第百三十七話
御伽学園戦闘病
第百三十七話「御伽学園第一患者」
リオは震えが止まらずゆっくりとしか歩くことが出来ない。力を振り絞り蓮の元へと寄ろうとする。すると何か液体状のものを踏んだ、何を踏んだのか確認する為目線を落とした。
踏んだもの、それは蓮の母親から垂れて来た鮮血で出来た血だまりだった。恐怖で体が動かなくなってしまう。
「リオが教えてくれたんだ!道は切り開くものだって!僕は考えた、結果父さんと母さんを殺す事から始めようと思った!!
けど今はどうでもいい!!気分が良いんだ!!力を手に入れれた、僕は最強になれる!!だから僕は力を求める!!手始めに生徒会を全部...」
そう言いかけた瞬間リオが蓮に抱き着いた。リオは結構身長が高く蓮は背が低いので膝立ちで抱き着く。
そして涙を流しながら奥底から出て来る本音を震える声で伝えようとする。蓮は目躁術を使っていないので顔は見れないが息遣いや声を詰まらせている所から泣いていると言う事は理解できる。だが何故泣いているのかまでは理解できない、率直に聞いてみることにした。
「なんで泣いてるの?」
訊ねるとリオは息を整えてゆっくりと話し始めた。
「私は…四年前大会を見ました…そこで色々な人が死ぬのを見ました…その時思ったんです…殺し合いなんて駄目だって…私は坊ちゃんにそんな事して欲しくない。何があったかは分かりませんが…そんな事やらないでください…」
リオはあの惨状をリアルタイムで見た事があった。その時に決めたのだ、大切な人だけでも殺し合いから遠ざけようと。
当時は十八歳、高等部三年生だった。リオの能力は単純な身体強化でそんなに強い訳でも無かったので大会には出なかったが友人である紗里奈が死んだのは見た。まだ未熟だったリオの心には深く、治る事の無い傷がついた。
だが一生懸命生きてメイドとして四年間やって来た。そしてまたあの地獄が発生しそうになっているのだ、しかも今回は大事な人、蓮を巻き込んで。リオは最悪の場合蓮とその両親だけでも島から逃がそうとさえ思っていた。
なのにも関わらず変わってしまった。蓮はおかしくなってしまった。もうどうしようも無いのかもしれない、そう思うと涙が出てくるのだ。あんなにも優しさに溢れ、常に心の何処かで人の心配ばかりしていた蓮が。
しかも自分のせいなのだ。自分があんな事を言ってしまったが故にこんな事態になってしまった。不甲斐なさと罪悪感、そして哀情で一杯になってしまい涙が止まらないのだ。
『潜蟲 息蝕 三十』
すると蓮は苦しそうに崩れ落ち心臓を掴んで物凄い勢いで呼吸をする。だがずっと苦しそうだ。誰が何をやったのか確認する為振り向くとそこには息を上げて立っている透がいた。
透は悔しそうにしながら蓮の状態を確認する。
「なんで急に…!!まだ治せないのに…クソ…」
八つ当たりで床を叩く。どうやら蓮は何か変な状態異常に陥っているらしい。リオは蓮に何があったのか、そして蓮に何をしたのかをリオらしからぬ強い口調で問い詰める。透は何処か悔しそうにしながらも煙草に火をつけ喋り出す。
「数十年前、この島が開拓されてやっと人が暮らせるようになった頃に起こった謎の現象。
能力者だけが凶暴になり戦闘を求めるようになった。一年ほどして事態は自然と治まった。だがその事もあり能力者のイメージは悪くなった。それに乗じてマスコミがこの現象に名前を付けた。
これはこの島ではあまり良い事として扱っていないから教科書などには載っていない。ただ図書館やネットで調べればすぐ出て来る、恐らく聞いた事があるだろう」
御伽学園戦闘病
「そう呼称された。戦闘病は人を戦闘狂にしてしまう、今のこいつみたいな状態に。
俺は能力者がどうやって誕生したのかを研究している、それにはまず能力というものの根源を熟知しなくてはならないと判断した。そして調べてたんだよ、戦闘病の事も。
ただ今になって発症する奴が現れたとは…よりによってこのタイミングで…」
その病は現状では時間が解決してくれるのは待つ以外に方法は分からないらしい、あまりにも母数が少ないのだ、仕方が無い。
透は後始末は佐伯にやらせると言ってから蓮を担ぎ家を出て行った。
「戦闘病…なんで坊ちゃまだけ…」
リオは再び涙を流しへたり込んだ。駆け付けた佐伯はあまりの惨状に驚き震えた。だが透に命令されたのでやるしかない、少しずつリオに話を聞きながら遺体や血の片づけを始めた。
出会いから今までの事を聞いた。出会いからどんな生活を送って来たのか、そして蓮の性格や家族関係などの詳しい話を聞き出した。その途中で佐伯も感極まってしまい泣いてしまった。だが清掃は止めなかった、それが佐伯の使命なのだ。
[教師陣]
理事長の連絡を受けすぐに理事長室へ集まった。翔子は二日酔いで少々機嫌が悪そうだが緊急事態なので我慢して話を聞く。
他の教師も理事長の雰囲気から重い話なのだろうと察し真剣な面持ちで話を待つ。
「早速本題だ。君達教師は全員知っているだろう、御伽学園戦闘病を」
全員に反応が見受けられる。すぐに兆波が追及しようとしたが理事長が制止しそのまま話を続ける。
「先程非所属の[霧島 透]君から連絡があった。[目雲 蓮]が戦闘病と思しき症状あり、と。今まで前兆も無かったが唐突に発症したらしい、右眼に赤い炎。『赤眼』、覚醒もしたらしい」
「理事長…蓮はどうなったんですか」
薫が訊ねる。理事長は透が寄生虫で弱体化させて見張りつつ学園の空室で見張っているらしい、時期に香奈美や水葉も共に見張りをすると答えた。
その三人がいれば暴走したりしても対処は出来る。だが問題は戦闘病の方だ、理事長は数十年前の島内で起きたパンデミックを見ている。なのでこれがどう言う事態なのかは理解しているだろう。だが妙に冷静でどうするかなどの案も出してこない、流石におかしいと思い絵梨花が突っ込むと理事長は俯きながら返答した。
「どうしようもないのだよ、絵梨花君。私の力で止める事が出来るのならとっくに手は打ってあるのだ。
あの時に全てを試した。私の能力『記憶操作』で全ての記憶を消したり能力の部分だけを消してみたりもした。だが何も変わらなかった、本能で動いている様に戦いを欲したのだ。
幸い私は侵されなかった。だからこそ分かるのだ、あれは私達人間が止めようと思って止められるものではない。何か私達と違う、謂わば神、上位存在の悪戯なのだろう。
結論は一つ、私達に出来る事は殺してあげる以外には何もない」
言葉の一つ一つに重厚感がある。余程の地獄を見たのだろう。絵梨花も何も言えなくなってしまう、他の者も何と言って良いか分からず部屋は静寂に包まれた。
だが立ち止まっていても仕方が無い、理事長が指示を出す。
「本拠地への急襲作戦はもう止められない。本日は三十日。位置は分かっているのなら休息を取るべきだ、その為にも私は[目雲 蓮]を介錯してあげるのが良いと思っている」
「は!?何言ってんだよ理事長...」
「薫君、ならば君はどうすれば治ると思うのかね。あれは病では無い、謂わば性、業だ」
「それでも…どうにかして…」
「私だって解決案があるのなら今すぐにでもそれを実践するさ。だがそれが無いのだ、だから最終手段を取るしかないと言っている」
「それでも...」
「薫君!!」
初めて理事長が怒鳴った所を見た。普段は温厚では無いが冷静沈着と言う言葉がピッタリな理事長が声を荒げた、全員硬直するのと同時にもうどうしようもない段階まで来ていると言う事を理解した。
まるでお通夜の様な空気が流れていると誰かがドアをノックした。理事長が入るよう言うと透が部屋に入って来た、香奈美と水葉が来たので事情を説明し少しの間見ててもらう事にして話をしに出向いたらと言う。
「戦闘病、ってのは分かってるんだな?」
「あぁ」
「じゃあ話は簡単だ。戦闘病の症状を一時的にだが抑える事が出来るかもしれない、と言ったらお前らはどうする」
正に青天の霹靂と言うべきだろう。透は治す方法は無いと言ってあった、だが症状を緩和する方法が無いとは言っていない。だがあくまで寛解であって完治では無い。そして一番注視しなくてはらない点が"失敗する場合がある"と言う事だ。その治癒は失敗=死だ、なので失敗してしまった場合無条件で死ぬ事となる。そうなると最も重要な数値、成功率だ。
透曰く"不明"との事だ。そもそも透が知っている中で戦闘病を発症しているのはTISの数名と蓮だけなのだ。そしてTISが接触を許すわけも無いので経験は無い。完全に机上論、何かエラーが発生した場合即死亡だ。
「ここまで言ったが…どうする?やるか?やらないか?俺はどっちでも良い、ここに所属していない俺が決める事じゃ無いからな」
教師八人は薫や時子も最大限協力すると言いながら治癒を頼む。そして最終決断をする理事長の方を向いて決断を仰ぐ。
三分程沈黙が続いた。そして理事長は顔を上げ口を開く。
「御伽学園高等部一年生[目雲 蓮]を[霧島 透]、君に預ける。期間は設けない、寛解状態まで行けば返してくれれば良い。そしてその間に発生した事故や殺人等は一切の責任を私が負う」
認めた。透はすぐにでも治癒を始めるべきだと言って念の為教師を全員連れて部屋を出た、そして蓮と香奈美、水葉がいる部屋に向かった。
扉を開けると詳しい説明を求める為二人が詰め寄って来る、だが透は「それでころではない。後で説明するから今はどけ」と言って二人を押しのけ蓮の元へと向かった。
蓮の自宅にいた時に放った寄生虫は体内の酸素を食べてしまうと言う蟲だ。それを三十匹放った、一匹一匹の喰う量は少ないので三十匹を投入しておけば常に酸欠状態になるかならないかのギリギリを保つ事が出来るのだ。
「とりあえず時間が無いからここでやる。だが一人足らない、優樹を連れて来てくれ。地獄の門の時に来てた奴だ、薫なら俺らの家分かるだろ?」
「分かった。すぐ戻る」
薫はゲートを生成した後飛び込んだ。透は蓮の状態をチェックしてから蓮の袖を捲った。それと同時に薫が優樹を連れて戻って来た。優樹は片手にキャリーケースを持っている。そのキャリーケースを渡してから能力を発動した。
「んで、呼ばれたけどあれすんの?」
「あぁ。もうやるしかない。失敗したら死ぬからな、ただ仕方ない。すぐにでもやるぞ」
透はキャリーケースを開きその中に入っていたメスを取り出した。死ぬ可能性もある手術と言っていたのでまぁこれぐらいは普通だろう。
そして優樹に指示を出す。優樹は蓮をうつ伏せにさせてから首筋を完全に露呈させるように襟袖の髪を捲る、次に絶対に動かないように押さえつけた。それと同時に透も能力を発動する。
『潜蟲 息蝕 百三十』
すると蓮は更に苦しそうにし出し暴れ出した。薫にも押さえつける様命じる、すぐに押さえつけて蓮は動けなくなった。そして次第に息が出来なくなって完全に酸欠状態になり視界が霞んでいく。
透はそのタイミングを狙っていた。執刀した。首筋を切ったのだ。血が溢れ出し、意識が飛びそうになっていた蓮も痛みのあまり目を覚ます。
透はメスを放り投げてから霊力を操作し能力を発動した。
『潜蟲 神経蝕 七百』
その瞬間蓮の傷元から目にも捉えることが出来ぬ超超超小さな寄生虫たちが神経を求めて体内に入って行った。すぐに回復術をかけるよう命令する、薫と時子が霊力をフルで使って回復した。するとただのメスで出来た傷なので一瞬で回復した。
だが何か様子がおかしい、蓮が動かないのだ。息はしているが動かない。それを見た透は力を抜き煙草を吸い始めた。
「神経出来るだけ露出させてそこに寄生虫放った。神経操作出来る奴、戦闘病は『楽しい』って感情によってある程度左右されてるってのが分かってるんだ。だから楽しいって感じる部分だけ操作してる、今は調整中だから蓮は動かない。
ただ異常が起こるかもだから能力は発動させたくない。半田連れて来て指かなんかくっ付けておいてくれ、そんで能力発動できないようにしとけば完璧だ。
ちなみに蟲が入っている時は楽しいって感じないようになるからな。蟲が死なない限りこのままだろう、ただずっとこのままと言う訳にもいかねぇだろ。どうするんだ」
「…そこは後々考えるしかない。俺や翔子、兆波、他の奴らだって初めての事態なんだ。何か策を講じる事さえ出来ないんだ。考えても意味は無い」
「まぁそうだな。んじゃ半田連れてこい。そんで能力発動が出来なくなったら俺は基地に戻る。今日だけで二百三十匹放出しちまったせいで疲れてる」
「分かった。少し待っててくれ」
薫はその場を後にした。その後は香奈美と水葉に説明して「休みの中申し訳ないが暇な者は基地に集合」と言う旨を阿吽で伝えてから何があったかを説明した。
安心して休んで良いとは言ったが正直なところ話を聞いた者は誰一人として安心できなかった。何故なら自分やその周りの人が戦闘病に侵されるかもしれないからだ。
だが心配する必要は無かった。何故ならまだ島の者は戦闘病を完全に理解できていなかったからだ、だが"今は"これでいい。今だけだ、このまま停滞してはならない。
その為にはある人物が死んではならない。そう、天才研究者[霧島 透]だ。だが彼の奥底に眠るモノは生きろとは言わなかった、こう言ったのだ。
伽耶と健吾を治して死ね
それが彼の信念、生きる為の理由、命そのものなのだ。
これが達成されてしまったら透は生きる気力を無くして死ぬだろう、そうなったら戦闘病を治す方法は無くなる。これに関しては運としか言いようがない。
だがその世には全てを操れる存在がいた、歯車を無理矢理押し込み改変させる事が出来るモノ。
そいつは性格が悪い。そして最悪な事に探求心が強すぎる。いや正確には探求心では無いのだろう、本人にとってはただお人形遊びをしているだけなのだ。
だが全てを創り出したモノがそんな思考では世界の均衡は保つことが出来ない。その為に自分のコピーとなる存在を作り出したのだ。
それこそがマモリビト。いいや違う。創造神の模倣品はヒトでは無い、神であるべきだ。
それを踏まえるとこう言えるだろう、[マモリガミ]と。
『やぁ少しだけ話をしようじゃないか、仮想のマモリビトちゃん』
『良いね。私も退屈してたんだ、暇潰しにでもなってくれたら嬉しよ、その為に作り出したんだからね。マモリビトってシステムを。
それじゃあ何を話すんだい?黄泉の国マモリビト、エンマ君』
『そりゃあ一つさ。君の性格の悪さについてだ』
第百三十七話「御伽学園第一患者」




