陽炎
陽の光がが、眩しい。
少し前は立ち込める灰色の雲に押し負けていた太陽は、ここ最近休みを取り戻すかのような勢いでギラギラと辺りを照りつける。道ゆく人は誰もがその強すぎる光を避けようと木陰を歩くから、こんな日向のど真ん中にいるのは肩にかかる髪の毛を風に靡かせる少女だけだった。
少女は何をするでもなくぼんやりと周りを眺めながら、人を待っていた。
ほどなく、あるいはしばらく経ったのかもしれないが、道の向こうからその人が現れる。
一年ぶりに会った灯里は前に会った時よりも大人びていて、確実に時が流れていることを思い知らされた。
沙代、と彼女は呟く。
「久しぶり」
久々にその声で名前を呼ばれた少女──沙代は、嬉しそうに微笑む。
「久しぶり」
それから、灯里といろいろと話をした。といっても、もっぱら彼女の話に紗代が相槌を打つだけなのだけれど。近況報告。最近あった面白い話。趣味の話に、あと少し恋愛の話。
話がひと段落すると、灯里は軽く息をついた。
暑そうに襟を揺する彼女を見て、そろそろお別れかな、と考える。
でも、今日は違ったらしい。
「昔よく行った、あそこ行こ」
「あそこ?」
昔よく行った場所。近所の公園を通り過ぎた先にある、路地裏の向こうの土管しかない空き地。今はもう一軒家に変わっていたはずだけど。
何より、そこにはあまり楽しいとは言えない記憶が眠っている。
それでも彼女はそちらの都合などお構いなしだというように歩き出す。
「思い出作りにさ、いいでしょ?」
それがなんだか幼い二人に戻ったようで。
「わかった!」
何も考えていなかったあの頃のように返事をした。
ここから空き地だった場所には少し距離がある。途中ほとんど変わらない街並みを見て紗代は軽くため息をついた。
「懐かしい……」
「……うん」
先ほどより元気を失ったような灯里の声に、バテたのかと顔色を窺うと少し硬い表情をしていた。
緊張しているのか。視線に気づくと灯里はふっと苦笑いを漏らした。
「ごめん」
「別に、気にしてない」
少し休むか、と聞こうとして、ふとそのごめんが気を遣わせたことに対してだけへの謝罪ではないことに気づく。
やはり、気にしているのだ。
あの日──まさにこの場所で喧嘩別れをして飛び出した紗代がそのまま事故で帰らぬ人となってしまったことを。
「ホント?」
気にしないでほしい、というには未練に縛られてこの世にとどまったこの身があまりにも矛盾するけれど。
「うん」
それでも、紗代は笑顔を見せた。
そのことに少しは安心したのか、あかりの表情も和らぐ。
「よかった」
二人で、来た道を戻る。
「ありがとね」
灯里が、ぽつりと呟いた。
「こちらこそ」
「また来るよ!」
墓石の前で手を合わせ終えた灯里が、手を振る。
「待ってる」
また一年、季節の移り変わりを待ち続ける日々が始まる。
「次はさ、お土産楽しみにしててよ!」
「どこ行くんだよ」
「内緒!」
「教えてくんねぇのな」
楽しみにしてろ、ということか。確かにそれくらいないとやってられないかもしれない。
「またな!」
「うん。またね!」
二人はそれぞれ元いた場所に戻る。
「変な嘘つきやがって……あのバカ」
帰り際、灯里が吐き捨てた言葉を紗代は知らない。
二人で笑い合ったあの場所はもうないけれど。
「あーあ。また行きたいなぁ」