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1.ジベティヌス公爵一家、殺人事件

 

 深夜、男は刀を振るう。


 憎い相手をその愛刀で(ほふ)り去る。


 目頭が熱いのは泣いているせいだろうか。


 愛している愛している、愛しているのに。


 男の想いは届かなかった。否、理解されなかった。なぜ、こうまで自分の周りには愚か者ばかりが集ったのだろう。


 こんな者たちを野放しにしたせいで、男がもっとも大切にしなければならなかった花が汚された。


 全ては己の愚かさが招いた報い。


 ならば、


 ――後始末は己の手で。





 ◇◇◇◇◇◇






 ドゥリオ・ジベティヌス公爵一家、ほぼ全員皆殺し。

 それは一大センセーショナルな事件だった。


 ある初夏の朝、公爵家の執事が当主夫妻、長男、長女、次女、計五名の変わり果てた姿を発見した。夫人とふたりの娘は談話室で刺殺され、長男は自室で滅多刺し。当主は二階のバルコニーから首を吊った姿で発見された。

 生き残ったのは15歳の三女だけ。

 凶器は発見されていない。


 事件が大々的に取り沙汰された理由は、公爵家の長女がこの国の王太子殿下の婚約者だったからだ。それも事件前夜の夜会で、婚約者はジベティヌス公爵家が長女ヴィクトリア嬢であると公式発表されたばかり。

 発表された翌日に、その彼女を含む一家ほぼ全員が殺害された。


 事件の詳細を捜査する為に王立騎士団が動き、上流階級はもとより、市井でもこの事件は話題に登った。


 犯人は誰だ。

 我がエイーア国、筆頭公爵家の権勢を妬んだ者か。

 王太子の婚約者という地位を狙った家の者か。

 はたまた、公爵家に仕える者の犯行か。

 公爵家敷地内にはジベティヌス騎士団という、公爵家に仕える騎士団が存在する。その彼らの目を掻い潜っての犯行なのだ、内部犯に間違いない。


 市井ではそんなふうに面白おかしく噂された。




 事件現場は王都にあるジベティヌス公爵家邸宅。

 王宮のすぐそばに位置するその場所で起こった陰惨な殺人事件に、エイーア国王太子テオドールは頭痛を堪えるような表情をした。彼は王立騎士団名誉総帥の任に就いていたので、最高責任者としてこの件の報告を受けていたのだ。


「まずは殿下。ヴィクトリア嬢のこと、お悔やみ申し上げます」


 沈痛な面持ちで頭を下げる騎士団の副団長に、王太子は鷹揚に手を振った。


「よい――現場の状況は?」


「ジベティヌス騎士団が現場保存の鉄則を守ってくれたお陰で、おおよその捜査は済んでおります。

 談話室にジベティヌス夫人、長女ヴィクトリア、次女グロリアの刺殺死体がありました。いずれも鋭利な刃物一振りで絶命した模様。長男アレクサンダーは自室のベッドの上で。彼の遺体は一番損傷が激しい状態で発見されました。頸部および手足の切断。胴体に複数個所の傷痕、特に局部を酷く損壊させられています……執拗な、恨みを晴らす目的でもあったような印象です。以上四名の刺し傷はどれも同じ刃物によるものだと推測されますが、凶器は未だ発見されておりません。

 当主であるドゥリオ・ジベティヌス公爵閣下は自室の二階ベランダから首つり遺体で発見されました。彼が自殺なのか他殺なのか、未だ判断がつきませんが、彼の衣服が大量の返り血を浴びた状態だったので、恐らく……」


 副団長であるジャン・ロベールはテオドール王太子の側近でアルフォード侯爵の次男だ。王太子よりも5歳ほど年上の彼は、側近である以前に王太子の幼馴染みでもある。

 その彼が報告の言葉尻を濁したのは、捜査の結果ジベティヌス公爵一家を惨殺したのは公爵本人だと言外に伝えたかったからだ。


「凶器は発見されていないと言ったな」


「正確には『特定できない』です。公爵の自室にも該当しそうな長剣が何本か飾られていました。ですが、どれも血糊などついていませんでした」


「――公爵の遺書は?」


「いえ。捜索中ですが、そのようなものは無いかと」


 王太子はしばし空を見つめ考え込んだ。


「……これは当主であるジベティヌス公爵の暴走。彼が妻子を殺害し自殺した、という線が濃厚だと私は思うのだが」


「……なぜかと、伺っても?」


 ジャン・ロベールの冷静な碧眼が王太子を見つめる。


「公爵は軍務省の中でも有数の剣の使い手だったと聞いたことがある。独身の頃は戦場で何度も武勲をあげたかなりの腕前だったと……あとは……あぁ、君は昨夜の騒ぎを知らないのか」


 テオドール王太子は、どさりと背もたれに体重をかけた。少し働きづめだったが、緊張の糸が途切れた。侍従に目配せしてお茶の支度をさせる。


「昨夜の騒ぎ? ……夜会で、ですか」


「あぁ。私の婚約者(ヴィクトリア)のお披露目の場でもあったのだが……」



 ◇◇◇◇◇◇



 その夜会は、正式にテオドール王太子殿下の婚約者となったジベティヌス公爵家長女のお披露目会を兼ねていた。昼に婚約式を行い、公爵令嬢は准王族として正式に認められた。


 その栄えある宴の最中に、黒髪を見事に結い上げ深紅のバラで飾った淑女が同じく黒髪を結い上げた同年代の少女と共に、金髪の少女に赤ワインをかけ、彼女の白いドレスをわざと汚した。赤ワイン塗れになった少女を蔑みの目で見降ろし、彼女を()(ざま)(ののし)った。


「不義の子である貴女が、のこのこと王宮になど来るものではなくてよ。()くと(ねぐら)へお帰り」


「本当に。卑しい女の子どもが、この様な晴れがましい場に姿を見せるなど、我が公爵家を愚弄する気?」


 あぁ、と。

 その場に居合わせた誰しもが納得した。

 あそこで虐げられている見事な金髪の少女は、有名な公爵家の三女であり、()()庶子か、と。

 “あの有名な”踊り子の娘か、と。噂には聞いていたが、初めて見たと。



 公爵家三女フローラの美しい容姿は人目を惹いた。

 輝く金の髪は豊かに波打ち、(けむ)るような睫毛の下の瞳は、夢見るような深い藍色。

 白磁の肌に薄紅色の滑らかな頬。可憐で小振りの唇は控えめな紅が塗られ、より扇情的だった。

 (たお)やかな肢体とそれを裏切る豊かな胸。白く長い手足。

 彼女を構成する全てが人々の、特に男の目を惹きつけ劣情を煽った。

 それらすべて、三女の実母である踊り子から譲り受けたもの。


 長女も次女も公爵夫人譲りの黒髪なので、一見しただけで彼女らが姉妹だと思う者は少ない。


 その三女は、ふたりの異母姉から赤ワインをかけられるという(はずかし)めを受けていた。

 型は流行遅れだが質の良い白いドレスに、ワインの赤が無情にも染み込んでいく。

 無抵抗の三女の頭からグラスを傾けワインを零しているのは、この国の筆頭公爵家の令嬢。名をヴィクトリア。美しく結い上げられた黒髪には紅い薔薇の生花が飾られていた。王家の象徴の薔薇をその身に飾る事を許された彼女は、この国の王太子の婚約者だった。

 隣に並んだ妹、グロリアと共に赤ワイン塗れになった末の異母妹を(さげす)みの目で見降ろしていた。

 誰も彼女たちの行動を止められなかった。




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