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4.ヒュー・アボットの報告

 

 ジベティヌス公爵家には有名な三姉妹がいた。

 特に有名なのは庶子である三女。異国の踊り子に産ませた娘。今は亡きその踊り子に生き写しという美しい娘。

 どこの貴族も大概そうであるが、ご他聞に漏れず公爵家も政略結婚で子を為した。一男二女を授かり、政略結婚と言え夫婦仲は良いのだろうと思われていたが、何を思ったのか公爵は踊り子に魅了され(たぶら)かされた。その金髪か、はたまた男を誘惑する見事な身体になのかはわからない。公爵は彼女に嵌り、貢ぎ、しばらくは別邸に踊り子を囲い本家に帰らないありさまだった。


 そんな生活が8年続いた。

 公爵は突然本家に帰還した。7歳になる、踊り子そっくりな金髪の娘を連れて。

 踊り子が死んだからだ。

 公爵は自分が連れて来た金髪の娘を正妻に託し、領地へ赴き領地経営に尽力した。王都では軍務省の長官を務め、今まで片手間にしていたような雑な仕事を改め馬車馬の如く働きづめになった。領地の邸宅と、王宮にある軍務省長官の執務室を往復する多忙を極めた生活は、世事を忘れる為に没頭しているようにも見えた。

 王都にある公爵家の本邸宅にはほとんど戻らなかった。



 公爵家内部を取り仕切るのは正妻である公爵夫人の勤めである。子どもの教育に関しても。公爵夫人は新しく迎えた金髪の娘を正式な三女として届け出た。無論、庶子だ。自分の産んだ娘二人と同等の教育を与えた。

 彼女の行いを聞いた人々は彼女を良妻と褒め称えた。賢婦の鑑とも。


 その影で。

 三女は言葉により虐められていた。

 言葉は時に、剣よりも明確に人を傷付ける。誰にも見えない、癒えたかどうかも解らない心の傷を。

 住まう場所を与えられたのは確かだが、本邸ではない。少し離れた別館――長女ヴィクトリアはそこを『小屋(ねぐら)』と呼んだ――が、三女フローラの住居だった。


 充分な食事も与えられた。だが、離れでの生活を強いられたので、温かい食事とは無縁だった。もちろん、家族団欒など物語の中の出来事だ。

 市井の暮らしと比べれば高度な教育を受け、衣服は長女や次女のお下がりが与えられた。

 長男も、長女も、次女も。

 三女を無視した。居ないものとして扱った。彼女に向き合う時は、(さげす)む言葉を告げる時だけ。


 自分たちから父親を奪った女。卑しい女。死んで誰もが喜んださもしい女と、彼女の生みの親を嘲笑った。お前はその女の娘なのだと罵った。

 お前は卑しい踊り子にそっくりだ。

 きっと心根も卑しいのだろう。

 人の夫を盗む、悪女。

 その美しい姿形で、男を誘う悪魔のような淫婦。お前は自分を律しなければ、生みの母と同様に悪魔に身を堕とすだろう。


 公爵夫人は彼女に関心を払わず、異母兄姉は、彼女を蔑んだ。


 使用人は、出来るだけ彼女と関わらないよう過ごした。日常生活の補助はしたが、それ以上の手出しはしなかった。

 一度、メイドがワザと三女を転ばせて、三女は膝を擦りむいた事があった。メイドは軽い気持ちでやった。この家の女主人に嫌われている三女など、何をしても構わないだろうと。

 だがその報を聞いた夫人は、意外なことに転ばせたメイドを(くび)にした。紹介状は与えなかった。公爵夫人は、三女の身体に傷がつくのを殊のほか嫌った。

 世間体のためである。


 お陰で、表立って三女を虐めようとする人間は現れなかった。

 ()()()()()三女も公爵家で大切に育てられた令嬢となった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「なるほど相分かった。参考になった」


 テオドール王太子は眉を顰めた。

 彼の婚約者だった麗しのヴィクトリアは、社交界ではその美しさも品位も知性も最上級の淑女の鑑と評判だった。


 だが陰では異母妹を虐げる性根の腐った令嬢だったらしい。

 愛人の子が気に入らないのは仕方ないにしても、放っておけばよいものを。


 昨夜のあの騒動のとき、ジベティヌス公爵は王太子である自分への挨拶もそこそこに、有無を言わさぬ勢いで娘三人を連れて退出した。長女と次女に至っては憎々しいと言わんばかりの瞳を父親から向けられていた。彼は三女に対する家人の対応など知らなかったのだろう。フローラは対外的には何不自由ない令嬢として生活していたのだから。


 これはますます公爵本人による内部犯行の線が濃くなった。

 そう考えていた王太子にジャン・ロベール副団長は囁く。


「でも、変ですね。公爵はなぜ自殺したのでしょう。それも凶器をどこかに隠して。自分の意に反した者が自分の妻子だった。それを衝動的に殺した。ここまでは分かります。ですが公爵という身分を考えれば、その遺体を部下に始末させて事件そのものを闇に葬ることも可能だったはずでは? 自殺する理由がわかりません」


「自殺の、理由か」


「自分の愛する娘だけは殺さなかった。邪魔者を始末したあと、その娘と新たな生活をやり直せばいい。だが彼はそうしなかった。なぜなのでしょう?」


 なぜと訊かれても、王太子にもその理由はわからない。すべて推測の域をでない。


「殿下。こう申し上げたら語弊があるかもわかりませんが、犯人の決め手は『この件で一番得をするのは誰か』です。今回、この殺人事件のお陰で一番得をするのは誰ですか?」


 誰が一番得をしたのか。

 自分をイジメていた継母と異母兄姉妹が死に、父親までも自殺した。

 三女フローラに公爵家のすべてが相続される!

 犯人はフローラだというのか?



 その時、ヒュー・アボットは切実な表情で訴えた。


「あ、あのぅ……殿下。フローラ様との面会の許可を頂きたいのですが」


「面会?」


「はい。今回、このようなことになりまして公爵家の財産などを一時凍結する必要があります。代替わりの遺産相続の手続きが必要なのです。そのための特別な印璽が必要なのですが、印璽が保管されている金庫の鍵をフローラ様がお持ちのはずなのです」


「フローラ嬢が、金庫の鍵を持っていると?」


「はい。8年前に公爵閣下がお戻りになって遺産相続に関する遺言書を書き換えました。そのときに印璽の話もしまして……閣下が『大切な鍵だからオーロラに預けた』と」


「“オーロラ”? とは誰だ」


「フローラ様の実の母君です。すでに亡くなっていますが、確かにあのとき閣下はオーロラと、仰いました。フローラ様なら鍵の在処(ありか)をご存じかと思いまして、お話を伺いたいのです」


「なるほど。――面会を許す。私も同席しよう」


 ヒュー・アボットと共に、フローラ・ジベティヌスが保護されている部屋に向かう途中、副団長は王太子に囁いた。


「フローラ・ジベティヌス嬢が金庫の鍵を自由にできる立場にいたのなら……公爵を自殺に追い込んだのは彼女だと考えられませんか?」


「……フローラ嬢が?」


「令嬢本人が昨夜言ったのでしょう? 『人の心は言葉によって殺すことが可能』だと。彼女は公爵を絶望させ、彼女と共に生きる未来を絶った。そして公爵家のすべてを手に入れる立場になった。……違いますか?」


「……違わん。だが、もしそれが真実だとして……我々はそれを罪だと問えるのだろうか」


 王太子の問いに、副団長は答えられなかった。

 廊下には王太子たちの靴の足音が響くばかりだった。




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