二話:風吹く草原で
フゥゥゥゥ・・・・・フゥゥゥゥ・・・・・
草原に、風が吹きわたる。
世界中を永遠と渡り歩くそれらは、何処へ行っても変わらない。
誰にでも等しく、誰にでも道を指し示す存在。
でも、彼らを指し示すのは、一体何なのだろうか。
やっぱり、“神様”なのだろうか。
「・・・・・だとしたら、僕にも道を指し示してほしいな」
世界の三分の一を占めると言われ、大陸の中心に存在する“ファルクス草原”。
そのほとんどが未開拓地のままで、どの国も挙って領土を広げようとしたが、その度に起こる原因不明の
事故が度重なるうちに、ほっとかれるようになっていた。
――ファルクスには草原の守護精霊がいる。その精霊が、自らの憩いの場を荒らされるのに怒っているのだ。
どこかの国のお偉いさんが言っていた言葉。意外とその通りかもしれない。
と言っても、草原の中には一つだけ、大きな町が存在する。
名はフォーリン。精霊たちの生命の源であり、この世界の源でもある力、“ソルス”が宿る大樹によって
守られていると言われている。規模は大国にある町と変わらず、魔術が進んでいるが、草原との調和を忘れず
にしていると言う。
フォーリンに行くには、普通に草原を通る道を歩いて行けばいいのだが・・・・・
「まったく。何で普通に歩いてきたのに途中で逸れちゃったんだろう・・・・・」
若葉色に染まる薄手のコートを見に纏い、大きいショルダーバッグを肩に掛ける、黒青色をした髪の少年が一人、草原を
ぶつぶつと文句を言いながら歩き進んでいた。
彼の目に見えるものと言えば、地平線と、草と、穢れを感じさせない、何処までも澄み渡っている青空。
それと、その青空にぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんでいるいくつかの大きな雲だけだ。
「あーあ。あの雲のように浮かんでいたい」
なんてことを呟く少年。が、そんなことが出来る訳もなく。
ふうっ、と盛大に溜息をついて歩き出そうとしたとき、
『莫迦なことを言っている暇があったら、足を動かしたらどうなんだ? そうすれば少しは早く着くぞ』
不意に聞こえる声。
誰も周りにいないはずのこの草原で、少年以外の声が耳に響く。
が、特に驚いた様子もなく、苦々しい表情をすると、自分の頭上を見る。
そこには、鮮やかな青色の毛を持つ鷹が止まっていた。
「・・・・・あのさ、だったら僕の頭の上からどいてくれない? 結構重いんだから」
『むう。お前はそんな薄情なやつだったのか。見損なったぞ』
「いやいや、そんなこと言われても・・・・・」
また溜息をつくと、そおっと両腕を構え、そしてぐわっと頭上にいる青色の鷹に目掛けて掴む。
それを予見していたのか、それとも冷静なのか。奇声を上げることなく羽を広げてバサリと言う音と共に飛び立つ。
『未熟者め。まだまだ甘いな』
「・・・・・」
悔しいという感情が正直に出ている顔をすると、何も言わないで歩き始める。
少年のその様子を見て青鷹はふんっとすると、再び少年の頭にちょこんと乗っかる。
その行動に、少年は何も言わなかった。
それからしばらくすると、ようやく草以外の存在――といっても、ぽつんと立っている一本の木なのだが。に出会う。
少年はそこの日陰に入ると、木に寄り掛かるようにして座る。
「ふう。ちょうどよかった。こうやって何かに寄り掛かるということがどんなに素晴しいかが分かったよ」
『それはよかったな。だが・・・・・これからどうするのだ?』
青鷹の素朴な、しかし大切な疑問。
それに少年が、う〜ん・・・・・と唸ると、実に簡単に答えを紡ぐ。
「まあ、なるようになるんじゃない?」
小さい子供が見せる様な、穢れのない満面の笑みでそう言うのを見いた青鷹は言葉を失ってしまった。
「それにしても、師匠から手紙が来たときは本当に驚いたなー。まさかあっちから連絡をよこすなんて」
『ふむ。それは我も思っていた。あやつからの手紙など、一体どういった風の吹きまわしなのやら』
「そして気になるのは、その手紙の内容、だよね」
そう言うと少年はズボンのポケットに手を入れ、そこから小さく折りたたまれた白い便箋を取り出す。
「『フォーリンに来い。待っている』なんて一文が書かれただけの手紙。絶対に何かあるよね」
『そう思うのなら、わざわざ行く必要もないだろうに』
「まあでも、師匠にも久々に会いたいし、それにフォーリンにも一回行ってみたかったしね。ちょうどよかったよ」
小さく微笑むと、便箋をポケットに戻す。
「それに・・・・・想像以上だね。ここは」
そう言うと、急に真剣な表情になる少年。
その眼は、彼方に存在し、決してたどり着くことのない地平線へと向けられていた。
フゥゥゥゥ・・・・・フゥゥゥゥ・・・・・
再び吹き渡る風。ザァァァァ・・・・・と、草原の草が靡く音が響く。
少年の耳には、それが心地よい子守唄のように聞こえた。
「さてと・・・・・歩くのに必要な体力を得るために少し寝ようかな」
そう言って少年は目を閉じると、十秒も経たないうちに眠りにつく。
『・・・・・契約した主を間違えただろうか』
青鷹の小さな呟きは、少年に届くことはなかった。