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6.フローラと王太子

 

「フローラ嬢。そなたは重要参考人だが、容疑者ではない。そもそもそなたに殺害は無理だ」


 テオドール王太子が話しだすと、フローラの視線が彼に寄越された。

 その藍色の瞳いっぱいに自分が映し出されていると思うと、彼はなんとも言えぬ不思議な高揚感を覚えた。


「む、り?」


「あぁ。家族を襲ったのは刃物。それも鋭利で長大な。そうだな、ちょうどこの私の側近が帯刀しているが、これくらいの剣でなされた犯行だ。これで一刀のもとに絶命させる技をそなたはお持ちかな?」


 王太子は彼の背後に控えるジャン・ロベール副団長の腰に下げた長剣を指差す。


「まさか! わたくし、刃物なんて……食事用のカトラリーくらいしか……」


 否定するためか頭を左右に振るさまが愛らしい。艶やかな髪も一緒に揺れて陽の光を弾く。


「そうであろう、その細腕では、どだい無理な話なのだよ」


 安心させたくて笑顔を見せてみれば、少しだけ肩の力を抜いたようだ。あからさまにホッとした様子になった。


「では、わたくしはなぜここにいるのでしょう? 疑われているからではないのですか?」


 フローラの疑問に答えたのはヒュー・アボットだった。


「フローラお嬢様。閣下たちがあのような仕儀に相成りましたので、ジベティヌス公爵家の親戚のみなさまが乗り込んでくると執事(トマス)が予想したのです。そうなったらお嬢様の御身(おんみ)が危ういと……王宮(ここ)で保護されているのなら、どなたさまも御身に手出しできないと」


「え? わたくしの身が危うい? ……のですか?」


「フローラ嬢。そなたはジベティヌス公爵家の生き残りだ。その身に公爵家のすべてが相続される。親戚筋に強欲な者はいないか? そなたを(あや)めて権利を得ようとする者は? あるいはそなたを手籠めにし夫という立場と爵位すべてを手に入れようとする者は?」


 王太子の解説に、フローラは青い顔をしたまま徐々に頭を抱えた。


「……あぁ、そういう……だから保護……」


「不満かもしれぬが、大人しくしているが身のためぞ?」


「いえ、よろしくおねがいします……」


 困惑の表情のまま、呆然と返事をする彼女にヒュー・アボットが勢い込んで問いかける。


「それでですね、お嬢様! 公爵家の資産を一時凍結したいのです。その為の手続きに特別な印璽が必要なのです。金庫の鍵、ご存じではありませんか?」


「あぁ……最初に、そう言ってましたね……かぎ? 金庫の鍵? わたくしの身の回りに、そんなものあったかしら」


 人差し指でその細い顎を突きながら考えるさまは、どこかあどけない幼子のようで微笑ましかった。


「なにか、閣下から……いいえ! お母君から伺ってはいませんか? 託された物などは、ありませんか?」


「かあさまから?……あ……かあさまの形見のペンダント……あれに、鍵の形のちいさなチャームがついていました……もしかしてあれのことかしら」


「いまそれをお持ちですか?」


「……いいえ」


「どこにありますか?」


 ヒュー・アボットの問いに、フローラは少しの逡巡をみせた。


「ずいぶん、昔に……グロリアお義姉さまに取り上げられてしまいました。……かあさまの形見だからずっと首から下げていたのですが、装飾品なんて生意気だと言われて」


「グロリア……次女ですね。緊急事態です。家族全員の個室を捜索しましょう。私が陣頭指揮を執ります。フローラ嬢、よろしいですね?」


「え? は、はい。お願いします……?」


 ジャン・ロベール副団長の申し出にフローラはキョトンとした顔で返事をした。

 ではアボット卿、ともに参りましょう。そう言って副団長はヒュー・アボットと共に退出した。

 こっそり王太子の背を叩くのを忘れず。

 恐らく、フローラを口説くなら今だとか、狼にはなるなとか、そういった意味合いであろう。


 面映ゆい思いを抱えながら、その場に残された王太子は侍従に自分の分のお茶の支度を命じた。


「なぜ、あの騎士さまはわたくしに捜索の了解を求めたのでしょうか」


 副団長の去った扉を見守っていたフローラがぽつりと呟くように質問した。


「そなたを公爵家の……いや、女公爵として敬意を表した。家宅捜索するのに家主の了解を得ないなんて無礼な真似はできない。ま、そういうことだ」


 なるほど、そういう意図でしたかと呟いたきり、フローラは沈黙した。視線を膝の上においた両手に据えたまま。

 その握り締めた両手が微かに震えているのに気がついた王太子は、フローラに話しかけた。


「フローラ嬢……そなた、母君の形見まで取り上げられていたのか」


 フローラは複雑な表情のまま何も答えなかったが、その沈黙が答えだった。


「ひとり、離れとやらで生活させられて……母屋に足を踏み入れなかったと言っていたな。いつもそうだったのか?」


「……いいえ。お義姉さまのお仕事のお手伝いをするときには、お義姉さまのお部屋を訪れる許可が下りました」


「仕事の手伝い?」


「はい、お義姉さまは王太子妃となられるお方なので、それはもう膨大な量のお手紙がありました。その仕分けとか、お返事の代筆とか……その他にもお屋敷の管理監督のお仕事をお義母さまから任されていましたから……いえ、わたくしのしていた事は雑用ですが」


 本来なら侍女の仕事だが、それらを異母妹に手伝わせていたのか。筆頭公爵家に人員が足りないなどあり得ない。異母妹に対する嫌がらせの一環だろう。

 まったく、あの女は……と内心苦々しく思いながら、それよりも目の前の少女を労うのが先だろうと意識を彼女へ向けた。


「つらくは、なかったのか?」


 出来るだけ優しく話しかけたつもりだったが、そう訊かれたフローラは一瞬瞳を揺らせた。

 視線を下げると長い睫毛が頬に影を作る。どこか懐かしい過去を回想するような表情を浮かべ、淡い微笑みを見せると小首を傾げて王太子に視線を寄越す。


「幼い頃は、庭のいばらの植え込みの陰に隠れて泣きました。バラ園は季節になるとそれは見事な花を咲かせるのですが、花の季節以外は誰も近寄らなくて……誰も来ないので、絶好の隠れ場所でした……もしかしたら、庭師にはわたくしが隠れていることなど、知られていたのかもしれません……いつも、こどもが隠れやすいような場所があったから……あれはわたくしの為だったのかも……」


 その淡い微笑みは、彼女の諦めの心境を物語っているかに見えた。

 痛ましいと、王太子は感じた。たった15歳の少女がこんな(かお)をするなんて。


「優しくしてくれる人間も、いたのか?」


「執事補佐のトマスと厨房のエイダは父娘(おやこ)で……いつも気遣ってくれました。庭師のラウノ爺と……わたくしの馬車の御者も親切でした」


「そうか」


 少しだけ笑みの種類が柔らかく変化したのは、彼女に対して親切に振る舞った者を思い出したからか。

 だがこれからは。


「そなた、これからも王宮で暮らさないか?」


 そのちいさな肩に大きな命運を背負うことになった少女の助けになれないだろうか。


「公爵家に戻り、こうるさい親戚連中と戦う覚悟はあるのか? だが私の妃となり王宮(ここ)で暮らせば、ジベティヌス公爵家の些末な家門の者など、私が蹴散らしてくれようぞ。考えておけ」


 フローラはその大きな瞳をさらに大きく見開いたまま、王太子の瞳を見かえした。まるでそこに真意が書かれているのを読み取ろうとするが如く。


 そんな(さま)でさえ愛らしいと、王太子は微笑む。

 彼は言うだけ言うと、呆然とするフローラをその場に残し退出した。

 ドアが閉まり、部屋の中に静寂が満ちると


「……ま?」


 戸惑うフローラの声がぽつりと零れた。



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[良い点] 妾腹の妹が虐げられるのは昨今のクズ妹ブームでは一周して新鮮でした。 [気になる点] 正妻は虐げるさいにも世間体を気にかけていたのに、姉たちはパーティという不特定多数の前で虐げたのは何か理由…
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