表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】御伽学園戦闘病  作者: はんぺソ。
第七章「TIS本拠地急襲作戦」
139/556

第百三十九話

御伽学園戦闘病

第百三十九話「蝶」


「ここは…?一人?」


突入した影は四畳ほどの小さな部屋に一人で立っていた。周囲に誰かがいる気配は無い。何処かに目的の人物がいるかも知れないと思って部屋を出ようと扉を探す。

周囲を見ていると違和感を覚える。普通の部屋と今いる部屋を照らし合わせてみるとその違和感の正体に気付くことが出来た。


「扉が無いのですか…」


そう、扉が無いのだ。窓なども無いので完全に閉じ込められている状態と言う訳だ。どうにかして外に出れないか模索してみるが何も手段が浮かばない。

壁を叩いてみてもびくともしない、何より全く音が鳴らないので壁はぎっちり中身が詰まっていて尚且つ相当遠くまで壁が続いているのであろう。

本当に何もできずに終わってしまうのだろうか、頭にそう過ぎった時ある事を思いついた。


「暗闇の世界に入ればなんとかなるのでは!」


すぐに実践してみる。影に沈んで行く、一瞬だけ体が硬直しすぐに身体活動が再開した。適当に移動してから現実世界に戻ろう決めて歩き始めた。

ただ相当遠くまで行かなくてはいけないのは分かっている。暗闇の世界と現実世界の座標はリンクしている。そして暗闇の世界では自由に動く事は出来るが例えば現実世界が海の場所まで暗闇の世界で移動して現実世界に戻った場合海に放り出されることになる。

結局は座標が同じだけなのだ、なので壁に飛び出した場合は生き埋めどころか粉々になってしまう。なので非常に長い距離を歩いて確実に安全な場所で戻らなくてはいけないのだ。

だが初めて来た場所なので何処まで行けばよいか分からない。ただ影は仮想世界では無く現世だと思っているので適当に歩けば陸に出るだろうと思い込んでいる。


「どこまで歩きましょうか、私は始めて来る所が苦手なんですよね…」


そう独り言を呟きながら歩み続ける。ここが何処かも分かっていないがただひたすらに歩き続ける。

どれ程経ったかは分からない。ただ足がジンジンと痛み出し少しだけ息も上がって来た、ノンストップで歩いているのだからまぁ普通の反応だろう。

ただ一つおかしな点がある。影は霊力指数が210と結構高い。適当な人物と比較するとナヨナヨ状態の蒼が130程度でハキハキ状態の蒼が240程度だ。それに比べ元々霊力消費量が少ない影に潜ると言うだけの能力なのに210は有り余ってしまうのだ。

なので普段から様々な物に霊力を流したりして遊んだりしていた。そんな事を毎日のようにしていると霊力操作が非常に上手くなる、その内霊力放出も上手くなって行き今では自分"だけ"が見える霊力で出来た目印を設置する事が出来るようになったのだ。


「どれほど進んだのでしょうか…」


その目印を見てどれだけ進んだのか確認する為に振り向いた。驚愕、その一言に尽きるだろう。

なんとその目印はたった50m後方から始まっていたのだ。その瞬間今自分がいる世界が異常な世界だと言うことに気付いた。


「時空が歪んでいるのでしょうか。私の疲れは紛れも無い事実のはず…」


すぐに腕時計を確認しようとする。

影は能力柄任務の為の移動も任せられるのだが時間がかかってしまう。なので影の世界に原付を沈ませてそれに乗ってもらって他の者を輸送している。だがそれでも現世の何処にいるのかは分からない。なのでマップアプリで直線距離を測る。そして影が持っている原付は平坦な道だったり警察に掴ったりしないのでフルパワーで走る想定でラッセルに買ってもらった性能の良い奴なので時速140km、これを元にどれだけの時間がかかるか計算してから出発する。

そして腕時計などでその都度確認する事になっている。現実世界と暗闇の世界の時間は座標と同じくリンクしているのでそれで問題は無いのだ。

その行為と全く同じ事をしようとしたのだ。だが異変に気付く、時計の針がとんでもない動きをしているのだ。普段の三倍の速度で左回り、そう逆に進んでいるのだ。


「どういう…事ですか?」


時間が三倍で進むと言うのは黄泉の国などの経験で知っていた。だが逆に進むのは初めてだ、アクシデントに弱い影はあたふたし始めてしまった。

こうなった影はもう止められない、面白いぐらいに駄目な道へと突っ走って行くのだ。この性格は生徒会の中でも少々問題になっている程でありどうにか冷静になれるよう訓練をしていた時期もあったが効果は全くなかったので放置される事となった。だがそのツケが回ってきているのだ。


「どどどどうしましょう!!これじゃ私は現実世界に戻れない…!?!?それじゃあラッセル先生とも戦えない!!!」


もう何もできずに冷や汗を掻き頭を抱えていると視界に一瞬黄色い物が映った様な気がした。すぐに顔をあげるとそこには黒い蝶がいた。その蝶は見た事がある種類だった、尊敬している者だけが扱うことが出来る蝶だ。


「ラッセル先生の蝶!?」


何故か暗闇の世界にラッセルが使役する黒蝶が一匹迷い込んでいたのだ。その蝶は導くように羽ばたいている、影は吸い込まれるようについて行く。

そしてある場所で蝶は止まった。そして真上に飛んで行ってしまう、影はここに誰かがいるのだろうと分かっていながらも決意を固めて現実世界に飛び出した。

するとそこは妙に広い謎の空間だった。木製でインテリアなどは無い、例えると体育館の様な場所だった。やっと現実世界に出れられた喜びを胸にしながら周囲を見渡す。そして背後を確認しようとしたその時話しかけられる。


「何をしているんだ…」


ラッセルが呆れながら立っていた。


「先生…ありがとうございます」


「本当に…私を討とうとしたにも関わらず関係ない場所で勝手にピンチにならないでもらえるか」


「すいません…でもなんで助けてくれたんですか?助けるなら最初からここに飛ばしてくれれば良いのに」


「これは佐須魔が仕込んだんだ。この基地の中に適当に君達を飛ばしたんだ、だから私と影が戦えるのは奇跡に近いんだ。いい機会だからな、終わらせよう。私達の関係も。

我々TISの今回の目的は一つ、御伽学園のサポート系能力者を殺す、それは君も例外ではない。結局金は払えなかったからな、その魂がお代だ。取り立てだ、原付の」


「高すぎますけど良いですよ。私もその為に作戦に参加したんです。やりましょう、先生。今日で終わりですよ。

私は勝つ気は無いですけど殺意は溢れる程持ってますからね、お気を付けて」


二人は少しだけ距離を取った。何も言わずとも正々堂々戦う気だ、この空間からは出ない。ただし暗闇の世界はあり。それが今までやって来た影のやり方だ、ラッセルもそれは知っている。

突入から四分、戦闘が始まった。


『降霊術・唱・黒蝶』


すぐに大量の黒蝶が出て来る。黄色い鱗粉を振りまきながら宙を舞う。一方影は足首程度まで暗闇の世界に沈んだ。

そして動き出す。先に影が移動する、沈めているおかげかスライドしているようにも見える動きだ。ラッセルはすぐに蝶たちを自分の目の前に移動させる、今までの影ならここで引いていたが約一ヶ月に及ぶ訓練で強くなったのだ。今まででは考えられない動きをする。

蝶の群れに突撃したのだ。ラッセルが一言発せば蝶達の(はね)は鋭利な刃物のように変化すると言うのに突っ込んで来たのだ。あまりに予想外の行動にラッセルは防御の構えを取るのは忘れてしまった。


「初動は私の勝ちです!」


流れに乗ってラッセルの顔をぶん殴った。その時影の成長を実感した。ラッセルが裏切って島を離れてから半年近く経ったがその時とは比べ物にならない程影の力が強くなっていたのだ。不意を突かれたとはいえラッセルが狼狽える程度には。

だが結局はそれまでだ。反撃に打って出る。


妖術・刃蝶化(ようじゅつ・じんちょうか)


その妖術はラッセルが編み出したラッセルだけが使える術だ。襲撃でも使った事がある、蝶の翅が刃物みたいに鋭くなるのだ。

今影の背後には大量の蝶がいる。何があっても腕一本は持って行けるだろう、そう思っていた。すぐに影に襲い掛かるよう指示を出す。大量の蝶達は音も立てずに近付こうとした、だが影は一瞬にして姿を消した。

ラッセルは背後に来る事だけを警戒していた。だが当の本人は蝶達の背後を取っていた。そして触れるだけでも斬れてしまうのにも関わらず思い切り蹴った。その瞬間右足から血が溢れ出す、だが影は全く動じず他の蝶達もどんどん殺して行く。


「自分が死んででも私を殺しに来る気か!」


「そうですよ先生!!私は貴方を殺して死ぬ!!相打ち覚悟です!!」


再び足を暗闇の世界に沈め横移動を始める。だがラッセルは少しだけ笑いながら一匹の蝶に指示を出した。


「やったはずだろう、半年前。何も学んでいないな」


その蝶は今暗闇の世界にいる。ラッセルの蝶は特別でどんな世界にも自由に行き来できるのだ。襲撃の時もその仕様を忘れていたので影は敗北した。そして今回もそれが通用するのだろうと思い込んでいた、ただ影もそんなに馬鹿では無い。訓練で戦闘センスは爆増した、気付かれずに誘導する事が出来るようになるぐらいには。


「数年前蒿里さんが言っていた事がようやく分かりましたよ。トラップ、刺さるとこんなに気持ちが良いんですね」


止まらぬ独り言、それと同時に口角も上がっていた。だが影自信はそれに気付いていない。


「残念ですけどその戦法は通用しませんよ。何故なら私の足は暗闇の世界にはありません。暗闇の世界と現実世界の狭間、あの筋肉が動かなくなる空間にあるんですから!」


影の訓練で一番時間がかかったのはこれだ。まず何故筋肉が動かなくなるのかを探りその後そこに物体を留める訓練をしたのだ。特に目立った事はしなかった。ただひたすらに物体を留め続けた、十五日間の成果は大きな物だった。その訓練のおかげでラッセルは暗闇の世界を利用する事が不可能になったのだ。


「本当に強くなったんだな、影」


「私は貴方を殺す為だけに訓練を積んだ。なので貴方に対してはとても強いですよ。笑えなくなるぐらいには!!」


どんどん笑いが強まる。だがそんな事を気にしている程ラッセルに余裕は無い。死ぬ覚悟で突っ込んで来る影に対して有効な暗闇の世界からの攻撃は意味を成さない。

両者現実世界で戦わなくてはいけないのだ。単純な力の勝負、所々に戦闘の知恵と経験を詰め込み騙し合わなくてはならない。だがそれは最もスタンダードで、最も『楽しい』戦闘(ルール)だ。


「それならば、次の手だ」


ラッセルは再び蝶を召喚した。そしてこう指示を出す。


「私を取り囲め!」


刃物状になっている翅が当たってしまうかもしれない。それに影は手が斬れようが気にしないはずだ、それにも関わらず自分のすぐそばに蝶を固めるなんて自殺行為と同じだ。だが少しの迷いも見せずそう言い放った、影は流石におかしいと思い少しだけ距離を取る。

動向を伺うが何も起こらない。静止、その一言で片づけられる状態となってしまった。

そんな中影はこう思った。「カウンター系の戦法なのか」と。ならば自分から行くまでだと再度動きを見せた。横移動をしながら傷だらけの右足を出して蹴る動作に移った。だがラッセルはすぐに蝶を自身の傍から散るよう指示を出す、そしてこう唱えた。


『|弐什弐式-壱条.尊心天戒(にじゅうにしき-いちじょう-そんしんてんかい)』


尊心天戒。弐什弐式は発動者と対象の関係性が深く関わって来る反撃技だ。参条まであり弐条がどちらか又は両者がその人物に愛している時に効果が出る。参条は親族だった場合に効果が出る。そして一条は師弟関係の時のみだ。

その効果は絶大で元の力の約八倍になって反射される。ただ失敗した場合は発動者に八倍の攻撃がふりかかるので普段は使用されない術。

だがラッセルはこれが絶対に決まる自信があった。なので術を発動したのだ。


「私は君と戦うためだけにこれを習得した。だが術式はどうにも体に合わなくてね、これ以外は使えないし霊力消費が激しいんだ。だがその価値はある、残念だった...」


最後まで言う事は無かった。ラッセルが吹っ飛んだのだ、決まらなかった。反射できずに八倍の蹴りをもろにくらったのだ。

壁に打ち付けられる。だが一秒程度ですぐ立ち上がる。だがとても不思議そうに何故決まらなかったのか追及しようとする。すると影が言う、どうやら効果を知っているようだ。


「私は先生の事を師匠とはもう思っていません。先生です、勘違いしないでください。もうあなたの背中追いかけない。立ち塞がります!そしてここで貴方の人生を終わらせる!!」


もうラッセルの弟子では無い。襲撃の時から尊敬の念は消えつつあった、そして数十秒前に完全に師匠として見れなくなったのだ。だが先生だ、大切な人。そんな人がTISなんかに入っているのが許せないのだ。だから殺す、殺してその可哀そうな生き様を見届ける。そう決めたのだ。

影はもう楽しくなって来ていた。もう分かるだろう、第二患者となったのだ。



――― 御伽学園戦闘病 - 御伽学園第二患者[拓士 影] ―――



第百三十九話「蝶」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ