8、獣人の少女
もしかしたらモンスターか何かだろうか?
思わずそんな想像をしてしまう。
何しろこの世界には来たばっかりだもんな。
今まではそれどころじゃなかったし、家づくりにも熱中してたからすっかり忘れてたけど。
夜の森だと言うこともあって、緊張感がいやおうなしに高まっていく。
そんな中、俺たちの視線の先にある茂みがガサガサと動くと、その中から白いもふもふした何かが現れた。
「ふぁ……どこなのですここは? お家があるのです!」
そう言った後、俺たちを見てビックリしたように尻もちをつく。
「はう! だ、誰なのです!?」
そう言って、大きな目に涙を浮かべているのは明らかに普通の人間じゃない。
六、七歳ぐらいの女の子なんだけど、その頭には大きな獣耳がついている。
そして、白いもふもふした尻尾が生えていた。
その姿はまるでぬいぐるみのようだ。
「もしかして……獣人?」
俺は驚いた。
当然だけど獣人なんて見るのは初めてだからさ。
ナナが頷く。
「ええ、裕樹。そうみたいね」
そして【鑑定眼】を使ったのだろう俺に教えてくれる。
「獣人族、それも珍しい白狼族ね。それにしてもこんな小さな子が一人で、一体どうしたのかしら?」
手足は擦り傷だらけで、森の茂みを必死にかき分けてきたことが分かった。
こんな夜に余程のことがあったのだろう。
ナナがそれを見て慌てて駆け寄る。
「貴方、ククルっていうのね? 一体どうしたの、そんなに傷だらけで。どうして一人でこんなところに?」
「はう! 二人とも……ククルをいじめたりしないですか?」
何かに怯えたようにそう言う少女に、ナナは笑った。
「そんなことしないわよ。ね、裕樹!」
俺はナナ達に歩み寄ると頷いた。
「ああ、当たり前だろ? それより、怪我の手当てをしないとな」
そう言って、俺はククルというらしい少女の傍に行くと、怪我をした手や足をそってなぞっていく。
すると、切り傷は綺麗に消えていった。
驚いた顔をするククル。
「はわ! 凄いです、怪我が治ったのです!」
ナナもびっくりした表情で俺を見つめた。
「ちょっと、裕樹ってば。今のどうやったの?」
驚くナナに俺は頭を掻きながら答える。
「ごめんごめん。ほら、俺がなれる職業を確認した時、僧侶もあっただろ? 今、内緒でクラスチェンジしてレベルを上げたんだ。ナナがククルに駆け寄った時にさ」
ちなみに今の俺のステータスはこうだ。
名前:佐倉木裕樹
種族:人間
レベル:レベル9999
職業:僧侶
マスタージョブ:剣士
力:7352
体力:7754
魔力:8712
速さ:8215
器用さ:7524
集中力:8527
幸運:5732
魔法:回復魔法Sランク、神聖魔法Aランク
物理スキル:剣技Sランク
特殊魔法:なし
特殊スキル:なし
生産スキル:
ユニークスキル:【自分のレベルを一つ下げる(使用制限90回)】
マスタースキル:【鑑定眼】【伐採の極み】【一刀両断】【木材加工】【聖なる結界】
僧侶なら、回復魔法はお手の物だもんな。
「もう! 驚かせて。じゃあ今のは僧侶の回復魔法ってわけね」
「ああ。悪かったって。だけどさ、その子傷だらけだろ? ほっとけないと思って」
「ほんと裕樹ってお人よしなんだから。ま、そこがいいところなんだけど」
ナナがそう言って肩をすくめる。
「ナナだって心配だから駆け寄ったんだろ?」
「だってほっとけないじゃない」
確かにそうだよな。
こんな時間に子供が一人で森の中にいるなんて普通じゃない。
俺は頷いてククルに言う。
「なあ、俺たちはククルをいじめたりしないのは分かっただろ? 一体何があったのか聞かせてくれよ」
少し落ち着いたのか、ククルは俺たちを見つめてコクリと頷く。
「ククル悪い奴らにさらわれたです! 馬車でガタゴト運ばれて……でも、悪い奴ら、大きな獣に襲われたです! きっと食べられちゃったです!」
ククルは一生懸命説明をしてくれるのだが、まだ幼いだけに要領を得ない。
「一体どういうことなんだ。さらわれたって誰に? それに大きな獣ってさ」
「さあ、私にも分からないわ」
俺たちに伝えたいことが中々通じなくて悲しかったのか、またしょんぼりとするククル。
それでも気を取り直して俺たちに説明をしようとした。
「ククル、悪い奴が襲われてる間に一生懸命逃げたです。そしたら、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいたです!」
何があったのか詳しいことは分からないが、余程恐ろしい目にあったんだろう。
だから俺たちまでククルに危害を与えるんじゃないかと、怯えていたに違いない。
ナナが俺を見つめると言った。
「とにかく、この子どこからかさらわれてきたみたいね。その連中がこの子を運ぶ最中に何かに襲われて、その間になんとかここまで逃げ来たみたい」
「そうだな。でも、そうだとしたら……」
俺は息をひそめる。
ナナも頷いた。
「ええ、きっとそんなに離れた場所で起きたことじゃないわ。いくら獣人族が身体能力が高くても、こんな小さな子が逃げてこられる距離なんて知れてるわ」
「ああ、ナナ」
そもそも、その連中も人目を避けるようにこんな夜更けに森の中を移動するなんてまともじゃない。
だけど、今はそいつらを襲った大きな獣っていうやつの方が気になる。
その時──
ククルの鼻がヒクンと動く。
そして怯えたようにナナの体にしっかりとしがみつく。
「こっちに来るです! ククル匂いで分かるです!」
ナナの顔に緊張が走る。
「裕樹! きっとこの子を追ってきたんだわ!」
俺も頷く。
いつでも餌食に出来るククルのことなど放っておいて先に、他の連中を平らげたのだろうか。
いずれにしても、どうやらそいつらだけでは足りなかったようだ。
俺たちにも、何かがこちらに走ってくるのがはっきりと分かった。
草むらがかき分けられていくような音がする。
ククルが目に一杯涙を浮かべて叫んだ。
「来るです! ククルたちも食べられちゃうです!」
その瞬間──
ウォオオオオオオオオオン!!
もの凄い咆哮を上げて、何かが草むらの奥から飛び出してきた。
巨大なその黒い影は地を蹴って、天高く舞い上がる。
そして、頭上から月を背にしてこちらに向かって牙を剥いた。
凄まじい速さだ。
「ナナ! ククル! そこにいろ!」
「裕樹!」
俺はそう叫ぶと、ナナの声を背に剣を強く握ると地面を蹴りその黒い影に向かっていった。




