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9、月光の下で

 草むらから飛び出してきた獣は、車ぐらいのサイズはある大きな狼だった。

 もの凄い跳躍力で俺たちの頭上高く舞い上がった後、こちらに向いて一気に下降してくる。

 俺はそれを下からジャンプして迎え撃った。

 巨大な狼の牙が俺の喉元を狙っている。

 凄い速さだ。

 俺は集中力を極限まで高めていく。

 木を切るのとはわけが違う。

 だけど、こいつを倒さないと俺だけじゃないナナやククルたちだって食われちまう!

 全身に気が満ちて、空中で一刀両断を放とうとしたその時──


「ククルを、その子を放しなさい! この悪党!!」


「なに!?」


 言葉を発したのはその巨大な狼だ。

 こんなでかい狼がいること自体今までの世界の常識では考えられないことだし、ましてや言葉を喋るなんて想像もしてなかった。

 虚を突かれ、俺は一刀両断を放ち損ねた。

 何とか狼の牙をかわすと、中途半端な形で剣を振るう。

 それを、狼は鮮やかに身をひねってかわした。


 凄い動きだ。

 俺がそのままナナたちの傍に着地すると、狼も少し離れた場所に軽やか降り立つとこちらを振り替える。

 そして、再び牙を剥くと俺に言った。


「この私の牙をかわすなんて、中々やるわね。奴隷商人に雇われた人さらいども。全部倒したと思ったけど、まだ二人残ってたなんてね、そんな幼い子を連れ去って恥を知らないの!?」


 さっきは一瞬で良く分からなかったが、月光の下で改めてみると目の前の狼は美しい。

 白銀に輝く毛並みを持っており、まるで神話に出てくるフェンリルのようだ。

 狼は俺とナナを睨んでいる。

 そしてナナに吠えた。


「まさか女までいるなんてね。その子を放しなさい! 死にたくなければね」


 ナナはしっかりとククルを抱きしめた。


「人さらいども? ふざけないでよ、私たちは人さらいなんかじゃないわ! 貴方こそこの子を食べるつもりでしょ? この化け物!」


 ……ナナの奴。

 可愛いけどやっぱり気が強いよな。

 こんなでかい狼に気後れせずに言い返すなんてさ。

 ククルも怯え切ってナナにしがみついている。


「ナナお姉ちゃん怖いです! ククルたち食べられちゃいます!」


 それを聞いてナナが自信満々に答える。


「大丈夫よククル。こんな化け物なんてすぐやっつけちゃうから、裕樹がね!」


「お、おい」


 威勢がいい啖呵を切ってるけどやるのは俺みたいだ。

 そもそも何だか話がおかしい。

 確かに恐ろしい狼だけど、ククルを食べようとしてるようには見えない。

 そればかりか、俺たちのことをククルをさらった悪党どもの仲間だと思ってる様子だ。

 白銀の狼はナナに言葉にいきり立つ。


「化け物ですって! 由緒正しきこの銀狼族の私を、化け物だなんて!!」


「何よ、化け物は化け物じゃない!」


 俺を置いてきぼりにしてにらみ合う二人。


「なんて気が強い女なの! そういえば性悪そうな顔してるわ!」


「は? 性悪はそっちでしょ!」


 まるで女性同士の口喧嘩みたいになっている。

 俺は慌てて仲裁に入った。


「待てって! なんかおかしいぞ。さっきナナが言ったように俺たちは人さらいなんかじゃない!」


 俺の言葉に狼はこちらを睨む。


「騙されないわよ。じゃあ、どうしてこんなところにいるのよ。それにあの小屋は何? こんなところに普通家なんてあるはずがない。悪党どもの隠れ家でもなければね」


 そう問われて俺は言葉に詰まる。

 確かに、わざわざこんなところに家を作る奴なんて普通はいないよな。

 とにかく俺は正直に伝える。


「この家はさっき建てたんだ。今日ここで過ごしたら俺たちは国境を越える。誓って言うよ、俺とナナは人さらいなんかじゃない。ただ二人で旅をしてるんだ」


 旅っていうのは少し違うかもしれないけどさ。

 それを聞いて狼はうなる。


「さっき建てた? 何言ってるのよ、そんなに簡単に家なんてつくれるはずないじゃない!」


「そんなことないわ! 裕樹は凄いんだから!」


 狼に食って掛かるナナ。

 こんな時だけどなんだか少し嬉しい。

 俺はナナの前で狼と対峙しながら、ゆっくりと剣の構えをといていく。

 そして言った。


「とにかく話を聞いてくれよ。君だってククルを食べようとしてるとは思えない」


 狼に君って話しかける日が来るとは思わなかった。

 元の世界にいる誰かに話したら、どうかしてるって思われそうだ。

 ナナが後ろで俺に言う。


「裕樹、こんな化け物の言うことを信じちゃだめよ。きっと私たちをだまして食べるつもりよ」


 まださっきの口喧嘩が尾を引いているのか、にらみ合っている二人。

 俺は肩をすくめると言う。


「でもさナナ、俺には化け物には思えないんだよな。もしかしてククルを助けに来たんじゃないのか? ククルから聞いて恐ろしい化け物を想像してたけど、話だって通じるし毛並みだって凄く綺麗だしさ」


 化け物っていうよりも聖獣とか神獣とかそんな雰囲気だ。

 それを聞いて狼は少し満足げに言った。


「き、綺麗? そうよ、中々分かってるじゃない」


 ……意外とおだてに弱そうだな。

 狼は、ふんと一息ついて俺たちを睨むと言った。


「いいわ、どうせ逃がすつもりはないもの。話ぐらい聞いてやろうじゃない」


 月光の下で、狼はゆっくりとこちらに近づいてくる。


「え?」


 思わず俺は声を上げた。

 ナナやククルも息をのむ。

 月明かりの下で、その大きな狼はまるで変化をするかのように姿を変えていく。

 銀色の大きな狼耳、そして長くふさふさとした尻尾。


 そこに立っているのは俺たちと同じぐらいの年齢の少女だ。

 ククルと同じ獣人族に見える。

 凛として整ったその美貌が月光に映える。

 どうやって姿を変えたのかは分からないけど、綺麗な白い革の防具をつけて腰から剣を提げていた。


「私の名前はレイラ。冒険者ギルドの依頼を受けてここに来たの。もしあんたたちが言ってることが嘘だったら許さないわよ」

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