第百四十一話
御伽学園戦闘病
第百四十一話「沈む」
私は小さな頃から変なものとして扱われて来た。
家族は全員能力者にも関わらず私だけ無能力者だったのだ、能力鑑定を行ったが本当に能力は無かった。そのせいで不倫をして出来た子供なのではないかと疑われたりした。その結果出生届すら出されずに本土に置いて行かれた。
何故こうなったのだろうか、それは私にも分からない。全てはあの神の手の中なのだから。
2007年 10/5
「よーラッセル!まーた勉強してんのか?」
[小部 啓太]、当時のラッセルの唯一の友達。他にも友達はいるが寡黙なラッセルにも話しかけたり遊んだりしてくれる良い奴だ。
一方ラッセルはずっと勉強をしているのと家族がいない事で虐めとは行かないが避けられていた。だが啓太だけはつるんでくれるのがラッセルにとっては結構救いになっていた。十八歳、大学受験の勉強が忙しく遊ぶ暇は無かったが仲は悪くなったりはしなかった。
ただそんなラッセルの心には一つの思想が浮かび上がって来ていた。『能力者になりたい』、一見頭のおかしい奴に見えるが普通の思考だった。
ラッセルは能力者の気持ちを理解したかった。家族がどんな思いで自分を捨てたか、普通の能力者がどんな思いをして普段生活しているのか。それを知りたかったのだ。だが周囲に能力者なんていないので理解は出来ない、ならば自分が能力者になって様々な能力者と触れ合い理解していけばいい。そう思ったわけだ。
ただそんな事叶う訳も無くその日も一人で施設へと帰って行く。
「ただいま」
そう呟くと職員が出迎える。小さな子の世話をしながら様々な仕事をこなしている。凄い人達だと思う、何日も何日も捨てられた子や複雑な家庭故施設に居る子達の世話をしているのだ。
だがラッセルもそろそろその施設から出る事になる。それからは自由だ、だが一つだけ問題がある。住み家だ。ラッセルには稼ぎが無い、バイトなどをするにしても愛想も無いし常識もそこまで無い、何より勉強を優先したい。どうするべきだろうか、今悩んでもどうしようもないだろう。そう思う事にして勉強を再開するのだった。
それから長い時間が経つ、ラッセルは第一志望に首席で合格した。それと同時に施設を出ていく事になった、そんな日の事だった。
一人の男の子が施設にやって来た。その男の子はとても静かで悟った目をしていた。どうやら親に捨てられてやって来たと言う、何故捨てられたのかは不明らしい。家族も行方不明でどうにも謎が多い子らしい。
すると黙っていた男の子が施設を出て行こうとしていたラッセルの元へ近づいて行く。そして小さな声でこう言った。
「あんたも、同じか」
その少年の声はとても恐ろしかった。その当時能力を持っていなかったラッセルでさえ感じ取れるほどの霊力を放っていたのだ、能力の事を密かに調べていたので霊力の存在を知っていた。そしてその時初めて肌で霊力を言う物を感じ取った。
あまりにも気持ちが悪い。うねうねしているような波長にプラスして脳が居たくなるような力の衝撃、すぐにでも逃げしたくなって来る。だがその気持ちを一歩抑え言及しようとしたが男の子は既に遠くへ行っていた。ここで追いかけるのもおかしいので職員に挨拶だけして荷物を手に取り施設を後にした。
「…あれが…ならあの少年は…また来る必要がありそうだな」
そう思いながら何とか契約出来たアパートへと向かう。最低限の家具しか買うことは出来なかったがラッセルにとっては充分だ。周辺のスーパーやコンビニなどの立地を把握する為散歩をすることにした。
無心で歩いていると少し遠くで喧嘩をしている声が聞こえて来る。急いでその場へ向かうとそこには一人の少年と男がいた。だが異様な光景だ、少年が刀を男に突き立てているのだ。
「何をしているんだ!やめろ!」
止めに入ろうとした瞬間体に衝撃が走る。そして数十メートル先まで吹っ飛ばされた、何が起こったのか理解できず硬直する。その間も少年と男は何か言い争っている、そして決着がついたようで少年は男の首を掻っ切った。
「ごめんごめん。で、どうするんだい」
少年が一瞬にして距離を詰めて来た。そしてラッセルの眼球スレスレに刀を突き立てる。恐怖で体が動かない、その様子を見て少年は溜息を吐き刀を放り投げた。すると刀は何処かに消えてしまった。
その瞬間この少年が能力者なのだろうと分かった。ラッセルは恐れながらもゆっくりと口を開く。
「君は…能力者なのか?」
「…?なんで健常者の君がそんな事気にするんだ?」
「私は能力者になりたいと考えている…」
そう言うと少年の態度が一気に変わる。馬鹿を見るような眼で怒りを露わにし詰め寄って来る、だが強い意思を見せつけ自分は絶対に能力者になるのだと言い放った。
すると少年はラッセルの顔を掴んで目を合わせる。
「良いだろう、僕の元に来てくれるのなら能力を与えよう」
「ほ、ホントか!?」
「あぁ。ただ霊力が少なすぎるのと基礎体力も無いからまずはひたすら体を鍛えるよ、それでも良いかい?」
「はい!是非!」
この時ラッセルは憑りつかれている様に二つ返事で承諾した。だがこれはラッセルの本心だった、今まで隠し通してきた能力者への強い執着、それを曝け出す事が可能になるのだ。
期待を胸に押し込みながらどうやって能力を手にするのか訊ねる。
「俺の能力を使う。『能力の移動』これが俺の能力、誰かの能力を引き抜いて使用する事が出来る。それを使って君に能力を与える、それだけさ」
「まだ詳しくは分からないですがよろしくお願いします」
「あぁ。それじゃあ行こうか、俺らの基地へ。あ、俺は[佐須魔]。TISって集団のボス的な立ち位置でやってる、これからは君も仲間だ。よろしく、ラッセル」
地面に座っているラッセルに手を差し伸べる。ラッセルはその手を掴み立ち上がった、そしてTISの説明やこれからの訓練の内容を聞くためにゲートでTIS本拠地へと向かうのだった。
2008年 5/7
地獄の様な訓練を毎日受けた。大学は早々に辞め能力者になる為に突き進んだ。そして一ヶ月が経った時だ、今までは刀迦や御伽学園から一瞬だけ帰って来た素戔嗚などが顔を出していたのだが佐須魔がやって来た。
「やぁ、ラッセル。何も言わなくても分かるね?そこに座ってくれ」
言われた通りその場に座る。すると佐須魔は近付いて来てラッセルの頭に手を置いた、その後能力を発動しながら何かを唱え始めた。
「よし。これで良いよ」
佐須魔が手を離した瞬間変な感じがした。それが何かはすぐにわかる、霊がいるのだ。佐須魔は霊を渡してくれたのだ。
「早速出してみよう、こう唱えるんだ『降霊術・唱・黒蝶』と」
「はい。分かりました」
『降霊術・唱・黒蝶』
すると体の中から大量の黒い蝶が飛び出してきた。遂に夢が叶ったのだと興奮するラッセルを落ち着かせ黒蝶の説明を聞かせる。
「降霊術自体は知ってるだろうから省くね。
黒蝶は霊力消費が少ない、妖術とかを使わない限りね。その代わり黒蝶自体の攻撃性能はほぼ無い、だから自分で攻撃するか霊力を増強して妖術を使うしかない。今からでもその訓練に移りたいんだけどね…初めての任務を課したいと思っている。
[下]、と言っても実力は上レベルだね。そんな君には少々重い任務なのだがね、とても良い経験になるだろうと思って任せるよ。『御伽学園への潜入任務』だ」
言葉の通りだった。先に御伽学園へ向かわせた蒿里と素戔嗚だけではなくラッセルもスパイとして動かせることになったのだ。
持ち前の頭脳を生かして教師として過ごしてもらう事になって居た。その時はまだ襲撃の事は知らされていなかったが重要幹部の中では決まっていたらしい。その為に御伽学園にどんな生徒がいるのか、調査してくると言う任務内容だった。
あまりにも重大な任務に戸惑うが佐須魔は任せたと言って部屋を出て行った。後々の事は來花がやってきて説明してくれた。
そこから時間が経つ、教師としての生活は普通に過ごせていた。ただずっと気がかりなことがあった。あの施設にいた少年だ。思い返してもなんだか特殊な霊力を感じる、その事を少しぼやかしながらだが影にも話した。勿論TISの事は伏せて。
だが影もよく分からない様でラッセルでも恐れる霊力量の少年がいる事に非常に驚いていた。その時の影はラッセルをまるで神の様に見ていたのでそんな神を驚かしたその少年に会ってみたいと呟いていた。
「まぁ外に居たと言う事はバレていないのだろう。恐らく二度と会う事はないだろうな。会いたくも無いが」
「そう言う物ですかね?僕はちょっと会ってみたいですけどね」
「はは、そうかい。それじゃあ私は少し仕事があるから影は訓練に戻りなさい」
「分かりました。それでは!」
仕事を再開して作業を進めながらふと思う。何故少年は自分が能力者では無いのに「同じか」などと言ってきたのだろうか、と。
じっかり順序立てて考えてみても理解が出来ない。引っかかっていると元が話しかけて来た。有休がたまっているので消化しろとの事だ、新人にしては頑張り過ぎているのでその間の仕事は元が受け持つと言って来た。丁度良いタイミングだ、こっそり本土に行ってあの少年と会う機会が出来た。
「分かりました、それでは三日間ほど休んでもよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ。ゆっくり休んでください。それでは今日も帰って良いですよ。お疲れでしょうし」
「分かりました。それでは失礼します」
荷物をまとめ職員室を後にした。そして住んでいるマンションに戻り佐須魔に少年の事を話すことにした。
『阿吽』
そして心を落ち着かせてから心の中で話し始める。
『佐須魔様、少しお話が』
『ん、何だい』
『恐らく知っているとは思うのですが私が施設に居た頃に会った少年に再度会ってみたいなと思いまして。三連休を取れる事となったので本土に行きたいのですが…よろしいでしょうか?』
『うん、良いよ。ただ事件は起こしたりしないでね。それ守ってくれるならいつでも何しに本土に行っても良いよ。下のラッセルはTISだなんてバレてないだろうし』
『ありがとうございます』
許可を取ったので早速準備を始めた。佐須魔がゲートを手配してくれるらしいので荷物などは入れないが霊力を温存しておかなければならない。なのですぐにでも寝る事にした。
翌日朝七時に目を覚ました。八時にラッセル宅にゲートが生成されるのでそれまでゆっくりしておく事にする。
久々の休息に身を任せていると昔の事が頭に過ぎる。家族が自分だけ置いて行った事、その後の何も無かった静寂とも言える日々、今の騒然としている日々。どの時もそれなりの楽しさはある、だがもしかしたら今が一番楽しいのかもしれない。この日々を壊してしまう恐れがある、だが動かなかったら何も変わらないのだ。何より佐須魔やTISのみんなの為に頑張りたいのだ。なので心に引っかかるものは全て排除しなくてはならないのだ。
「啓太…元気だろうか…私はあいつと一緒の大学に行って普通に暮らすのもありだったのかもしれないな…」
ふけっていると時間が過ぎていた。八時を過ぎていたのだ、部屋の中を見渡すとゲートがある。すぐに金やスマホなどを持ってゲートの中に入って行く。
繋がっていた先は施設のすぐそこだった。人通りは非常に少ない場所なので全然隠れているわけでも無かった。だが人はいなかったので一安心である。
「…行くか」
施設はラッセルの背中側にある。なので振り返る、するとそこにはとんでもない光景が映り込んで来た。
後方にある施設からメラメラと燃え上がる赤い炎が舞っていたのだ。とても楽しそうに、だが苦しそうに。何とも言えぬ挙動を見せつける、ラッセルは唐突すぎる火事に体が固まる。
そして呆然と火柱を眺めていると背後から声が届く。
「よお、久しぶり」
そこには一人の少年の姿があった。
「佐須魔から聞いたんだお前が来るって。だから絶望を与えようと思った」
「お前は…あの時の」
「うん。お前がこの施設を出て行くときに会っただろ?あれ市役所の奴に掴まっちゃってね。面倒くさかったよ」
普通の洋服に少し和服の様なアレンジを加えたような服、狐の面、そして何より特徴的な耳の飾りだ。右に風鈴、左に『安全第一』と書かれているる御守り。そう、TIS重要幹部[久留枝 紀太]だ。
だがその時のラッセルは重要幹部では無かったので紀太の存在を知らなかった、なのでただ大事な施設を壊したクソ野郎と言う風にしか映らなかったのだ。当然次の行動に出るだろう。
『降霊術・唱・黒蝶』
黒蝶で攻撃をしようとしたその時もう一人の男が声をかけてくる。
「ラッセル!?!?」
聞き覚えのある声、数年前に仲良くしていた人物。[小部 啓太]、ラッセルの最初の友達だ。啓太は火事が起こっているのを見かけて駆け付けたらしい。するとラッセルがいたので声をかけたらしい。
「お前何処に行ってたんだよ!!しかも火事になってんじゃねぇか!!」
そう言って近付いて来る啓太を止めようとする。もう遅かった。
邪魔
その声が聞こえると共に啓太の腹部に短剣が突き刺さった。そしてその短剣は抜かれて、刺されてを何回も繰り返す。
次第に啓太は苦しんで仰向けになって倒れた。口から血を流し空を仰ぐ。ラッセルは黒蝶に指示を出す事さえも忘れて啓太の元へ走る。そして傷を何とか塞ごうとするが血が止まらない。
「啓太!啓太!大丈夫か!!」
「…なぁラッセル」
「何も言わなくていい!黙っていてくれ!何とか血を止め...」
「俺さ…お前が能力者に成りたいって事知ってたんだ」
「え?」
「図書館とかで能力者の事を調べ尽くしたりしてたの見たんだ…でも俺は誰にも言わなかった。だってお前の家族が全員能力者だって事も知ってたんだ…俺の父さん警察だろ…だからそこのパソコン?って奴使って調べたんだよ…」
「もうやめろ!!!!」
「俺はこっそり応援してたんだぜ…お前の夢が叶う事…でも叶ったみたいだな…それなら一つだけ託したい事があるんだ…」
「…なんだ」
「俺の願い…『親友の願いを叶える』…これをやってくれ…俺は…お前を…見てるから…がんば…れ…よ…」
声が絶えた。息が絶えた。命が絶えた。
言葉が出ない。だが紀太を殺そうと視線を紀太の方へと向けようとしたが既に姿は無かった。そして再び啓太の方へ目線を移すと啓太の少し上の方に魂が浮いていた。これを喰ったりしたら完全死が起こるのだろう、だが啓太には見守っていてほしい。なのでそのまま見守る事とした。
「分かった…親友の願いを叶える。私はそれを、目的とするよ」
魂が黄泉の国に到達し見えなくなった。ラッセルは啓太を置いて手を合わせる。
「また会おう、啓太」
そして少し前までラッセルの全てであった施設の炎を目に灯しながらその場を後にするのであった。
そうだ、私は親友の願いを叶えなくてはいけないのだ。だが佐須魔様に勝報を届けなくてはならない。どちらを取るべきなのだろうか。いや、考えなくて良い。体が動いた方に、全てを自分に委ねよう。
「やれ、黒蝶」
ラッセルの覚醒は能力の底上げだ。ひたすらに火力が上がる。なので埋まっている赤い蝶の斬撃攻撃がとんでもない事になるのだ、当然影は死ぬだろう。だが今のラッセルは何も考えていない。全てを身に委ねているのだ。
「でも届く!!!!」
影も負けじと思い切りラッセルの頭蓋骨を蹴った。物凄く鈍い音が鳴り両者から血が噴き出した。そしてラッセルは脳震盪で、影は出血多量により動けなくなってしまう。
二人共同じところで倒れる。だがどうにかトドメを刺さなくてはと力を振り絞り体を動かそうとする、だが何をどうやっても体はピクリとも動かない。この時二人は察した。もう体は死んでいるのだろうと。
「…影…」
「何ですか…」
「最後に一つ…質問だ。お前の願いはなんだ…」
啓太の願い、いやこれはラッセル本人の願いだ。
影は考える間もなく即答した。
「先生と…一緒に…死にます」
そう答えるとラッセルは初めて影に見せる表情をした。微笑んだのだ。
その反応に影は驚く。だが最後に見れたのがその顔で良かったと思うのだ。
「好きに…してくれ…」
言葉を残しラッセルは一足先に目を閉じた。影は覚悟はしていたものの死と言う恐怖とラッセルの死の哀情が溢れ出し涙が出て来る、そして自分の体にも限界が来ている事を悟る。
だが最後の願い、一緒に死にたいのだ。ラッセルに向かって手を伸ばそうとする、だが体が動かない。
「動けよ!!!」
自分自身に怒りをぶつける。すると少しだが力が湧いてきた、その力を振り絞りラッセルへと手を伸ばす。
「先生…最後は…せめて最後は!…最後だけでも!…私の世界で…」
僕だけの世界で――
ラッセルに触れた。すぐに能力を発動した。
「お疲れ様、ラッセル。また会おう」
佐須魔のその声は届かなかった。
『やぁやぁお疲れ』
二人は10m程離れながら真っ白な世界に立っていた。いつもエンマがいる気色の悪い世界では無い、純白の世界だ。そこにいるのはニンゲン二人とカミ一匹。カミは口を開く。
「今から君達には二つのルートを選択してもらう。一つはこのまま黄泉の国に行って生活する事。もう一つは完全死を選ぶ事」
影がどういう意味か聞こうとしたが言葉が出ない。
「喋れないよ。でも大丈夫、心で思えば僕は分かるから。どちらが良い?まぁ、分かってるけど」
沈黙
「オッケー分かった。それじゃあ二人共、本当にお疲れ様」
そう言ったエンマの顔は歪んでいた。何処かで見た事のある顔だった、それはそう、佐須魔だった。だが今の二人にはそんな事関係ない。やっと地獄から解放された、その喜びを胸に抱え、黄泉の国へと放り出されるのだった。
――蝶は影に沈む
フィッシオ・ラッセル
能力/降霊術
大量の黒蝶を召喚する
強さ/TIS重要幹部中堅
第百四十一話「沈む」




