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「聞き覚えがある奇声が聞こえたと思ったら……何故君がここにいる? イリス」

「まあ、リリー! 久しぶりね!!」

「おいっ、僕が隣にいるのが見えないのか!」

「ヴァルター様、タイミングが悪すぎますわ。間の悪い方ですわね」

「なんだと!?」


 アルトと一緒にいる時に会いたかったのに、どうしてわたしが一人でいる時に遭遇してしまうのかしら。

 いやもう、マウントすらどうでもよくなってきましたわ。


 だってここに! お刺身があるんですの!!

 お醤油があるし、お味噌も存在していることがわかりましたのよ!?


「わたしは今ヴァルター様にかかずらっている場合ではありませんの!!」

「……何か勘違いしているようだけれどね、イリス。君はもう貴族でもなんでもないんだよ? 国外追放された君は、単なる平民に過ぎないんだ。リリーの姉だから大目に見てやっているが、振る舞いには気をつけるべきだよ。まあ、その貧相なドレスはお似合いだよ。夜着のようで平民落ちした君のためにあつらえたようだ」

「はいはいわかりましたからどっか行ってくださいません? あ、リリーはここにいてくれていいのですわよ」

「お姉様、私の婚約者であるヴァルター様に失礼ですよ! ヴァルター様の気を引きたいのはわかりますが、そんなやり方では心が離れるばかりです! どうか、せめて見苦しい真似はおやめください……!」

「えっ!? 婚約しましたの!? ヴァルター様は未来の義弟……? でしたらヴァルター様もここにいてくれて構いませんわよ。一緒にお刺身を食べましょう」


 お料理も大事ですけれど、家族も大事にしないといけませんわ。

 わたしが寛大に受け入れたものの、二人の反応は芳しくありませんでしたわ。


「ヒッ、生の魚ですって!? 信じられない! お姉様はなんてものを私に食べさせようとするのですか!?」

「火の通っていない生モノをリリーに……! 許しがたい! 君は実の妹にどこまで非道なまねをするつもりだ!?」

「いや、これは生で食べられるお魚のはずですわ。ですわよね?」

「エルフの方に食べていただいても問題のないように寄生虫も排除してあります」

「寄生虫!? 気持ち悪いっ!!」


 リリーが叫んだためにひと目が集まりましたけれど、でもこれはしょうがないですわ。リリーは悪くありませんわ。寄生虫だなんて口にした担当者が悪いと思います。

 アニサキス的なもののことなんでしょうけれど、知らない人間が聞けば何事かと思いますわよ。


「いえ、ですから排除してあると――」

「排除しているとはいえ、寄生虫の巣くうようなものを火も通さずにエルフに供そうとするとは、命が惜しくないと見えるな」

「ヴァルター様、この世の大抵の生き物には寄生虫が巣くっていますわ」

「そういう問題ではない! 君は黙っていてくれ、イリス。これは帝国という大樹の元に集う国の民としての矜持の問題なのだ!」


 なんだか人がガンガン集まって来てしまいましたわ。

 担当者の顔色がますます悪くなっていきます。

 ヴァルター様はわたしに喧嘩を売っていたはずなのに、今度はこちらのお醤油の国の担当者の方に喧嘩を売り始めましたわ。


 属国間のマウンティング行為ですわ。

 こうして帝国の下で横並びに位置づけられている属国間がお互いの地位を探り合っているんですの。

 弱肉強食と言えば聞こえはいいですけれど、一対多なのでほとんど集団いじめみたいな感じですわ。


「ヴァルター様、かっこいいです……!」


 リリー、これがかっこよく見えてしまうんですの??

 恋は盲目ってこのことを言うんですわね。お姉様は悲しいですわ。

 目を覚まして欲しいですわ!!


 その時、帝宮大広間に流れていた演奏がぴたりと止まりましたわ。


「アルト王子のおなーりー!」


 中央階段から一人降りてきたアルト。

 わたしってもしかして、あの隣にいないといけなかったのではないかしら??


 首を傾げていると、アルトがこちらを見ましたわ。

 ここにいるのがバレていますわ。


 そして、こちらに向かってきましたわ。

 ヤバいですわ! きっと怒られるんですわ!!


「エルフの王子がこちらに来ている、だと……?」

「そんなっ! まさか私のことを見ているんじゃ……どうしましょう、ヴァルター様……っ!」

「君の美しさを侮っていた僕を許してくれ……! だがしかし、君をむざむざ奪われたりはしないよ、リリー」

「嬉しいです、ヴァルター様! 私が愛しているのはヴァルター様だけです!」


 ひしっと抱き合う二人の横を通り過ぎて、アルトがわたしの前にやってきたかと思うと、わたしの目の前で膝を折りましたわ。

 どうしましたの? 膝に矢を受けてしまいましたの??


「イリス。今夜のおまえは他の誰より美しい。世界樹の花のように可憐で枝のようにしなやかだ」


 突然の美辞麗句にびっくりですわ。

 どうしてしまいましたの? アルト、拾い食いでもしましたの??


「どうか俺とファーストダンスを踊ってはくれないだろうか」


 跪いてダンスを請うアルトは輝かんばかりに様になっていますわ。

 流石は王子様の貫禄です。

 しかしなぜ急にこんなパフォーマンスを? と首を傾げた直後に気づきましたわ。

 横で唖然とした顔をして固まっている、ヴァルター様のお姿に!!


 なるほど! アルトはわたしのためによりよいマウントを取らせてくれようとしているんですわ!!

 リリーまで一緒に驚かせてしまっているようでしたけれど、悪い驚きではないし、構いませんわね。


 今ちょっとお醤油とお味噌を見つけてしまいましたので、本当ならダンスなんか踊っている場合ではないのですわ。

 だけど、アルトはわたしのためにここまでしてくれましたわ。

 友達がいのないことはできませんわ!

 わたしもここは、全力で応えるべきでしょう!!


「喜んでお受けいたしますわ、アルト様!」

「かわいい」


 うちのちょっと変わったお兄様以外には言われたことのない賛辞がアルトから飛び出しましたわ。

 ヴァルター様の顎がカクーンと落ちましたわ。完全に理解しましたわ!


 悪役に仕立て上げて婚約破棄して国から追放した元婚約者が、宗主国の王子のパートナーになっているだけでなく。

 実はラブラブ!? だったりしたらもっともっと驚きますわよね!

 四方八方から飛んでくる驚愕や羨望、嫉妬の眼差しが最高に気持ちいいですわ! 

 もっと、もっとちょうだいなのですわ!!


「ふふふん!」

「これがドヤ顔……かわいすぎて胸が苦しい」


 アルトもノリノリで演技してくれていますわ。

 全力で乗っかっていきますわよ!


 エスコートされて、わたしとアルトだけが大広間の中央に進み出ますわ。

 ちなみにダンスならバッチリ踊れますわ。

 何しろ公爵令嬢でしたし生まれながらに王太子ヴァルターの婚約者だったので。叩き込まれておりますの。

 運動した後のご飯は鳥の餌でも美味しく感じられますしね!


「すべて俺に任せてくれ、イリス」


 不思議と、アルトの微笑みがいつもより煌めいて見えますわ。

 本当にわたしに渾身のドヤ顔をさせてくださいましたわ。正直、冗談みたいなものだと思っていましたのに。


 音楽が始まると、驚きましたわ。

 すべて任せろと言うだけあって、本当にダンスがお上手でしたわ。

 わたしも下手というわけではありませんが、もっとダンスが上手くなれたように錯覚するくらい踊るのが楽しいですわ。

 この時間がずっと続けばいいのにと思うくらい……。


「ありがとうございます、アルト様」


 ダンスを終えて、思わずお礼を言ってしまいましたわ。

 なんだか嬉しくて顔が笑ってしまいます。

 得意の絶頂ではありますけれど、それだけが原因ではありませんわ。

 アルトと一緒に舞踏会に出られたことが、何故だかとっても幸せですわ!


「ふぐぅ……ッ!」


 アルトが胸を押さえて呻きましたわ。

 顔が赤いですけれど大丈夫でしょうか? 

 保護者の方のジャッジ、どうですの??


「アーロ殿、あれは完全に手遅れのやつですよ。ハハハ」

「あ、あんな女を世界樹に喩えるなんて…… ! ううっ……うっ……うううっ……!」


 シャンパンを片手に笑っているヴェリと泣いているアーロが見えますわ。

 いつも楽しげなお二方ですわ。




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