どSな女神様がペットになりました 〜見習い魔法使いシグマの奮闘日記〜
どSな女神様がペットになりました 〜見習い魔法使いシグマの奮闘日記〜
――ハイドランド。
空には飛龍が舞い、揺れる木々からは精霊たちの楽しげな笑い声が聞こえてくる。
僕はシグマ。
落ちこぼれの見習い魔法使いだ。
今、僕はたった一人で山小屋に暮らしている。
これというのも魔法学校の試験を落ちちゃったからだ。
で、師匠に『修行してこい!』って、追い出されてしまった。
「おなかがすいた……」
ぐうぐう、と鳴るおなかをおさえながら、僕は小屋の外に出た。
山のどまん中だけあって、空気がひんやりしてる。
ともかく食材を探しに行かなくっちゃ。
寒くなってきたから、あったかいキノコ汁が食べたいなぁ。
悲しいことにこのあたりには食べられるキノコはない。
もう少し森の奥まで入ってみよう。
※ ※ ※
うっそうと生い茂る草木を分け入っていくと、ひらけた場所に出た。
「お! これ、チンダケだ」
足元ににょきにょき生えていたのは幻のキノコ!
すげえ。生えているのを見るのは、これがはじめてだ。
一度、お祝いの時に食べたことがあるけど、紙みたいに薄くスライスしたヤツだったぞ。
こんな形だったんだ。
なんでもチンダケは栄養豊富だと聞いたことがある。
男の子も女の子も元気になるんだとか。
(すごい! これだけあれば、しばらく食べるのに困らないや)
夢中になって、次々とキノコを採りまくった。
背負ったカゴが一杯になったとき、ふと不安になった。
「あれ? どうやって帰ろう……」
きょときょとと周りを見渡してみる。
あかん……完全に迷ったぞ。
ほんのちょっとだけ冒険したつもりだったのに。
目印になるお日様も森の木々に妨げられて見えない。
背中に冷たいものが流れる。
日が暮れるまでには小屋に戻らないと、僕が魔獣のご飯になっちゃう。
とりあえず僕は来た方向をたどることにした。
※ ※ ※
しばらく行くとパシャパシャと水がはねる音が聞こえてきた。
水の流れる音がしないから、湖かな?
もしかしたら、魚でもいるかもしれない。
そう思って水音がするほうへ音を立てずに近づいた。
「……っ!」
突然、視界に入ってきたのは女性の裸身だ。
お、女の人の裸なんてはじめてみる……。
シルクのような輝く銀髪に、透けてしまいそうな肌。
大きいのに垂れることがない胸のふくらみ。
絞り込まれて、ギュッと引き締まった腰。
まろやかなお尻から太ももにかけての美しい曲線美。
すらりとした手足。
彫刻のように均整の取れた横顔。
女の子ってこんなにきれいなんだ。
思わずため息が出た。
肌にまとわりつく水滴のせいか、なんとなくエッチだ。
見ちゃいけないと思いつつ、目が離せない。
その美しい姿をもっと見てみたい。
そう思って、一歩、踏み出したとき。
パキリ、と乾いた音がした。
まずい! 見つかちゃう!
「誰?」
キリッとした声と共にこっちを向いた。
いつの間にか数メートルのところまで近づいていた。
「あ、あ、あの……」
「わたくしをアルテミスだと知ってのことなの?」
「え? 女神様?」
たしかアルテミスって、狩り好きのバージンな女神様だ。
でも女神を名乗る、ちょっとイタイ女の子かもしれないし。
首をかしげてるとズンズン近づいてきた。
目を吊りあげて、ぶつくさ言ってるところをみると怒ってるんだろうな。
逃げなきゃ。
と、思っても体が動かない。
だって、真っ正面からせまって胸のふくらみやら、何やらが見えちゃってるんだ。
男の子なんだから、いろんなところに自動フォーカスしちゃうじゃないか。
「ん? どうした? 顔が赤いぞ」
「えっと、は、は……だかなんですけど」
どうしても声がちっちゃくなっちゃう。
ありのままの女の人をみるのって、初めてだし。
こんなきれいなものだとは思わなかったし。
気はずかしくってもじもじしてると。
「あらあら。わたくしの美しさに見ほれてるのかしら?」
からかうような口調で、わざと胸をはってみせた。
さすがにいつまでも見てるわけにも行かない。
ほんとは見ていたいけど。
おずおずと震えながら、たわわな部分を僕は指さした。
自称女神様が僕の指先をたどっていく。
その先には彼女自身の胸のふくらみが……。
「きゃっ! あ、貴方はわたくしの胸や大切なところまで……」
顔を真っ赤にしながら、両手で胸を隠す。
今まで気がつかなかったの?
「わ、わざとじゃないんだ」
「わざとじゃない? そのわりには何よ。その股ぐらのものは」
「え? こ、これは生理現象だよっ!」
あわてて僕は股間を隠した。
恥ずかしい……。
自称女神様はみっともない僕の姿をジト目でにらみつけて言った。
「許すと思って? わたくしを汚すなんて、ただではすまないわよ」
け、汚してなんかないよお! と、いう僕の心の声が届くわけもない。
一気に彼女の魔力がふくれあがった。
ゴゴゴ、って音がしそう。
ヤバい! この子、マジだ。
イヤな予感がした僕は、あわてて彼女を背にして走り出した。
「失礼しましたあー」
「待て! 逃げるのかー」
そう言いながら追いかけてくる。
「だからわざとじゃないんだってばあ。しつこいなあ」
「わたくしの恥ずかしい姿を見たでしょうがあっ!」
(ダメだこりゃ……聞く耳持ってないや)
肩越しにふり返ると弓を引いている。
こっちは丸腰だぞ。
僕は木々の間を通り抜けるようにジグザグに走った。
耳元にヒュンと風切り音がした。
前方の木にビヨ~ンと矢が刺さっている。
「危ないじゃないか!」
「おのれ、ちょこまかと逃げて。素直にわたくしの矢を受けなさい!」
「おっと!」
今度は二発、三発と連続して矢が飛んできた。
情け容赦ないなあ。
日頃、魔獣たちから逃げながら、食材をとってるからね。
そう簡単に捕まるかよ。
「待ちなさい! お仕置きしてあげるから」
「イヤだよ! 僕を殺そうとしてるくせに」
「殺しはしないわよ、女神が人を殺すわけないでしょー。ちょっと痛い思いしてもらうだけよ」
あんな尖った矢じりが刺さったら、と想像してみる。
思わず僕は自分のお尻をおさえた。
「女神かどうかは知らないけれど、イヤですよ!」
とっとと小屋に戻りたい。
できるだけ早く彼女から離脱しようと、進んでは止まり、向きを変えた。
「まったく猫みたいにちょこまかと……。いっそのこと猫に変えちゃうわよっ!」
そう言いながら自称女神様は呪文を唱える。
『人身変化!』
大きな魔力を感じ、ふり返ってみる。
背後に幾何学文様を描いた円が一気に広がっていた。
あれはマズイ。まともに食らったらタダじゃすまない。
僕の武器は『氷の魔法』だけだ。
氷の壁を作る程度じゃ、あの強力な魔法を防げないだろう。
ま、近づけさせなきゃいいかな。
――氷壁!
後方に向かって、僕は呪文を唱えた。
何もない空間から氷の壁が生成され、彼女の行く手を阻んだ。
「な、アイス・ウォールとはちょこざいなっ」
案の定、氷壁の間をぬうように追いかけてきた。
多少は魔法耐性があるからな、あの壁。
なんとか煙に巻けそうだ。
と、思ったのは束の間のこと。
「この、この。早く猫になりなさいよ!人身変化!」
「えー。しつこいんですけど」
「勝手に乙女の柔肌をみてタダで済むと思ってるの」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「心がこもってない!」
あやまってるのにぃ……。
もっとも面と向かってあやまってる訳じゃないからなあ。
ここでごめんなさい、って言っても許してくれそうもない。
しっかし、あんな高位魔法を連打しながら、よく追いついてくるなあ。
こっちはそろそろ体力的にヤバイから、身体強化魔法をかけてるのに。
ん、あのお姉さん。追ってくる速度が上ってない?
次はもうちょっと氷壁を大きくしてみよう。
今、自称女神のお姉さんが人身変化を放った。
やばっ。
彼女の魔法を防ぐためにとっさに氷の壁を作って防いだ。
魔法を弾く音がした。
その途端。
「きゃあ!」
お姉さんの悲鳴が聞こえた。
どうしたんだろう?
ふり返ってみると、そこにはさっきまで追いかけてきていた自称女神様の姿はない。
やっとあきらめてくれたかな……
と、思ってしばらくその辺の様子を伺ってみた。
ふだんいるはずの魔獣たちの気配もない。
いたのは真っ白な猫が一匹だけだった。
その猫は僕を見上げると、「みゃあ」と鳴いた。
「あれ? 猫しかいないや……。あの女の人はどこ消えたんだろう」
あれだけ膨大な魔力の気配が消えちゃったんだけど。
見回してみるけれど、この子猫しかいない。
「みゃあ〜」
足元にきた白猫が僕の足にスリスリしてきた。かわいい。
と思ったら。
「いてっ————! なにするんだよ」
爪を立てながら、その猫が噛みついてきた。
ぶんぶん、と足を振っても離れない。
乱暴なことはしたくないけど、しょうがない。
おもむろに首根っこを押さえて離した。
するとふか〜っ、と文句ありげに僕を睨みつけてきた。
「おっかしいなあ〜。君にうらみを買うようなことしてないんだけど?」
「にゃにゃにゃ〜」
野良猫にしてはやたら人に絡んでくるなあ〜。
「ごめんよ、飼ってやりたいのは山々なんだけどね。独りだし」
僕は修行中の身。
子猫にかまけてる暇はない。
心を鬼にしてその子を置いて、僕は小屋に戻った。
もうクタクタだった。
帰宅するなり、僕はベッドに身を投げた。
だいぶ森の中を走ったし、魔力も使っちゃったもんなあ……。
鳴きまくっている子猫を放置してきちゃったのは心残りだ。
今ごろどうしてるかなあ……。
※ ※ ※
眠い……。
「おい、朝だぞ。魔法使い」
ああ、いつの間にか寝てしまったのか……。
体がだるいのでいま一度、毛布をかぶった。
「起きろってば!」
女の声が聞こえた。
しだいにその声が近くなってくる。
誰だよ……こんな朝っぱらから。
「おい! いいかげん起きろ。このバカもんが!」
がぶり、といきなり耳を噛まれた。
「いってぇー」僕は痛みで飛び上がる。
「ふん、ようやく起きたか」
ん? 猫がしゃべってる……? 魔獣なの?
いつの間に入ってきたんだろう。
「おい、まだ寝ぼけてるのか? 君がわたくしをこんな姿にしたんじゃないか」
「げ!」心の中を読まれてるっ。
「あたりまえだ。女神だからなっ」
なぜか二本足で立って、ふんすっと偉そうに胸をはった。
あれ? この猫……。
毛並みといい色つやといい、昨日、森ん中で僕の足に噛みついてきた子猫だ!
「なんでこんなとこに……」
「だってあたくしを無視したでしょ? だからこっそりついてきたわけ」
「無視したわけじゃないよお〜。だって僕は修行中の身だよ? 毎日のご飯にことかくんだよ」
「……そんなのは関係ない。あたくしは元の姿に戻してほしいだけ」
「元の姿?」
「さんざんガン見したくせに」
ジト目で言われた。
ん? この白猫ってひょっとして、自称女神様?
「ようやく気がついた! 早く元の姿に戻してよ」
相手を他の動物や人に変えてしまう秘技。
それが人身変化。
相手を改変してしまうんだから、超上級魔法のひとつだ。
師匠だって使えないだろう。
「えっ? 僕は氷しか作れないよ。そんな高度な技、使えるわけないよ」
「も、戻せないの……」
呆然とした様子で僕を見ると、ふてくれされたように丸まってしまった。
背中を丸めた姿が妙に哀愁に満ちていて、かわいそうになってきた。
「あ、あのさ。僕を追いかけてきた時、変化魔法を詠唱してたよね?」
ちょっと昨日のことを思い出した。
自称じゃなくって本物の女神様だったのか。
どうりで超上級魔法を連打できるわけだ。
「してたわよ。魔法使いくんが猫みたいにすばしっこかったからね。『猫になれ〜』って」
「あっ! そっか。氷壁が鏡みたいになっちゃったんだ。で、 をはね返しちゃったのか」
「そのようね。このアルテミス、一生の不覚だわ」
くやしそうに前足をグーにする白猫、もとい女神様。
僕にはどうしようもない。
「自分で元の姿に戻れないの?」
「無理ねえ〜。 人身変化は呪いの一種だもの」
ダメだ、こりゃ。
しばらくすると意を決したように僕に言った。
「しかたない! 魔法使いくん。君がわたくしを元に戻せるまで一緒に修行に付き合ってあげるわ」
めっちゃ真剣に僕の顔を見上げてきた。
白猫だけど女神様だよね?
女の子だよね? 見た目は猫だけど。
ドキマギしているうちに、膝の上にのってきた。
「ね? いいでしょ」
つぶらな瞳をうるうるさせながら迫ってくる。
可愛い。
「……う、うん」
「じゃ、今日から二人暮しだね」
嬉しそうに、にゃ〜と鳴くと鼻を顔に押しつけてきた。
つい猫のように頭を撫でようとすると————。
「いってぇ〜。何するんだよ」
思いっきり爪で引っかかれた。
「ふ~んだ。気安く触るな、魔法使いくん」
ふん、とそっぽを向くと、人のベッドの上で眠りはじめた。
こうして猫になった女神様と僕の奇妙な同居がはじまった。
もし面白かったり、気になったりされたら、☆入れていただくなり、ブクマしてくださると、作者の励みになります。
今、スランプです。