ランナ接近(1)
拳が赤く腫れ上がっている。濡らしたタオルで冷やしているが、大統領府に戻ったら医師の治療が必要だろう。
「ここまで虚仮にされて黙っておれるか」
「今はご自重ください、閣下」
メイベル・レッケン秘書官の主、メタリヤ大統領ロイ・デナルドは武闘派論客として知られているが彼自身が武闘家なわけではない。現実に車のボディを殴りつけて拳を痛めている。
ロイは十代の頃スタントで下積みを重ね、映画『パンチアウト』で一躍アクションスターとして名を馳せる。以降十年に渡りアクション俳優の頂点にいたが、陰りが見えた三十代になって政界に転向。
そのネームバリューからペルデア邦知事を経て保守の共邦党候補として大統領選に打って出て今に至る。経歴が示すように勉強家ではあるのだが、それは野心家の血のなせる技でしかない。
「異星人の技術は手に余るのではないでしょうか?」
「そんなことはない。あれを使えば私がメタリヤを世界国家にするのも夢ではないのだ。連中の国家形態のようにな」
メイベルは彼のファンでもある。尊敬はしているが立場上盲目的にはなれない。スクリーン上のロイの野性味あふれる感じは好きでも、そのギラギラしたところが今はマイナスに働いているように思える。
「今少し異星人との歩調を合わせるようになさってはどうでしょう?」
後部座席の会話は運転手には聞こえない仕様になっているので遠慮は無用。
「ビフロデアやブリスタンといった各国が我が国の武力行使を危険視する声明を発表しております」
「言わせておけ。奴らはいち早くフォルセアと手を取り合った私を妬んでいるのだ。勢力図を大きく書き換えられてしまうと怖れているだけ」
「あまり強引に進めれば思わぬ結果を生まないとは限りませんので」
フォルセアの敵国であるランナの動向まで推し量るのは不可能に近い。しかし、当のフォルセアにメタリヤが見限られてしまうのは大問題。同盟国として補助的役割を演じるのが順当に思えるのだ。
「いずれはフォルセアも認めてくれるものと思います。あまり機嫌を損ねるような言動はお控えくだされば転がり込んでくる利益もあると」
「……一理あるな」
深呼吸を挟んでロイが言う。
「急ぎすぎたか。技術的リードを得たかったが仕方あるまい。北方諸国が参戦の意思を示したとき異星人が同盟をどう考えるか未知数だな」
「ええ、彼らは内心地星での戦闘を最低限にしたい思惑が感じられます。事後の処理に困難が生じるからでしょう。銀河文明の裏事情から、あのダジェン人が使っている空中戦艦の出どころだけを危惧しているようですから」
「それくらいは私にも解っている。ただし、ダジェンとあの若造だけは絶対に許せん。あんな軍事弱小国に嘗められたままでは他国にも我が国が見下されてしまうではないか」
(軍事弱小国に甘んじるよう誘導したのはメタリヤなのですが)
封海の半島の国を戦後の処理で半属国化したのはメタリヤの都合でしかない。南方が息を吹き返すのを防ぐために封海からにらみを聞かせる手段として。
見下されるのを怖れるのは、彼がダジェンを見下すのをやめられないからだろう。六十年という日々はメタリヤ人にダジェンを下に見るという意識を根付かせるに十分な時間だった。
(事態の中心があの小国になっているのが閣下には我慢ならないのでしょうね。それが悪い方向に働かねばいいのですが)
メイベルの懸念は膨らむばかりであった。
◇ ◇ ◇
「またか。裏の裏の細道だと思っていた光星系はいつから大通りに面するようになった?」
タイキは欠伸をかみ殺しながら副長席に座り込む。
朝7時、生徒は農業プラントの作業を終えた頃合い。昨夜は遅くまで新しく到着した艦隊の監視をしていた彼は、もう少し眠れるところを再びたたき起こされたのだ。
「通常空間復帰反応だって?」
警報アラームで目覚めたあとに受けた報告はそれ。
「カテゴリⅢなん」
「続けざまにか? フォルセアは暇なのか?」
「まだ所属を確認できてません。ごめんなさい、先生。一番に艦橋に到着したコウヤがつい勢いでアラームを」
見かねたセリナが後ろに回って寝癖を直してくれている。寝ぼけ眼で見上げたものの、まだ位置も把握されていないらしくパネルにはなんの表示もない。
「でもさー、ビックリするじゃん」
言い訳している。
「だから通常空間復帰した時点では5万km以上離れてるって言ってるじゃないですか。その距離だと相手から信号を発してくれない限り、判別する手段がないんですから」
「悪かったよ、ザイハ」
「反省してください。この反応だとターナ霧を使ってませんか?」
「隠密航行中なのん」
衛星リモニからのレーダー波にも掛かっていないようだ。所属どころか規模も不明なまま。
「なんかあったら起こしてくれ。昨日降下した艦隊はメタリヤに向かったからフォルセア確定だ。そっちの動きから解るかもしれん」
「はい、おやすみなさい、タイキ先生」
心地よいセリナの声にタイキは再び眠りについた。
◇ ◇ ◇
「いつ見ても綺麗な惑星だわ、ピオ。フォルセアの武骨者が汚してなければいいけど」
「こちらが手を引けば向こうも撤収するだろうと考えていたが、居座るとはな」
マニャは隣の偉丈夫に話しかけた。
「気が知れない。これだから喧嘩っ早い国は嫌い」
「管理局が怖ろしくないとみえる」
「うるさく言ったらぶっ放すとか馬鹿なこと考えてるんじゃない? イカれてるわ」
マニャは鼻を鳴らしながら望遠パネルに見入っていた。
次回『ランナ接近(2)』 「甘いって自覚がありますよ」




