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「いい匂いですわ~! ふっくらつやつやですわ~!」

「へえ、美味しそうに見えますね」

「パウラったら! 見えるだけじゃなくて美味しいに決まっていますわ! そうでしょう、エルフの方々!!」

「はい。お嬢さんのおっしゃる通りです」


 言いながら、ヴェリというエルフがお米をかき混ぜましたわ。

 ふむふむ。やはりお米のわかるエルフですわ。お米の扱いを心得ていますわね。


「まずはお嬢さん方に」

「ありがとうございますわ!」

「両手で受け取れよ。行儀が悪いな」


 ヴェリというエルフがよそってくれたご飯を右手で受け取ったら憎まれ愚痴を叩くエルフの王子様。無視しますわ。

 左手は痛くてピクリとも動かせないんですの。誰のせいだと思っていますの。


「何が赤子が泣いても蓋取るな、だ。王子である俺にぶつかるほどのことか」

「それほどのことですわ。何があっても蓋を取ってはならないという戒めですわ」

「へえ~? それじゃスタンピードが起きても蓋は取らないんだな?」

「取りませんわよ。絶対に」


 王子様を見すえて断固たる口調で言うと、王子様が目に見えて動揺しましたわ。

 この勝負、わたしの勝ちということでよろしくて?


「いただきまぁす! むふ~! 柔らかいですわ~! 美味しいですわ~!」

「おいっ! 俺もまだ食べていないのに先に食うやつがあるか!」

「殿下に対してなんと無礼な!」

「いいのですよ、アルト様、アーロ殿。彼女は毒味役です」

「そんなつもりで先についでくださったんですの!? まあいいですけど」

「いいのかよ!?」

「できたてホカホカが一番美味しいですもの」


 王子様とアーロというらしい騎士装束のエルフがごくりと生唾を飲みましたわ。

 お米が食べたいというこの方々の気持ちは本物のよう。

 でしたら、わたしが大人になって差し上げましょう!


「苦しゅうないですわ。こうなったらみんなで美味しくお米を食べましょう!」

「なんでそんなに偉そうなんだよ、おまえ」


 文句を言いながらも、アルトもアーロも我が家の炊きたてご飯を受け取りましたわ。


「なんだか……甘いですね、お嬢様」

「お米は甘いものですが、これは特にいいお米ですわ。とっても美味しいお米ですわ!」


 パウラとお米の甘みを噛みしめていると、アルトがどの立場からか知らないけれどふんぞりかえりましたわ。


「当然だ。これはエルフの大森林で育てられた米なんだからな!」

「長命種のエルフが長年かけて品種改良したということですわね。それは美味しいに決まっていますわ」

「人間にしてはよくわかっているじゃないか」


 そう言ってがっつく姿は親しみが持てなくもありません。

 お米を求める気持ち、それはわかりますわ。でも。


「王子様ともあろう方がこんな場所まで押し入ってきて、王城では炊きたてのお米が食べられないんですの?」

「父上はエルフには珍しい肉食主義者でな。ライスラは草だと言って断固として食わないんだ。それで王城にはライスラが調理できる者がいなくてな」

「人生の半分損していますわ~!!」

「だよなあ!? 俺はライスラがないとダメだ。だから大森林に逃げていたんだが、王子なんだから帝都にいろと言われて、仕方なく戻ってきたんだ……」


 しゅん、と肩を落とすアルト。なんだか同情してしまいますわ。


「わたしも女たるもの痩せていなければ、と強要されて、満足に食事も摂らせてもらえていなかったので、少し気持ちはわかりますわ……」

「たかだか数十年しか生きない人間ごときに同情されるとは、俺も焼きが回ったか」

「カーッ! 慰めてあげているのに小憎らしい! 見た目は同年代くらいじゃありませんの! そのたかだか数十年しか生きない人間ごときと大恋愛するよう呪ってやりますわ!」

「恐ろしい呪いをかけるのはやめろ!」

「まあ、呪いはさておき――たくさん食べていくといいですわよ。やっぱり、ご飯はみんなで食べた方が美味しいですもの」


 いつの間にか器が空になっていたアルト。

 わたしの顔を見て固まっていたアルトの手に、そっとしゃもじ代わりの木のへらを握らせてあげましたわ。


 食べたいだけ、好きなだけ自分でよそっていいのですわよ、と微笑んでみせると、サッと目を逸らされましたわ。でも、嫌な気分にはなりません。

 自らお米を継ぎ足す横顔が赤いんですもの。

 たくさん食べるのは恥ずかしいことだとかいう風潮って、リーンバルト王国以外にもあるみたいですわね。


「心ゆくまで食べてくださって構いませんのよ。わたしたちは同じ釜の飯を食べたむじなですわっ!」

「お嬢様、色々と混ざっています」


 パウラが控えめに突っ込みを入れてきますわ。

 エルフがいるから猫を被っているようですわね。

 そういえばこの方々、エルフでしたわね。

 エルフの一言があればわたしたちの首なんてひとっ飛びですわね。

 黒髭危機一髪ならぬ、令嬢の首危機一髪ですわ。

 そうなる前に、わたしもお腹いっぱいご飯を食べておかないと損ですわ。


「なあ」

「むぐむぐ、何ですの?」

「……また、食べに来てもいいか?」

「お金を払うなら構いませんわ」

「お嬢様ッ」


 パウラが控えめにピアニッシモをかけて突っ込みを入れてくるけれど、アルトは特に気にした様子はありませんわ。


「わかった。金があればいいんだな?」

「ええ」


 首が飛ぶ様子がないですわ。きっとお米が美味しかったからですわね。

 こうなったら、本当に料理屋を営むのも悪くはないかもしれないですわ!


***


「どうして警備隊の巡回路にこの脇道を追加されたのですか……?」

「別に、なんででも構わないだろう」


 アーロが渋い顔で尋ねると、アルトは顔を背けた。

 帝都王城に入り一週間。

 これまで仕事をさぼりがちだったアルトは、久しぶりに己の職責をまっとうしていた。

 帝都の采配。それがアルト王子の仕事である。


「……殿下、何故スタンピードが起きた際の市中警邏の見直しなどを……?」

「別に、なんででも構わないだろう」

「理由によっては構いますが? まさか、あの女のためではないでしょうな??」

「仕方ないだろう!? あの女の目は本気だったぞ! ライスラを炊いている最中にスタンピードが起きてもテコでも動かないぞ、あの女は!!」

「だから助けようとでもいうおつもりなのですか!?」

「そうだ! あんなにもまっすぐに、曇りなきまなこで俺を見て来た女は初めてだ……!」

「確かにあの女の目には炊きたてのライスラに対する執着しかありませんでしたが!!」

「あんなにも遠慮なく、俺にぶつかってきた女も……!」

「物理的には確かにそうですがね!?」


 書類に埋もれる机を叩いて力説するアルトに、アーロもまた食ってかかった。


「ですが殿下はあの奇矯な女に騙されておいでですッ!」


 アーロの言葉に、アルトがスンッと椅子に腰かけた。


「……アーロ、おまえはあの女に俺を騙せるほどの知性を感じたのか? 大丈夫か? 疲れているのか? 俺が働かせすぎたせいか?」

「流石にそれは言い過ぎではありませんか殿下!? 我々は仮にも将来の王妃候補の話をしていたのでは!?」

「なっ!? アーロ、何を馬鹿なことを!!」


 赤くなったアルトの後ろでヴェリは笑ってアルトの援護をした。


「そうですよ、アーロ殿。人間の寿命は長くて百年です。帝王陛下もまだまだお元気ですしアルト様が帝王になるのは数百年後になるでしょう。それまでイリス殿も生きてはいないでしょうし、王妃になんてなりはしませんよ」

「は……?」


 援護をされたはずなのに、アルトは目を瞠って硬直した。

 ヴェリは思い出したように付け加えた。


「ああ。イリス殿の出身国であるリーンバルト王国の女性の寿命は更に短く、平均寿命は四十年ほどですね」

「……よん、十年……?」

「調べによるとイリス殿は現在十六歳だそうですので、あと三十年もありませんねえ。ハハハ」


 青ざめたアルトの顔を見て、ヴェリはおや、と目を見開いた。


「もしや本当に呪われてしまったのですか? アルト様」

「い、嫌だ……! 寿命があと三十年しかない生き物に、恋愛感情、など……!」

「殿下! きっとそれは勘違いです! 体当たりされた時の衝撃で頭のネジが少々狂ってしまわれただけ!!」

「アーロの言う通りであれッッ!!」

「おやおや。エルフ感覚でうじうじしていたらあちらはすぐに死んでしまいそうなので、お気をつけて」

「ウワアアアアアアアアアアアア!!」

「殿下―ッ!? どこへ行かれるのですかァ―ッッ!?」


 走り出したアルトを追ってアーロも駆けていく。

 その後ろを、ヴェリもにこやかな笑顔を浮かべてついていった。


「何やら面白いことになってきましたねえ」


***


 ヴェリがゆるりと到着した頃には、既にアルトとアーロは料理屋のたたずまいをしたイリスの自宅に突入した後だった。

 中に入ると、左腕に布を巻いて首から釣っているイリスと、その足下で号泣するアルトがいた。


「いきなり何なんですの? 呼び鈴を鳴らすという文化のない蛮族の方なんですの??」

「その腕は一体どうしたんだッ!?」

「ああこれ? アルト様とぶつかった時にポッキリ折れましたの。痛いので触らないでくださいませ」

「ギャアアアア! アーロ!! 今すぐエリクサーを持て!!」

「骨折ごときに伝説のエリクサーは草ですわ」


 帝王の息子として生まれ、何不自由なく育てられたアルト。

 大陸最大の強国の次期継承者の有力候補として育てられて来たにもかかわらず、いやだからこそ、帝王の座しか見えていない者たちにへりくだられ、顔色を窺われ続けることにうんざりしていたのだろう。

 市中で横柄に振る舞っていたのもまた、アルトなりの葛藤の表れ。

 そんな腐っていたアルトに降って湧いた、短命種への恋。


「いやあ。落ちぶれていくばかりのアルト様の教育係に任じられた時にはこんなに面白いものが見られるとは夢にも思っていませんでしたねえ」

「私も、イリス様の世話係に任じられた時にはこれほど大規模の騒ぎを起こすとは思ってもいませんでした……もう少し小規模かと」

「騒ぎを起こすことは確定していたのですね」


 ヴェリとパウラはお茶を入れつつ、しみじみと見守る姿勢に入った。

 アルトは号泣していた。


「すまない、ずまないぃ……!! 頼むから死なないでくれぇ……!!」

「骨折くらいでは死にませんわよ。アルト様って傲慢でむかつく俺様野郎かと思ったのに、意外といい方だったのですわね」

「殿下ァ……! なんとお労しい……!!」


 アーロも号泣していた。あまりに不可解な成り行きに。


「アルト様、せっかくいらしたのですし、ご飯を食べていかれます?」

「食べる……!」

「では、腕によりをかけて作りますわね!」


 そう言って骨折していたことを忘れていた左腕を動かしかけたイリスは「ピギィ」と呻いて蹲り、アルトは号泣し、アーロもまた噎び泣いた。


 ヴェリは机に突っ伏して笑いを堪え、パウラは無の表情でお茶をすすっていた。


メリークリスマスですわーッッ!!!

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