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「ハハハ、アハハ、ハーッハッハッハ! ……やれやれ」


 父上が突如大笑いし始めたかと思うと、溜め息を吐いて首を振る。

 今、フーデマン公爵家はやっと平穏を取り戻しつつあった。

 それもこれも、厄介な我が妹、イリスをこの国から排除できたおかげである。


 十歳年下の妹が生まれた時、ちょうど王室にも王子が誕生した。

 その時には運命だと思ったものだ。王子と妹を娶せることにより、オレは王子の義理の兄となる。

 そうすることで国王にも匹敵する権力を手中に収めることができると当時十歳だったオレは既に理解していた。


 だから幼いながらにオレは父上に働きかけ、母上をけしかけ、あらゆる手を使って我が妹イリスを王子の婚約者の座に据えたというのに、だ。


 あのトンチキチキチキな妹は、縦横無尽にオレたちの企みを蹴散らしてくれた。

 思い出すだに腸が煮えくり返る。

 オレの計画をズタズタに引き裂いてくれた、愚かな妹。

 幸いもう妹はもう一人いて、こちらは随分とまともで扱いやすかった。

 だからすげ替えることにした。


 誰一人としてオレの企みに異を唱える者はいなかった。むしろ王子はノリノリだった。オレの計画にまったく気づいていなかったとは思えないが……。


 まあ……苦労、されていたのだろうなあ……。


 いずれ妹の外戚としてその権力を呑み込んでやろうと思っていた王子ではあるが、あの妹を婚約者にしてしまったことについては、大変申し訳ないことをしてしまったと反省している。


「どうしたのですか、父上? それはイリスに関する報告書では? またあの子は何かをやらかしてくれたのですか?」

「いや何。どうやらイリスの世話は相当辛いらしくてな、パウラの妄想が綴られているのだが、それがおかしくてなあ」

「妄想? 油断してはいけませんよ、父上。こちらが妄想だと思いたくなるような悍ましい問題をイリスが起こしたのかもしれませんよ」


 そうだ、一瞬たりとも気を抜いてはならない。

 オレはイリスの存在からそれを学んだのだ。


「イリスが帝国唯一の王子アルトに見初められて今度の建国祭のパートナーに選ばれたと書いてあるのだよ、ハインリヒ」

「あ、それは妄想で間違いありませんね、父上の仰る通りです」

「だよなあ。ハハハ。おかしくて何度読んでも笑いがこみ上げてくる」

「オレは笑えませんね。確かにイリスは絶世の美少女ではありますが、あの中身を知れば見初める男などいるはずがない。このようなふざけた報告書をよこしてくるとは、首を切った方が良いのでは?」

「うん? 美少女?」

「はい? どうかしましたか? 父上?」

「……いや、まあ! 色んな価値観があるものな! それはさておき多少の創作は大目に見てやろうではないか。それだけ苦労しているということだ。恐らくは暗に人員の追加を要請しているのだろう。自分一人では手に負えないと」

「ふん。ならばそう書けばよいものを! これが当家で一番の有能なメイドだったとは嘆かわしい。後進の育成に力を入れるべきですね」

「建国祭で帝都に向かった際に一度様子見をして、状況次第でもう一人監視役を追加してやることにしよう」


 まったく父上はイリスに甘すぎる!

 生まれながらに確固たる謎の主義主張を持ち、それを命がけで通そうとする頭のおかしい我が妹は、どう考えてもフーデマン家に不利益をもたらす存在だ。


 確かに顔は可愛いが。

 滑らかな茶色の甘そうな髪はふわふわで、青い瞳はきらきらと輝き、ふっくらした柔らかそうな丸い頬は見ているとほだされてしまいそうなほど愛らしく、うっかりオレの覇道の邪魔をしていることすら許してしまいそうにはなるが。


 だがッ、しかし!

 オレは生まれながらの覇者! 頂点に立つべき存在なのだ!

 志の実現のため、情に流されることは許されないッ!!


 追加の監視役は、オレが暗殺者にすげ替えておくことにしよう。

 我が妹の可愛らしさに惑わされ、手心を加えることのないような冷酷無慈悲な暗殺者をなぁッ!!


***


 私より先に生まれたというだけで王太子であるヴァルター様の婚約者となったお姉様。

 将来の王妃の座を約束されていた、目障りなお姉様が遂に消えてくれたわ。

 つまりは私の勝ちってこと。


 ……けれど、なんだか不安が消えてくれないのよね。


 お姉様はリーンバルト王国からも追放され、すごすご帝都の片隅に引っ込んで、しょんぼり市井で暮らしているというのに、おかしな話だわ。


「どうしたんだい、リリー。溜め息をついて」

「ヴァルター様、私、なんだか不安で……」

「幸せすぎると不安になることがある。僕もそうだよ。君と婚約できたことが幸せすぎて不安なんだ。これが夢だったらどうしようと思うことがある」


 そう言いながら、ヴァルター様が私の肩を抱き寄せてくれた。

 王宮の庭園で寄り添う私とヴァルター様。

 夢にまで見た状況だわ。


 お姉様もこうしてヴァルター様と寄り添ったことがあるのかしらと思うと悔しくなるけれど、きっと私の方が華奢で可愛いから、もっとお似合いに見えるはずだわ。


「私もヴァルター様と同じ気持ちです」


 そうなのね、私は幸せすぎて不安なのね。

 だから毎晩悪夢を見るんだわ。

 私への嫉妬心で狂ったお姉様に虐められる、恐ろしい夢。


「帝国の舞踏会で、君こそが僕の真実の婚約者であることを発表するよ、リリー。そうすれば君はリーンバルト王国の次期王妃だと誰もが認識することになる。唯一心配なことがあるとすれば、君の美しさに目の眩んだエルフに君を奪われてしまわないかということだ」

「たとえエルフに見初められようとも、私の気持ちは変わりませんわ! 小さい頃からずっとヴァルター様をお慕いしていたんですもの!」

「ありがとう、リリー。僕も、初めて出会ったのが君であればと、何度思ったか――」


 ヴァルター様の唇を、つい指で塞いでしまったわ。

 無礼だと怒られるかもしれないと思ったけれど、我慢できなかったの。


「それは言わないでくださいませ。ヴァルター様と出会い、こうして結ばれただけでリリーは幸せです。苦難の道のりではありましたけれど、それを乗りこえたからこそ強い絆で結ばれているのだと信じたいですわ」

「ああ、そうだね。きっと君の言う通りだ、リリー。僕らは艱難辛苦を乗り越えたからこそ、固い絆で離れがたく結ばれることになったんだね」


 これから始まる私たちの素晴らしい宝石のような日々に瑕疵があっただなんて思いたくないからヴァルター様の言葉を遮ったけれど、嬉しくないわけではなかったわ。


 お姉様との出会いはヴァルター様にとっては傷なんですって。

 なかったことにしてしまいたいんですって! 

 ぷぷぷ。ざまあないですね。


 お姉様はいつも偉そうだったわ。

 年齢は二歳しか変わらないのに、いつもご自分が正しいと言わんばかりの態度で振る舞うからイライラして仕方なかった。

 偉そう、というか、自分が納得できなければ国是さえも否定する頭のおかしいところがおありだった。


 お姉様の傲慢な態度があまりに自然なので、ついつい流されてしまう人もいたから本当に恐かったの。

 あのままお姉様を好き勝手させていたら、リーンバルト王国はめちゃくちゃになっていたに違いないわ。


 でも、そのせいで国外追放までされてしまいましたね?

 つまり、お姉様が全部間違っていたということですよ! 

 

 直接会って言ってやりたいわ。でも、ダメね。

 

 お姉様は公爵家から追い出され、国外追放された哀れな人。

 リーンバルト王国の次期王妃である私の人生にはもはや関係のない人だもの。


「私、ヴァルター様と一緒にいられて幸せですわ」

「僕もだよ。リリー」


 何より腹立たしかったのは、素敵なヴァルター様の婚約者という地位にありながら、少しも幸せそうではなかったこと。


 だからお姉様、私を恨んだりするのは筋違いですよ?

 全部が全部、お姉様の身から出た錆なんですもの!


 ああでも、この私の最高に幸福な姿をお姉様に見せつけてやりたい!

 帝都に着いたら、馬車の御者に命じて、お姉様が暮らしているというあばら家の前を通らせればいいかしら。


 ヴァルター様の馬車に乗せてもらう予定だから、ヴァルター様の了解を得ないといけないわね。

 お姉様が心配だからお顔をひと目拝見したい、なんて言うのはどうかしら?

 ヴァルター様は私を心優しい妹だと思ってくれるでしょうね。


 落ちぶれたお姉様を見たら、ヴァルター様はますます私と一緒になれてよかったと思ってくださるに違いないわ!


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