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「イリス、おまえにこれを贈る」

「ありがとうございますわ、アルト様」


 そう言ってアルトが差し出してきた箱を受け取って、開くとそこには事前に見せていただいたデザイン案の通りのドレスが入っていました。

 他にもセットらしき靴や装飾品もありますわ。


「とても軽い布ですわね。知らない肌触りですわ」

「ああ、木綿の一種だ。どうだろう。おまえが気に入るといいんだが。もし気になる部分があるようなら言ってくれ。すぐに直させる」


 そこまでわたしを気づかってくれるだなんて、相当お米のおかずのレパートリーを増やしたいに違いないですわ。

 気持ちはとってもわかりますわ。飽食の国の記憶を持って生まれ変わっていますもの。

 毎日同じ料理なんて飽き飽きしますわ!


「エンパイア・スタイルですわね」

「エンパイア?」

「ふむ。帝国、という意味ですわ」

「それはいいな。帝国風のドレスとして広めればみんな倣うようになるだろう。コルセットなど駆逐してくれる」


 何故そこまでコルセットに対して憎悪を燃やしているのかは知りませんが、好都合なので全力で乗っかりますわ。


 つい口にしてしまったのは前世の意味合いでの帝国です。違和感がないので放置でいいですわね。

 ヨーロッパの帝政時代のドレスって、こんな感じのデザインだった気がしますわ。

 当時のお料理がどんな感じか気になって調べた時に、ちょいと囓りましたの。


 広げてみたドレスはうっすらとラメがかかったようにきらきらと輝く不思議な布地で作られた、ハイウエストのシンプルなドレスでした。


 そうそう、わたしもリーンバルトでこういう感じのドレスを流行らせたかったのですわ。

 失敗してしまいましたけれど。

 こういう形のドレスを作るにはある程度柔らかな布が必要なのですけれど、うちの国には代用できるような布が見つからなかったのですわ。


「わたし、この布地が好きですわ。肌触りがとってもいいですわ。全部の服をこれで作りたいですわ」

「それなら余った布地を贈ってやろう」

「余っているなら遠慮なくありがたくいただきますわ!」


 先日採寸を受けたので当然ではありますけれど、サイズも合っているようです。


「あれ……世界樹の……」

「アーロ殿、言っても詮ないことですよ」

「お待ちくださいお二方。あのドレスの手入れをするのは私なのですが??」

「大丈夫ですよ、パウラ殿。世界樹素材は丈夫ですので普通に洗っても早々毛玉にはなりません」

「うう……っ、お嬢様が世界樹の木綿のドレスを贈られて舞踏会に出席すると報告書を提出したところで真に受けられず一笑に付される未来が見えます……!」

「本当のことなのにおかしいですねえ?」

「おかしいのはそのような事態が起こっている現実の方だから仕方がないですな。同情に値する」


 アーロとヴェリとパウラ、相変わらず仲良しですわね。

 遠くで和気藹々と喋っていますわ。仲良きことは美しきかなですわ!


「きっとおまえに似合う、イリス」

「ありがとうございます、アルト様。さっそく着替えて来ますわ!」

「私の力の及ぶ限りお嬢様を美しく仕立て上げてみせます」


 パウラの顔がマジですわ。ゴルゴですわ。

 久方ぶりの舞踏会の準備だからか、自分が出席するわけでもないのに数日前からパウラの熱の入りようが半端ないんですの。


 パウラと共に奥に引っ込み、わたしはパウラの手にすべてを委ねます。

 流石に生まれてから十六年は公爵令嬢をやっておりましたから、世話をされるのには慣れていますわ。


「パウラ、そんなに肩肘張らずとも構わないとアルト様も言ってくれたじゃないの?」

「できるだけ美しく豪奢に着飾った方が心地よいマウントが取れるのでは?」

「絶世の美少女になってみせますわ!!」


 パウラがいいことを言いましたわ。そうでしたわ。

 わたし、帝国全土の料理人が集うという食事にばかり気を取られて、忘れていましたわ! 食事に比べれば些末なことですもの。


「ですがお料理を食べる時に邪魔にならないよう、髪の毛が垂れ下がらないようにピンで留めるのは忘れないでくださいませ」

「本当に何故このようなお嬢様を……世の中狂っています!!」

「どうしてわたし急にディスられましたの??」

「……ですが、私はお嬢様のような方にお仕えできてよかったと思っていますよ」

「突然のデレ!?」

「お嬢様の考える料理が美味しいですし、なんと言っても料理が美味しいですし、美味しいですし」

「料理だけが理由ッッ!?」


 パウラの掌の上で転がされているうちに、準備が終わったようですわ。

 ドレスを身につけているのが信じられないほど身体が軽いですわ。


 これならいくらでもご飯が食べられますわッ!!


***


「うーん、かなり国際色豊かというか、好みが分かれる味が多いですわね」


 わたしは基本何でも美味しく食べるたちですが、創意工夫をこらしすぎたキワモノはちょっとどうかと思いますわ。

 いやでも、この料理を作った国の方にとっては故郷の伝統料理かもしれないのですわね。

 悪い感想は思うだけで口に出すのはやめておきますわ。


 帝国舞踏会の開催時間。

 とりあえずお米に合うおかずを探すため、わたしは先に会場に入場することになりました。

 アルトが一緒に入場すると言ってくれましたが、アルトと一緒にいたらご飯を食べるどころじゃなさそうですわよね?


 それに、王子は最後の方に入場するものでしょう?

 わたしのためにアルトが軽々しく扱われるようでは困ります。

 アルトはわたしのことをわかってくれる、初めての友達ですものっ!


 なので帝都でほぼ無名の私はこれ幸いと立食形式で供されるお料理の数々に舌鼓を打っているというわけですわ!


「あ、あそこは人が集まっていますわね。きっと美味しいに違いありませんわ!」


 美味しい料理のテーブルには人が集まっていますわ。

 その側でソワソワハラハラしているのは、そのテーブルの料理を担当している属国の方なのかもしれません。

 国の威信がかかっていそうな面構えですわ。

 探せばリーンバルト王国のテーブルもあるのかもしれないですわね。

 あの国の料理も悪くはないんですのよ。

 男性しか食べることを許されないような料理なら、ちゃんと普通に美味しいんですのよ。


 でもあの国、女性を痩せさせておくために女性に与えられる料理はクソみたいにまずいんですの。鳥の餌ですの。


「うんうん、中々イケますわね」


 たくさん食べたい気持ちをぐっと堪えつつ。

 一口ずつ食べてインスピレーションをかき立てられながら、人の多いテーブルを渡り歩くわたし、渡り鳥のよう。


「次はあちらですわーッ!」


 意気揚々と次に人の多いテーブルに近づいていったのですが。

 ――そのテーブルは、どうも料理が人気で人が集まっていたわけではないようでした。


「まったく、野蛮人のくせに我々と同列という顔をされては困る」

「あのテーブルはなんですの? 生臭いですわ。嫌ですわねえ」

「見てください。何の調理もされていない食材が並んでいるだけのあの皿を」

「帝国は各国の文化を料理で示すようにとおっしゃったのに、これが料理とは」

「そんなこと言っては気の毒ですよ。これが彼ら野蛮な国の人々にとっては精一杯の料理、なのでしょうから」


 これは、いじめの現場ですわ……ッ!

 人が集まっているのは見物のためですわ! 性悪見本市ですわ!!


 しかし、そんなにボロクソに言われる料理がどんなものかは気になりますわ。

 だけど野次馬に加わってはあの方々と同類になってしまいますわ。

 でもでも、どんな料理なのかはとっても気になって仕方ありませんわ!!


 料理はすべてに優先されますわッッ!! いざ!!

 ――人混みに飛び込んだその直後、わたしは白目を剥きましたわ。


「クキャーッ!?」

「うわっ、なんだね君は」

「あのドレスはエルフ絹? いやまさか」


 ざわざわしている周囲の声など何一つ聞こえて来ませんでしたわ。

 わたしはこのテーブルの担当者を探すのに忙しかったので。

 しかしすぐに見つけましたわ。


 みんなに遠巻きにされて肩身が狭そうにぽつんとしている男性がいましたので!!


「これはまさかこれはまさかこれはまさかッ!! お刺身ですのッッ!?」

「え? ええ、そうですが……」

「キャーッ!! 近くに海はないですわよ!? どうやってこの新鮮な状態を保ちましたの!?」

「生きたまま運んで来て、こちらで捌いたのです。鮮度に問題はなく、これがもっとも美味しく食べられる方法なのですが、帝国の方には馴染みがないようですね……」

「内陸ですから海のものの食べ方に慣れていないのは仕方のないことですわ。それはともかくッ!」


 ぷんぷん薫ってくる馨しいこの香り。

 心当たりしかなくて懐かしさで胸が張り裂けそうですわ!


「イヤーッ!! 嘘! 信じられませんわ!! こちらの黒い液体はお醤油ではなくてッッ!?」

「オショーユ? いえ、豆油です」

「お醤油ではありませんのッ! お醤油があるということはつまりッ! お味噌もあるのではありませんか!?」

「オミソ? もしや発酵味豆のことをおっしゃっている? あれは見た目が帝国の方々には好まれませんので――」

「ないんですの?? どうなんですの??」

「――こちらの肉料理で使用しています。もしお気に召しましたら在庫もございますので、交易も可能でございます」


 言い値で買わせてくださいませ! と叫ぼうとしたその瞬間、邪魔が入ってしまいましたわ。


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