕は無い。このままでは一方的にやられて終わりだと感じたのか必死になって動き出す。
だが冷静に交わし反撃をする。
「五手」
拳の腕を右手で掴んでから左手を関節に突き刺した。普段ならカチンカチンの腕だがいとも容易く攻撃されてしまった。そして一番衝撃的な事が起こる。
砕胡の手が拳の腕を貫通したのだ。今までで体に穴が空くなんてことはろくに経験した事が無かったので叫び出す。とんでもない怒号、咆哮とさえも言えてしまう声に苛立ちを覚える。
「本当に五月蝿いな君は。もう少し静かに戦ったらどうだい」
諭しながら次の攻撃に移ろうとしたその時遂に拳が動き始めた。すぐにでも耳を塞ぎたくなるようなガンガンする声で雄叫びを上げながら殴りかかった。だが砕胡は当然回避を試みようとした。
「それだぁ!!!」
拳は蹴りを繰り出した。
今まで足を使ってこなかった。自分が最強で腕だけで全てを破壊できてしまうと思い込んでいたからだ。だが今になって、天敵を目の前にしてその思考が塗り替えられたのだ。
自分は最強ではない、弱くは無いが少なくとも最強では無いのだ。だからもうプライドなんてものは気にしない。どんな手を使ってでも目の前の奴を殺す、それだけを追いかける事にしたのだ。
「何!?蹴りだと!?」
予想外の攻撃法に驚く。だが対処が出来ないわけでは無い、一番カッコ悪く一番惨めな回避になってしまうが致し方なく後ろに引いて回避した。拳の攻撃をくらったら即死だ、何故なら砕胡の能力は身体強化では無いからだ。だから攻撃は出来るが防御は貧弱も貧弱、クソ貧弱だ。なので回避は絶対に行わなくてはいけない、それが砕胡の弱さである。
拳は違和感を覚えた。何故攻撃がこんなにも強いのに回避は徹底するのか、拳の体を貫通できるレベルの身体強化ならば防御もある程度有りそんなにも回避に徹する必要性は無いはずだ。だが目の前の砕胡は攻撃をくらう事を恐れている様に映る。そこに弱点があるのだろう、そう考えた。
普段の思考からは編み出されるはずの無い考えだが拳は戦闘となると力を発揮する。その力は凄まじいものだ、重要幹部何てチョチョイのチョイで終わるはずだった。
「分かったぜ!!!めちゃくちゃ攻撃すれば勝てる!!!」
一気に形成が逆転した。目的が明確になった時の拳はもう誰にも止めることは出来ない、ひたすら砕胡を殴り、蹴り、殴り、蹴りと圧倒する。一方砕胡は血眼になって回避を続けた。だが人間を越えているスピードで何連続も攻撃を放たれると全てを完全に回避する事なんて不可能だ。
遂に一発ぶち込む事に成功した。と言ってもそんな派手な攻撃では無く頬に少しだけかすった程度だ。それでもその部分は切れて血が流れ始めた
「このボクが!?、、、仕方ないな。たまにはこう言う事もある、次に活かせば良いんだ」
砕胡は一秒で反省してから反撃に出る。一方拳は体が悲鳴を上げ始めたので仕方なく逃げの体勢に移り回避を始めた。だが完全に回避に徹するわけでは無くちょくちょく攻撃を交えつつ逃げていた、二分程逃げ回ってから急に体勢を変えた。迎え撃つように拳を握りしめ瞬時に放った。
するととんでもない風と力の衝撃波が砕胡にぶつかる。防御は弱いのでぶっ飛び壁に打ち付けられた。dがあこれぐらいは普段からくらっているレベルの攻撃なので気にせず立ち上がって次の攻撃をするまでだ。
「六手」
そう言いながら拳を握りしめるそして拳の腹部に突き出した。すると人体から出たとは思えない硬い物が砕ける音と共に再び血を吐いた。
「肺を破壊した。もう息すらろくに出来なくなる。今降参すれば能力を取るだけで死にはしないぞ、外でも暮らせるようサポートしてやる。だからさっさと降参しろ」
意図は不明だが拳をサポートすると提案して来た。だがその言葉を受けた拳は馬鹿にされているような気がしてめちゃくちゃ怒りが湧いて来る。
「ぶっころしてやる!!!」
怒りに身を任せ攻撃をする。その乱雑な攻撃に砕胡は呆れカウンターをしようと思ったのだが何故か隙が無い、今まで隙だらけでいつでも殺せるような状態だったのにも関わらず怒り出した瞬間隙が無くなった。と言うよりも隙はあるのだが攻撃のスパンが短すぎて距離を詰めて攻撃すると言う手順を踏んでいる内に次の攻撃が飛んで来るのだ。砕胡は絶対に攻撃をくらいたくないので回避は絶対にしたい。だがそうすると自分が劣勢になるだけなのだと自覚した。
どうするべきか少々悩んだ後大きなデメリットを抱えながらも相手が絶対に隙を作る方法を取る事を決めた。その方法とは『自分の能力を晒す』と言う手段である。
砕胡は唐突に動きを止め眼鏡を押してながら言い放つ。
「ボクの能力は『急所を作り出す』能力だ」
第百四十二話「眼鏡とバカ」




