第百三十四話
御伽学園戦闘病
第百三十四話「追い込み」
薫だけは常に阿吽を使って皆と連携を取れるようにしていた。ただまだ何もしないよう言い聞かせずっと同じ場所で待機するように言ってある。
『さて。佐伯だけは円状になってる中心の場所に飛ばしてくれ。んで莉子と佐伯の場所が空くと思う。佐伯の場所はまだ寝てる漆が起き次第投入する、莉子の場所は半田を行かせる』
皆どう動くかは把握したが何が目的かまでは分からない。ただ今は薫の言われた通りに動くべきだ、莉子はまず基地に戻って半田を自分がいた位置にまでテレポートさせた。その後佐伯がいる場所にテレポートし全員を線でつないだ場合に中央になる場所に飛ばした。
綺麗にビルの屋上だ。夏も終わりかけて来ているので少々肌寒い感じはする、そんな中佐伯は置いて行かれた。
『莉子はそのまま俺の指示があるまで適当な位置で。んで今から佐伯は広域化を使ってもらう、円状に全員設置したから重なるように展開してくれ』
『は、はい』
本当に意味が分からないが思考を停止して広域化を発動した。そして現地に居る者から円が重なっているか確認を取った。そして完全に重なっている事を報告した、すると薫も動き出す。
ゲートを生成し適当な位置に飛んだ。そしてある念能力を発動した。すると薫の掌から二つの鉄球の様な物が現れた。
「よし。絶好調だ。あとは上手くいくかは不安だけど…やるしかねぇか。なんかあったら俺が行けばいい話だ」
そう言いながら鉄球を空中に投げた。その瞬間鉄球はそれぞれ違う方向に異様な動きを見せる。右方向に飛んだかと思ったら壁に当たったように跳ね返り普遍的な動きを続ける、何故こんな動きをしているかと言うと胡桃に先に頼んでおいたのだ。能力を発動するように、と。
胡桃の能力は『範囲内の力をエネルギー弾に変換する』と言う物だ、ただそれだけではエネルギー弾になってしまう。だがそう言った弱点を克服する為の夏休み訓練だ。胡桃は二百時間にも及ぶ訓練の結果一つの物体ぐらいならエネルギー弾では無くそのまま反射せる事が出来るようになったのだ。
そして胡桃だけは広域化の範囲に入るようにとも言ってあった。薫のそれはただの鉄球では無くギアルを使った鉄球だった、数年前まだ薫が御伽学園の生徒だった時に兵助、翔子、兆波を含めた四人で一生懸命ギアルを掘り出した。
そして武具製作の第一過程として霊力を込める事が出来る鉄球を作ってみたのだ。そしてそれに霊力を流し込んで反射させているのだ。
しかも一般人には一瞬目に入るかもしれないが「見間違いか…」程度で済むぐらいには霊力を込めてある、その指数なんと300。怪物の霊力量だから出来る事であってそこらの者じゃそんな事には霊力は使えない。
「とりまこんだけ込め解けば一般人は気にしない程度には霊に近くなってる…よな」
実は薫はこのやり方を実践するのは初めてなのだ。何故かと言うと周りには能力者しかいない、唯一と言っていい無能力者の英二郎も霊力は高いので見えてしまう。
なのでこれが一般人に見えたら騒ぎが起こるかもしれないが恐らく大丈夫だ、そう思い込みながら次の行動に出た。
基地に戻って残っている翔子、兵助、ハック、アリス、紀太を集めた。そしてそれぞれの動きを説明する。そしてそれぞれ動き出した。と言っても薫ともう一人を除いて同じ仕事内容なのだが。
一方現地では皆ソワソワしていた。何が起こるのかも理解できないままその場に待機だ、理由があって席を立つ場合は莉子に阿吽で伝えてその場を誰かに埋めてもらってから用事を済ませる事となっている。ただ誰も席を立つ事は無く傍若無人の化身のような拳でさえも大人しく待機していた。
すると全員の頭の中に薫の声が聞こえる。
『今から始める。お前らは絶対に広域化の範囲に入るなよ、ただ絶対に離れるな。範囲内に入れと言ったら一秒も無い内に入れる位置に居ろ。
それじゃあ始めるぜ。佐伯、頼んだ』
そう言った瞬間広域化の範囲がどんどん狭くなって行く。全員言われた通りに広域化について行く、道路に当たったりしたら少しだけ横にそれたりして歩けそうになったらすぐに戻って範囲のすぐ傍まで進む。それを繰り返していた。
広域化の狭まる速度は非常に遅く綺麗に合わせて歩いていると足が疲れる程には遅い。カタツムリの様な速度だ。だが誰一人として文句は言わず足を進める。
縮小が始まってから五分が経った時だった。一番最初の範囲から計10m程度しか狭まっていなかった。
『これ何の意味あるの』
『さぁ?私も分からない、ただ薫先生ならやってくれるんだろう。今の私達はひたすら言う事を聞く駒で良い、自我を出して戦うのは基地に入ってからだ』
水葉と香奈美は個人的に阿吽をして会話をする。他の者も同じような感じで勝手に会話している、ただそれぐらいしていないと暇すぎて持ち場を離れてしまいそうになるのでこれぐらいは良いだろう。
『…なんか変な霊力感じるんだけど』
『確かに。なんだろうな、結構強い霊力じゃないか?』
『だけどさ…これ移動おかしくない?変な挙動してるような気がする』
『そうだな。恐らく薫先生が何かやってくれたんだろう、近付いてきたら報告すればいいさ』
『そだね』
その後は二人共雑談をしていた。すると縮小第一段階から二十分が経った時だった、再び範囲が狭まり始めた。
香奈美が一応全員に阿吽でアナウンスして再び歩き出す。そして10m狭まってから動きが止まった。何をしているのかが全く理解できない、何故メンバーを置く必要があったのか不明だ。
その間も薫は全く連絡が無かった。薫の霊力も感じないし何をしているかは分からない、生徒達は本当によく分からないのだ。
そしてに十分が経過した。やはり狭まり始める、ただここで今までにはなかった変化があった。それと同時に薫から連絡が入る。
『今からはちょっと動きが変わる。雀荘緑川を中心にして狭くなるから合わせてくれ。んで範囲に少しでも入ったら教えてくれ、別に説教したりするわけじゃねぇから』
そう言って連絡は切られた。確かに西側の人達は円が近付いて来ている、ゆっくり後ろに下がって範囲内に入らない事を徹底した。そして今度は10mでは無かった。20m狭まってから停止したのだ、生徒の中にも数名だけ勘付いた奴がいた。だが薫が詳細を言わなかった以上言いふらさない方がいいのうだろうと考え自分の中に留めておくことにする。
『語 汐が近付いてきたらすぐに阿吽で報告しろ。まぁ恐らく大丈夫だとは思うがな。頼んだぞ』
更に連絡が入った。どうやら動き出すらしい、緊張が走り鼓動が速くなる。本当に未知数で何が起こってもおかしくない状況なのだ。無理も無いだろう。
そしてその連絡が来てから十三秒後、ある地点にとんでもない霊力のモノが出現した。全員それを感じ取り恐ろしくなる、霊力が高くある程度それが何か分かってしまった者は吐き気を催したり不調を訴え始めた。だが薫は『少しだけ耐えてくれ。五分だけだ』と言って聞かない。
そして現場に居ないものものも数人何が起こったのか理解していた。來花、美琴、シウ・ルフテッド、佐須魔の四人だ。
佐須魔と來花は冷や汗を掻き焦り出す。
「ちょっと待ってくれRINFONEは聞いてないって」
「いや、完全には開いていない。まだ第一段階の熊だから今私が出向けば...」
「來花、よく考えな。生徒達がいる中絶対に第二段階には持ち込まないはずだ。今も極力抑えて力を放ってる。今行っても良い事は無いよ、そもそも語 汐一人が落ちてもなんら問題は無い。
そりゃ仲間が死んだら悲しいけど本拠地がバレるのはマズいんだよ。紀太とアリス、取締課に」
「そうれはそうだが…万が一最終形態まで行ってしまったら新宿だけでは無くヘタしたら日本の全てが...」
「落ち着け。最悪僕が何とかする、どちらにせよ今來花が地獄に近寄るのは良くないんだよ。元々エンマの地獄に居た所を引っ張り出してきたんだから。一応來花は大犯罪者だからね。エンマが来たら何されるか分かんない」
「分かった…仕方ないな」
來花は致し方なく本拠地に残る事とした。佐須魔はいつでも新宿に飛べるようにゲートを生成しておいた、全く人気のない場所なのでまずバレることは無いだろう。
そして美琴もRINFONEが発動されたと言う事を感じ取って具合が悪くなって来る。ただ今はある目的の為に学園におらず秘密裏に行動している状況なので四の五の言ってられないと気合いを入れ直して足を運ぶ。
シウは多少呪が扱るのでRINFONEが使用された事は瞬時に感じ取った。シウは本土に住んでいるのだが都心とは程遠い場所で暮らしているので最終形態にならなければ脅威はないだろうと思い共に住んでいる者に何かが起こっていて逃げる準備をしなくてはいけない可能性がある事だけ伝えた。
そして現場は騒然としていた。霊力が高い一般人や紛れていた能力者たちは口々に不調を訴え混乱が訪れる。救急も追いつかず異常事態となった。
「マズイ、ここが中心か…!」
語 汐は自分のいる雀荘の真上にRINFONEがある事を察した。あまりに強い怨念や憎悪の感情が流し込まれ今にも死んでしまいたくなる。だがその心を抑え込み外に逃げ出した、そして出来るだけ遠くに行こうと思ったその時だ。背後から声をかけれらた、何かに納得したような自信満々の声。
「よぉ初めましてだな。[語 汐]」
そこには薫が立っていた。語 汐は振り向きもせず一心不乱に足を動かす、すぐにでもRINFONEから距離を取らないとまずい事になってしまう。
ただ薫は追いかけて来ている。語 汐は身体能力が高く何とか一定の距離を保っているが薫にはいざとなれば身体強化があるので逃げ切れる確率は無いだろう。なので何処かで迎え撃たなくてはならない。だが広域化があるのは把握済みだ、あまりにも分が悪い。まず広域化の範囲内から出る事が先決だ。
「逃がすわけねぇだろ」
どんどん薫のスピードが上がって行く。もう一分も無い内に追いつかれてしまいそうだ。だがこんな時こそ冷静にならなくてはならない、語 汐は深く息を吸い込み深く息を吐いた。十秒で心を落ち着かせて今どんな状況に置かれているかを考える。
少し奥の方では御伽学園の生徒らしき霊力が沢山いる。真正面、北西の方は感じ取れるだけで拳や英二郎がいるので行きたくない。
西側は香奈美、水葉、灼がいると分かったのでそちらに逃げる事は諦めた。次は北だ。北はなんとタルベや蓮、レアリーなどのサポート系が固まっていた。
「北に行くべきだな」
語 汐は完璧な判断だと思っていた。だがそんな事は全くなくむしろ愚行であった、薫はこうなる事を予測して動かしていたのだ。
ひたすら逃げ惑う、薫は距離を詰めつつも絶対に捕まえなかった。それも作戦だったのだが語 汐それが自分の実力によって追いつけていないのだろうと思ってしまっていた。この時点で普段の冷静な思考が出来んなくなってしまっていた。
そして残り20m近くで範囲外に出れる、そう思った時だった。真正面に一人の男が飛び込んで来た。その男は語 汐にフルパワーのパンチをかます、その男の名は[兆波 凪斗]。白く輝くギザ歯を見せ口角を上げながら言う。
「稚魚レベルだったな、こいつは」
全て上手くいった。雀荘緑川には裏口の北、正面ドアの西しか逃げる手段はなかった。そして変な誤解や店主との揉め事を避ける為普通に正面ドアから出て来るだろうと予想していた。
なので東方向には適当な者を置いた。そして西南北より密度を低くしてその分西南北に人を集めた。そうなると語 汐は戦闘を回避する為一番弱い北に向かうだろう、そしてそこで能力を使っていない時に一番霊力反応が薄い人物を配置させておいた。それが兆波だ。
薫は倒れている語 汐に言葉を放つ。
「お前は逃げた、楽な方に流れた。これが重要幹部と上の差か。まぁ上で留まってる方が良いと思うぜ?
お前は良い意味で人間らしい。ただ怪物に成り切れなかった時点でお前の負けなんだ。
残念だったな。まぁ今日がお前の命日だ、言葉を送ってやるよ。あの世で待ってろ、怪物もどき」
だが語 汐もこのまま終わる気はなかった。むしろチャンスと捉えていた。それもそのはず、語 汐には今鳴きに必要な三人分の牌が揃っているのだから。
第百三十四話「追い込み」




