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タイキ・シビル(2)

 校舎を出たアスホはクストを待つ。人当たりのよい彼はなにかと声をかけられることも多く、その度に引っ掛かってしまうのだ。眼鏡を直しながら出てきたのを確認して幼馴染たちに続く。


 女子のほうはタマテ・トリド、少三の十二歳。二つ上だが姉妹とは違う感覚。

 もう一人の男子はシュカ・ホリデン、少二で十一歳。物腰の柔らかい少年である。

 団地の部屋が近い四人は小さいころからの遊び仲間で年の差を感じさせないグループになっている。あとはクストの妹である、幼二のネリネが加わるくらい。


「タイキ先生と話していたの?」

 彼はタマテたちの授業も担当することがあるので知っている。

「そ、いつもの。クストが先生に絡んでたの」

「そういう言い方しないでよ。タイキ先生は本当に色々知ってるから頼ってるだけ」

「うん、犬のように懐いてるわよね」

 ちょっと悔しくて揶揄する。

「妬かないの、アスホ」

「いっ、妬いてるんじゃないもん!」

「ふふふ」


 タマテには少しだけ大人を感じる。十代前半の二年はやはり大きい。


「タイキ先生っていったら、昨日の件は聞いた?」

「生徒指導のドコウとひと悶着あった件ですか」

 情報通のシュカが応じるが、アスホたちの耳にも入っている。

「さすがよね」

「そんな技の切れだったの?」

「それもあるけど信頼度の話」

 タマテが違うと指を振る。

「他校の噂を聞く限り、ロンダート学園はちゃんとした先生が多いでしょ? ドコウみたいなタイプのほうが浮いてる。そのなかでもタイキ先生が飛び抜けて頼もしいと思わない?」

「どうなのかな? 身近すぎて差が分からないかも」

「担任だもんね。羨ましいな、ぼく」


 タマテはときに大人っぽいのに自分のことを「ぼく」と呼ぶ。何度か直したほうがいいと進言したことがあるが、飄々としていて直す気がなさそうである。


「タイキ先生みたいな人がタイプですか?」

 シュカがかすかに心配そうに問う。

「いい! いいけど身内にいてほしいタイプ。異性っていうより年の離れたお兄さんっぽい」

「分かる。なんでも教えてくれそうだもんね?」

「でしょ、クスト」

 二人が共感の空気を作る。

「いざとなったら実力行使もありうるのはどうなんでしょう。教師として、僕はあまり褒められたものではないと」

「根性なしよりマシ」

「う……」


 シュカはやりこめられる。いざというとき一歩踏み込めないのが彼のコンプレックスだというのはアスホも気付いていた。


「今回の件は、ぼくはタイキ先生を支持するよ」

「僕も否定はしません。ドコウ先生は行き過ぎてる」


 タマテがよく言ったとばかりに肩を組んでポンポン叩く。幼馴染の気持ちを知ってか知らずかという行動を苦笑して見つめる。


(意地を張らなきゃタイキ先生だって穏便に済ませたんでしょうけどね)


 アスホは全面的にタイキを信頼していた。


   ◇      ◇      ◇


 教員室に戻ったタイキはラックにタブレットを差しこむ。それでパソコンにデータの並列化が自動実行されるはずだった。


「あれ?」


 しかし、パソコンが一向に立ちあがらない。首をひねって起動中らしい画面をにらむ。


「お帰りなさい、シビル先生。またですか?」

「すんません、ハスハラ先生。そうみたいです」


 タイキは電子機器との相性が猛烈に悪い。本人はそう思っている。操作が覚えられないのではない。とにかく初期不良に当たる確率がとんでもないのだ。


「入れ替えたばかりなんですけどね」

「これ、OSが壊れてますね。再インストールしないと無理そうです」

 一度停止させたハユミが光学ディスクを持ってきてインストールを始める。

「申し訳ない。時間をとらせてしまって」

「仕方ないですよ。無いと次の授業の予定も組めませんものね」

「そのとおりでして」


 クラスの教科担当が複数人になるということは、カリキュラムの進行も互いに共有するしかないということ。それは校内オンラインでパソコンにつながるので、完全に商売道具となっている。


「時間かかりますよ。豆茶(ドリップ)飲みます?」

「なにからなにまでお世話になります」

「ついでですから」


 ドリッパーでカップに豆茶(ドリップ)を注いでいるハユミの背中でポニーテールが揺れる。タイキは漂ってくる香りとその姿に安堵感を覚えていた。


 ハユミ・ハスハラ先生はタイキと同期の二十六。清楚で可愛らしく、生徒にも大人気の女性教師。

 長い髪を高い位置でポニーテールにし、前髪は目にかかる程度に揃えている。左目の上は編みこんであり、美しく隆起するおでこがチャームポイントになっていた。


 前髪の向こうから覗く黒目がちなダークブラウンの瞳が印象的。細く整った眉が大きな目を際立たせている。

 玉子型の美しい輪郭線が顎へとつながっており、触れてはならぬような柔らかさを感じさせる。化粧気のない顔はダジェン人らしくいささか凹凸に欠けるものの、鼻梁は優美な線を描き、ふっくらとした唇へと視線を誘った。


「どうしたんです? 私を見つめて」

「いや、ハスハラ先生はいつもきれいだなって思って」

「あぅ、そんなことおっしゃらないで」

 真っ赤になって目を伏せてしまう。


 肩をすぼめると胸元が強調される。彼女の持つ二つのカップの背景を圧するように隆起していた。

 可愛くてスタイルも申し分ないのに彼女はタイキと同じく独身である。教師間でさえデートに誘ったという噂が耳に入ってくるが、良い返事をしたという話はついぞ聞かない。


「あ、やべ」

 タブレットが着信音を鳴らす。

「学園長に呼ばれてるんだった」

「いけませんね。早くいらして」


 パソコンをハユミに任せて、タイキは教員室を飛びだした。

次回『タイキ・シビル(3)』 「ドコウ先生が君の処分を訴えてます」

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