第百二十話
御伽学園戦闘病
第百二十話「緊急連絡」
黄泉の国から帰還してから二ヶ月が経った。真夏の八月、中等部にとっては天国、高等部にとっては地獄の夏休みに突入していた。例年では地獄では無く天国だった、なら何故今年は地獄なのか。その理由は簡単、訓練があるからだ。
薫は生徒会メンバーとエスケープチームを能力館に集めた。そして説明を始める。
「お前らが約二週間休みを取っている間にある計画が設立された。詳細はまだ言えないが相当な強い奴らとの戦闘が強要される、その為夏休み期間、残り三週間は全て訓練に使用する!」
全員一気に生気を失う。一週間に三回あるだけで疲労が途轍もないのに三週間毎日、更に夏だ。想像するだけで分かるぐらいには辛い日を過ごす事になるのは確定しているのだ。
そして夜更かしをしたりしていた者もいたので四時間後から開始する事となった。ただ先にやっていたい者は先に訓練を始めて良いと告げて薫はあくびをしながら能力館を出て行った。
「いや薫も寝るのかよ…」
須野昌は呆れながらも体力を蓄える為保健室に向かった。他の皆もここ数週間はダラダラしていたのであまり急に体を動かしたくない、なので準備運動をするぐらいはして適当に待っていた。
ただ既に兆波と訓練を始めている者もいた。英二郎、拳、康太、兵助、紫苑の五人だ。軽く準備運動をしてから休みで鈍っていないかを確認する為に少しだけ戦闘を交えた。
「うん。全員変わってないどころか動きが良くなってるね!特に康太!見違えたね、今までは戦闘は他人に任せて自分はサポートに回ればいいって言っていたのに。凄く体術が上手くなっているじゃないか!そして兵助、お前も同じだ。なんか強くなったな!」
「まぁね。流もニアもいなくなって結構戦闘要員が減っちゃってね、僕と礁蔽も最低限戦えるようにしておかなくっちゃいけないんだ」
「そうか。とりあえず薫が来てからが本番だ、それまではひたすら筋肉、いじめっよか!」
全員の顔が曇る。まさかやるとは思っていなかった、拳でさえ声を上げる兆波の筋肉トレーニングだ。今回は非常に苦しい、全員声にならない声を上げながら必死に訓練を続ける。
「大変そうだな」
「そうだね、でも私はあんなのやらなくていいから」
香奈美と水葉は能力館の窓際で座って休憩していた。二人共規則正しい生活をしていたので眠くも何ともない、ただ二人共あそこまで鍛える必要は無いので傍観しているのだ。
「と言うかお姉ちゃんの今の霊ってどこでゲットしたの?前の奴が取り込まれてから一週間ぐらいでもう契約結んでたけど」
「菊が連れて来てくれたんだ、前の子と同じ様な感覚で戦えてとても感謝しているよ。私は降霊術しか出来ないからな」
「お姉ちゃんも剣やればいいのに」
「誰もがお前ほど要領が良い訳じゃないんだ、無茶を言うな」
上級黒狐の降霊術、剣術、体術、これが出来ている能力者は非常に少ない。TISの刀迦も同じことが出来るがあの娘は元から才能があった、だが水葉は降霊術以外全く手に付けていない状態でたった二年で現状まで力を付けた。ホンモノだ。
そんな話をしていると教師の一人が話しかけて来る。
「香奈美さん」
高等部三年を主に担当している国語教師[乾枝 差出]だ。乾枝はある一枚の紙を見せる、すると香奈美が一気に絶望する。
「ど、どうしたのお姉ちゃん」
「香奈美さんはあまり国語が得意じゃ無くてね、たまーに赤点を取っちゃうんですよ。そして今期は黄泉の国に行っていたので少し仕方ない所はありますが赤点だったのでね、追試は無いですが少しプリントを」
そう言って差し出す。香奈美は目を逸らし最大限抵抗しながら受け取った。そこには小学生の書き取りのようにフリガナと漢字を書く欄が大量にあった。
「え!?お姉ちゃん漢字苦手なの!?」
「あ…いや…筆圧が強すぎてな…読めないんだ。字が…だから私は資料を作るときに是が非でも手書きはしないだろう?」
「そういえば…そういう事だったの」
「まぁ仕方無い、まだ時間は沢山あるからその内にやってしまうか」
香奈美は気を入れ直し冷房が効いていて集中出来る保健室へと向かった。水葉も付いて行き乾枝も業務に戻る。能力館では地獄のトレーニングを受けている五人と指導している兆波、そして一人でかかしを殴ったり蹴ったりしているラック、そしてボーっとしている光輝だけになった。
ラックはまだ素戔嗚がいる頃、襲撃の数日前に水葉、ラック、そして素戔嗚で共に攻撃した跳ね返るかかしで訓練していた。力強く殴ると反発して帰って来るのでそれを完璧に交わし間髪入れずに次の攻撃を繰り出す、あまりにも理想的な動きだ。
「凄いな」
光輝が話しかける。ラックは続けながら会話を始める。
「まぁな。慣れた」
「ラックってなんで司令官的な事をしたんだ?」
「あ?知るかよ、エンマが勝手に任命しただけだ。理由があるなら俺も聞きたいね」
そう言いながらも絶対に動きは止めない。その完璧な動きを見た光輝は少し憎くなる、ラックは自分の完全な上位互換だ。頭も、顔も、そして戦闘も。全てが上だ、そんなラックに少し嫉妬してしまった。そしてその完璧を壊したくなった。
「よいしょ!」
乱入した。ラックが蹴ろうとしていたかかしをラックの方に向かうようにぶん殴った。だがラックは人間とは思えない反射神経で交わし今度は光輝にあたる様に殴り返した。
「まぁ一人でやるのも飽きたし、一緒にやるか」
「あぁ!ぶっ飛ばしてやるよ」
二人は楽しそうに共に訓練を始めた。兆波は怪我をさせないように横目では見ていたが二人とも強い子なので気にしなくても良いだろうと指導に集中した。
一方中等部のある一室では補修授業が行われていた、科目は数学。[幸轍 絵梨花]の授業だ。受けているのは一週間半いなかった漆、単純に数学が苦手な陽とファル、そして咲だ。
「おーい咲?聞いてるかー?」
そう呼びかけるとハッと起床したような動きをする。ただ寝ていた訳では無くボーっとしていたのだ。
「咲ちゃん最近ずっとぼーっとしてるよねーダイジョブそ?」
隣の席で聞いていたファルが訊ねる、咲は大丈夫だと言うが少し無理して言っているのが全員分かる。子供達は何と言ったら良いか分からず黙ってしまう、すると黒板の前に立っていた絵梨花が近付いて来る。そしていつものテンションで話し出す。
「流の事なら気にするな!!私は分かっている!!あいつはハイブリッドだからな!!簡単には死なないさ!!!」
「…心配なのはそうなんです。ですが胸騒ぎが止まらなくて…」
「まぁ大丈夫さ。何かあれば薫や私がいるからな!!!」
「そうですね。ありがとうございます」
「そんじゃ再開するぞー後一時間頑張ろうなー」
絵梨花は授業を再開した。咲もしっかりと聞き始めた、だがどうしても収まらない。それは流に対するものでは無かったのだ、血の定め。本能に刻まれた恐怖、ただそれは咲と流にしか分からないのだ。何故ならそれは親が深く関係している事なのだから。
「よぉ久しぶり」
薫は寝る前にある人物に会いに行っていた。それは数ヶ月前に工場地帯から連れて来た逸材[兎波 生良]だ。生良は学園で預かっていた、だがとある者に引き取られる事となったのだ。生良もその事は知っていたが誰に引き取られるかまでは知らなかった。
そしてその日まで後三日だ、なのでここで詳細を伝える事になったのだ。生良は中等部の寮で一人部屋で暮らしていた、薫は適当に椅子に腰かけてから口を開く。
「引き取られる、ってのは分かってるな?」
「はい」
「よし。んじゃ今からは誰に引き取られるかって話なんだがな。そいつ外で暮らしてんのよ」
「外って…本土ですか?」
「あぁ。詳しくは伝えられていないが日本の本土らしい。んで名前が[シウ・ルフテッド]って言ってな、お前と同じ降霊術使いらしい。ただまだ未成年らしくてな。俺も理事長に異論を呈したがどうにも理由があるらしい。一応警告だ、気を付けろよ。恐らく俺とお前はもう会わない、お疲れ様。これからは楽しく暮らせると良いな」
そう言って生良の頭を撫でから部屋を出て行った。生良も少ない荷物を纏め島から出て行く決意を固めたのだった。そして理由とは今は理事長しか知らない事だ、だが三日後判明する事になる。それは非常事態の発生と共に、なのだが。
四時間が経った。全員能力館に集合しているのを見た薫は早速訓練を始める、手始めに軽く準備運動をしてから薫、兆波、そして普段は訓練に参加しない乾枝と絵梨花の計四人と軽く戦闘をする事になる。戦闘と言ってもホントに軽い準備運動の様なものだ。
そして全員終わってからが本番だ。
「さて、分類分けも終わった。これからは四チームに分かれて訓練を行う。どこでやるか、内容等はそのチームの教師に聞け。そんじゃ発表していく」
薫は淡々と発表していった。簡単に言うと体術を磨く生徒は兆波、念能力同士のバトルは絵梨花、降霊術や霊同士や霊を交えた肉弾戦は薫、サポート系の生徒は乾枝、と言ったように分けられた。早速それぞれの場所で訓練が始まった。
ただ初日は訓練と言うよりはただのいじめのような感じで生徒達がひたすらボコボコにされて終わった。この日生徒達は教師勢はバケモノしかいない事をやっと思い出すのだった。
次の日はそれぞれ別の訓練だった。兆波のところはひたすらトレーニング、薫のところは霊を出来るだけ長く出す為に常に霊を出したり術を磨いたりしている、絵梨花の場所では精度や能力の効果を増強する訓練だ、最後の乾枝の場所はまず能力をマスターしなくては話にならないとと言う事で絵梨花の場所と一緒に能力の技術を磨いていた。
三週間と言う長い期間訓練を続けるのでまだ序章も序章だ。だが全員疲れ切っている、だが教師陣はいつにもまして厳しく指導する。ただ二日目は全員疲れによる注意散漫や不安定さが見られたので早めに切り上げる事となった。
そして問題の三日目だ。その日も先日と同じ内容で基礎を伸ばすはずだった、だが十五時を過ぎた頃の事だ。島全体に放送が鳴り響く、それは理事長の声だった。理事長の声の島全体放送は緊急事態のみと決まっている。全員すぐに動きを止め耳を傾ける。
「緊急事態が発生しました。ただちに学園への避難を行ってください。繰り返します、ただちに学園への避難を行ってください。そして学園教師、生徒会、エスケープチームは御伽学園の校庭に集まりなさい」
指示を受けると爆速で移動する。学園私有地で訓練をしていた薫、兆波のチームは最大限の速さで公邸へと向かった。ほぼ同時に到着すると絵梨花、乾枝の班は既に待機していた。全員が集まったか素早く確認する。
「それでは事態を説明する。禁則地に存在する『地獄の扉』が何者かによって開かれた!これは敵襲と考えすみやかに対処を行う!班分け等はしている余裕が無い!なので莉子君が生徒を三人ずつの班で分けて島の全体に始動させる、その三人で協力し地獄の門から出て来る悪霊達を殺してくれたまえ。以上だ」
理事長が説明を終える。質問をする時間が設けられる、すぐに香奈美が手を上げた。そして教師はどうするのかと訊ねる。理事長は「教師は各々動いてもらう、ただし崎田先生は学園の警備をしてもらう」と答えた。
他には質問が無いようなので早速飛ばされる事になる。だが飛ばされる寸前で礁蔽が声を上げた。
「蒿里は何処や!!」
そう、蒿里が見当たらないのだ。だが今は一秒でも早く一般人を避難させなければならない、蒿里は自己防衛が出来るぐらいには強いので一時的に放置する事になった。
「それでは今から飛ばす!何かあれば霊を学園に飛ばすなりして伝える様に!」
理事長のその言葉と共に生徒は全員転送された。三人一組だ、だが皆連日の訓練で疲労が蓄積している。最悪のタイミングでの敵襲だ。だがつべこべ言っている程余裕は無い、全員悪霊を殺す為動き出した。
一方それと同時に動き出した人物達がいた、それは一組だけではない。計五組の部外者が動き出したのだ。
「ハンド!パラライズ行くぞ!!」
それは外で治安を良くするために働く者。
「やばい!俺一人の予定だったけど桃季も一緒に行くよ!!」
「分かったぁ!!!」
それはある少年を受け取る為に動いていた者。
「なんでこんな時にこれが起こるんだよ…とりあえず俺行って来る」
それはとある研究者。
「やらかしてくれたね~ま~た仕事が増えたよ。とりあえず行こうか、完全に俺らの失態だからね。人選は適当だよ」
それはある組織の王の様な存在の者。
「また会う事になりそうだね。一緒に行こうか、ルーズ君」
「はい!」
それはある国と世界を統治する者。
そんな者たちが一気に動き始めたのだ、数秒にして何が起こったのかを理解し。それほどあってはならない事だ、地獄の門が開く事など。
だが起こってしまった、その少し後には大規模な計画が待っていると言うのにだ。だがこれは計画的な犯行では無かったのだ、だが偶々起こった事でもない。ある人物の独断によって起こされた事件なのだ。
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第六章「地獄の扉」
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第百二十話「緊急連絡」




